「インターネット上の扇動表現と発信者情報開示請求」の版間の差分
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'''インターネット上の扇動表現と発信者情報開示請求''' | '''インターネット上の扇動表現と発信者情報開示請求'''(いんたーねっとじょうのせんどうひょうげんとはっしんしゃじょうほうかいじせいきゅう)とは、月刊「部落解放」2021年7月号(807号)の特集「ネット差別と法」に掲載された[[唐澤貴洋]]の寄稿である。 | ||
== 本文 == | == 本文 == | ||
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そして、懲戒請求を受けた弁護士が、懲戒請求の発端となったブログ記事を書いた氏名不詳者に対して損害賠償請求等をするためにブログ投稿者の発信者情報をブログが所蔵されているサーバのホスティングサービス提供会社に対して、発信者情報請求訴訟を大阪地方裁判所にて提起した。 | そして、懲戒請求を受けた弁護士が、懲戒請求の発端となったブログ記事を書いた氏名不詳者に対して損害賠償請求等をするためにブログ投稿者の発信者情報をブログが所蔵されているサーバのホスティングサービス提供会社に対して、発信者情報請求訴訟を大阪地方裁判所にて提起した。 | ||
同裁判については、二〇一九年四月一九日に請求棄却判決(以下、「本件地裁判決」という)(二〇一八年(ワ)第四八三三号)が出され、その後控訴によって、二〇一九年一〇月二五日に大阪高等裁判所にて原判決が取り消され、最終的には発信者情報の開示を命ずる判決(以下、「本件高裁判決」という)(二〇一九年(ネ)第一二八二号)が出された。 | 同裁判については、二〇一九年四月一九日に請求棄却判決(以下、「本件地裁判決」という)(二〇一八年(ワ)第四八三三号)が出され、その後控訴によって、二〇一九年一〇月二五日に大阪高等裁判所にて原判決が取り消され、最終的には発信者情報の開示を命ずる判決(以下、「本件高裁判決」という)(二〇一九年(ネ)第一二八二号)が出された。 | ||
本稿では、本件地裁判決と本件高裁判決の判断の違いが生まれた構造を分析し、今後、インターネット上での<ruby>扇動<rt>せんどう</rt></ruby>表現に対する法的対応の示唆を得たい。 | 本稿では、本件地裁判決と本件高裁判決の判断の違いが生まれた構造を分析し、今後、インターネット上での<ruby>扇動<rp>(</rp><rt>せんどう</rt><rp>)</rp></ruby>表現に対する法的対応の示唆を得たい。 | ||
=== 1 プロバイダ責任制限法上の発信者情報開示要件 === | === 1 プロバイダ責任制限法上の発信者情報開示要件 === | ||
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==== (3)争点2 ==== | ==== (3)争点2 ==== | ||
判決では、本件投稿は、弁護士の行為について、懲戒処分が相当であるという意見論評を述べたものであるが、朝鮮学校に対する補助金の支給に向けた活動をすること一般が憲法および何らかの法令に反するものではなく、弁護士としての品位を損なう行為でもないことは明らかであって、同活動に関する日弁連及び各弁護士会の会長声明及びこれに賛同する行為についても、表現行為の一環として、同様に法令や弁護士倫理に反するものでないことは明らかであるため、一般読者の普通の読み方を基準とした場合、懲戒請求を受けた弁護士の社会的評価を低下させるものではないと判断し、本件投稿が名誉毀損にあたらないと判断した。 | |||
==== (4)本件地裁判決の評価 ==== | |||
「情報の流通によって」という文言の解釈を、その情報自体によって権利侵害が引き起こされなければいけないとし、権利侵害と情報発信の直接的な因果関係を求めるのは、他者を扇動することによって権利侵害を起こそうとする表現に対しての法的責任を問う道を閉ざすことになる。 | |||
インターネット上では、思想、帰属意識、価値観などを共通とする集団に特に通じるような情報の発信を行い、他者を扇動していく情報発信は見受けられ、特異なものではない。 | |||
時に、このような情報発信は、一定の集団には有意な情報として受け入れられるが、その他の集団からはまともには受け入れられないことから、「犬笛」(Dog Whistle)と呼ばれる。 | |||
犬笛については、諸外国の政治においてもその問題が指摘されている。<br> | |||
インターネットの出現は、差別意識を持ち、人権への理解がない者が社会には現存するということを目に見える形で見せつけた。 | |||
そういった者達の不安を<ruby>煽󠄀<rp>(</rp><rt>あお</rt><rp>)</rp></ruby>り、誘導していく情報発信は、直接的な行為と同等、もしくは、多くの人間を巻き込み、被害を拡大していくという意味ではより悪質なものであり、これに対して司法がどう対応していくかは、喫緊の課題である。<br> | |||
争点2についての裁判所の判断は、特異な集団には犬笛は聞こえるが、その他の一般の集団に本件投稿がまともに受け入れられることはないため、本件投稿によって対象となった弁護士の社会的評価は下がらないとする。しかし、社会において、特異な集団とその他の一般の集団といった明確な分断(情報の分断も含めた)は存在しない。 | |||
集団間は、浸透性があり、それは人が持つ差別意識や弱さをキーとして入れ替わりが行われる。 | |||
そういった社会において、扇動表現が一定の集団には有意だが、その他集団には有意でないと切って捨てることは、情報のファイヤーウォール(セキュリティシステム)が存在しない状態においては、扇動表現を放置し、社会にある種の危険を内包させ続けるにすぎない。 | |||
裁判上明らかになった事実としては、本件投稿は、約三〇〇〇件の懲戒請求を引き起こしたのであり、その三〇〇〇人を一般ではないと切って捨てる理屈は本件地裁判決では示されていない。 | |||
=== 3 本件高裁判決の判断の構造 === | |||
==== (1)争点1について ==== | |||
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2022年3月11日 (金) 21:03時点における版
インターネット上の扇動表現と発信者情報開示請求(いんたーねっとじょうのせんどうひょうげんとはっしんしゃじょうほうかいじせいきゅう)とは、月刊「部落解放」2021年7月号(807号)の特集「ネット差別と法」に掲載された唐澤貴洋の寄稿である。
本文
特集 ネット差別と法
インターネット上の扇動表現と発信者情報開示請求
唐澤貴洋 弁護士
はじめに
二〇一七年五月に、氏名不詳者が、ブログにおいて、朝鮮学校に対する補助金の支給停止に反対する日弁連及び各弁護士会の会長声明に賛同した弁護士に対して懲戒請求を行うことを呼び掛ける内容の記事(以下、「本件投稿」という)を投稿した。 本件投稿を受けて二〇一八年五月までに約三〇〇〇件に及ぶ懲戒請求がなされた。 そして、懲戒請求を受けた弁護士が、懲戒請求の発端となったブログ記事を書いた氏名不詳者に対して損害賠償請求等をするためにブログ投稿者の発信者情報をブログが所蔵されているサーバのホスティングサービス提供会社に対して、発信者情報請求訴訟を大阪地方裁判所にて提起した。 同裁判については、二〇一九年四月一九日に請求棄却判決(以下、「本件地裁判決」という)(二〇一八年(ワ)第四八三三号)が出され、その後控訴によって、二〇一九年一〇月二五日に大阪高等裁判所にて原判決が取り消され、最終的には発信者情報の開示を命ずる判決(以下、「本件高裁判決」という)(二〇一九年(ネ)第一二八二号)が出された。 本稿では、本件地裁判決と本件高裁判決の判断の違いが生まれた構造を分析し、今後、インターネット上での扇動表現に対する法的対応の示唆を得たい。
1 プロバイダ責任制限法上の発信者情報開示要件
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下、「プロバイダ責任制限法」という)第四条一項において、①侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき(以下、「権利侵害明白性要件」という)、②当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき(以下、「正当理由要件」という)が、発信者情報開示請求権が認められる要件として定められている。
2 本件地裁判決の判断の構造
(1)地裁判決の概要
本件地裁判決では、権利侵害明白性要件について、①懲戒請求の呼び掛けを内容とする投稿をもって、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」に当たるか(争点1)、②本件投稿が原告に対する違法な名誉毀損に当たるか(争点2)が、争点として設定された。
(2)争点1
①判決では、プロバイダ責任制限法第四条一項一号「情報の流通によって」の解釈について、プロバイダ責任制限法の立法趣旨、「特定電気通信を通じた情報流通が拡大したことに伴い、他人の権利を侵害するような情報の流通に対処すべき必要が生じたこと、特定電気通信による情報発信は、他の情報流通手段と比較しても発信に係る制約が少ないために情報の発信が容易であり、しかも、いったん被害が生じた場合には、情報の拡散に比例して被害が際限なく拡大していくという特質を有すること、及び特定電気通信による情報の流通によって被害を受けた者がかかる権利侵害に適切に対処して救済をするためには、特定電気通信役務提供者から発信者情報の開示を受ける必要性が高い一方で、発信者情報は、発信者のプライバシー及び匿名表現の自由、通信の秘密等憲法上の権利を根拠として保護されるべき情報であって、その性質上いったん開示されてしまうとその原状回復が困難であることに鑑み、発信者と情報流通によって被害を受けた者の利害を調整する観点」及び同文言から、「特定電気通信による情報の流通に起因する権利侵害に関しても無限定な発信者情報の開示を許容するものではなく、「情報の流通によって」、すなわち、情報の流通自体によって個々人の権利利益の侵害が生じた場合に限って、開示請求権を認めた趣旨と解するのが相当」とした。
そして、弁護士が懲戒請求を受けたことによって弁護士に生じた権利侵害は、直接的には懲戒請求によって生じたものであるから、「侵害情報の流通」によって、当該弁護士の権利が侵害されたことが明らかであるとはいえないとした。
判決は、本件投稿が懲戒請求者を扇動し、不法行為と評価しうる懲戒請求が行われたとしても、直接的には、懲戒請求者の行為によって弁護士に名誉、信用等の権利利益侵害が生じたものであるから、本件投稿自体によって、権利利益侵害が起こされたものではないとし、本件投稿のような扇動表現について、発信者情報請求ができる対象の記事の埒外においた。
②そして、権利侵害明白性要件の判断のために考慮される事情の範囲について、「問題とされた権利侵害それ自体から他人の権利を侵害するものであることが明らかといえる場合をいうものと解するのが相当である。
したがって、当該投稿後に現実に生じた損害の有無や発信者の主観的意図、実社会における投稿前後のやり取りなどを踏まえて初めて、対象者の被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるか否かが判断されるような場合は、侵害が明らかであるとはいえないもの」として、本件投稿以外に様々な事情を考慮しなければ、本件投稿そのものの違法性が判断できないため、権利侵害が明白であるとはいえないとした。
(3)争点2
判決では、本件投稿は、弁護士の行為について、懲戒処分が相当であるという意見論評を述べたものであるが、朝鮮学校に対する補助金の支給に向けた活動をすること一般が憲法および何らかの法令に反するものではなく、弁護士としての品位を損なう行為でもないことは明らかであって、同活動に関する日弁連及び各弁護士会の会長声明及びこれに賛同する行為についても、表現行為の一環として、同様に法令や弁護士倫理に反するものでないことは明らかであるため、一般読者の普通の読み方を基準とした場合、懲戒請求を受けた弁護士の社会的評価を低下させるものではないと判断し、本件投稿が名誉毀損にあたらないと判断した。
(4)本件地裁判決の評価
「情報の流通によって」という文言の解釈を、その情報自体によって権利侵害が引き起こされなければいけないとし、権利侵害と情報発信の直接的な因果関係を求めるのは、他者を扇動することによって権利侵害を起こそうとする表現に対しての法的責任を問う道を閉ざすことになる。
インターネット上では、思想、帰属意識、価値観などを共通とする集団に特に通じるような情報の発信を行い、他者を扇動していく情報発信は見受けられ、特異なものではない。
時に、このような情報発信は、一定の集団には有意な情報として受け入れられるが、その他の集団からはまともには受け入れられないことから、「犬笛」(Dog Whistle)と呼ばれる。
犬笛については、諸外国の政治においてもその問題が指摘されている。
インターネットの出現は、差別意識を持ち、人権への理解がない者が社会には現存するということを目に見える形で見せつけた。
そういった者達の不安を煽󠄀り、誘導していく情報発信は、直接的な行為と同等、もしくは、多くの人間を巻き込み、被害を拡大していくという意味ではより悪質なものであり、これに対して司法がどう対応していくかは、喫緊の課題である。
争点2についての裁判所の判断は、特異な集団には犬笛は聞こえるが、その他の一般の集団に本件投稿がまともに受け入れられることはないため、本件投稿によって対象となった弁護士の社会的評価は下がらないとする。しかし、社会において、特異な集団とその他の一般の集団といった明確な分断(情報の分断も含めた)は存在しない。
集団間は、浸透性があり、それは人が持つ差別意識や弱さをキーとして入れ替わりが行われる。
そういった社会において、扇動表現が一定の集団には有意だが、その他集団には有意でないと切って捨てることは、情報のファイヤーウォール(セキュリティシステム)が存在しない状態においては、扇動表現を放置し、社会にある種の危険を内包させ続けるにすぎない。
裁判上明らかになった事実としては、本件投稿は、約三〇〇〇件の懲戒請求を引き起こしたのであり、その三〇〇〇人を一般ではないと切って捨てる理屈は本件地裁判決では示されていない。
3 本件高裁判決の判断の構造
(1)争点1について
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