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2019年8月18日 (日) 19:23時点における版
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はじめに
私は弁護士として、ネット上の法的問題をよく取り扱っています。専門家としてテレビでコメントする機会をいただくこともあります。弁護士として一般的にみなさんが想像されるような業務も数多く担当していますが、中でもネット問題に特に熱心に取り組んでいます。それは、私自身が過去にインターネット上で誹謗中傷や殺害予告を受けた経験があるからです。
私に対する攻撃は2012年にネット上で誹謗中傷されていた少年の弁護を引き受けたことに端を発します。
当時、掲示板「2ちゃんねる」は削除請求の依頼をすべてネット上で公開していました。つまり、中傷を受けている人が自分の被害を訴えて記事の削除を求めるとそれがまた心無い者の目に止まるということです。
その結果どうなるか。削除されるどころか、さらに心無い記事が拡散される事態になりました。
私はその少年の代理人として削除依頼を掲示板に書き込みました。当時、インターネット上の誹謗中傷などによる事件を担当する弁護士はあまり多くいませんでした。ですから、私の行動は目立ったのでしょう。
掲示板が匿名で書き込めることを盾にして、心無い悪口や、人格を否定するようなことを繰り返し書き込む悪質な人間がいました。
彼らは特定の人間を攻撃することを常習的に行っていました。
当時はスマートフォンの普及時期と重なっていたので、インターネットがぐっと身近になり、ネット上の犯罪や誹謗中傷などが話題になった時期でもあります。
私は仕事という枠を超えこの問題に熱心に取り組みました。そして、炎上問題に向き合うことを決意します。そのことが、惨事を招くとも知らずに。
当時の私は34歳です。まだ弁護士としては駆け出しですし、若さと気力に溢れていましたから、自分のライフワークとも言える仕事に出会えたという感慨さえありました。誹謗中傷の被害者とも一生懸命に向き合ったつもりです。
あることをきっかけに、ネット住民の中で、私の名前が次第に取りざたされるようになりました。
少年への掲示板での複数の誹謗中傷に対し、削除依頼とともに発信者の情報開示請求を行ったことがどうも癪に障ったようです。弁護士という立場で法を振りかざし、自分たちの居場所を一方的に奪おうとする悪魔に見えたのかもしれません。私がさぞかし憎く思えたことでしょう。
すると、私のツイッターのアカウントに粘着するものが現れました。アカウントはすぐに非公開にしたものの、そこに書かれていた情報やフォロワーなどから類推して、適当なネガティブワードの投稿が始まりました。
例えば、グーグルなどのサーチエンジンで検索すると、同時によく検索されるワードが出てきます。私の名前とネガティブワードを並列した記事を投稿することで、もし一般の方が私の名前をグーグルなどで検索すると、そのネガティブワードがすぐに出てくるのです。これはサジェスト汚染といわれるもので、現在までも続く嫌がらせの一つです。
同時に私に対する罵詈雑言も掲示板に多く投稿されるようになりました。今度は私が自ら自分に対する発言の削除依頼と発信者の情報開示請求を行ったのです。
裁判所で仮処分申請を行ったその結果、私は大勢の悪意を一身に受けることになりました。まず私に敵意を向けたのは、掲示板で熱心に書き込んでいたネット住民です。彼らは自分自身の居場所を荒らそうとする私を敵とみなしたのです。
私はその展開に驚き、元来小心者の私は日中も不安に苛まれ、睡眠はアルコールに頼るようになりました。いわゆる私の個人名が晒され「炎上」してからわずか数週間のことでした。
その3ヶ月後のこと。
想像していないことが起きました。私の殺害予告が書かれたのです。
「唐澤貴洋を殺す」と言う投稿の存在に気がついた私は、すぐさま警察に相談しました。
投稿の主は高校生でした。高校生は面白半分で書き込んだようですが、私は怒りを覚えるよりも先に、心の底から震えあがりました。見知らぬ人から殺すと予告される恐怖を皆さんは経験されたことがあるでしょうか。その日から私への無数の殺害予告が始まりました。
ある時は事務所への爆破予告がありました。その時はテレビクルーが撮影に来ましたが、もちろん実際に爆弾が爆発することもなく、テレビ局のクルーは緊張感のない顔で帰って行きました。おそらく、爆破などされない単なる脅しであることもうすうすわかっていたのでしょう。
掲示板では私に対する誹謗中傷は当たり前となっていました。殺害予告も頻繁に行われるようになります。本当に殺したいわけではなく、「殺す」という予告を書き込むことがブームのようになっていったのです。
殺害予告は日夜繰り返されました。その数はなんと100万回以上もあったといいます。
そして、私についたあだ名が「炎上弁護士」でした。
「炎上」とはなんでしょうか。
インターネット上の炎上とは、ひとことで言えば、「インターネットユーザーが行った投稿が集まった様子」を表します。
多くの投稿が集まる、その現象が「炎上」と表現されるのです。
実際には「炎上」という言葉は、ネガティブな意味として用いられることが多いでしょう。「炎上芸人」「炎上作家」「炎上弁護士」といった言葉がどんな文脈で使われるか想像していただければおわかりいただけると思います。
投稿とは何のためにするのでしょうか。 文字、画像、音声を利用してわざわざ発信する目的。それは他のインターネットユーザーに言いたいことを伝えるための行為です。誰にも伝わることを求めていないのであれば、ワードにテキストをただ打ち込み、パソコンに保存すればいいだけですよね。つまり、投稿とは自分から他者に向けたひとつのコミュニケーション行為なのです。
また、自分に対する他人の評価を、より自分が思っている自分に近づけるために、自分に関する情報をインターネット上に投稿する人もいます。
他者と自分が全く同一の存在であれば、何かを伝える必要はありません。しかし、この社会に自分と同一の他者は存在しません。
人が何かを伝えるという営みは、自分に対する他人の理解を深めることを目的とした行為と言えます。
投稿が「言いたいことを伝えるための行為」だとしたら、炎上とはコミュニケーションの集合体ということになります。
そもそも、人が「誰かに何かを伝えたい」と思うのはどういう状態でしょうか。
人は何かの事象が起こったときに、自分の頭の中で1認識して、2理解して、3感情が発生します。
その際、人それぞれが持っている倫理観・思想・価値観に基づき、自分の中に事象を取り込みます。その後、感情が発生することもあります。そして、他者に自分の感じ方や考え方、「その事象についてどう思ったのか」を伝えようとします。
この場合の感情とは、怒り、喜び、悲しみ、妬み、憂い、孤独感などです。
炎上とはそれらの感情が大きく集まった状態を指します。
このプロセスは決して単発的なものではなく、ネタとしての情報が投下されることが続く限り、永遠に連鎖を続けるのです。
繰り返しになりますが、炎上とは単発的な投稿のことではなく、多数の投稿がなされることを指します。
ここで大事なのは、「多数の投稿」という表現を使ったことです。『ネット炎上の研究』(山口真一著)によると、「インターネットで炎上に参加し投稿するのは0・5%しかいない」という研究が発表されています。多数の投稿はなされているが、マジョリティが参加しているわけではありません。
本書では炎上のメカニズムから、炎上が起こった事例をもとにして、なぜその炎上が起こったのかを解説、さらに炎上を避ける心がけをご紹介したいと思います。
次章では、日本や海外で起こった炎上の現象について、解説しましょう。
炎上百景
以下執筆中