唐澤貴洋の裁判一覧/東京地方裁判所令和1年 (ワ) 28807号
全文
令和1年(ワ)第28807号
令和03年03月09日
千葉県(以下略)
原告 X
同訴訟代理人弁護士 (省略)
東京都(以下略)
被告 株式会社文藝春秋
同代表者代表 取締役A
同訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
藤原大輔[1]
主文
- 原告の請求をいずれも棄却する。
- 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
- 被告は、原告に対し、330万円及びうち300万円に対する令和元年8月21日から、うち30万円に対する令和元年11月19日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
- 被告は、別紙1謝罪広告目録記載の謝罪広告を、被告が発行する週刊誌「週刊文春」及び読売新聞全国版朝刊社会面に、別紙2掲載要領記載の要領にて、各1回掲載せよ。
第2 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、その発行する週刊誌及びその運営するウエブサイト上に掲載された記事により原告の名誉が毀損されたと主張して、〈1〉民法709条に基づく損害賠償として330万円及びうち慰謝料相当額300万円に対する当該週刊誌の発売日である令和元年8月21日から、うち弁護士費用相当額30万円に対する訴状送達の日の翌日である令和元年11月19日から、各支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、〈2〉民法723条に基づく名誉回復措置として謝罪広告の掲載を、それぞれ求める事案である。
1 争いのない事実
( 1 ) 原告は、令和元年8月当時、参議院議員であり、B党(以下「B党」という。)の代表を務めていた。また、原告は、平成24年9月7日、G株式会社(以下「本件会社」という。)を設立し、本件会社の代表取締役に就任した。(甲1)
( 2 ) 被告は、雑誌の発行や書籍の出版を業とする株式会社であり、主な事業内容として、週刊誌である週刊文春(以下「本件雑誌」という。)の発行及びウエブサイトである C (以下「本件サイト」という。)の配信等がある。(甲2)
( 3 ) 被告は、本件雑誌の令和元年8月29日号(同月21日発売)133頁ないし135頁において、原告に関する次の内容を含む記事(以下「本件記事1」という。)を掲載した。(甲3)
「『G設立当時から、X氏は動画上で同社の株主を一口千円で募集、現在までに五千万円の資金を集めました』(ある株主) ところが登記簿を確認すると、資本金は設立七年後の現在も百五十万円のままで増資が登記された形跡は一度もない。また、複数の株主に聞いても、株主総会も一度もなければ配当もない。それどころか、株券を発行しているにもかかわらず、集めた資金は実際にはx氏への貸付金として処理されているという。 消費者問題に詳しいD弁護士が指摘する。 『株主募集と称してお金を集めたにもかかわらず、増資もせず、株主としても扱わないというのであれば、詐欺行為になる可能性があります』」
( 4 ) 被告は、令和元年8月20日付けで、本件サイト上において、原告に関する次の内容を含む記事(以下、「本件記事2」といい、本件記事1と併せて「本件各記事」という。)を掲載した。(甲4(魚拓))
「B・X党首『G』に詐欺行為の疑い」 「B党(以下B )の党首・X参院議員(52)が代表取締役を務める『G株式会社』(以下G)が発券した株式を巡り、詐欺行為の疑いがあることが『週刊文春』の取材で分かった。」 「ある株主が言う。 『G設立当時(2012年9月)から、x氏は動画上で同社の株主を1ロ1000円で募集、昨年2月までに5000万円の資金を集め終え、株主募集は終了しました』 しかし、登記簿を確認すると、資本金は設立7年後の現在も当初の150万円のままで増資が登記された形跡は一度もない。また複数の株主に聞いても、株主総会も一度もなければ配当もない。それどころか、株券を発行しているにもかかわらす、集めた資金は実際にはX氏への貸付金として処理されているという。 消費者問題に詳しいD弁護士が指摘する。 『株主募集と称してお金を集めたにもかかわらす、増資もせす、株主としても扱わないというのであれば、詐欺行為になる可能性があります』」
2 争点
( 1 )本件各記事は事実を摘示するものか、あるいは意見ないし論評の表明か。また、それによって原告の社会的評価を低下させるものか。
ア 原告の主張
本件記事1の記載内容及び弁護士という法律の専門家の意見を合わせ読んだ場合、一般の読者の普通の注意と読み方としては、原告が、実際には原告自身の貸付金とする目的であったにもかかわらず、株主募集と称して資金調達をし、それが刑法上の詐欺罪の構成要件としての詐欺行為に該当するとの事実を摘示するものとして理解する。また、本件記事2の内容は、本件記事1の内容と比較して、さらに踏み込んで原告が詐欺行為として株式の発行をしたとの事実を明確に記載している。
そして、原告が犯罪行為である詐欺行為をしたとの事実を記載することは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすると、社会秩序を乱す者であるとして、原告の社会的評価を低下させることは明らかである。
なお、仮に、本件各記事が意見ないし論評の表明であるとしても、原告の社会的評価を低下させることは明らかである。
イ 被告の主張
原告の主張は否認し又は争う。
被告は、本件各記事において、株主募集と称してお金を集めていた原告が、実際には増資をすることや払込者を株主として扱うことを目的としてお金を集めていたわけではなかったとみられることを前提として、このような原告の行為が詐欺行為に該当する可能性があるとの法的見解(意見ないし論評)を表明した。
( 2 )被告の本件各記事の掲載について違法性阻却事由が認められるか(真実性の抗弁)
ア 被告の主張
本件各記事における被告の意見ないし論評の表明により原告の社会的評価に影響があるとしても、その掲載について、次のとおり違法性阻却事由が認められる。
(ア)公共性及び公益目的
原告が国政政党であるB党の党首を務めるとともに、本件各記事が掲載された当時、参議院議員という高い社会的地位にあったことに照らせば、本件各記事のような原告の行動に関する報道は公共の利害に関する事実であり、このような事実を報じた被告において専ら公益を図る目的があったと認められるべきものである。
(イ)本件各記事の基礎とした事実の重要な部分が真実であること
a被告が前記意見ないし論評の基礎とした事実である、
- 〈1〉原告が本件会社を設立した平成24年9月7日当時から原告自身のEチャンネル上で株主を一口1000円で募集していたこと、
- 〈2〉原告の募集に応じて金銭の払込みをした者に対し株券を送付するなど、払込者をして株主としての権利を得たと認識させるような対応をしていたこと、
- 〈3〉本件会社設立7年後まで、原告は増資の手続をしておらず、株主総会の開催や株主に対する配当金の支払などを行った事実もないこと
- (以下、<1> <2> <3>の各事実を「被告主張前提事実」という。)は、原告も認めるとおり、いずれも真実である。
b原告の主張に対する反論
原告は、原告又は本件会社において調達した資金をどのように管理していたかという事実が特に重要な事実だと主張する。
しかし、本件各記事は、速やかな増資のために使われなければならない出資金が、出資者の意図に反して、速やかな増資に使われていない事実を問題としているのであって、当該出資金が原告個人の借入金として処理されたとか、本件会社が原告に対して貸付をしたものとして処理されたとかいった点は、上記の事実自体に何ら影響を及ぼすものではない(約7年間にわたり増資手続をせずに、上記出資金を借入金として処理及び管理していること自体が、速やかな増資という原告による出資の要請の文句又はこれに応じた出資者の意図に反する)。
まして、原告は、増資をする時期を、平成24年10月1日又は同月中などと明言していたのであるから、この時期に増資すべきことは当然である。したがって、本件各記事の前提事実のうち重要な部分は、被告主張前提事実のみで あり、原告の主張する事実は本件各記事の前提とした事実の重要な部分とはいえない。
(ウ)意見ないし論評としての域を逸脱したものではないこと
本件各記事は、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものではない。
イ原告の主張
被告の主張は否認し又は争う。
まず、公共の利害に関する事実とは、摘示された事実自体の内容、性質に照らし、客観的にみて当該事実を摘示することが公共の利益に沿うと認められることをいう。一般論として、国政政党の党首及び参議院議員という立場にある者の言動が、政治的意思決定にかかわる事項といえるとしても 本件各記事 後記(イ)及び( 3 )イのとおり、重要な事実の調査を欠いた報道であって、有権者に対する判断資料にもならないことから、公共の利害に関する事実に係るものとはいえず、公益目的も認められない。
もし、公共性が認められたとしても、
- 〈1〉公益目的は、「専ら」存在しなければなら ないところ、本件各記事においては、「詐欺行為になる可能性」(本件記事1)あるいは「詐欺行為の疑い」(本件記事2)と、原告の犯罪行為への関与が表現されており、専ら原告をやゆ・ひぼうするものであることから、到底、専ら公益を図る目的でなされたとはいえないし、
- 〈2〉表現の状況・表現方法の相当性・根拠となる資料の有無などの客観的裏付けとなる資料との関係で公益目的が否定される場合があるところ、本件各記事における被告の表現は、後記(イ)及び( 3 )イのとおり重要な事実への言及を欠き、又は当該重要な事実の調査を欠いていることからすると、公益目的は認められない。
(イ)真実性
a被告主張前提事実が真実であることは認めるが、そのことだけをもって、原告が詐欺行為をしたとの事実が真実であるということはできない。
元々、原告は、より多くの資金提供を募りたかったこと及び複数回の増資手続となると煩雑な登記手続等を何度もする必要があること等を理由に、一定の金額が集まるのを待って増資手続をすることを想定していた。そこで、原告は、出資者各人から得た資金を、将来確実に増資分に充てることを念頭に置き、本件会社に対する出資金を出資者から本件会社に対 する貸付金(本件会社の側から見た場合、借入金)として会計処理することとし、実際に 本件会社は、出資者から集めた資金を、短期借入金として会計処理した。株式払込証拠金ではなく短期借入金として処理したのは、増資手続に時間がかかった場合、出資者から返金を求められる可能性があり、その場合はいつでも返金できるようにしたためである。なお、これまで出資者との間で、株式を発行してもらえないのであれば出資をすることはなかったといった苦情を受ける等の大きなトラブルが生じたことはない。このような借入金を株式に転換することは、デット工クイティスワップとして法的に認められている。原告が、出資者から直接金銭を借り受けた形の会計処理はしていない。
そして、原告は、令和元年11月15日、増資手続をした。増資手続に時間がかかってしまったことにより、株主になる意思を失った者がいるかもしれないことから、払込者に意思確認をした上で、返金を希望した者に対しては返金をした。
加えて、原告が株主募集に応じた者に対し送付していた株券は、会社法上有効な株券ではなく、増資手続のための一定の金額が集まるまでの間、資金を提供したことの証として交付したものである。
以上によれば、原告の資金調達の実態は、原告が本件会社に対する増資を目的として資金を集めたものの、その手続がうまくいかず、増資手続が遅滞していたというものに過ぎない。原告は、出資者各人に対し、増資手続が遅滞していることについて、再三、自身のEチャンネルにおいて告知している。
そうすると、原告のした資金調達は、出資者を欺いた詐欺行為とはいえず、本件各記事において摘示された事実は真実とは認められない.。
b仮に、本件各記事が被告の意見ないし論評の表明であるとした場合には、調達した資金をどのように管理していたのかという事実が意見ないし論評の前提となる事実の重要な部分に当たるところ、この重要な部分について真実とは認められない。
すなわち、重要な部分に該当するかは、本件各記事の本文の内容、見出しの内容、レイアウト等を総合的にみて、一般の読者が本件各記事を読んだ際に通常受けると考えられる印象を基準として判断すべきであるところ、本件各記事を読んだ一般の読者の普通の注意と読み方としては、原告が、実際には株主募集の目的がないにもかかわらす、株主募集と称して資金を調達し、それが刑法上の詐欺罪の構成要件としての詐欺行為に該当するとの印象を受ける。したがって、一般の読者としては 原告が詐欺行為をしたか否かにかかわる事実が重要な事実なのであって、その中でも、原告が本件会社において実際に調達した資金をどのように管理していたのか(会計処理していたのか)という事実が重要であるところ、原告は、出資金を短期借入金として処理していた。この、〈1〉原告が出資金を短期借入金として処理していた事実(以下「原告主張前提事実1」という。)は、これが報じられていれば、 一般の読者をして、原告が適正な会計処理を行っていることを理解することができ、詐欺行為に該当しないと認識することは明らかである。それにもかかわらず本件各記事は、原告主張前提事実1への言及を欠いているのであって、当該記事の重要な部分の真実性が認められないことは明らかである。
また、本件各記事には、「集めた資金は実際にはx氏への貸付金として処理されている」との記載があり、〈2〉原告が、調達した資金を出資金としてではなく原告個人への借人金としている事実(以下「原告主張前提事実2」という。)が、本件各記事の前提となっている事実の重要な部分といえる。しかし、原告は、資金提供者から提供を受けたお金について、前記aのとおり処理をした。そして、資金提供者から本件会社に提供を受けた金銭は、本件会社の動画事業に必要な貸付と考え、動画出演者である原告の活動のために一部貸付をし、本件会社から原告に対する貸付金として会計処理をしているというのが実態である。したがって、原告が調達した資金を出資金としてではなく原告個人への借入金としているとの事実は真実ではなく、真実性は認められない。
(ウ)本件各記事は人身攻撃に及ぶものであること
前記(イ)でみたように事実無根であるにもかかわらず、詐欺行為という重大な犯罪行為に原告が関与している旨の意見ないし論評を表明することは、公人として甘受すべき限度を超えており、人身攻撃に外ならない。したがって、本件各記事は意見ないし論評の域を逸脱している。
( 3 )本件各記事の掲載について、被告の故意又は過失が否定されるか(真実相当性の抗弁)
ア被告の主張
前記( 2 )アでみたように、本件各記事の前提とした事実は真実であるから、少なくとも、被告においてこれらの事実を真実と信じるについて相当の理由があったことは明らかである。
イ原告の主張
被告の主張は否認し又は争う。
被告は、原告に対し、本件会社の決算報告書を要求するなどの容易かつ適切な取材を一切していない。したがって、被告において、原告が詐欺行為をしたとの事実が真実であると信じるについて相当な理由は認められない。
仮に、本件各記事が意見ないし論評の表明であるとしても、被告は、原告主張前提事実1に関して、原告に対し、本件会社の決算報告書を要求するなどの容易かつ適切な取材を一切していない。また、原告主張前提事実2に関しても、被告は同様に取材を尽くしていないが、これは、本件各記事において、真実に反し、原告個人が直接出資者から資金を受け取っていると誤解させる記載内容となっていることからも裏付けられる。したがって、被告が本件各記事の前提とした事実の重要な部分が真実であると信じることについても相当な理由は認められないことは明らかである。
なお、被告は、本件各記事の掲載に先立って、原告に対し、質問状を送付していたところ、原告は、本件記事1の掲載された本件雑誌の令和元年8月29日号が出版される18日前の令和元年8月3日、自身の運営するEチャンネルにおいて、本件会社が増資手続及び株式発行手続を遅滞していることについて、被告からの質問状に回答する形で説明した動画をアップロードした(以下、この動画を「本件動画(魚拓)」という。)。被告にとって原告は取材対象者であり、かつ被告は、原告が上記のように動画投稿を通じて情報発信することを認識していたから、被告が本件動画を検索した上で、本件会社の増資手続及び株式発行手続の現状を認識することは容易であったといえる。そして、被告が、本件動画を見て、資金提供者から集めた資金を原告が個人として借りていると判断したのであれば、実際に、資金提供者からのお金を本件会社が受け取って会計処理しているのかについて疑問をもち、本件会社においてどのような資金管理がなされているのかについて更に調査をすべきであった。現に 原告は、電話やEチャンネル上の動画において、被告に対し、追加取材の要請をしている。
( 4 )原告の損害及びその額
ア原告の主張
本件各記事の掲載によって、原告は、次のとおり合計330万円の損害を被った。
(ア)慰謝料300万円
本件記事1が掲載された本件雑誌は、その1号当たりの発行部数が57万部を超え、国内で販売される一般週刊誌の中で最大の発行部数の週刊誌である。また、近年、被告は、有名人のスキャンダル情報を掲載する記事を作成することが多く、記事を掲載された者が謝罪や活動休止等をするケースが多数存在することから、被告が掲載する記事は、「文春砲」と称され、とりわけ多くの注目を集めている。そうだとすると、被告が作成する記事の社会的影響力が、日本国民に対して及ぼす影響力は多大なものであると評価できる。
また、本件サイトは、令和元年9月時点において、本件サイト上でのページピュー数が 月間1億8011万回、外部配信先での閲覧回数を加えた総ページビュー数が月間4億4755万回に達し、また、本件サイトのユニークユーザー数が月間2648万人であったことから、本件雑誌をさらに上回る社会的影響力を有すると評価できる。
現に、本件各記事の掲載によって、原告のメディアへの出演が取りやめになり、また、 F上で原告に対するひぼう中傷がなされている。
以上の事情に鑑みると、本件各記事の掲載によって、原告に生じた精神的損害は300万円を下らない。
(イ)弁護士費用相当額30万円
原告は、原告訴訟代理人弁護士に対し、本件各記事の掲載による被害の回復のため、やむなく本件訴訟の提起及び追行を委任した[2]から、当該弁護士費用のうち少なくとも30万円は、本件各記事の掲載と相当因果関係のある損害として被告が負担すべきである。
イ被告の主張
原告の主張は争う。
( 5 )謝罪広告掲示の必要性
ア原告の主張
原告は、本件各記事の掲載によって、国民の税金により政党助成金を受ける政党の党首としての社会的評価を著しく低下させられ、前記( 4 )ア(ア)でみたような本件雑誌の発行部数及び本件サイトのユーザー数等に鑑みると、原告の社会的評価を回復するためには損害賠償をもってするだけでは不十分であり、本件雑誌及び全国紙である読売新聞への謝罪広告の掲載が不可欠である。
イ被告の主張
原告の主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 争点( 1 ) (本件各記事は事実を摘示するものか、あるいは意見ないし論評の表明か。また、それによって原告の社会的評価を低下させるものか。)について
まず、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかによって、名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、当該表現がいずれの範ちゅうに属するかを判別することが必要となるが、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当である。また、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や議論などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである。そして、法的な見解の正当性それ自体は、証明の対象とはなり得ないものであり、法的な見解の表明が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということができないことは明らかであるから、法的な見解の表明それ自体は、それが判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても、そのことを理由に事実を摘示するものとはいえず、意見ないし論評の表明に当たるものというべきである(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁、最高裁平成15年(受)第1793号、同年(受)第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)
本件各記事の記載内容は、前記第2の1 ( 3 ) ( 4 )のとおりであり、これを一般の読者の普通の注意と読み方を基準としてみた場合、原告のした行為が詐欺行為となり得る旨をいうものであるといえる。そして、原告のした行為が詐欺行為となり得る旨の表現は、原告のした言動等が詐欺罪(刑法246条)の構成要件に該当するという法的な見解を表明するものであるから、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということはできず、一定の事実を前提としてなされた被告の意見ないし論評の表明というべきである。
また、一般の読者の普通の読み方を基準とした場合、人が詐欺行為という犯罪行為となりうる行為をしたという表現は、その者の社会的評価を低下させることは明らかであり、本件各記事によって、原告の社会的評価が低下したものと認められる。
2 争点( 2 ) (被告の本件各記事の掲載について違法性阻却事由が認められるか)について
( 1 )ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損
にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁、最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁、前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)
そこで、本件各記事の掲載について、上記判断枠組みに従ってその違法性が阻却されるかどうか検討する。
( 2 )公共性及び公益目的
前記第2の1 ( 1 )のとおり、原告は本件各記事が掲載された当時、参議院議員であり、B党の代表を務めていたことに鑑みれば、本件各記事において、国民の代表者である国会議員が犯罪行為をした可能性がある旨を広く主権者である国民に周知し、その国会議員としての適格性を判断する資料とすることは、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。
これに対し、原告は、本件各記事が重要な事実への言及又は調査を欠いたものであって、有権者に対する判断資料にもならないことから、公共の利害に関する事実に係るものとはいえず、かっ、公益目的も認められないと主張するが、後記( 3 )でみるとおり、本件各記事の基礎とした事実についてその重要な部分は真実であるといえるから、重要な事実への言及又は調査を欠いているという原告の主張は前提を欠き、採用することができない。
また、原告は、本件各記事において、原告の犯罪行為への関与が表現されており、専ら原告をやゆ・ひぼうするものであることから、到底、専ら公益を図る目的でなされたとはいえないとも主張する。しかし、犯罪が生じたという事実はそれ自体公共性の高い情報であり本件各記事掲載当時、原告が公人であったということも併せると、詐欺行為という犯罪と評価し得る行為をした旨をいう本件各記事の内容自体をもって、公共性や公益目的が否定されるものではないといえ、原告の主張は採用することができない。
( 3 )本件各記事における意見ないし論評が前提としている事実の重要な部分が真実であるか
被告は、本件各記事において、D弁護士の言葉を引用する形で、「株主募集と称してお金を集めたにもかかわらず、増資もせず、株主としても扱わないというのであれば、詐欺行為になる可能性があります」と、原告による本件会社の出資金の募集が詐欺行為に当たる可能性があるとの意見ないし論評を表明しているところ、一般の読者の普通の注意と読み方によれば、本件各記事が前提としている事実は、原告が本件会社の株主募集としてお金を集め、株券という記載のある券面を送付したこと、ところが、増資の手続はしていなかったこと、また、株主総会を開催したり、配当金を支払ったりした事実がないことという被告主張前提事実であるといえる。そして、後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、
- <1>原告は、平成24年9月7日の本件会社の設立当時から、原告自身のEチャンネル上において、本件 会社の株主を一口1000円で募集し、その募集に応じて金銭の払込みをした者に対し、株券と題する券面(甲4)を送付していたこと、
- <2>原告は、前記〈1〉の株主募集開始から令和元年11月15日時点まで、7年以上にわたり本件会社の増資手続をしていなかったところ、同日、本件会社の資本金を150万円から1746万3000円に増資したこと(乙1)
- <3>原告は、少なくとも、本件各記事が掲載された時点まで、本件会社の株主総会の開催及び配当金の支払を行った事実はないことが認められるから、被告主張前提事実はいずれも真実であって、本件各記事の前提としている事実の重要な部分は真実であったと認められる。
これに対し、原告は、〈1〉原告が出資金を短期借入金として処理していた事実(原告主張前提事実1)は、本件各記事における被告の意見ないし論評において前提とされた重要な事実であるのに言及されていないと主張するが、一般の読者の普通の注意と読み方によれば、本件各記事の内容は前記のとおり理解されるのであって、本件各記事が原告主張前提事実1の不存在を明示又は黙示に前提としているとは解されない。
また、原告は、〈2〉原告が調達した資金を出資金としてではなく原告個人への借入金としている事実(原告主張前提事実2)が、本件各記事における被告の意見ないし論評において前提とされた事実の重要な部分であると主張し、本件各記事には当該事実を指摘する部分がある(前記第2の1 ( 3 )( 4 ))。
しかし、一般の読者の普通の注意と読み方によれば、本件各記事の内容は前記のとおり理解されるのであって、出資金として扱っていない資金の具体的な使途として、原告個人に対する貸付金としていることを問題にしているとは解されない。したがって、原告主張前提事実2は、本件各記事における被告の意見ないし論評において前提とする事実の重要な部分ではない。原告の主張はいずれも採用することができない。
( 4 )意見ないし論評としての域を逸脱しているか否か
本件各記事は、株主の募集として出資者から資金を集めたにもかかわらず7年間という長期間にわたり増資がなされていないという事実に基づいて、原告の行為が詐欺行為に当たり得るとの意見ないし論評を表明するものであって、本件各記事の掲載当時原告が公人であったこと、具体的な表現内容としても特に不相当な言辞がされているものではないことも併せ鑑みると、社会通念上相当な範囲を超え人身攻撃に及ぶものであるとまではいえないから、意見ないし論評の域を逸脱したものではないといえる。
これに対し、原告は、事実無根であるにもかかわらず、詐欺行為という重大な犯罪行為に原告が関与している旨の意見ないし論評を表明することは、公人として甘受すべき限度を超えており、人身攻撃に外ならないと主張するが、前記( 3 )でみたように、本件各記事の前提とする事実の重要な部分は真実であるといえるから、原告の主張は前提を欠き、採用することができない。
以上によれば、被告の本件各記事の掲載について、その違法性は阻却されるものというべきである
第4 結論
前記第3でみたところによれば、被告による本件各記事の掲載については、いずれについてもその違法性が阻却され、原告に対する不法行為を構成しないことになるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。
民事第48部
(裁判長裁判官 野村武範
裁判官 石神有吾
裁判官 西條壮優)
別紙(省略)
註釈
- ↑ 喜田村の事務所に所属する65期の弁護士(魚拓) - ひまわりサーチ
- ↑ 民事訴訟であることから、原告の利益のために大げさに書いているという面がある
関連項目
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