恒心文庫:マツド・マッド・シンドローム
本文
無機質な空間に、空調システムの音だけが響いている。施設に集められた人数は40298人。全員凶行に及ばぬよう全裸にされている。
警備員によって誘導され、横に並んだ人々は、その硬質でひんやりとした壁に両の手を突く。
壁は透明なガラスとなっており、向こう側の様子が透けて見える。といっても、どこまでも無機質で金属質な空間が広がっているだけなのだが。
おそらくは、見通しを良くすることで民衆の不安を和らげる効果を狙っているのだろう。
無言の集団に、アナウンスが流れる。
「それではこれより、抗体の摂取をおこないます。体を前に傾け、目の前の穴から舌を出してください」
言われたとおり人々は、上半身を前方へ突き出し、壁にあけられている小さな穴から舌を突き出す。
ゴォゴォとした空調設備の音しか聞こえない空間で、舌を突き出し横並びする無言の全裸の群衆。
絵柄だけみるとシュールな一幕のようだが、その表情は一様に真剣だ。
ある者は目を閉じ、ある者は額から脂汗を流し、またある者は眼前の光景を目に焼き付けようとでもするかのようにかっと目を見開いている。
そのまま数分が経過しただろうか。「ピン、ポォ~ン」というねっとりとした電子音のあと、部屋の上部に取り付けられたスピーカーから声が流れる。
「お待たせしました。これより、マツド・マッド・シンドローム対策、抗体の摂取をおこないます」
ガラガラとシャッターが開き、施設の奥から何かが台車に乗せられてこちらへ走って来る。かなりの高速だ。
「あっパカデブ」「パカデブだ」「きも!」
幾人もがつぶやくのが聞こえる。すべての人間が彼の顔を知っている。
当たり前だ。何日も「救世主(メシア)」としてテレビで散々報道された男を、誰が忘れようか。
しかし、彼の本名まで知っているものはそういまい。現在それらの情報はすべて最重要機密として闇に葬られているのだから。
TK。それが彼の本名だ。
全裸のKは十字架に磔になったような姿勢で台車に埋め込まれている。あの台車の中では、彼を生かすための多くの装置が作動しているのであろう。
Kの表情は弛緩しており、目ん玉は妙な具合に飛び出し、だらりと舌が垂れ下がっている。いわばアヘ顔的なあれである。植物人間化された彼が、もはや表情筋を動かすことなどないのだ。
注目すべきは陰茎であり、それは包皮を取り除かれた状態で台の上にちょこんとお寿司のように乗せられている。勃起しているのは何らかの薬物の効果によるものだろう。
「これから粘膜がみなさんの前を通過します」
アナウンスが告げる。
「絶対に、舌を引かないでください。今の体勢を維持してください。繰り返します、今の体勢を維持してください。絶対に舌を引いてはいけません」
言われなくともみなそうしている。誰もがガラスに顔をおしつけ、必死になって穴からベロを突き出しているのだ。
「1人の猶予は1秒未満です、必ず《舐め忘れ》のないよう、ご注意ください。なお、如何なる理由であれ、《舐めなおし》は認められません。繰り返します、如何なる理由であろうと、《舐めなおし》は認められません」
迷彩服に身を包んだ男が手をあげ、「はじめ!」と声を出す。
通勤特急のごとき速さでKを載せた台車が人々の前を走っていく。
チロリ。
先頭に立つ男が突き出した舌にKの亀頭が触れる。目を固く閉じていた男は、安堵したような表情を浮かべる。
チロリ。
チロリ。
台車が前を通り、Kの亀頭が人々の舌に触れてゆく。他者の亀頭を舐めるというのに、彼らに嫌悪の表情は見受けられない。
それどころか舐め終えた人たちはみな、ほっとしたかのような息をつく。中には恐怖から解放されたというような、微笑を浮かべるものさえいる。
やがて最後の1人――若い女性だ――が舐め終えると、台車は施設の奥へと消えて行った。すぐに合金の頑丈なシャッターが閉じ、台車は見えなくなる。
「お疲れさまでした」、アナウンスが響く。
「定期摂取はこれにて終了です。抗体の有効期限は1年です、お忘れなきよう。それではみなさま、お気をつけてお帰りください」
解放された人々はみな、緩んだ口元に笑みを浮かべ互いを見た。
マツド・マッド・シンドローム。通称MMシンドローム。
調べられた限りでは、この恐るべき病が最初に発見されたのは今から3年前のことである。
最初の発症者は、当時大学生だった少年A。彼は集団ストーカーの幻想に悩まされていたらしく、ネット上でとある質問をしている。
「集団いやがらせに悩まされています。どうすればよいでしょうか」
「精神科を受診してください」
H医師の心ある一言によって彼は近所の精神科へ駆け込んだ。当時彼を診察した医師は、次のように記録している。
「……患者は短気で、嘘が多く、慢性的な自分語りへの衝動に駆られている。自己愛性障害の可能性はあるが、断定はできない。彼は我々誰もが心の中に持っている、ひとつの【衝動】が、著しく表面化した形をとっているにすぎないのだ……」
記録の下にはこうも走り書きされていた――「個人の性質として片づけられる部類、特に医療的処置の必要なし。集団妄想を取り除くことが最優先」。
結果的に医師は色々と間違っていたのだが、それが判明したのは約半年も経ってからである。
なんとも珍妙な事態がT県M市を中心に人々のあいだで発生しはじめたのだ。
症状はいずれも、短気、虚言、そして自分語り。
地下鉄では多くの人間が自分について、いわゆる《自分史》をべらべらと語り始める。
会社では部下が、同僚が、上司が、自分について語る。
学校では生徒たちが自分語りをし、止める立場にあるはずの教師でさえ己について語り始める。
ただでさえウソまみれなTwitterはウソにウソがまみれてもはやクソまみれ。
朝人と会えば自分語り、知人にも自分語り、電車でたまたま隣り合った赤の他人にも自分語り、信号待ちで隣にいる人間にも自分語り。
この奇妙な症状は止まることは無かった。
都内でも多くの人がこの症状を発し、とある朝のテレビ番組でこの珍事を取り扱っているさなか、看板である女子アナが己の家族構成から男性遍歴までをべらべらとお茶の間に垂れ流す事態が生じた。
「これはパンデミックだ。新型ウィルスによるテロリズムだ。すなわちユダの陰謀だ!」
とある三流週刊誌は書きたてる。
「蔓延する「自分語り」、あなたは大丈夫? 10個のチェック・リストで自己診断してみよう!」
とある女性誌はでかでかと電車の広告にのっける。
「自己顕示欲の一大的爆発が、日本人の中に見受けられる。これがゆとり教育の成す弊害なのだ」、老人は新聞に投書する。
「きも! 時代についてけない年寄りが騒いでるんでしょ」、それを読んだ若者は言う。
「ネットが悪い。ネットを規制すべきだ」
「いいや、逆にネットでこそああいった自分語りをすべきだ」
「自分語りとか問題ないだろ、かわいいじゃん。ソースは俺の彼女」
「死ね」
「隙自」
インターネットの掲示板では不毛な論議がつづく。
「社会経済の不安定さが、このような事態を招いているのではないか」、社会学者は言う。
「こじらせた承認欲求がこのような形で噴き出しているのだ」、心理学者は言う。
事態はとどまるところを知らない。
まず初めに交通が麻痺した。地下鉄の運転手が、バスの運転手が、運転をしなくなり、ついには延々と車内アナウンスで自分語りを垂れ流すようになったからである。
次に、情報伝達に異変が生じた。誰も客観的事実を話さないのに、テレビのニュースなどどういった意味を成すであろうか?
最後に、外交関係が著しく悪化した。国家の元首がT国との対談において己の趣味についてべらべら話し始めたのだ、もうどうしようもない。
経済への深刻な影響は国際的にもとうとう無視できない領域にまで達し、ある朝各紙は一面で報じた。
「一連の《自分語り》、遂にWHOが介入か。《新型ウィルス》の可能性」
見出しの下は記者の自分語りであったことは言うまでもない。
国際機関から派遣された特殊有能部隊の介入によって素早く進められた調査は、やがてかつてインターネット上で炎上した経験を持つ「少年A」へとたどり着いた。
「なんだこれ、その辺の腐った木か」
「人間です」
自宅で床オナ中だった彼を強制連行し、精液を分析した結果見つかったのは、まるで男性器のような形をしたウィルス。
都内の感染者を調査していくと、自分語りを発症した人々からはみな、同様のウィルスが検出された。
人体にはほぼ影響を及ぼさないこのウィルスが、すべての元凶ではないか。
そもそもの発生源はどこなのか、という疑問をはらみつつも、とりあえずはそういった結論が下された。
次に模索されたのは治療法の確立である。
「感染原因を探らねば」
「しかし、どうやって」
「人間を使うしかない。消えても誰も違和感を抱かないような、人間をな」
ということで、わりと世の中に必要とされていない無職一般ネカマ生保ビッコロリコンラブドール愛好ネトウヨザマホン5年かけて鼠の糞のようなMMDしか作れない男性(50)を引っ張ってきた。
「な、なにをするクマ! やめるクマ! うォォン……!」
恐るべき生体実験の結果、この病は空気感染ではなく、感染者の唾液や粘膜を通じて媒介される種のウィルスであると判明する。
「一連の病気を新型のウィルス「chinkoface-virus」によるものとし、この病気を「マツド・マッド・シンドローム」と名付ける。これは単なる性質ではない。病気なのだ」
そこで国連はT都およびT県の、日本国内からの完全隔離を宣言。
いささか大仰すぎるのではないか、という意見に、国連事務総長はこうこたえた。
「人は皆、自分語りの危険性を甘く認識しすぎている。自分語りは身を滅ぼすのだ。そしてこのままだと、いずれこの国をも滅ぼすであろう」
緊急封鎖によってT都およびT県は文字通り「陸の孤島」と化し、その隔離された区域内で勇敢な人たちは治療法を模索し続けた。
しかし見つからない。抗体はない。感染者は異常な自分語り以外には特に健康上問題は無い。よく食べ、よく眠り、性欲もある。
むしろ性欲に関しては感染後のほうが著しく増加しているという報告が相次ぐ。おかげでアダルト産業は濡れ手で粟状態だ。
解決への道のりは暗礁に乗り上げつつあった。手詰まりになった研究者たちは嘆く。いったい、どうすればよいのだ。
そんなある日、思わぬ知らせが届いた。
それはT門において健康診断をしていたとある医師によるもので、感染していない人間が発見されたというものであった。
「名は?」
「ここでは挙げられません。既にネット上のとある紫掲示板において『ヴァジラヤーナの観点からして救済の日がきたのだ』『や尊N1』などと騒いでいる連中がおります。
彼らにその名が伝わることがあれば、終末思想を抱く悪いものがナイフでめった刺しにしようと企むかもしれない」
「おいおい、ここは会議室だぞ」
「悪いものはどこに潜んでいるかわからない。かつて、某新興宗教の一件ではそれで大失態があったでしょう」
「我々を信用しないというのか!」
「まあ、待て。今、内ゲバを起こしても仕方ないだろう。きみが直感的に思いついたコードネームでいい。彼の名は」
「……パカデブ、です」
コードネーム、パカデブ。
その男はそう名付けられた。
パカデブは任意同行という名の強制連行により置物のように拉致され、極秘施設内で生態に関する調査、および聞き取りが徹底的におこなわれた。
「パカデブ、君を狙う悪いものがいるかもしれないから、今は君をこう呼ばせてもらう。年齢は?」
「永遠のティーンエイジャーナリよ」
年齢37歳。
「仕事は何を?」
「弁護士ナリ。このバッヂが見えないナリか」
職業、弁護士(ただし無能)。
T門の一角で父親と同僚と共に事務所を開いており、でも意外と業務には影響ないですよね、実は。太り過ぎではあるが、健康状態は良好。顔は大きくぽっちゃりとしている。ケツ毛が濃い。
「パカデブ、きみはどうして例のM病にかからないんだろう?」
「知らんナリ。さっさと家に帰せナリ」
性格は少々難有。あまり調査に協力的ではない。MM症候群ほどではないにせよ、自己中心的な部分が見受けられる。
「パカデブ、ぶしつけな質問ですまないが、きみの性的嗜好をたずねておきたい」
「ロリとホモ。ハタチ越えた女には興味ないナリ、そこまで行くと男のほうがおいしいナリ」
性的嗜好は――かなり特殊。エド・ゲインも真っ青だ。
どうにかこうにかしてパカデブの現在の恋人Yを聞き出した医師団は、彼の健康状態をチェックし驚いた。
なんと彼もMM症候群にかかっていないのだ。
この時点で都民の94パーセントがM病に感染していることを考えると、なんらかのパカデブによる効果があるのかもしれない。
「Yさん、プライベートに踏み込む質問をしてすまないが、普段パカデブとはどのような関係で」
「こ、恋人ですけど……」
「我々が聞きたいのはもっと踏み込んだことなんです、Yさん。具体的に聞きましょう、性交はなさりますか」
「え? え、ええそりゃ、いちおう……」
「アヌスを使用した肛門性交ですか」
「は、はい」
「どちらがタチ、つまり挿入なさることが多いですか」
「ええっと、僕ですけど」
「パカデブはトコロテンですか」
「いえ」
「ではあなたは彼を射精に導くため口淫、いわゆるフェラチオのようなオーラル・セックスをなさるのでしょうか」
「え、ええと……」
「Yさんお願いです、おこたえください。人類の存亡がかかっているのです、あなたには答える義務がある」
男はもじもじとしつつも小さくうなずいた。
研究者たちは顔を見合わせる。
「パカデブの陰茎の調査が必要だ」
すぐさま裸にひんむかれたパカデブ(何するナリィなどと騒いでいた)の陰茎が露出されたが、シナシナであるうえに恐ろしく皮があまっている。
「あれはやべーよ」
「ともかく勃起させねば。Yは?」
「彼は羞恥のあまり卒倒した、今は使いものにならん」
「とりあえずセクシー画像を見せてみよう」
ということで蛆ばあさんのコスプレ画像を見せてみたが、まるで反応しない。
「これは仕方ないな」
「心ある幼女を探すのだ」
すぐさま公式Twitterハァ…で「アウロリ動画クレメンス」とつぶやくと、勇気あるひとりの一般青髪売春婦幼女かなちゃんが名乗り出、恐るべき羞恥に耐えつつもその身をツイキャスで公開した。
のちに幼女は妊娠した。パカデブの視姦によるものである。
動画を見た瞬間、パカデブの陰茎はむくむくと鎌首をもちあげる。
が、皮はかぶったままであった。象皮病にでもかかってんじゃねえのって具合にだるっだるである。
「あれはやべーよ」
「誰か、奴の皮を剥くんだ。急げ!」、上官が叫ぶ。
しかし部隊は皆、臆する。目の前で幼女の裸見ながら目ん玉ひんむいて沢蟹みたいにダブルピースしているアヘ顔の男の陰茎など、さすがに触りたくはない。
「僕がやります!」
そのとき雷鳴のごとき一声が響いた。
Oである。兆海道の無頼王であり、はるばる部隊の一員として出向いてきたわりには無能な男だ。
「O、お前気は確かか? あれはやべーよ」
心ある隊の仲間が彼を止めるも、Oはパワー系フェイスを懸命に引き締めながら言う。
「今までクソザコフリーターモドキ同人センズリSS垂れ流しマシン初めて行った外国は? 韓国として生きてきた僕が、人の役に立てる。これはいい」
「……決意は変わらんのだな」、上官が尋ねるとOはうなずく。
「いいだろう、時間がない。やれ」
「しかし上官、Oが危険です!」
「これは命令だ!」、上官は怒鳴ると、震える声で言う。「……すまん、O……」
「男としてそれくらいは、な」、皮むきゃいいだけなのになぜか衣服を脱ぎ捨てながらOがちょっとカッコイイことを言う。
「パカデブ、弄るぞ」
言いつつ同人誌の鑑賞で鍛えた巧みな指と舌の動きでパカデブの亀頭を露出させる作業にかかると、やがてすさまじい悪臭と共にピンクのきれいな亀頭が覗いた。Oは死んだ。悪臭のためである。
「……彼の処置は2階級特進とする。艦豚なら喜ぶであろう」
遺体が運ばれていくのをしり目に、別の職員が防毒マスクを装備し、すばやく恥垢と先端から垂れた粘液を採取する。
「これを調査すれば、chinkoface-virusを撲滅できるかもしれない」
一筋の希望の光が見えた瞬間であった。
――マツド・マッド・シンドロームの治療法、ついに見つかる。都内一般男性の粘膜から抗体、発見。
新聞の見出しを飾る文章に国民が熱狂したのは言うまでもない。
隔離されたT都やT県に家族や友人がいたものもいれば、長らく続く経済的麻痺へのようやくの解決の兆しに喜ぶ者もいる。
しかし彼らは次の報道に心を折られることとなった。
「落ち着いて聞いてください、国民の皆さん。我々の調査の結果、この男性――通称パカデブの亀頭からのみ抗体が検出されることが判明しました。
いいですか、《亀頭からのみ》、です。そしてこの亀頭からの天然有機的成分は、現状の人類の科学力では人工的に創り出すことはできません。ですから……言い辛いことですが、薬は作れないのです。
ともかく、落ち着いて聞いてください。国民の皆さんには、亀頭からの成分を経口摂取してもらうしかないのです。繰り返します、経口摂取しか、我々の生きる道はないのです。つまりちんこ舐めろ」
匿名掲示板(【朗報】MMシンドローム、治療法が見つかる★2783)はその瞬間に鯖ごと落ちた。
SNSでは人々の阿鼻叫喚がうずまき、アフィカスはこんなときでもスレを拾ってせっせとPVを稼ぎ、家庭で、街角で、職場で、息をのんで発表を聞いていた人々はその恐るべき事実に身が震える。
「あんなものを舐めるくらいなら、我が身を高いステージへともってゆくしかない」
「アッラーアクバル」
「己をポア、するしかないか」
公開されたパカデブ(37)の写真に絶望のあまり死を選択したものたちもいる(ちなみにうじスレ民は喜んでいた)。
ある者は「burned 特別編」としてその身を焼き、ある者は「はかけんましてくれ」と言い残して飛びおり、そしてある者は誹謗中傷しましたと自首し殉教者として正大師の称号をあたえられた。
「国民が混乱している、これはいけない。報道関係者に伝えろ。写真を差し替えるのだ」
「しかし、いつかはあの顔を国民に見せねばならないのですよ」
「とりあえず取り急ぎで混乱をおさめるのだ」
「わかりました。誰に差し替えましょうか」
「パカデブの恋人でいいだろ」
すぐさまパカデブ(37)の写真はYの写真に差し替えられた。
すると自殺は止まり、「今すぐしゃぶらせろ」「やらせろ、オラ!」「ぶっちゃけヤレるよね」などと言った国民の希望に満ちた力強い声が相次いだのだ。
パカデブは秘密施設内で素早く処理された。
彼は植物人間化をほどこされ、性器と頭脳をのぞき、生命維持に必要ないすべての部分を強制的に機械化された。あとまあそれなりにイケメンにしようかと整形手術も施されたが途中でさじを投げられた。
特例として翌日、憲法(これは人間個人の行動を規制するルールではない)、法律、その他なんやかんやの人権に関するありとあらゆる項目に「ただしパカデブは除く」の一文が加えられた。
人権団体による反発を防ぐためである。
今日もパカデブは多くの命を救う。
彼の肉体が埋め込まれた台車が転がっていくたびに、彼の亀頭が人々の舌先をかすめていくたびに、多くの命が救われ、忌まわしきマツド・マッド・シンドロームの恐怖から彼らは解放されていくのだ。
伝え聞くところによれば、パカデブは生前(今の彼を「生きている」などとどうして言えようか?)、「声なき声に力を与え、優しい社会をつくる」ことを目標に掲げていたという。
彼の考える優しい社会とは違うだろう。彼は弁護士であったのだから。その弁護士が、己の武器である法によって逆に人権を奪われてしまうとは、なんとも皮肉な話だ。
しかし彼は人を多く救い、声なき声を明日へつなげていく役割を果たしているのだ。これを優しい世界と呼ばすして、なにが優しい世界であろうか?
――声なき声に力を。
彼の掲げていた標語をつぶやくと、私はぐっとガッツポーズをとってみる。
そう、この舌に残る苦き亀頭の感触こそ、彼が己を賭して世界を守ろうとした証なのだ。
あとM市は丸ごと核の炎でポアされ焼野原となった。あそこが感染源だったのだ。