唐澤貴洋の裁判一覧/東京地方裁判所平成27年(ワ)第26993号
全文
群馬県太田市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 B
C
東京都港区く以下省略〉
ソフトバンク株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 五十嵐敦
梶原圭
寺門峻佑
小林貴恵
田中真人
小塩康祐
津城尚子
丸住憲司
主文
1 被告は,原告に対し,別紙発信者情報目録記載の情報を開示せよ
2 訴訟費用は,被告の負担とする
事実及び理由
第1請求の趣旨
主文同旨
第2当事者の主張
1原告の主張
( 1 )原告は,群馬県太田市において,眼科医として開業している者である 被告は, 電子通信事業を営む会社であり,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)に規定する「特定電気通信役務提供者」( 法2条3号)に当たる
( 2 )氏名不詳の本件発信者は,平成2 7年8月1 7日,インターネット上の掲示板サイトにおいて,別紙情報目録記載のとおり,原告の勤務先と氏名を特定し,「変態」であるとする本件情報を投稿し,閲覧者をして,原告が悪趣味又は異常な性欲若しくは性的傾向を有するがごとく誤信させた
( 3 )本件情報は,現在もコピーサイト上で流通しており,原告の社会的信用や客観的評価を低下させており,その権利を明白に侵害する。また,その文面からして,抽象的な伝聞に基づき,単なる私人である原告を誹謗中傷するものであって,違法性阻却事由の存在を窺わせる事情もない。
( 4 )したがって,原告には,本件発信者に損害賠償を求めるため,「開示関係役務提供者」(法4条1項)に対し,本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。なお 回線契約が家族名義等である可能性もあるので,開示の対象には,電子メールアドレスをも含める必要がある
( 5 )よって,原告は,本件情報の流通に関して「開示関係役務提供者」に当たる被告に対し,本件発信者情報を開示することを求める
2被告の主張
( 1 )被告が,本件発信者情報を保有すること,本件情報の流通について,法4条1項柱書の「開示関係役務提供者」に当たることは認める。しかし,本件は,同項1号所定の権利侵害の明白性の要件を欠き,また,少なくとも電子メールアドレスの開示について,同項2号の正当な理由がない
( 2 )すなわち,本件情報は,同姓同名の可能性を考慮すれば,原告を対象とする表現であるのか明らかでなく,しかも,事実を摘示せず,主観的な感想を表現するにすぎないから,対象者の社会的評価を低下させるものともいえない。したがって,本件情報は,原告の社会的評価を低下させない。
( 3 )また,原告は校医という公的な職務に就いており,本件情報の投稿に公共性がないとはいえず,公益性及び真実性がないことが明白であるともいえない。実際,本件発信者は,被告からの照会に対し,本件情報の発信について,公益性,公共性及び真実性がある旨の回答をしている
( 4 )仮に,本件情報の発信に権利侵害の明白性があるとしても,本件発信者の氏名又は名称及び住所が開示されれば,原告が損害賠償の請求をすることは可能であるから,原告には,本件発信者情報のうち,電子メールアドレスの情報まで開示を受けるべき正当な理由は存在しない
( 5 )そうすると,被告としては,本件発信者の同意もなく,裁判所の判断も示されていないのに,本件発信者情報を開示することはできない
第3当裁判所の判断
1原告の社会的評価の低下について
( 1 )証拠(甲1から甲4 )及び弁論の全趣旨によれば,本件発信者が,平成2 7年8 月1 7日,インターネット上の掲示板サイトの「〇〇」と題するスレッドにおいて本件情報を投稿したこと,同スレッドは,主として,異常性のある性的犯罪等に関する報道を紹介する投稿,当該投稿が紹介する性的犯罪等の「変態」性の度合いを相撲の「番付」になぞらえるなどして論評する投稿等からなるものであることが認められる
そして,本件情報は,校医である原告が「変態」であり,「女子」が受診を嫌がり,「親たち」も心配しているというのであるから,一般の閲覧者としては,原告が,女子生徒を診察する際などに,性的に問題ある言動をとるなどしているとの指摘が,当該学校の生徒からの情報提供の体で投稿されていると理解するのが通常であると考えられる。そうすると,それが原告の社会的評価を低下させるものであることは明白である
( 2 )これに対し,被告は,当該校医が原告であるとは特定されていないと主張するしかし,証拠(甲5 )及び弁論の全趣旨によれば,本件情報にいう勤務先に誤りはなく,当該勤務先に同姓同名の医師が所属するような事清もないと認められ,当該校医が原告を指すことは明らかである。そして,一般の閲覧者が,医師の氏名と勤務先の医療機関の名称をインターネット上で検索するなどし,原告を特定することも困難ではないというべきであるまた,被告は,本件情報は主観的感想にすぎず,社会的評価を低下させないと主張するしかし,前記のとおり,本件情報は,「変態」性のある性的犯罪を紹介するスレッドに投稿され,原告の診察を「女子」生徒が嫌がっているというのであるから,「変態」であるという評価の前提として,抽象性はあるにせよ,性的な問題行動の存在が指摘されていると理解せざるを得ないのであり,これが原告の社会的評価を低下させることは明らかである
( 3 )なお,証拠(乙3 )によれば,本件発信者は,被告からの照会に対し,本件情報は,原告が不特定多数の女性に自らの精子を用いて人工授精をするなどしていることを「変態」と表現したものであるなどと説明していることが認められる。しかし,そのような趣旨を本件情報から読み取ることは困難であり,一般の閲覧者は,甲第1号証の5 8 7番及び5 8 8番の投稿にもみられるとおり,前記( 1)のように理解するのが通常であると考えられる
また,本件発信者は,本件情報の投稿記事が早期に削除されていることなどから,原告の社会的評価の著しい低下はないと指摘していることも認められるしかし,証拠(甲2 )及び弁論の全趣旨によれば,本件発信者も自認するとおり,本件投稿に反応する記事が4件はあることが認められ(甲1の5 8 5番から5 8 8番の記事) ,その程度はともかく,原告の社会的評価が低下したこと自体を否定することはできない。
2本件発信者の違法性阻却事由について
( 1 )本件情報は,前記1 (1)のとおり, 一般人の通常の注意と読み方を基準にしたとき ,校医である原告が,女子生徒を診察する際などに,性的に問題ある言動をとるなどの事実があることを前提に,原告を「変態」と表現したものであると理解されるものである。現に 甲第1号証の5 8 7番及び5 8 8番の記事は,そのような理解の下,本件情報に反応した投稿であることが明らかであるが,本件発信者が,その理解を訂正しようとした形跡もない
しかるに,本件発信者の回答(乙3 )によれば,当該投稿は,原告が,学会のガイドライン等に反し,不特定多数の女性に自らの精子を用いて人工授精をするなどしている事実を前提に,本件情報を投稿したというのであるから,前段落にいう診察の際の性的問題行動などについて,真実性又は相当性があるはずもない。したがって,その余の点を検討するまでもなく,本件情報の投稿の違法性を阻却する事由はないことになる
( 2 )もっとも,仮に,本件発信者が,原告による前記人工授精等の事実について注意を喚起するため記事を投稿しようとしたが,その言葉に足りない部分があるなどしたため, 診察の際の性的問題行動等を問題とするかのように理解される文言となってしまったというのであれば,人工授精等の事実に真実性又は相当性があることなどを要件として,その記事投稿の違法性又は責任が阻却されるという法的構成を検討する余地がないでもない。
しかしながら,証拠(乙3 )によれば,本件発信者の説明によっても,本件発信者は,前記事実関係を「買い物をしていた際,女子中学生らしき複数人物の会話」から知り,その後「複数の当事者らの証言」から真実性を確認したとはいうものの,その「当事者」の氏名や立場も全く明らかにされないことが認められる。そうすると,現在の証拠上,いずれにせよ,当該事実関係の真実性又は相当性をうかがわせる事情はないことになる
3開示を求める正当な理由について
( 1 )被告が,本件情報の流通について,法4条1項柱書の「開示関係役務提供者」に当たることに争いはないところ,前記1及び2によれば,原告が,本件情報の流通によって権利を侵害されたことが明らかな者に当たるということができ(同項1号) ,弁論の全趣旨によれば,原告が,本件発信者に損害賠償請求権を行使するため,本件発信者情報の開示を求めていると認められるから,その正当な理由があるといえる(同項2号)
( 2 )これに対し,被告は,本件発信者情報のうち,電子メールアドレスに関しては, その開示を受けるべき正当な理由がないというが,被告との契約関係が,法人名義や家族名義である場合もあるから,原告には,「電子メールアドレス」(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条第1項の発信者情報を定める省令3号)を含めた開示を受ける正当な理由があるというべきである
4結論
よって,原告の請求は理由があるから,これを認容するが,仮執行宣言は相当でないから これを付さないこととし,主文のとおり判決する (裁判官吉野俊太郎)
別紙
発信者情報目録
別紙情報目録記載の投稿日時における別紙情報目録記載のIPアドレスの利用者(発信者) に関する次の情報
1 氏名又は名称
2 住所
3 電子メールアドレス
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