恒心文庫:みにくいアヒル口の子
本文
昔々、あるところ(知恵を付けることになるので、どことは言わない)で
アヒル口のお父さんが自分で産んだ卵を大事に大事に暖めていました。
やがて卵は臥薪嘗胆の日々を経て、孵化。
一羽また一羽と可愛らしい赤ちゃんが産まれます。
ところが最後に産まれた雛だけが、他の赤ちゃんとは随分違っています。
茶色と黒のまだら模様がまじった羽毛。体も他より一回り大きめです。
これを見たお母さんは、自分が父親譲りの厳めしい顔をしていることも忘れて言いました。
「まあ、なんてみにくい子共なのかしら!」
アヒル口のお父さんは、これはいけない、とお母さんをたしなめようとしましたが、
「どうせあなたがキミタカさんと浮気したときにできた子共でしょう!」
と返されては返す言葉もありません。
アヒル口のお父さんはでりゅでりゅと声なき声をあげて泣くしかありませんでした。
みにくい子共はATSUSHIと名付けられ、しばらくの間、親の庇護のもと甘やかされ育ちました。
ですが時がたつにつれ、他の子共たちとの違いが目立ってきます。
やがてATSUSHIはお兄さんからイジメられるようになりました。
「当職の弟が当職とは違ってみにくい姿であるなどという
当職のアイデンティティを否定する存在でした」
かかる言説に対し、アヒル口のお父さんはATSUSHIをかばおうとしましたが、
そのたびにお母さんからキミタカさんとの不倫をなじられる始末。
しまいにはアヒル口のお父さんも
「家からでりゅ!でりゅよ!」
と、泣きながらATSUSHIを追い出してしまいました。
愛しい息子よりも、自分の家庭内での立場を優先せざるをえない
という無念さがその涙をには見えました。
さて、家から追い出されてしまったATSUSHIが
一羽寂しく用水路沿いの小道を歩いていると、サギの群れに出会いました。
ATSUSHIがサギ達に何をしているのかと尋ねると、群れの一羽が答えました。
「ワイらは釣りをしとるんや」
見るとサギ達は、水面にパン屑を浮かべて魚をおびき寄せたり、
発信元を偽装したメールによって銀行口座の暗証番号を聞き出そうとしたり、
長谷川亮太を名乗って一般人(ワキガでない)を煽ったりしています。
彼らはこうして日々の糧を得ているのです。
今度はサギがATSUSHIに、何をしているのかと訊きました。
ATSUSHIが身の上を自分語りすると、サギ達は身を震わせて答えました。
「なんて可哀想なんや!
行くあてがないならワイらの仲間になったらええんやで」
こうしてATSUSHIはサギグループの一員になりました。
ATSUSHIは掲示板の管理人を騙してメルアドとパスをソースに書かせたり、
ランサムウェアの拡散やTwitterスパムの乗っ取りを手伝ったりしました。
もちろんATSUSHIには、自分が悪いことをしているという自覚はありました。
けれども、他に行くあてのない以上仕方ないと自分に言い聞かせていたのです。
しかしそんな生活も終わりを告げます。
サギ達のリーダーが逮捕されたのです。
まとめ役の不在によりグループは離散。
ATSUSHIはまた一羽ぼっちになってしまいました。
ATSUSHIは自問自答する日々を送りました。
生きるため仕方なかったとはいえ、誰かを傷つけてよかったのだろうか、と。
いくら考えても答えは出ませんでした。
「何か悩んどるようやな」
急に声をかけられてびっくりしたATSUSHIが振り向くと、そこにいたのは一羽のオウムでした。
ATSUSHIは今までのいきさつを説明しました。するとオウムはこう返事をしました。
「奇遇やな! 実はワイも昔、同じようなことで悩んどったんや。
最終的に出会ったのが『教え』だった」
ATSUSHIが『教え』とは何なのかと問うと、オウムは自分達の道場に来るように言います。
どうやらオウムは教団と呼ばれる組織に所属しているようです。
他に行くあてもないし、悩みが解決するならと、ATSUSHIはオウムについて行くことにしました。
こうしてATSUSHIはオウムの教団に入り、
山梨県上九一色村の道場(サティアンと呼ばれていました)で修行の日々を送ります。
ある時は息を止めて水に潜っていられる長さを競い、
ある時は頭によくわからない装置をつけて電気ショックを受け、
ある時はLSDをキメながら熱湯風呂に入りました。
また時々、教団のトップである紫色の羽毛のオウムがやって来て、
ありがたいお話をしてくれることもありました。
相変わらず悩みへの答えは得られないし、『教え』についてもよく解らないままでしたが
誰も傷つけずに生きていけるのは幸せだと思っていた、そんな矢先のことでした。
ある夜、教団の幹部であるオウムがATSUSHIのところにやってきて、こう告げました。
「旧尊師のご命令だ。今から車で出るぞ」
旧尊師、すなわち教祖である紫オウムからの指示。
ATSUSHIはついに悟りを開くためのイニシエーションを得られるのだと思い、
色めきだって車に乗り込みました。
ところが車は教団施設のある上九一色村を離れ、神奈川県へと向かいます。
最初は興奮を隠せなかったATSUSHIでしたが、やがて不安になってきて、
これから何をするのかと幹部オウムに尋ねました。すると幹部オウムはこう答えました。
「ワイらオウムの活動を邪魔しとる弁護士がおるんや。
そいつを家族もろともナイフでめった刺しにして殺す。
あとついでにピュア虎ノ門4階の法律事務所クロスを爆破する」
ATSUSHIは身が震えました。
確かにATSUSHIは今まで悪いことをしてきましたが、ただし暴力はNGの精神で
誰かを直接傷つけるようなことだけは絶対にしませんでした。
こんなことは間違っているとATSUSHIは抗議しました。ですが幹部オウムは
「これは一般に見れば単なる殺人ですが、
ヴァジラヤーナの観点が背景にあるのならこれは立派なポアです」
と返すだけ。ATSUSHIは恐ろしくなりました。
これが『教え』の正体だったのか。自分は今まで騙されていたのか。
いや、それに気づけなかった自分は何と愚かなのだろう、と。
ATSUSHIは走行中の車から強引に飛び降り、そのまま夜の闇へと消えていきました。
車から飛び降りたせいで傷を負い、倒れてしまったATSUSHI。
朦朧とした意識の中、たくさんの声が聞こえてきます。
「なんやこいつ、死んどるんか」
「ち~ん(笑)」
「33-4」
「なんでや!阪神関係ないやろ!」
やっとの思いでATSUSHIが身を起こすと、
荒くれ者のアホウドリ達に取り囲まれているではありませんか。
ATSUSHIは死を覚悟しました。このまま不良アホウドリ達に殺されてしまうのだと。
しかしアホウドリは手を出さず、こう語りかけてきます。
「なんやボロボロやなワレ。
ワイらの手下になるなら助けてやってもええんやで」
こうしてATSUSHIはアホウドリの手下になりました。
ATSUSHIと不良アホウドリ達は、お墓にスプレーで落書きしたり、
日本一有名な個人宅に自作の表札を貼り付けたり、
自動車を汚してディルドを取り付けた挙げ句ナンバープレート切り刻んでコミケで販売したりしました。
ATSUSHIは本当は、もう誰かを傷つけるのは嫌でした。
ですが逆らえば殺されてしまうかもしれないし、何よりオウムが自分を追っているかもしれない。
人殺しさえ厭わない彼らから身を守るためには、荒くれ者のアホウドリ達に身を寄せるしかない。
そう思いました。そう思うことで自分を納得させようとしました。
それでも時々アホウドリ達に、もうこんなことはやめようと言うのですが、
「俺は嫌な思いしてないから」
と返ってくるだけでした。
ある時ATSUSHIはアホウドリ達から、パーティ券を売ってくるように命令されました。
パーティ券の販売とは聞こえがいいですが、実際はカツアゲと同じです。
結局ATSUSHIはパーティ券を一枚も売らずに戻ってきました。
もちろんアホウドリ達は激怒しました。仲間を集めてATSUSHIに制裁を加えます。
「アタマわいとるんか! アホ、ボケ!」
「おまえ何様?って感じ」
「来春までに死んでくれ」
気がつくとATSUSHIはまた、多摩川の河川敷に満身創痍で倒れていました。
誰かを傷つけずに生きていくのは、こんなにも難しいことなのだろうか。
そんな思いが頭をよぎるとともに、もうどこにも自分の居場所なんてないんだ、
という諦観めいた信念が沸々と黒く沸き上がります。
ATSUSHIは多摩川に足を一歩踏み入れました。
濁った濁流の中、様々な場面がATSUSHIの目の前に広がります。
不良のアホウドリ達。怖かったけれど時々優しかった。
一緒に修行をしたオウム達。苦楽を共に分かち合った。
ハッカーのサギ達。若いのにその行動力に驚かされた。
イジメっ子のお兄さん。よく脱糞していた。
アヒル口のお父さん。自分せいで苦しめてしまった。ごめんなさい。
卵の中にいた頃。どんなだっただろう、思い出せない……
ATSUSHIがみたび目を覚ますと、そこは一面ワルナスビの花に覆われたお花畑でした。
きっとここは卵の中なのだろう。ATSUSHIはそう思いました。
見渡す限り広がる白い花の地平線の向こうから、黒い影の一団がやってきます。
それはATSUSHIのそばまで来ると、傷だらけのアヒル口の子共に語りかけました。
「نحن النعام」
「دعونا نعود إلى الوطن معنا」
ATSUSHIはアラビア語がわからなかったので、彼らが何を言っているのか理解できませんでした。
でも彼らの姿、黒い羽毛に覆われた大きな体、スラりと伸びた足、長い首の上に座る可愛らしい小さな頭、
ATSUSHIにそっくりの姿を見ると、彼らと一緒ならば大丈夫なんじゃないかと、
根拠はないけれど、そう思えてきました。
いつの間にか傷も癒えていたATSUSHIは、よく似た姿の一団を追って走り出します。
見渡す限り広がる、ワルナスビの白い花の地平線の向こうへと。
こうしてみにくいアヒル口の子共は、遠い遠い大地へと旅立っていったのでした。
もう誰も傷つけなくてもいい、人が人に優しい世界に。
この作品について
デリュケー みにくいアヒル口の子 >>18(魚拓) 18 :名前が出りゅ!出りゅよ!:2016/09/06(火) 23:34:30 ID:nX/i4IDg アラビア語翻訳して泣いた 「私達はダチョウです」「さぁ、一緒に家に帰りましょう」
リンク
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