「東京地方裁判所令和3年(ワ)第6410号」の版間の差分
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上記投稿内容は,卑猥な表現を用いて原告を揶揄するものであり,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものであるから,原告の名誉感情を侵害することが明らかであるということができる。 | 上記投稿内容は,卑猥な表現を用いて原告を揶揄するものであり,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものであるから,原告の名誉感情を侵害することが明らかであるということができる。 | ||
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(7) 以上のとおり,本件各投稿は原告の著作権(複製権・公衆送信権)又は名誉20 感情を侵害することが明らかであるところ,このような侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情は存在しない。 | '''(7)''' 以上のとおり,本件各投稿は原告の著作権(複製権・公衆送信権)又は名誉20 感情を侵害することが明らかであるところ,このような侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情は存在しない。 | ||
=====4 争点4(正当な理由の有無)について===== | =====4 争点4(正当な理由の有無)について===== | ||
'''(1)''' 弁論の全趣旨によれば,原告は,本件投稿者に対し,損害賠償等を請求することを予定していることが認められるから,原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。そして,被告が本件投稿者による侵害行為に係る開示関係役務提供者であることは前記2において判示したとおりである。 | '''(1)''' 弁論の全趣旨によれば,原告は,本件投稿者に対し,損害賠償等を請求することを予定していることが認められるから,原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。そして,被告が本件投稿者による侵害行為に係る開示関係役務提供者であることは前記2において判示したとおりである。 |
2022年1月3日 (月) 17:27時点における版
全文
令和3年7月16日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和3年(ワ)第6410号
発信者情報開示請求事件
口頭弁論終結日 令和3年5月28日
判 決
原 告 X
同訴訟代理人弁護士 井 上 拓
山 岡 裕 明
町 田 力
千 葉 哲 也
被 告
エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 松 田 真
主 文
1被告は,原告に対し,別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1本件は,原告が,氏名不詳者(以下「本件投稿者」という。)がインターネット上の短文投稿サイトであるツイッター(Twitter)において別紙投稿記事目録記載の各投稿(以下,符号に従って「本件投稿1」などといい,併せて「本件各投稿」という。)をしたことにより,原告の著作権(複製権及び公衆送信権),名誉権及び名誉感情が侵害されたことは明らかであると主張して,被告に対し,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき,別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開示を求める事案である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実。なお,本判決を通じ,証拠を摘示する場合には,特に断らない限り,枝番を含むものとする。)
(1) 当事者
ア 原告は,「X1X´(X)」というアカウント名のツイッターのアカウントを有する医師である。同アカウントのプロフィール画像には,別紙著作物目録記載の原告のイラスト画像(以下「原告イラスト画像」という。)が用いられている。(甲2)
イ 被告は,電気通信事業等を目的とする株式会社であり,プロバイダ責任制限法2条3号の特定電気通信役務提供者に該当する。
(2) 本件各投稿
本件投稿者は,ツイッター上に,「尻穴まで洗う救急医Baka(魚拓)」というアカウント名のアカウント(以下「本件アカウント」という。)を開設し,原告イラスト画像をそのプロフィール画像に設定した上で(本件投稿1),令和2年12月28日から令和3年1月16日までの間,別紙投稿記事目録記載のとおり,本件投稿2~6を行った。(甲4~9)
(3) ツイッター社からのIPアドレスの開示
ア 原告は,ツイッターインク社(以下「ツイッター社」という。)を相手方として,令和2年12月1日正午(日本標準時)以降,仮処分決定が相手方に送達された日の正午時点までに本件アカウントにログインがあった際のIPアドレス及びタイムスタンプのうちツイッター社が保有するものの仮の開示を求める仮処分命令を東京地方裁判所に申し立てたところ,同裁判所は,令和3年2月15日,原告の申立てを認容する内容の仮処分決定をした。(甲10)
イ ツイッター社は,令和3年3月8日頃,上記仮処分決定に基づき,原告に対し,令和2年12月23日から令和3年1月27日までの間に本件アカウントへのログインがあった際のIPアドレス及びタイムスタンプを開示した。原告は,本件において,これらのIPアドレス及びタイムスタンプの一部(以下,このIPアドレスを「本件IPアドレス」といい,タイムスタンプと併せて「本件IPアドレス等」という。)の開示を求めている。(甲11)
ウ 本件IPアドレスは,被告が保有するものである。(甲12)
(4) ツイッターの仕組み
ツイッターを利用するには,まず,氏名,電話番号又はメールアドレスの登録及びパスワードを設定してアカウントを作成する必要があり,また,自己のアカウントで投稿するためには,当該アカウントにログインする必要がある。(弁論の全趣旨)
争点
(1) 本件発信者情報がプロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるか。(争点1)
(2) 被告がプロパイダ責任制限法4条1項の「開示関係役務提供者」に当たるか。(争点2)
(3) 権利侵害の明白性(争点3)
ア 本件各投稿による著作権侵害の明白性(争点3-1)
イ 本件投稿2による名誉感情侵害の明白性(争点3-2)
ウ 本件投稿3による名誉感情侵害の明白性(争点3-3)
エ 本件投稿4による名誉感情・名誉権侵害の明白性(争点3-4)
オ 本件投稿5による名誉感情侵害の明白性(争点3-5)
カ 本件投稿6による名誉感情侵害の明白性(争点3-6)
(4) 正当な理由の有無(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件発信者情報がプロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるか。)
(原告の主張)
(1) プロバイダ責任制限法4条1項は,「権利の侵害に係る発信者情報」とやや幅のある規定をしていることに照らすと,「権利の侵害に係る発信者情報」は,侵害情報が発信された際に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報に限定されることなく,権利侵害との結びつきがあり,権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報を含むものと解される。
また,同条の趣旨は,特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が,情報の発信者のプライバシーや表現の自由等に配慮した厳格な要件の下で,特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより,加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解されるところ,侵害情報そのものの送信時点ではなく,その前後に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報であっても,それが当該侵害情報の発信者のものと認められる場合には,当該発信者のプライバシー,通信の秘密等の保護の必要性の程度に比べ,被害者の権利の
救済を図る必要性がより高いというべきである。
以上によれば,侵害情報の送信の前後に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても,それが侵害情報の発信者のものと認められるのであれば,「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるというべきである。
(2) ツイッターは,アカウント及びパスワードを入力してログインをしなければ利用できないサービスであること,本件アカウントは原告イラスト画像をプロフィール画像に使用して原告に対する誹謗中傷を繰り返すものであり,原告に悪意のある特定の個人によって開設・投稿されたものと考えられること,ツイッター社から開示された期間においても毎日本件アカウントへのログインされていることなどからすれば,別紙IPアドレス目録記載の各IPアドレス及び各タイムスタンプにより特定されるツイッターへのログイン(以下,これらのログインを「本件各ログイン」という。)をした者と本件投稿者は同一である。
したがって,本件発信者情報は,「権利の侵害に係る発信者情報」に当たる。
(被告の主張)
(1) プロバイダ責任制限法4条は,発信者の利益の保護のため,発信者情報の開示に関して厳格な要件を定めるとともに,開示関係役務提供者が慎重な判断をし,開示請求に応じなかったことにより開示請求者に損害が生じた場合の損害10 賠償責任を制限しているところ,このような法の趣旨に鑑みると,同条所定の要件は厳格に解すべきであり,「権利の侵害に係る発信者情報」とは,「侵害情報が流通されることとなった特定電気通信の過程において把握される発信者情報」を意味するものと解される。
本件各ログインは,侵害情報である本件各投稿とは別個の情報の流通であり,本件各ログインに係る情報は,侵害情報が流通されることとなった特定電気通信の過程において把握される発信者情報ではない以上,「権利の侵害に係る発信者情報」には当たらない。
(2)本件アカウントへのログインは,別紙IPアドレス目録に記載された各IPアドレス以外のIPアドレスからも行われているから,本件アカウントが複数人で共有されている可能性も否定できない。すなわち,本件各ログインに際して使用された回線の契約者が本件投稿者でない可能性も排除できない。
(3) 被告は,本件各ログインに際して使用された各回線の契約者に対し,プロバイダ責任制限法4条2項所定の意見照会を行ったところ,別紙IPアドレス目録の番号3及び4記載のIPアドレス及びタイムスタンプにより特定される各ログイン(以下「番号3及び4に係る各ログイン」という。)に関し,契約回線の運用受託者から,当該契約回線はフリーWiFiサービスに提供しているものであり,当該契約回線を使用して本件各投稿が行われたかどうかは不明であるとの回答があった。この回答を前提とすれば,当該契約回線の契約者に係る情報が明らかになったとしても,本件発信者を特定することはできないため,
番号3及び4に係るログインに関する情報は,「権利の侵害に係る発信者情報」には当たらない。
2 争点2(被告がプロパイダ責任制限法4条1項の「開示関係役務提供者」に当たるか。)
(原告の主張)
前記1(原告の主張)のとおり,ログインに係る情報であっても,それが侵害情報の発信者のものと認められるのであれば,「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるものと解されるから,当該侵害情報の発信者による通信を媒介し,その際に割り当てられたIPアドレスを保有する特定電気通信役務提供者は,プロバイダ責任制限法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に当たるというべきである。
(被告の主張)
前記1(被告の主張)のとおり,本件各ログインに係る通信は,あくまで本件アカウントへのログインに際して行われるデータの送受信にすぎず,権利侵害情報そのものに係る特定電気通信ではないから,本件においては,被告は「開示関係役務提供者」には当たらない。
3 争点3-1(本件各投稿による著作権侵害の明白性)
(原告の主張)
原告イラスト画像は,原告がクリエイターに製作を依頼し,その納品とともに著作権を譲り受けたものであるから,原告がその著作権者であるところ,本件投稿者は,本件各投稿に際して,原告の承諾なく,本件イラスト画像と全く同一の画像をツイッター上に投稿したものであるから,本件イラスト画像に係る原告の複製権及び公衆送信権を侵害することが明らかである。
(被告の主張)
本件イラスト画像につき,原告が著作権者であることが証拠上明らかであるということはできない。また,本件イラスト画像の投稿に関し,著作物の利用に関する例外に当たらないことが明らかでもない以上,本件各投稿が原告イラスト画像に係る原告の著作権を侵害することは明らかではない。
4 争点3-2(本件投稿2による名誉感情侵害の明白性)
(原告の主張)
本件アカウントは,原告のアカウント名をもじったアカウント名を使用している上に,原告イラスト画像をプロフィール画像として設定している。
加えて,本件投稿2は,第三者が原告のツイートを引用して「この1年間で「高みの見物」を極めた男」とツイートしたことに対して,「この人のキモさを表現することは不可能です」と返信するものであることからすれば,本件投稿2が原告を対象とすることは明らかである。
本件投稿2は,その文脈・内容に照らして,原告の意見に対する評価を述べたものとは解されず,原告の人格・人間性を殊更に否定するものであるから,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものである。
(被告の主張)
本件アカウントや本件投稿2には原告の氏名は記載されていないから,一般読者において,本件投稿2が原告を対象としたものであると理解できるかは明らかではない。
本件投稿2は,新型コロナウイルス感染症対策に関する原告の意見を踏まえ,「キモさを表現することは不可能」などと述べたものであり,その文脈からすれば,原告の意見に対する評価を述べたものと理解できるから,社会通念上許容される限度を超えた侮辱行為に当たるということはできない。
5 争点3-3(本件投稿3による名誉感情侵害の明白性)
(原告の主張)
本件投稿3は,原告のアカウント名をもじったアカウント名を使用し,原告イラスト画像をプロフィール画像に設定した本件アカウントから投稿されている以上,原告を対象とするものであることは明らかである。
本件投稿3は,原告イラスト画像につき,「こちらのアイコンは,尻穴と尿道を同時に攻め,恍惚の表情を浮かべているわたくしを示しています。」と記載し,原告の肖像を卑猥な表現で馬鹿にするものであるから,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものである。
(被告の主張)
本件アカウントや本件投稿3には原告の氏名は記載されていないから,一般読者において,本件投稿3が原告を対象にしているものと理解できるかは明らかではない。
本件投稿3は,原告に関する何らかの具体的な事実を摘示した上で原告を侮辱する内容ではないから,原告の名誉感情が侵害されたことが明らかであるということはできない。
6 争点3-4(本件投稿4による名誉感情・名誉権侵害の明白性)
(原告の主張)
本件投稿4は,原告のアカウント名をもじったアカウント名を使用し,原告イラスト画像をプロフィール画像に設定した本件アカウントから投稿されている以上,原告を対象とするものであることは明らかである。
本件投稿4のうち「全国の痴事を震撼させるイケメン尻穴tweet」との記載は,原告の肖像を「イケメン」と呼んだ上で,「全国の痴事を震撼させる」「尻穴tweet」と品性に欠ける表現をするものであり,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものである。
また,「感染対策は恐らく大勢に影響を与えないでしょう。何故,インフルエンザは特段の追加的対策なくして収束したのか説明できますか!?貴女が何をしようが,しまいが関係ありません」との記載は,医師であり公衆衛生の専門家でもある原告になりすまして,科学的根拠のない新型コロナウイルスに関する医療情報を流布するものであり,一般の閲覧者をして,原告がそのような科学的根拠のない医療情報を流布する医師であるとの印象を与え,原告の社会的評価を低下させるものであるとともに,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものである。
(被告の主張)
本件アカウントや本件投稿4には原告の氏名は記載されていないから,一般読者において,本件投稿4が原告を対象としているものと理解できるかは明らかではない。
本件投稿4は,原告に関する何らかの具体的な事実を摘示した上で原告を侮辱する内容ではないから,原告の名誉感情が侵害されたことが明らかとはいえないし,本件投稿4が原告本人による投稿ではないことは,その投稿内容等から明らかであるから,本件投稿4は原告の社会的評価を何ら低下させるものではない。
7 争点3-5(本件投稿5による名誉感情侵害の明白性)について
(原告の主張)
本件投稿5は,原告のアカウント名をもじったアカウント名を使用し,原告イラスト画像をプロフィール画像に設定した本件アカウントから投稿されている以上,原告を対象とするものであることは明らかである。
本件投稿5は,原告の肖像である原告イラスト画像を「池麺アイコン救急医」と呼んだ上で,「バカ女うけする」という品性に欠ける表現で原告を愚弄・嘲笑するものであり,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものである。
(被告の主張)
本件アカウントや本件投稿5には原告の氏名は記載されていないから,一般読者において,本件投稿5が原告を対象としているものと理解できるかは明らかではない。
本件投稿5は,原告に関する何らかの具体的な事実を摘示した上で原告を侮辱する内容ではないから,原告の名誉感情が侵害されたことが明らかであるということはできない。
8 争点3-6(本件投稿6による名誉感情侵害の明白性)について
(原告の主張)
本件投稿6は,原告のアカウント名をもじったアカウント名を使用し,原告イラスト画像をプロフィール画像に設定した本件アカウントから投稿されていることに加え,第三者による「この@Baka 以下省略 というアカウントは,X´先生@ 以下省略 のなりすましでは?」とのツイートに対する返信として投稿されたものであることからすれば,原告を対象としていることは明らかである。
本件投稿6は,原告又は原告の肖像について,卑猥な表現を用いて馬鹿にするものであり,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものである。
(被告の主張)
本件アカウントや本件投稿6には原告の氏名は記載されていないから,一般読者において,本件投稿6が原告を対象としていると理解できるかは明らかではない。
本件投稿6も,原告に関する何らかの具体的な事実を摘示した上で原告を侮辱する内容ではないから,原告の名誉感情が侵害されたことが明らかであるということはできない。
4 争点4(正当な理由の有無)について
(原告の主張)
本件投稿者に対する損害賠償請求権を行使するためには,被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があるから,原告には,被告から本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
プロバイダ責任制限法4条1項を受けた総務省令(平成14年総務省令第57号)は,電話番号及び電子メールアドレスの開示を発信者に限定しているところ,前述のとおり, 番号3及び4に係る各ログインは,フリーWifiサービスに提供された回線を経由して行われたものであり,これらの各ログインに係る回線の契約者は発信者には当たらないから,当該契約者に関する電話番号及び電子メールアドレスの開示は認められない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件発信者情報がプロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるか。)について
(1) 被告は,プロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」とは,侵害情報の発信者についての情報に限られるとの解釈を前提とした上で, 本件発信者情報は,本件アカウントにログインした者についての情報にすぎず,本件各投稿を行った本件発信者についての情報ではないので,本件発信者情報は「権利の侵害に係る発信者情報」に当たらないと主張する。
ア 前記第2の2(2)及び(3)記載のとおり,本件各投稿は,令和2年12月28日,令和3年1月8日,同月10日及び同月16の4日間に合計6回にわたり投稿されたものである。そして,原告が令和2年12月1日正午(日本標準時)から仮処分決定が相手方に送達された日の正午時点までの期間に係るものについて,仮の開示を求める仮処分決定を得てツイッター社に発信者情報の開示を求めたところ,同社は,その保有している発信者情報として,同月23日から令和3年1月27日までの間に本件アカウントにログインされた際のIPアドレス及びタイムスタンプ(本件IPアドレス等)を開示している。このことから明らかなように,本件IPアドレス等は,本件各投稿の際に使用されたIPアドレスそのものではない。
イ しかし,プロバイダ責任制限法4条1項は,「権利侵害時の発信者情報」あるいは「権利が侵害された際の発信者情報」など,権利を侵害する行為(本件では本件各投稿)の際に使用された発信者情報に限定する旨の規定をすることなく,「権利の侵害に係る発信者情報」と規定しており,「係る」という語は「関係する」又は「かかわる」との意味を有することに照らすと,プロバイダ責任制限法4条1項の「権利の侵害に係る発信者情報」とは,侵害情報が発信された際に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報に限定されることなく,権利侵害との結びつきがあり,権利侵害者の特定に資する通信から把握される発信者情報を含むと解するのが相当である。
ウ また,プロバイダ責任制限法4条の趣旨は,特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が,情報の発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより,加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解されるところ(最高裁平成21年(受)第1049号同22年4月8日第一小法廷判決・民集64巻3号676頁),侵害情報そのものの送信時点ではなく,その前後に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報であっても,それが当該侵害情報の発信者のものと認められる場合には,当該発信者のプライバシー,通信の秘密等の保護の必要性の程度に比べ,被害者の権利の救済を図る必要性がより高いというべきである。
エ さらに,本件において,ツイッター社は,個々の投稿に係るIPアドレス等のログを保存しておらず,ログインに係る情報についても直近2か月分程度のログしか保存していないことがうかがわれるが,侵害情報そのものの送信を媒介した特定電気通信を媒介した者でなければ開示関係役務提供者に該当しないとすると,権利を侵害されたことは明白であるにもかかわらず,サイト運営者のログイン情報の保存方法・期間等により発信者情報開示請求25 の成否が左右され,侵害情報が発信された時点のIPアドレス等又は侵害情報を投稿するためのログイン時のIPアドレス等が保存されていない場合には,被害者は権利行使を断念せざるを得なくなる。プロバイダ責任制限法4条が,このような事態,すなわちサイト運営者のログイン情報の保存状況により被害者の権利救済の可否が左右されることを想定し,これを容認していたとは考え難い。
オ 以上によれば,侵害情報の送信の後に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても,それが侵害情報の発信者のものと認められるのであれば,プロバイダ責任制限法4条1項にいう「権利の侵害に係る発信者情報」に当たると解するのが相当である。
(2) 上記(1)の解釈を前提として,本件IPアドレス等によって本件アカウントにログインした者と,本件投稿者が同一と認められるかどうかについて検討する。
ア 弁論の全趣旨によれば,ツイッターを利用するためには,氏名,電話番号又はメールアドレスを登録するとともに,パスワードを設定してアカウント登録をすることが必要であり,その上で,作成したアカウントを実際に利用し,ツイート等の投稿を行うためには,電話番号,メールアドレス又はユーザー名に加え,パスワードを入力してアカウントにログインをすることが必要であると認められる(前記第2の2(4))。
このように,ツイッターは,利用者がアカウント及びパスワードを入力することによりログインをしなければ利用できないサービスであることに照らすと,当該アカウントにログインをするのは,そのアカウント使用者である蓋然性が高いというべきである。
イ また,本件アカウントは,ユーザー名が「尻穴まで洗う救急医Baka」であり,その投稿内容等に照らすと,本件各投稿は,特定の個人が継続的に投稿したものであると認められ(甲4~9),ツイッター社により開示された本件IPアドレス等の使用期間(令和2年12月23日から令和3年1月27日まで)においても,昼夜を問わず,本件アカウントに頻繁にログインされており,本件アカウントが継続的に使用されていたことがうかがわれる(甲11)。
そして,証拠(乙1,2)によれば,本件各ログインに際して使用された回線の契約者に対する意見照会が令和3年3月末頃に行われたことが認められるところ,本件アカウントにおいては,同月29日の投稿を最後に,以後は新たな投稿が行われていないこと(甲14)からすれば,本件各ログインを行った者と本件投稿者は同一であることが推認される。
ウ 上記アのとおり,ツイッターのアカウントにログインをするのは,そのサービスの仕組みに照らし,当該アカウントの使用者である蓋然性が高いところ,上記イのとおり,本件アカウントは,本件各投稿がされた令和2年12月頃から令和3年1月頃の間,特定かつ同一の個人が継続して利用していたものと認めるのが相当であり,法人が営業用に用いるなど複数名でアカウントを共有し,又はアカウント使用者がその間に変更されたことをうかがわせるような事情は存在しない。
そうすると,本件IPアドレスによって本件アカウントにログインした者と,本件各投稿を行った本件投稿者は同一ということができるので,本件発信者情報は「権利の侵害に係る発信者情報」に当たるというべきである。
エ これに対し,被告は,本件アカウントには,本件IPアドレス以外のIPアドレスを用いた被告以外の経由プロバイダを利用したログインが複数回行われていることから,本件アカウントは複数人で共有されている可能性が高く,本件IPアドレスで本件アカウントにログインした者と本件投稿者が同一であるとはいえないと主張する。
しかしながら,個人であっても,例えば携帯電話とパソコンのそれぞれについて異なる経由プロバイダと契約することもあり得るのであるから,そのことから直ちに複数人が本件アカウントを共有している可能性が高いということはできない。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
オ また, 被告は,番号3及び4に係る各ログインに関しては,ログインの際に使用された契約回線の運用受託者が,同契約回線をフリーWiFiサービスに提供している旨回答していることを根拠に(乙1及び2),「権利の侵害に係る発信者情報」には当たらない旨主張する。
しかしながら,被告が証拠として提出する回答書(乙1及び2)は,契約者名が明らかではない上に,契約回線がフリーWiFiサービスに提供されていたことについての客観的な裏付けを示して回答するものではないため,これをもって,実際に上記各ログインがフリーWiFiサービスに提供された回線を経由して行われたものであるということはできない。
そして,ほかに上記各ログインがフリーWiFiサービスに提供された回線を経由して行われたことを認めるに足りる証拠は存在しないから,被告の上記主張は採用することができない。
2 争点2(被告がプロバイダ責任制限法4条1項の「開示関係役務提供者」に当たるか。)について
被告は,本件IPアドレスは,本件アカウントへのログインに係るものにすぎず,侵害情報である本件各投稿そのものに係るものではないから,被告は本件各投稿に関する通信を媒介しておらず,「開示関係役務提供者」に該当しないと主張する。
しかし,前記判示のとおり,侵害情報の送信の前後に割り当てられたIPアドレス等から把握される発信者情報であっても,それが当該侵害情報の発信者のものと認められるのであれば,プロバイダ責任制限法4条1項にいう「権利の侵害に係る発信者情報」に当たると解するのが相当であり,侵害情報の発信者と同一の者によるものと認められる通信を媒介し,その際に割り当てられた当該IPアドレス等を保有する特定電気通信役務提供者は,プロバイダ責任制限法4条1項にいう開示関係役務提供者に該当するというべきである。
したがって,本件IPアドレスによる本件アカウントへのログインを媒介した被告は,開示関係役務提供者に該当する。
3 争点3(権利侵害の明白性の有無)について
(1) 争点3-1(本件各投稿による著作権侵害の明白性)について
被告は,原告が原告イラスト画像の著作権者であることを争うが,証拠(甲15)によれば,原告は,令和2年8月1日,イラストレーターに対し,自分の写真を素材にした似顔絵の作成を依頼し,同月4日,イラストレーターから原告イラスト画像を受領したこと,イラストレーターは,原告イラスト画像の著作権を原告に譲渡したことを自認していることが認められるところ,これらの事実に照らせば,原告が原告イラスト画像の著作権者であることが認められる。
本件各投稿は,著作権者である原告に無断で原告イラスト画像をツイッター上のプロフィール画像として使用するものであり,原告イラスト画像に係る原告の公衆送信権及び複製権を侵害することが明らかである。
(2) 争点3-2(本件投稿2による名誉感情侵害の明白性)について
本件投稿2は,新型コロナウイルス感染症対策についての私見を述べた原告の投稿に対して,第三者が「この1年間で「高みの見物」を極めた男」という投稿したことを受け,同投稿を引用して「この人のキモさを表現することは不可能です。」とツイートするものであるから(甲5),「この人」が原告を指すものであると認められる。
上記の投稿内容は,原告の見解に対して論評を加えるものではなく,原告自身のことを表現不可能なほど気持ち悪いと揶揄するものであり,社会通念上許容される限度を超えて原告を侮辱するものと認められるから,原告の名誉感情を侵害することが明らかであるということができる。
(3) 争点3-3(本件投稿3による名誉感情侵害の明白性)について
本件投稿3は,原告イラスト画像をプロフィール画像として用いた本件アカウントにおいて,「こちらのアイコンは尻穴と尿道を同時に攻め,恍惚の表情を浮かべているわたくしを示しています。」とツイートするものであるから(甲6),「こちらのアイコン」及び「わたくし」が原告を指すものであると認められる。
上記の投稿内容は,卑猥な表現を用いて原告を揶揄するものであり,社会通念上許容される限度を超えて原告を侮辱するものと認められるから,原告の名誉感情を侵害することが明らかであるということができる。
(4) 争点3-4(本件投稿4による名誉感情・名誉権侵害の明白性)について
ア 本件投稿4は,原告イラスト画像をプロフィール画像として用いるとともに,原告のアカウント名をもじった「尻穴まで洗う救急医Baka」というアカウント名を使用する本件アカウントにおいて,「イケメン尻穴tweet」とツイートするものであるから(甲7),「イケメン尻穴」は原告を指すものであると認められる。
上記の投稿内容は,卑猥な表現を用いて原告を揶揄するものあり,社会通念上許容される限度を超えて原告を侮辱するものと認められるから,原告の名誉感情を侵害することが明らかであるということができる。
イ 原告は,本件投稿4は,原告が科学的根拠のない医療情報を流布する医師であるとの印象を一般の閲覧者に与えるものであるから,原告の社会的評価を低下させ,名誉毀損に当たる旨主張するが,上記のような本件アカウントのアカウント名やその投稿内容に照らせば,本件アカウントが原告のなりすましであることは明らかであり,一般の閲覧者において,本件投稿4が原告本人のツイートであると理解するおそれはないということができるから,この点に関する原告の主張は採用することができない。
(5) 争点3-5(本件投稿5による名誉感情侵害の明白性)について
本件投稿5は,原告イラスト画像をプロフィール画像として用いるとともに,原告のアカウント名をもじった「尻穴まで洗う救急医Baka」というアカウント名を使用する本件アカウントにおいて,「バカ女うけする池麺アイコン救急医」というものであるから(甲8),「池麺アイコン救急医」が原告を指すものであることが認められる。
上記投稿内容は,原告イラスト画像について「池麺」として揶揄するとともに,「バカ女うけする」と原告に対する人格非難を加えるものであり,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものであるから,原告の名誉感情を侵害することが明らかであるということができる。
(6) 争点3-6(本件投稿6による名誉感情侵害の明白性)について
本件投稿6は,原告イラスト画像をプロフィール画像として用いるとともに,原告のアカウント名をもじった「尻穴まで洗う救急医Baka」というアカウント名を使用する本件アカウントにおいて,「この@Baka 以下省略 というアカウントは,X´先生@ 以下省略 のなりすましでは?」という投稿に対する返信として,「当方は尻穴まで丁寧に洗い,恍惚の表情を浮かべているに過ぎません。」とツイートするものであるから(甲9),「当方」が原告を指すものであることが認められる。
上記投稿内容は,卑猥な表現を用いて原告を揶揄するものであり,社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものであるから,原告の名誉感情を侵害することが明らかであるということができる。
(7) 以上のとおり,本件各投稿は原告の著作権(複製権・公衆送信権)又は名誉20 感情を侵害することが明らかであるところ,このような侵害行為の違法性を阻却する事由が存在することをうかがわせる事情は存在しない。
4 争点4(正当な理由の有無)について
(1) 弁論の全趣旨によれば,原告は,本件投稿者に対し,損害賠償等を請求することを予定していることが認められるから,原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。そして,被告が本件投稿者による侵害行為に係る開示関係役務提供者であることは前記2において判示したとおりである。
したがって,原告は,被告に対し,プロバイダ責任制限法4条1項に基づき,本件発信者情報の開示を求めることができる。
(2)これに対し,被告は,番号3及び4に係る各ログインは,フリーWiFiサ5 ービスとして提供された回線を経由して行われたものであることを根拠として,同各ログインに係る発信者情報を開示することにつき「正当な理由」が存在しない旨主張するが,同各ログインがフリーWiFiとして提供された回線を経由して行われたと認めるに足りないことは前記1(2)オにおいて判示したとおりであるから,被告の上記主張は前提を欠くものであり,採用することができない。
5 結論
よって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
佐 藤 達 文
裁判官
小 田 誉 太 郎
裁判官
齊 藤 敦
(別紙)1
発信者情報目録
別紙IPアドレス目録記載の各IPアドレスを,同目録記載のタイムスタンプ頃に使用した者に関する情報であって,次に掲げるもの
1 氏名又は名称
2 住所
3 電話番号
4 電子メールアドレス
(別紙)2
著作物目録
●(画像は省略)●[1]
(別紙)3
投稿記事目録
解説
リンク
- 令和3年(ワ)第6410号 発信者情報開示請求事件(魚拓)(修正後)
- 令和3年(ワ)第6410号 発信者情報開示請求事件(魚拓)(修正前)
註釈
- ↑ 原告イラスト画像(甲2)が添付されていると推定される