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「唐澤貴洋の裁判一覧/東京高等裁判所平成27年(ネ)第1347号」の版間の差分

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==== 2.花子さんは後医において、右上腕色素沈着や不安障害などの症状を訴えていますが、A医師によるプレドニンの処方との間に因果関係があるといえますか。また、裁判所は総じて因果関係は無いと請求を棄却していますが妥当でしょうか ====
==== 2.花子さんは後医において、右上腕色素沈着や不安障害などの症状を訴えていますが、A医師によるプレドニンの処方との間に因果関係があるといえますか。また、裁判所は総じて因果関係は無いと請求を棄却していますが妥当でしょうか ====
UNDER CONSTRUCTION
 ステロイド剤は安くて強く炎症を抑える効果のある薬ですが、副作用も出やすいとはいえ、これはマスコミの影響もありますが、ステロイド剤を処方すると、毒薬を出されたかの如く嫌悪する患者さんもいます。
また、現在ではインターネットなどをみれば、頻度不明なものも含めて様々な副作用があると分かり、この薬で助かった患者さんが多くいるにもかかわらず、酷い薬であると思い込んでしまうということもあるように感じます。<br>
 本件においても患者さんは、様々な副作用が出たと主張していますが、総じてみればA医師の処方したプレドニンとの因果関係は無いと思います。
一応、色素沈着など、患者さんが主張するような副作用もプレドニンの能書に副作用として挙がっているものもありますが、その頻度は不明となっているものばかりです。
能書の「頻度不明」というのは、調査対象数が少ないか、因果関係がはっきりしないなどの理由で、ほとんど起きていないということです。
患者さんが現れたと主張する副作用は、先ほど述べた鬱と同様に、患者さん自身の既往や素因などから出てきた症状ではないのかと思います。<br>
 当院では治験なども行っていますが、その際に生じた予想外の事象は、最近では副作用という考え方でなく、随伴症状と呼んでいます。
服用時に起きた有害事象はすべて挙げることになっており、例えば転んで骨折したとしても、それは随伴症状ということになります。
とにかく有害事象が起きたらそれに対して、因果関係が有り、無し、分からないなどの評価をし、そういったものが集積されて、現状では能書が作成されていきます。
能書で副作用の頻度に関して「頻度不明」とあるものは、因果関係が無しと評価されていたものであると考えられ、実際に発症するようなことはまずないものといえるでしょう。<br>
 そのようなことを踏まえ、薬を処方する際、患者さんへ副作用の説明はどこまでするべきなのかということですが、それなりに頻度の高いものと重篤性の高いものを説明すれば良いということになるとは思われるものの、では、例えばプレドニンにおいて、具体的に何mg/日処方する場合、何と何を説明すると決まっている訳ではありません。
また、逆に能書にある副作用を全部書き出してプリントして患者さんに渡し、内容に納得してサインをもらうようにすれば間違いはないのかもしれません。
ただ、生じる可能性がまず無い副作用や重い副作用の話をきくと、薬の服用を思いとどまる患者さんも出ます。
結局、治療を進められず病気が悪化し損をするのは患者さん自身になってしまい、倫理上問題が出てきてしまいます。
様々な意見はあるとは思いますが、本件のような腱板疎部損傷や肩関節周囲炎などでプレドニンを処方する際の説明は、先ほど述べた、ムーンフェイス、消化管潰瘍、感染症や骨粗しょう症になりやすいといった点は説明し、それ以外は説明しなくても良いのではないかと思います。<br>
 本件の経緯を見ますと、処方する量を間違えたという点があり、これは明らかな反省点であるといえ、仮に1日の使用上限が30mg程度と能書にあったとすれば、過失と取られる可能性はあったかもしれません。
しかし、肩の痛みは軽減しているようですので、プレドニンは効果があったといえ、問題はなかったといえるのではないでしょうか。
裁判所の判断は妥当であると思います。
 
==== 3.関節などの慢性的な痛みを訴える患者さんに対し、(本件のように訴訟に至らぬよう)どのような対応をすべきであるといえますか ====
 本件のように肩の関節などに慢性的な痛みを訴える方というのは、現在、ものすごく多いといえますが、その原因は打撲であったり、経年変化であったり、1つではなく複数考えられることもあり、それにあった対応が医療側には求められています。
例えば血液検査をしてCRPが高いなど炎症所見が明らかであれば、消炎鎮痛剤を使うのは当然ですが、炎症所見がみられなくても、「痛い、痛い」と訴える患者さんはいます。
ステロイド剤の服用や関節への注射が効かないとなりますと、現在では神経的なものが要因である、線維筋痛症の可能性も考え、リリカやサインバルタなどの神経の伝達に作用する薬を処方するという流れがあり、これで効果がみられる患者さんも多く、そこが昔と違うところといえます。
しかし、それでも効果がない患者さんはおり、そうするとやはり心理的な問題の可能性も考慮していかなくてはならず、それとなく心療内科の受診を促すようにしていきます。
原因を幅広く考えて治療していくことが、医療側には求められていると思います。<br>
 手術や投薬にあたり、どこまで説明するかは、疾患の内容や重篤性、技術的な問題、副作用の内容によりますし、患者側の病状の程度、理解度、心理状態などを総合して決めることになります。
院内に倫理委員会があれば、そこでこの問題をあらかじめ話し合いあっておくのも良い方法です。


==関連項目==
==関連項目==

2022年2月21日 (月) 14:37時点における最新版

唐澤貴洋の裁判一覧 > 唐澤貴洋の裁判一覧/東京高等裁判所平成27年(ネ)第1347号

東京高等裁判所
平成27年(ネ)第1347号
平成27年07月08日
東京都(以下略)
控訴人 
同訴訟代理人弁護士 唐澤貴洋
東京都(以下略)
被控訴人 学校法人Y大学
同代表者理事長 C
同訴訟代理人弁護士 木﨑孝
同 城石惣

主文

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平成26年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 仮執行宣言

第2 事案の概要(略語は,原判決の例による。)

 1 本件は,控訴人(昭和39年(以下略)生まれの女性)が,右肩関節痛を訴え,被控訴人の開設に係る本件病院の整形外科を受診したところ,担当医であるD医師らは,控訴人にステロイド薬であるプレドニン錠を処方するに際し,その副作用を説明すべき注意義務があるのに,これを説明せず,また,その適正量を処方すべき注意義務があるのに,過剰な量を処方したことにより,控訴人に右上腕色素沈着,両母趾MTP関節痛,パニック症状を発生させ,控訴人に肉体的精神的苦痛を与えたと主張して,被控訴人に対し,債務不履行又は不法行為を理由とする損害賠償請求権に基づき,慰謝料1000万円及びこれに対する不法行為のあった日の後で,訴状送達の日の翌日である平成26年2月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 2 原審は,D医師の説明義務違反は認められない,D医師の処方上の注意義務違反があるというには疑義があるが,仮に処方上の注意義務違反が認められるとしても,控訴人主張の症状との間の相当因果関係があるとは認められないと判断して,控訴人の請求を棄却した。

 3 これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。

 4 前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,原判決5頁2行目及び同頁7行目の各「平成26年6月25日」をいずれも「平成25年6月25日」と改め,後記5において当審における当事者の新主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1及び2並びに「第3 当事者の主張」1ないし4(原判決2頁6行目~6頁25行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 5 当審における当事者の新主張

 〔控訴人〕

 ステロイド服用の即時中止は推奨されておらず,2週間で10%ずつ減量するのが一般的な漸減中止方法であり,これと異なる不適切な減薬が行われると,離脱症候群(食欲不振,全身倦怠,悪心,体重減少,頭痛など)が発生することがあるから,D医師は,控訴人にプレドニンを処方するに際し,この一般的な漸減中止方法に従った減薬を行うべき注意義務があった。

 ところが,D医師は,上記注意義務に違反して,1週間で60%もの過度な減薬(平成25年6月25日に処方した1日合計50mgから同年7月2日に処方した1日合計20mgへの減薬)をし,これにより,控訴人に離脱症候群が発生したのであるから,被控訴人は,控訴人に対し,債務不履行責任又は不法行為責任を負うというべきである。

 〔被控訴人〕

 控訴人の上記主張は否認し,争う。

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所は,D医師の説明義務違反も処方上の注意義務違反も認められず,控訴人の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり改め,後記2において当審における当事者の新主張に対する判断を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」1及び2(原判決7頁1行目~10頁24行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。控訴人が当審において種々主張立証するところを検討しても,上記判断は何ら左右されない。

 (1) 原判決7頁24行目の「しかしながら,」から8頁6行目末尾までを次のとおり改める。

 「しかし,右上腕色素沈着,両母趾MTP関節痛及びパニック症状が,プレドニンの出現頻度の高い副作用であるとも,一定の出現頻度があり,かつ,重篤な副作用であるとも認めるに足りる証拠はないから,D医師が,控訴人にプレドニンを処方するに際し,これらの症状についてまで説明する注意義務はなかったというべきである。」

 (2) 原判決8頁末行の「大腿骨壊死との掲載はない上に,」を削る。

 (3) 原判決10頁10行目末尾に次のとおり加える。

 「なお,D医師が平成25年7月2日時点においても当初予定していた投与量(1日合計10mg)を超える量の処方(1日合計20mg)をしたことはあったものの,上記処方は長期内服を前提とした漸減よりも減量後早期内服中止が相当であるとの医学的判断(乙A1)に基づくものであり,その処方期間も4日間に短縮されており,「短期使用ですむ場合は多量投与しても可」,「初期投与量の投与期間が短い場合は早く減量できます」との医学知見もあること(甲B1,甲B5)に照らせば,上記時点における処方が過剰な量の処方であったということもできない。」

 (4) 原判決10頁20行目から同頁24行目までを次のとおり改める。

 「以上のような事情を総合的に考慮すれば,D医師は,控訴人に対するプレドニンの処方上,当初は自らの医学的診断に基づく適正量(1日合計10mg)を大幅に超過する過剰な量の処方(50mg)をしてしまったというのであるから,その医療行為に適切を欠くところがあったことは否定し難いものの,D医師によるプレドニンの処方により,控訴人の訴えていた症状(右肩関節痛)が改善されたというのであり,他方,控訴人が顔のむくみや足の裏の異常を感ずることがあったとしても,これらの症状が悪化ないし長期化したことを認めるに足りる証拠はないのであるから,D医師の当該医療行為が著しく不適切であったとはいうことができない。

 したがって,上記のような本件の事実関係の下においては,D医師に処方上の注意義務違反があったとまでいうことはできず,被控訴人は,控訴人に対し,債務不履行責任,不法行為責任を負うものではないというべきである。」

 2 当審における当事者の新主張に対する判断

 控訴人は,D医師には一般的な漸減中止方法に従った減薬を行うべき注意義務違反があり,これにより,控訴人に離脱症候群が発生した旨主張する。

 しかし,証拠(甲B1,甲B5~甲B8)によれば,長期間の大量投与を予定する重篤な疾患,例えば,臓器障害のある膠原病疾患では初期投与量を2~4週間続け,その後1,2週間ごとに10%程度減量すべきであるものの,一般的なステロイド療法では,投与開始時に疾患活動性を抑制し得る必要十分量を投与し,徐々に減量していくのが原則であるにとどまり,具体的な投与量は,疾患,病期,活動性などによって大きく異なり,減量法に明確なエビデンスはないこと,かえって,「短期使用ですむ場合は多量投与しても可」,「初期投与量の投与期間が短い場合は早く減量できます」との医学知見もあることが認められる。なお,本件において,D医師の処方に係る減薬により控訴人に離脱症候群が発生したことを認めるに足りる証拠はない。

 これらの事実によれば,重篤な疾患にり患していたわけではない控訴人に対する短期間のプレドニン投与にとどまった本件について,控訴人の主張する「一般的な漸減中止方法」が妥当するというには疑問があるから,控訴人の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。

第4 結論

 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がないから,控訴人の請求を棄却した原判決は結論において正当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第1民事部

裁判長裁判官 石井忠雄

裁判官 田中秀幸

裁判官大竹優子は,転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 石井忠雄

医事法令社「医事判例解説」による説明

医事法令社「医事判例解説」2016年8月号(第63号)において、この裁判の判例が「指標事例 5選」のうちの一つに選ばれた。

●指標事例 No.4

整形外科゠肩関節痛に対するステロイド剤投与の注意義務、説明義務等 (大学病院—無責・請求棄却)

誤ったステロイド剤の過剰な投与によりパニック症状や色素沈着などが生じたとして損害賠償を求めた事例

東京高裁 平成27年7月8日判決

事件番号 平成27年(ネ)第1347号

Points 要約

 当時49歳の女性は右肩関節痛を訴え、平成26年6月18日、Y大病院の整形外科を受診し、同日、VクリニックでMRI検査を受け、「腱板疎部損傷疑い」と診断された。 25日、Y大病院整形外科A医師の診察を受け、プレドニン1日合計10mgとするところを誤り50mgを7日分処方された。 その後、患者は7月2日、プレドニンの服用後初めてY大病院を受診し、少なくとも1日合計20mgを4日分処方された。 なお、その日の診療録には、「激痛はおさまったが足の裏が熱くなった」、「顔がむくんだと」、「痛みがおさまったのでとても楽と」などの記載があった。 患者は11月1日、Wクリニックを受診し、B医師の診察を受け、診断書には「病名 右上腕色素沈着 両母趾MTP関節痛 パニック症状」、「平成25年7月5日の来院時より、上記症状が出現」、「平成25年11月1日再診時まで持続している」などの記載があった。 その後、患者は平成26年7月7日、Uクリニックを受診し、診断書には、「傷病名 不安障害」、「医療に対しての不信感からくる、動悸・強い不安感・睡眠障害や下肢の痛み、肩関節痛の増強、頭痛等の身体症状の合併が認められます。現在、医療への受診が困難な状態になっています。定期的通院加療が必要と判断いたします」との記載があった。
 このため患者本人は、A医師の処方に従ってプレドニンを服用したことによってパニック症状、右上腕近位部色素沈着などの症状が生じたとし、これらにつき注意義務違反や説明義務違反があるなどと主張して、損害賠償金の支払いを求めた。
 原審裁判所は、A医師には説明義務違反は認められず、処方状の注意義務違反があるというには疑義があるが、仮に処方上の注意義務違反が認められるとしても、患者の症状との間の相当因果関係は認められないとし、請求を棄却した。 これを不服として患者本人が控訴した。
 控訴審裁判所は、ステロイド薬であるプレドニンの投与に関して、A医師の説明義務違反も処方上の注意義務違反も認められないとして、請求を棄却した。

Summary 事実の概要

第1 事案の経緯

 甲野花子さん(仮名、女性。当時49歳)は右肩関節痛を訴え、Wクリニックを受診し、B医師からの紹介で、平成25年6月18日、学校法人Y大学(以下「Y大学」といいます)が開設するY大学附属病院(以下「Y大病院」といいます)の整形外科を受診しました。 外来診療録には、「(主訴)右肩関節痛」、「(現病歴)H25年1月に転倒し、右肩痛出現。Wクリニックを受診し疼痛のためリハビリ困難であり肩外来へ紹介となる。3月に整形外科を受診し注射を2〜3回施行するも改善せずその後針治療を続けていた」との記載があり、花子さんは同日、Vクリニックにおいて右肩関節のMRI検査を受け、「腱板疎部損傷疑い」と診断されました。 そこで、花子さんは25日、Y大病院を受診し、整形外科医のA医師の診察を受け、ステロイド薬であるプレドニン1日合計50mg(1回当たりプレドニン錠5mg×5錠=25mg、1日朝・昼食後2回)を7日分処方されました。 花子さんはA医師からの上記処方に従い、その日から7日間、1日当たりプレドニン錠5mgを10錠ずつ(50mg)服用しました。 その後、花子さんは7月2日、プレドニンの服用後初めてY大病院を受診し、少なくともプレドニン1日合計20mg(1回当たりプレドニン錠5mg×2錠=10mg、1日朝・昼食後2回)を4日分処方されました。 なお、その日の診療録には、「激痛はおさまったが足の裏が熱くなった」、「顔がむくんだと」、「痛みがおさまったのでとても楽と」、「(痛み)あと1週間様子みてリハ開始へ、」「プレドニン錠5mg 5mg/T 4T 2回 朝・昼食後4日分 13/07/02開始」、「プレドニン錠5mg 5mg/T 2T 1回 朝食後3日分 13/07/02開始」などの記載があります。
 花子さんは11月1日、Wクリニックを受診し、B医師の診察を受けました。 なお、その日の診断書には、花子さんについて、「病名 右上腕色素沈着 両母趾MTP関節痛 パニック症状」、「平成25年7月5日の来院時より、上記症状が出現」、「平成25年11月1日再診時まで持続している」などの記載があります。 その後、花子さんは平成26年7月7日、Uクリニックを受診しました。 その日の診断書には、花子さんについて、「傷病名 不安障害」、「医療に対しての不信感からくる、動悸・強い不安感・睡眠障害や下肢の痛み、肩関節痛の増強、頭痛等の身体症状の合併が認められます。現在、医療への受診が困難な状態になっています。定期的通院加療が必要と判断いたします」との記載があります。

 このため、花子さんは、A医師の処方に従ってプレドニンを服用したことによってパニック症状、右上腕近位部色素沈着などの症状が生じたとし、これらにつき、A医師は過剰な量のプレドニンを処方した注意義務違反や説明義務違反があるなどと主張して、Y大学に対して、診療契約の債務不履行または不法行為に基づき損害賠償金の支払いを求める訴えを起こしました。
 原審では、A医師には説明義務違反は認められず、また、A医師に処方上の注意義務違反があるというには疑義があるが、仮に処方上の注意義務違反が認められるとしても、花子さんが主張する症状との間の相当因果関係があるとは認められないと判断し、花子さんの請求を棄却しました。 そこで、これを不服とする花子さんはY大学に対して本件控訴を提起しました。

第2 裁判所の判断

1.A医師のプレドニン処方に当たっての説明義務違反の有無について

 花子さんは、A医師にはプレドニンを処方するに先立って、花子さんに対して副作用の可能性があることを説明すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、プレドニンの服用により将来的に生じる可能性があると言われている大腿骨壊死も含め、プレドニンの副作用について一切説明しなかった注意義務違反があると主張します。
 これに対して、Y大学は、A医師はプレドニンを処方する際、花子さんに対して、副作用として顔にむくみが生じ、胃に不快感が生じることがあることを説明しているから、花子さんが主張するような注意義務違反はなく、また、花子さんが主張するような大腿骨壊死の危険性についてまで説明する義務もないなどと主張します。

 これにつき、裁判所はまず、花子さんが右上腕色素沈着、両母趾MTP関節痛、及びパニック症状という各症状がプレドニンの処方と相当因果関係がある症状であると主張し、これらの副作用についてA医師から説明がなかったと主張していることに関して、そもそも上記の各症状がプレドニンの出現頻度の高い副作用であるとも、また、一定の出現頻度があり、重篤な副作用であるとも認めるに足りる証拠がない以上、A医師には上記の各症状についてまで説明する義務はなかったと述べました。
 第二に裁判所は、花子さんには平成25年7月2日の時点で顔がむくむという症状が生じており、これについてはプレドニンの説明文書に「副作用」として記載されているものの、11月1日や平成26年7月7日に花子さんが他の医療機関で診断を受けた際には、そのようなむくみがあるという診断がされていないことからも明らかなように、この症状は一過性のものであって、重篤であるとはいえないことから、A医師は顔のむくみについて説明する義務を負っていたとはいえないとしました(なお、Y大学は、顔がむくむという副作用について説明したと主張していますが、診療録にその旨の記載はなく、そのような説明がされたことを認めるに足りる証拠はありません)。
 第三に裁判所は、花子さんが、プレドニンを服用し始めてから足が焼けるように熱くて苦しい、足の骨が痛いなど縷々症状が生じたと主張していることに関して、上記の症状はいずれもプレドニンの説明文書に「副作用」として記載されているものではなく、一定の出現頻度がある副作用であるということはできないことから、これらについてA医師が説明する義務はなかったと述べました。
 第四に裁判所は、花子さんが、プレドニンの服用で将来的に生じる可能性があるといわれている大腿骨壊死についてA医師から説明がなかったと主張していることに関して、プレドニンの説明文書には「副作用」として「そのほかは多くありませんが、大量もしくは長期の服用においては、…(中略)…骨が弱る…(中略)…などに注意が必要です」、「重い副作用」として「めったにないですが、初期症状等に念のため注意ください。…(中略)…骨がもろくなる」と記載されているものの、これらは大量または長期の服用の場合の注意や、滅多に発症しないことに関する記載であって、花子さんに投与された量が説明文書に記載された1日当たりの投与量の範囲内にとどまり、かつ、その投与期間が7日間にすぎないことからすると、A医師に大腿骨壊死発症の可能性についてまで説明する義務はなかったとしました。
 そして、裁判所は以上の検討から、本件におけるA医師の対応について、プレドニンの副作用の説明に関する注意義務違反、またはこれに基づく損害賠償責任はないというべきであることから、花子さんの主張は採用できないとしました。

2.A医師のプレドニン処方上の注意義務違反の有無について

 花子さんは、A医師にはプレドニンを処方する際、細心の注意を払って適正な投与量を判断すべき注意義務があったにもかかわらず、これに違反して、平成25年6月25日に1日合計50mg(1回当たりプレドニン錠5mg×5錠=25mg、1日朝・昼食後2回)を7回分、7月2日に1日合計20mg(1回当たりプレドニン錠5mg×2錠=10mg、1日朝・昼食後2回)を4日分という過剰な量のプレドニンを花子さんに処方したなどと主張します。
 これに対して、Y大学は、A医師は6月25日、プレドニン錠5mgを1日当たり10mg処方するという判断をしたものの、これはコンピューターへ入力する際に操作の誤りで1日当たり50mgとA医師の判断自体は適正であり、A医師には、最新の注意を払って適正な投与量を判断しべき義務に関する違反は認められず、また、肩関節周辺炎に対するステロイド内服の投与量についてはいまだ一定の基準はなく、A医師のプレドニンの処方量は意図した量の5倍ではあったものの、ステロイドパルス療法などと比較すると大きく下回ることからすれば、A医師のプレドニンの処方量が過剰だったともいえないなどと主張します。

 これにつき、裁判所はまず、プレドニン錠の含有成分であるプレドニゾロンはステロイド薬の中でも薬効が弱いものに分類されており、説明文書によれば、「用法用量は症状により異なります」という断りはあるものの、通常は、成人は1日5〜60mgを1〜4回に分割経口服用するものとされていることから、そうすると、A医師が花子さんに対してプレドニン錠を1日合計50mg処方した6月25日及び1日合計20mg処方した7月2日のいずれの時点の処方についても、少なくとも説明文書に記載された成人1日当たりの通常の服用量の上限を超えるものではなかったと述べました。
 その上で、裁判所は、A医師は花子さんに対するプレドニンの処方上、コンピューターへ入力する際に操作の誤りで、自らの医学的診断に基づく適正量(1日合計10mg)を大幅に超過する過剰な量の処方(1日合計50mg)をしてしまったのであるから、その医療行為に適切さを欠くところがあったことは否定し難いものの、しかしながら、A医師によるプレドニンの処方によって花子さんの訴えていた症状(右肩関節痛)は改善されており、他方、花子さんが顔のむくみや足の裏の異常を感じることがあったとしても、これらの症状が悪化したり長期化したりしたことを認めるに足りる証拠もないことから、そうすると、A医師の上記の医療行為が著しく不適切なものだったとはいえず、したがって、A医師に処方状の注意義務違反があったとまでいえないとしました。

3.ステロイド服用の漸減中止方法に従った減薬をしなかった義務違反の有無について

 花子さんは、ステロイド服用の即時中止は推奨されておらず、2週間で10%ずつ減量するのが一般的な漸減中止方法であって、これと異なる不適切な減薬が行われると、離脱症候群(食欲不振、全身倦怠、悪心、体重減少、頭痛など)が発生することがあるから、A医師には花子さんにプレドニンを処方するに際し、上記の一般的な漸減中止方法に従った減薬を行うべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、1週間で60%もの過度な減薬(6月25日に処方した1日合計50mgから7月2日に処方した1日合計20mgへの減薬)を行い、これによって花子さんには離脱症候群が発生したのであるから、Y大学は花子さんに対して、債務不履行責任または不法行為責任を負うなどと主張します。
 これに対して、Y大学は、そのような責任はないなどと主張します。

 これにつき、裁判所は、長期間の大量投与を予定する重篤な疾患、たとえば、臓器障害のある膠原病疾患では、初期投与量を2〜4週間続け、その後1、2週間ごとに10%程度減量すべきであるものの、一般的なステロイド療法では、投与開始時に疾患活動性を抑制し得る必要十分量を投与し、徐々に減量していくのが「原則」であるにとどまり、具体的な投与量は、疾患、病期、活動性などによって大きく異なり、減量法に明確なエビデンスはないこと、かえって、「短期使用ですむ場合は多量投与しても可」、「初期投与量の投与期間が短い場合は早く減量できます」との医学知見もあること、及び、本件において、A医師の処方にかかわる減薬によって花子さんに離脱症候群が発生したことを認めるに足りる証拠はないことからすれば、重篤な疾患に罹患していたわけではない花子さんに対する短期間のプレドニン投与にとどまった本件において、花子さんの主張する「一般的な漸減中止方法」が妥当するというには疑問があることから、花子さんの上記主張はその前提を欠き、採用することができないとしました。

 裁判所は以上のように判示し、花子さんの請求は理由がないことから、花子さんの請求を棄却した原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないことから、これを棄却するとしました。

Comment of Specialist 医師のコメント

1日に50mgのプレドニン処方は明らかに多すぎる量であるといえるが、それにより副作用があったとは考えられず、反省点とはいえるものの問題とまではいえない

●内田 詔爾 医療法人 内田クリニック 院長

1.Y大学病院A医師による一連のプレドニンの処方、説明は妥当でしたでしょうか(一般的な処方や副作用などの説明はどのようなものでしょうか)

 通常、「腱板疎部損傷」に対する治療は、当初は経口による消炎鎮痛剤の処方を行い、効果があまり見られないようであれば注射により肩関節に直接ステロイド剤の投与を行いつつ、温熱療法やリハビリなどの理学療法を併用するのが一般的です。 初診において、いきなりステロイド剤であるプレドニンを処方する医師は非常に少ないと思いますが、本件ではY大学病院A医師の診察に至るまでに、「ロキソニン6錠/日飲んでも効かない」、「注射を2〜3回施行するも改善せず」などといった経緯があり、そういったことから当初よりプレドニンを処方したのでしょう。 また、判決文にはあまり多く経緯が記載されていないためよく分かりませんが、理学療法や運動療法なども並行して実施するのが一般的であり、本件でも実施していた可能性は高いのではないかと思います。
 処方する量については、内科系の疾患では10mg/日くらい処方することもあるようですが、整形外科における一般的な関節痛などには5mg/日くらいの処方が多いと思います。 私は関節リウマチなどの関節炎も診ていますが、基本的に5mg/日より多くは出していません。 A医師は、痛みがなかなか軽快しないというそれまでの経緯から、少々多めにと考え10mg/日としたのかもしれませんが、実際にはパソコン入力の誤りなどから、50mg/日の処方となってしまいました。 能書的には1日の処方量の上限以下であったかもしれませんが、腱板疎部損傷に対する処方としては、常識的に考えて多すぎることに間違いはありません。 50mg/日の量を投与するというのは、例えば重症の全身性エリテマトーデス(SLE)などで救急において救命のために使用する時に出す量であるといえます。
 ステロイド剤を処方する際の説明ですが、まず、頻度が高い副作用にムーンフェイスがあります。 実際にびっくりされる患者さんもいらっしゃいますが、顔が浮腫みます。 後は抵抗力を抑制しますので感染症になりやすくなること、胃潰瘍ができやすくなること、骨粗しょう症が起きやすくなるなどを説明するのが一般的です。 能書には多種多様な細かい副作用の記載がありますが、その4つを説明しておくのが、臨床医としての常識といっていいのではないでしょうか。 後は糖尿病になる可能性などを言及するかと思いますが、あまり細かい副作用まで説明する医師はそれほどいないと思います。 ただ、SLEのように大量のステロイド剤を数ヶ月以上にもわたり服用が必要な特殊な疾患の場合では、大腿骨頭壊死が起こり得ることは知られていますので、説明しておく必要はあるといえるでしょう。
 また、本件で患者さんは離脱症状が出たとの主張があり、確かにプレドニンの能書には副作用の中には連用後、投与を急に中止すると離脱症状が現れると書いてありますが、これは大量のステロイドを数ヶ月に及ぶなど長期にわたり服用していて、急に中止・減量した際などに出るものです。 1週間程度の短期間、50mg/日の量のステロイドを服用し、20mg/日に減量したとしてもそのような副作用は出ません。 無関係といえます。 患者さんはデパス(精神安定薬)を服用していたようですので、患者さん自身が持っていた鬱などの別の素因による可能性が高いと考えます。

2.花子さんは後医において、右上腕色素沈着や不安障害などの症状を訴えていますが、A医師によるプレドニンの処方との間に因果関係があるといえますか。また、裁判所は総じて因果関係は無いと請求を棄却していますが妥当でしょうか

 ステロイド剤は安くて強く炎症を抑える効果のある薬ですが、副作用も出やすいとはいえ、これはマスコミの影響もありますが、ステロイド剤を処方すると、毒薬を出されたかの如く嫌悪する患者さんもいます。 また、現在ではインターネットなどをみれば、頻度不明なものも含めて様々な副作用があると分かり、この薬で助かった患者さんが多くいるにもかかわらず、酷い薬であると思い込んでしまうということもあるように感じます。
 本件においても患者さんは、様々な副作用が出たと主張していますが、総じてみればA医師の処方したプレドニンとの因果関係は無いと思います。 一応、色素沈着など、患者さんが主張するような副作用もプレドニンの能書に副作用として挙がっているものもありますが、その頻度は不明となっているものばかりです。 能書の「頻度不明」というのは、調査対象数が少ないか、因果関係がはっきりしないなどの理由で、ほとんど起きていないということです。 患者さんが現れたと主張する副作用は、先ほど述べた鬱と同様に、患者さん自身の既往や素因などから出てきた症状ではないのかと思います。
 当院では治験なども行っていますが、その際に生じた予想外の事象は、最近では副作用という考え方でなく、随伴症状と呼んでいます。 服用時に起きた有害事象はすべて挙げることになっており、例えば転んで骨折したとしても、それは随伴症状ということになります。 とにかく有害事象が起きたらそれに対して、因果関係が有り、無し、分からないなどの評価をし、そういったものが集積されて、現状では能書が作成されていきます。 能書で副作用の頻度に関して「頻度不明」とあるものは、因果関係が無しと評価されていたものであると考えられ、実際に発症するようなことはまずないものといえるでしょう。
 そのようなことを踏まえ、薬を処方する際、患者さんへ副作用の説明はどこまでするべきなのかということですが、それなりに頻度の高いものと重篤性の高いものを説明すれば良いということになるとは思われるものの、では、例えばプレドニンにおいて、具体的に何mg/日処方する場合、何と何を説明すると決まっている訳ではありません。 また、逆に能書にある副作用を全部書き出してプリントして患者さんに渡し、内容に納得してサインをもらうようにすれば間違いはないのかもしれません。 ただ、生じる可能性がまず無い副作用や重い副作用の話をきくと、薬の服用を思いとどまる患者さんも出ます。 結局、治療を進められず病気が悪化し損をするのは患者さん自身になってしまい、倫理上問題が出てきてしまいます。 様々な意見はあるとは思いますが、本件のような腱板疎部損傷や肩関節周囲炎などでプレドニンを処方する際の説明は、先ほど述べた、ムーンフェイス、消化管潰瘍、感染症や骨粗しょう症になりやすいといった点は説明し、それ以外は説明しなくても良いのではないかと思います。
 本件の経緯を見ますと、処方する量を間違えたという点があり、これは明らかな反省点であるといえ、仮に1日の使用上限が30mg程度と能書にあったとすれば、過失と取られる可能性はあったかもしれません。 しかし、肩の痛みは軽減しているようですので、プレドニンは効果があったといえ、問題はなかったといえるのではないでしょうか。 裁判所の判断は妥当であると思います。

3.関節などの慢性的な痛みを訴える患者さんに対し、(本件のように訴訟に至らぬよう)どのような対応をすべきであるといえますか

 本件のように肩の関節などに慢性的な痛みを訴える方というのは、現在、ものすごく多いといえますが、その原因は打撲であったり、経年変化であったり、1つではなく複数考えられることもあり、それにあった対応が医療側には求められています。 例えば血液検査をしてCRPが高いなど炎症所見が明らかであれば、消炎鎮痛剤を使うのは当然ですが、炎症所見がみられなくても、「痛い、痛い」と訴える患者さんはいます。 ステロイド剤の服用や関節への注射が効かないとなりますと、現在では神経的なものが要因である、線維筋痛症の可能性も考え、リリカやサインバルタなどの神経の伝達に作用する薬を処方するという流れがあり、これで効果がみられる患者さんも多く、そこが昔と違うところといえます。 しかし、それでも効果がない患者さんはおり、そうするとやはり心理的な問題の可能性も考慮していかなくてはならず、それとなく心療内科の受診を促すようにしていきます。 原因を幅広く考えて治療していくことが、医療側には求められていると思います。
 手術や投薬にあたり、どこまで説明するかは、疾患の内容や重篤性、技術的な問題、副作用の内容によりますし、患者側の病状の程度、理解度、心理状態などを総合して決めることになります。 院内に倫理委員会があれば、そこでこの問題をあらかじめ話し合いあっておくのも良い方法です。

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