恒心文庫:死にいたる病
本文
厚子は叫んだ。
息子の死に。理不尽な理由に。気づかなかった自分に。そして何より、もう一人の息子に。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!! !!!!!!!!」
まるで倒れ込むかのように、彼女は目の前にそびえ立つ糞の胸ぐらに掴みかかった。同時に胸元のボタンが弾け飛んで辺りに悪臭が漂う。
彼はここ数ヶ月風呂に入っていなかった。野外脱糞は当然のこと、糞がマダラについたデカい尻は拭かない上に、飛び散ったそれを彼は気まぐれに体へと塗りつけているのだ。彼は非常に不衛生であった。しかし不健康というわけではない。
事実、その手足は丸太の様に太く、その表面に走る血管とともに筋肉は絶えず脈打っている。そして胴体はその手足を振り回すに足る質量を備えていた。彼は天を衝くかの様な巨漢であった。
当然、それをひり出したはずの厚子も巨漢である。しかし、彼は並外れた巨漢であった。胸ぐらを掴まれた彼は小ゆるぎもせずそこに佇んでいる。厚子はその胸ぐらでぶらぶらと力無く揺れているのだ。
しかし、厚子は知っていた。かつてあんなに父洋におんぶに抱っこだった彼が、その図体が大きくなった今でもおんぶに抱っこだということを。
"ただ思うに自分のことを考えれるようになれば、
それでいいと思う。"
そんなことを言い出してから、彼は何も成長していなかった。まるで人が変わったようだった。周りのことを考えられず、突飛なことを言い出しては周りを困惑させる。他人ならば、相手をしなければいいのだ。しかし、厚子にとっては腹を痛めた息子。無視などできない。どうにか、校正しようと日々振り回され続けてきた。その結果がこれだ。
厚史が、悪いもの達に殺された。父洋も厚子も、長男にかかりっきりだったために、厚史はぐれて悪いもの達の集団に入ったのだ。
しかし、彼は良くも悪くも唐澤家の一人。唐澤一族の血を特に濃く引き継いだ彼は当然のごとく優秀で、そしてイケメンであった。悪いもの達が面白く思うはずがない。そしてその内に幹部の女が厚史にお熱だとかなんとかで、内部抗争が起きて厚史は死んだのだ。
全ては、厚史は一人で大丈夫だろうとたかをくくっていた自分たち親と、何よりも、"人にやってもらって当然"と思っているこいつのせいだった。
それでも、厚子は我慢していただろう。こいつが本当に自分の息子ならば。厚子は木偶の坊の胸元でブランコの様に揺れながら、顔を後ろへと向けた。
そこでは白いもみあげの男が立っていた。父洋である。まるでふてくされた様に頬を膨らませながらうつむいている。その姿に、厚子は歯ぎしりを鳴らさずにはいられなかった。
というのも、彼女が今まで息子だと思っていたものは、彼女の息子ではなかった。しかし、父洋の息子ではあったのだ。
火葬場で、彼女は見てしまった。厚史の骨を、骨壷ならぬ肉壺にぶち込む"息子"の姿を。焼け焦げた煤を尻たぶに浴びながら、洋は喚く。
"言う通りに邪魔ものは消しただろう!はやく入れておくれよ!"
足元で呻く父洋を見ながら、かれはクツクツと喉を鳴らす。
"河野の血が絶えた今、当職こそ河野の名声を得るに相応しいなり"
唖然とする厚子をよそに、父は腰を天高く突き上げ叫ぶ。
"いいぞ!hip-upしているからな!"
直後、息子のノビのある息子が父のキャッチャーミットにズドン!観客席のごとく波打つ肉体を背景にして、栓を切ったかの様に白球が溢れ出す。そして、厚子は目にした。
肉棒がぶち込まれた洋の金玉、そのバックスクリーンが息をする様にヒクついている。パックリと大きく裂け、まるで経産婦の様に黒ずんでいる。
某然とする厚子の前で2人はお互いの糞をお互いに塗り合い始めた。残酷なまでに良く似ている2人を眺めながら、厚子は思い出していた。
彼女の夫、洋は経産夫であった。かつて、同じ大学に通っていたM君との大恋愛の結晶。蜜月の時、その破綻の原因となった、亡くなったという彼らの息子の名は。
「ああ!!洋一、洋一!」
彼女は直感した。そして実の息子の皮を被っていた悪魔へと走り出さずにはいられなかった。
リンク
- 初出 - デリュケー 恒心文庫:死にいたる病(魚拓)
ここでは厚子が化け物のような姿となっている作品のみリンクを掲載する。この他にもメインとして登場している作品、叙述トリック物がある。