「恒心文庫:ラグナロク」の版間の差分
>チー二ョ (→リンク) |
>チー二ョ (→リンク) |
||
97行目: | 97行目: | ||
**[[恒心文庫:「この物語はフィクションであり、]] | **[[恒心文庫:「この物語はフィクションであり、]] | ||
**[[恒心文庫:追憶]] | **[[恒心文庫:追憶]] | ||
**[[恒心文庫: | **[[恒心文庫:光あれ(2021年)]] | ||
**[[恒心文庫:カーランコア]] | **[[恒心文庫:カーランコア]] | ||
{{テンプレート:恒心文庫}} | {{テンプレート:恒心文庫}} | ||
[[カテゴリ:恒心文庫]] | [[カテゴリ:恒心文庫]] | ||
{{広告}} | {{広告}} |
2022年3月29日 (火) 16:22時点における版
本文
彼は憔悴しきっていた。
彼は疲れ果てていた。
彼は苛立っていた。
ーなぜ俺が、あんな男に。
彼は分からなかった。
彼は許さなかった。
彼は認めなかった。
ー俺が、あんな男に。
彼は疲れ果てていた。
彼は憔悴しきっていた。
彼はーもう嫌になっていた。
ーなぜ、俺が。
理解ができなかった。一流大学を卒業し、一流の職業に就いている自分がなぜあんな三流にー打ち負かされたのか。
認めたくなかった。あの光景を認めることはできなかった。
弁護士に歯向かえる人間がいるとは。あり得ない。
到底許されるべき行為ではないー奴が憎い。
しかし、それは紛れもない「敗北」であった。
弁護士が、掲示板の管理人に敗北を喫したというのは事実に他ならない。
あの場で、彼は戦うことができなかった。
いや、ただ殴られる以外にできなかった。
彼は暗い部屋の中で物思いにふけっていた。あの光景を思い出さずにはいられない。もう何日も前のことなのに、あの不愉快な光景は脳裏から離れようとしない。
先日、山岡は俺に言ったーもう君とはやっていけない、と。
君は僕たちに何をしたんだ、と。君と組んだ自分が間違っていた、と。
山本も言ったーあんたは何の役にも立たない無能だ、と。
バカなことを。俺の力があるからあいつらは仕事が来た。無能はどっちだ。奴らがいなくなって事務所は広くなった。そう、広く。
親父は未だに仕事に戻ってこようとはしない。いい加減老人だ、老人らしくしてほしい。ここは俺のものだー親父のものではない。もうここは、俺だけの事務所だ。
「個人として言ってるのか、法律の専門家として言ってるのかどちらですか?」
あのセリフが思い返される。何を言っている、誹謗中傷を受けている被害者を見捨てる糞が。
「じゃあ一件でもあったら、謝ってもらえます?」
まただ。三流が、いちいち屁理屈をつけて文句を言ってくる。本当は叩きのめせたーはずだった。
なんでー何故、どうして、なんで、どうして、なんでなぜなんで俺は奴に負けたんだ。どうして、どうして俺は、なんで、なぜーこんなはずではなかった、なんであの三流に、どうして何故、なんでーなんで負けたんだ。
彼はもう止まらなかった。
ひとたび思い返せば、思いは止め処なくあふれ出てきた。
彼は声をあげて泣いた。咽び泣いた。叫んだ。
なんで、どうして、この俺が、なぜ、どうして、なんでなぜどうしてこの俺がなんでー
止まらない。止まることはない。
ーもう、これしか残されていない。
彼はデスクの下の引き出しから箱を取り出した。
今までは何度も躊躇していたー開けようと思ったことは幾度もなくあったし、中身を使おうとしたこともあった。ーしかし、その線を超えることはなかった。
もう迷いはない。今こそこれを使うべき時だ。
黒い箱を開け、中の銀色の小さな箱を開ける。あったー
そこにはスイッチがあった。
奴らはせいぜい冗談にしているのだろうが、あれは嘘ではないー
このスイッチを押せば、世界は満たされる。
そう、選ばれた人間だけが残る、やさしい世界になる。
押した。音が鳴った。光った。
あと10分で、すべてが解決する。
彼は得意だった。
さて、誰を残そうか。親父はもう使えないし、あの山山ももういない。
そうだ、輝美さんだ。あの人こそ、新しい時代にふさわしい。
早く見つけなければ。彼は事務所を出た。
世界は閃光に染まった。
リンク
- 初出 - デリュケースレinエビケー>>314(魚拓)
- 核兵器を題材にしたデリュケー作品