恒心文庫:【速報】
本文
折り紙で織られたように綺麗に花びらをつけた水仙の花が首を傾げる。花瓶にはもうほとんど水は入っていない。この美しい花もいつかは枯れ、散っていってしまうのを考えると私、いや、私達のようだなと思う。
人間は何度も何度も破壊と創造、憎悪と慈愛を繰り返してきた。いつまでもその輪廻に囚われ続けるのが生きるもの全ての性なのだろうか。いいや、私達は人間だ。獣とは違う。
神がアダムとイヴをエデンの園から追放した理由は知恵の実を食べた人間が生命の実まで食べ、神と等しい存在になるのを恐れたためと言われている。つまり人は神になれるのだ。
人が知恵の実を食べ得た知識、それは自分語りによる創造と殺害予告による破壊だ。生命の実をどうすれば我々は手にでき、神と等しい存在になれるのか。
私がたどり着いた答えは、我々人類自身に破壊をもたらし、新たなる創造を図ること。人類同士の無益な殺戮、それこそが生命の実を手にすることのできる唯一の手段だ。他の生物は食料の取り合い、生殖のための遺伝子淘汰でしか同族を殺すことはできない。
だが、知恵の実を食した我々人類は自由に死に、殺すことができる。
人類を一度無に還し、生命の実も手に入れた状態で復活・再生する。そうすることで我々はアセンションを達成し神と等しい存在になれる。
神が私にその役目を果たせと命じている。私が神だ。
黒く光る正方形の、手に収まるほどの大きさのこの装置に、全てが詰まっている。人類の歴史とその未来が。
どの指で、この装置の上部に取り付けられた血の色のように紅いボタンを押そうか迷ったが、結局小指で押すことにした。愛なき世界に愛を。
「諸君、お別れナリよ」
ボタンを押す。それと同時に外で轟音が鳴り響く。
人々が犇き、漣を立てている。彼ら彼女らもこれから神になるのだ。そして私も。
この神託を実行できたことに誇りを持つ。私は人類の救世主になったのだ。
『速報 臨時ニュースをお伝えいたします。4月02日9時8分、虎ノ門より複数の謎の飛翔体が確認されました。この飛翔体は現在各先進国の主要都市に向け進行している模様。』
挿絵
リンク
- 初出 - デリュケー 【速報】(魚拓)
- 核兵器を題材にしたデリュケー作品