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加藤力

提供:唐澤貴洋Wiki
2016年4月8日 (金) 10:19時点における*>カトウ・チカラによる版
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加藤力
加藤力
基本資料
本名 加藤力
別名・渾名 ピースに強い弁護士、ピース、ピースニキ、ピーカス、P、せんべいニキ、虚言男娼オカッパ、剣舞ルンパッパ、かとぴー、カバ
生年月日・年齢 26歳、1998年1月13日生まれ
住所 東京都江戸川区松島3-5-3
才能 無能
特定経緯 「剣舞ルンパッパ」名義のBeluga別アカウント
騒動との関連 臭芋
職業 無職、男娼
出身高校 昭和秀英高校
最終学歴 同高校中退(のちに高認所得)
趣味 オフパコ、虚言、とらけんま、ディルドを乗っける、アナニー、売り専門男娼
関係者

加藤力(かとう りき、Kato Riki、1998年1月13日 - 2016年4月6日)とは、恒心教徒(けんま民)の1人である。「ピースに強い弁護士」名義で2015年9月半ばから10月の頭まで定期的にキャス配信をしていた。恒心教最初の殉教者であり、故人。

概要

中卒の無職。インターネット上に性器を晒した画像を投稿したことが原因で高校を退学になった。同性愛者に体を売って金銭を稼いでいた(ネコ)。ぽけりんBBSやAnarchy板等、恒心以外のコミュニティでもコテハンを付け活動していた。

恒心との関係

初登場は2015年9月22,23日のshinと少年探偵団の合同けんま。1日目はメンバーにせんべいを配っていたため「せんべいニキ」、2日目は職質で写真を取られた際にピースをしたと語ったため「ピースニキ」と呼ばれていた。

その後は「ピースに強い弁護士」としてけんま配信を行っていたが、ある日突然絵芋叩きを始めたことにより多くの教徒の反感を買い1度目の引退。その後も引退しては数日後に復帰という流れを何度も繰り返していたため、彼が他の教徒と衝突し引退するのがある種の名物となっていた。そんな中10月21日のちばけんま配信の際に、警察に連行されたのがきっかけで本当に引退。 警察署では警察から聞いた話と称し、後述のような全くのデタラメな情報を臭芋祐一SSニキに伝え脅迫する。 同月24日に以前から反感を持っていた臭芋祐一によってピース=剣舞ルンパッパであることが暴露される[1]

加藤力が行ったマンチに行った行為[2]

マンチに取り付けられたディルド
  • 小便をかける
  • 大便をフロントガラスに塗りつける
  • ディルドを接着剤で取り付ける

オフパコ騒動から特定まで

ピースの別名義であるBelugaというSNSの@DrPepperというアカウント[3]にあった「shinオフで出会った女教徒とオフパコをした」というような呟きがが発端となる。証拠は全く無なかったものの、これらの話題がなんJや嫌儲で話題になり内紛が起こった[4][5][6]。多くの教徒が振り回され、臭芋祐一のように身を引かざるをえなくなった者もいた。他にも「警察に機材を没取された」など虚言を繰り返した[6]。これらの行為により教徒の恨みを買い、本名、生年月日、顔写真、住所、両親の職場(Stトマス)等が特定される。 その後、Anarchy板にて謝罪をした[7]

Anarcy板での謝罪文
41 :アナーキーさん:2015/12/11(金) 15:29:39.25 ?2BP(1000)
自分の憂さ晴らしの為にしょうもない自分語りを垂れ流したり馬鹿みたいな虚勢を張ったりして本当にすみませんでした
特定のコミュニティを虚言でかき乱したり特定の人物に対する嫌がらせをしたのも事実です
住所を書き込んだ人間もだいたい検討がついていますが完全に自業自得なので自分には特に何をするつもりもありません
相手の気持ちも考えられず行動し挙句は自分から逃げて本当にすみませんでした
ネットだけでなく現実でも多くの人間に不快感を与えて生きてきました
本当にごめんなさい
もっと早くにやるべきでしたがどうにか自分のこれまでの悪行を償おうと思います
ごめんなさい
長文失礼致しました

しかし、父親である加藤肇がナリ速への個人情報の削除依頼を行った[8]他、Anarchyに立った特定スレを削除する等の行いは、前述の謝罪文にある「完全に自業自得なので自分には特に何をするつもりもありません」という文と矛盾している。

なりすましアカウント炎上

加藤力を名乗りアイコンも彼の写真であるなりすましのツイッターアカウントが、「クリスマスにカップルの財布を盗んだ」とツイートし、恒心アカウント外にまで大炎上する。該当ツイートは10000RTされ、さらにチンフェの言葉(俺嫌など)で挑発[9]。考えられる限りの問題発言で見事多くの人のヘイトをためた。同時に東京江戸川区の住所や学歴も便乗して表に出されている[10]。炎上が長引きすぎるとかえって逆効果だと考えたのか最終的にアカウントを消し逃亡。

事の顛末を描いた風刺画

外部のRT乞食などが食いついて爆散したとはいえ、教徒がなりすましで濡れ衣を着せ、教徒が焚き付け、教徒が本当の悪行(マンチ放尿等)を拡散するという華麗な炎上劇は次の風刺画に集約されているといえよう。

復活

2016年3月20日、twitter上で復活。加藤力名義の保険証を貼り付けた[11]為、本人と思われる。
現在は修羅の国(=福岡県)にいると発言。また、特定後のなりすましアカウント炎上の件でピザが届けられたり、年賀状が大量に来たりしたことは、家を出てから知ったらしい。その後、ツイキャスアカウントがBANされている為、アフリカTVというライブストリーミング配信サイトで自転車を漕ぎながら話すだけの配信を行った。
イスケー閉鎖時の混乱の中に立てられた掲示板の一つである、クー・クラックス・クラン掲示板(同名の掲示板二つの閉鎖後に改名、旧名日本共産党赤旗掲示板)の管理人であることを自白[12][13]し、元の名前に戻した。
夏コミに参加した際に、ナンバープレートを顔に押し付けられたことと、眉毛キャラを奪われたことから、事務所こと亘心綜合音楽事務所に敵意を抱いているらしく、みえけんまを勧められた際には、絶対行くと宣言した。他にもちばけんまやオラけんま等を勧められているが、決断には至っていない。
けんまのための旅費と称して、同日乞食行為を行う[14]
受取人名確認の結果、当該口座は実在していることが判明した。

最期

復活後、福岡から大阪方面へ移動し、日雇い労働者として生活していたようである。
2016年4月2日、意味深な言葉を残したまま消息を絶った。
同年4月5日、アカウントを消去、死亡が確認された。享年18歳。
職質時に警官から加藤本人であるか疑う旨もなかったことから、縁者からの捜索願は出されていなかったようである。
当然ながらカラケー、Twitter上でも彼を偲ぶ声は特に聞かれず、最期まで自らの居場所を見いだせないまま、かつての少年探偵団のエースは失意の中没した。

註釈