道端にしか熱量は存在しない。
道端にしか熱量は存在しない。(みちばたにしかねつりょうはそんざいしない)は、2020年に誕生した尊師語録である。
概要
恒心綜合法律事務所のTwitterは、2014年6月4日のうじ婆に関するツイートを最後に恒心が途絶えていたが、何を思ったのか約6年の歳月を経て2020年3月20日から突然、怒濤の勢いで恒心されるようになった。作風は以前のFaithbookなどと全く変わっていないが、2020年6月5日の恒心において、我々がこれまで見慣れた尊師語録の中に紛れてこっそり追加された新語録が「道端にしか熱量は存在しない。」である。
https://twitter.com/KoushinLawfirm/status/1268897321439256577(魚拓) |
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元々尊師の語録は難解なものが多いが、まるで意味の読み取れないこの新語録に教徒は驚愕した。
デジタル大辞泉(小学館)によると「道端」は「道路の端のあたり。道路のほとり。路傍。」、「熱量」は「1 熱エネルギーの大きさを表す量。2 比喩的に、熱気。熱意。情熱。また、その度合い。」となるので、尊師の語録を言い換えると
「道路の端のあたりにしか熱エネルギー(もしくは情熱)は存在しない」
と言いかえられ、まったくもって支離滅裂な語録である。比喩的な文章としても無意味であるが、仮に科学文章であると考えた場合は、物理学で証明済みの各種のエネルギー法則を無視したトンデモ科学に関する内容ということになる。一方で、尊師が核兵器を保有しているという設定から、尊師は歩くだけで核エネルギーを道端に放出しているという意味ではないか、とする解釈もなされている。
この語録は日本語として意味をなしていないことから、「(ファッションモデルの)道端(アンジェリカ)は(恐喝容疑で書類送検(後に不起訴)されるほどの)熱量を持っている(爆弾を抱えている)」と解釈することもできる。よって、仮に道端アンジェリカから尊師が名誉毀損で刑事もしくは民事告訴された場合、尊師が全面敗訴する危険性も存在する。炎上弁護士がモデルに名誉毀損で訴えられて敗訴する、これはいけない。
過去の主張や、前後の文脈を考えると「(政治家や著名人ではなく)市井の一般人にこそ(プロバイダ責任制限法改正を成し遂げる)情熱が存在する」と主張したかったのだろうと思われる。
しかし、本来(尊師の主張する)改正プロバイダ責任制限法でメリットを受けるのは市井の一般人ではなく主に著名人であろうと思われるため、なぜ道端に情熱が存在するのか不明だし、「道端にしか存在しない」とまるで既に政治家や著名人には協力者が存在しないかのような表現をしているのも不可解である。
そもそも、「一般人」の意味で「道端」を使うのも不自然であるし、「~を。」で終わる抽象的な短文4つの真ん中に全く趣の異なるこの文を入れることで生まれるはずだったリズム感が無くなっており、日本語の表現としても異常なものになっている。
過去の語録と比較しても著しく使い勝手の悪い語録であり、尊師が何を意図してこのような駄作を生み出したのか、今後の究明が待たれる。