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「融資先死亡と共同相続人からの回収」の版間の差分

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'''ケーススタディ 融資先死亡と共同相続人からの回収 '''(けーすすたでぃ ゆうしさきしぼうときょうどうそうぞくにんからのかいしゅう)
'''融資先死亡と共同相続人からの回収'''(ゆうしさきしぼうときょうどうそうぞくにんからのかいしゅう)とは、[[山岡裕明(弁護士)|山岡裕明]]が雑誌「銀行実務」2013年2月号に連載したコラムである。
は、[[山岡裕明]]が銀行実務2013年2月号に連載したコラムである。


== 概要 ==
== 概要 ==
[[山岡裕明]]が増田パートナーズ法律事務所所属時代に所長の増田、先輩弁護士の木村と共同執筆した論文である。
[[山岡裕明(弁護士)|山岡裕明]]が増田パートナーズ法律事務所所属時代に所長の増田英次、先輩弁護士の木村康紀<ref>山岡のFacebook上でも繋がりがあったことが確認されている{{Archive|https://orpheus.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1424452388/965|https://archive.ph/9KyTX|【速報】唐澤貴洋弁護士、法律事務所クロス設立*3 [転載禁止]©2ch.net>>965}}</ref>と共同執筆したコラムである。
<ref>クロスの公式サイトや増田パートナーズには記載がないが、共同執筆者の木村弁護士のサイトには記載がある。[https://archive.is/ZCGW1 木村 康紀 - メリットパートナーズ法律事務所]</ref>


==融資先死亡と共同相続人からの回収 ==
増田パートナーズ法律事務所や[[法律事務所クロス]][[八雲法律事務所]]の公式サイトに記載はないが、共同執筆者の木村康紀弁護士のサイトには記載がある<ref>{{Archive|http://www.meritopartners.jp/about/member02.html|https://archive.vn/ZCGW1|木村 康紀 - メリットパートナーズ法律事務所}}</ref>
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融資先死亡と共同相続人からの回収
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== 脚注 ==
== 本文 ==
 融資先が個人の場合、当該融資先が死亡すると、相続が開始する(民法882条)。しかし、相続が開始されると、共同相続人間で財産が分断され債権の回収方法が煩瑣になるうえ、資力の乏しい相続人が積極財産を消費してしまうことにより、債権回収可能性が著しく損なわれることも少なくない<ref group="注"><!--1-->そもそも相続開始前に被相続人か債務超過に陥っていた場合、相続人としては相続のメリットがないので相続放棄することが多い。そのため、債権者にとって検討を要するのは、被相読人において積極財産が消極財産を上回っており回収可能があったにもかかわらず、相続によりその回収可能性が損なわれる場合である。</ref>。本稿では、融資先の死亡後に確認すべき事項の確認方法の概要を説明のうえ、融資先が死亡した場合に共同相続人から債権を回収する方法について検討する。
 
=== ケース ===
 自営業を営むAは資産として自宅兼事務所としての土地および建物(時価1000万円)及びX銀行に普通預金として800万円を有しており、他方でX銀行から事業用の運転資金として手形貸付により1000万円の融資を受けていたところ(返済期限平成25年6月30日)、平成24年12月31日にAは死亡した。
 
 Aの相続人としては、妻のB、子のC及びDの3人がいる。B、C及びDの3人で話合った結果(遺産分割協議)、平成25年4月1日にAの家業を継ぐこととなるCがAの全ての財産(積極財産及び消極的財産を含む)を相続することでまとまった。
 
 Aの遺言は存在しない。この場合において、X銀行はAに対する債権1000万円を回収するにあたっての留意点は何か。なお、B、C及びDいずれにも、相続欠格事由はなく、相続排除の手続も取られていないものとし、B、C及びDはいずれも単純承認により相続しているものとする。
 
=== 1 被相続人の死亡後に確認すべき事項 ===
==== 1. 被相続人の死亡の確認 ====
 通常、債権者の側は、家族等からの申出を受けて初めて被相続人が死亡した事実を知ることになるが、その死亡の事実及び時期は、相続人が誰になるかを決定する上で大切であるばかりでなく、被相続人の債務の確定、被相続人を債務者とする根抵当権の確定時期、根保証債務の確定等にも関係する。
 
 したがって、債権者としては、死亡の事実及び時期は、家族等からの供述を信用する謄本、除籍謄本又は医師の死亡診断書等により確認するべきである。
 
==== 2. 相続人の確認 ====
 被相続人の死亡を確認したら、次に相続人となるべき者を確認する必要がある。
 
 相続の開始により被相続人の一身に専属したものを除き、相続人は被相続人の財産に属した一切の権利・義務を承継する(民法896条)。
 
 相続人となるべき者の範囲は、推定相続人<ref group="注"><!--2-->推定相続人とは、相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう(民法892条)。</ref>(民法900条、901条)及び包括受遺者(民法990条)ら相続放棄者(民法938条以下)、欠格者(民法891条)、廃険者(民法892条、893条)を除いた者となる。
 
 債務者としては、被相続人の戸籍者、除籍謄本等により推定相続人をはじめとする関係者から遺言内容、相続の放棄の有無、欠格事由の有無及び廃除の有無等を確認することになる。
 
 なお、このような相続人の確認の中で、各相続人がどのような相続方法(単純承認、限定承認又は相続放棄)を選択したかの確認を並行して行うことも重要である(本稿では、紙面の癒合から相続方法や遺言がある場合の対応についての詳細な説明は省略するが、いずれも、相続の場面では重要なものである)。
 
==== 3. 各相続人の相続分の確認 ====
 相続人が確定した場合、さらに、各相続人における相続財産の帰属を確認する必要がある。遺言がある場合は遺言に従うことになるが、遺言がない場合は、民法上の法定相続分(民法900条)に応じて相続財産を相続することとなる。
 
 ここで、留意すべき点は、財産の種類によって貴族の形態が異なるという点である。
 
 積極財産は、遺言がない限り、相続開始によって相続人の共有となり(民法898条)<ref group="注"><!--3-->大判大正9年12月22日民録26輯2062頁、最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁、最判平成17年10月11日民集59巻8号2243号</ref>、遺産分割(民法906条)が行われるまで各共同相続人は積極財産に対してその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継することとなる(民法899条)。
 
 ただし、預金債権など金銭債権のような可分債権については、相続開始によって法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて承継されると解されている<ref group="注"><!--4-->最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁</ref>。
 
 他方、消極財産については、積極財産がどのように分割されたかに関係なく、各共同相続人がその法定の割合によって、しかも各自連帯することなく、分割し承継されることとなる<ref group="注"><!--5-->中務嗣治郎監修「〔新金融実務手引シリーズ〕融資管理」49頁(金融財政事情研究会、2005)</ref>。
 
==== 4. 本件ケースにおける相続人の確定及び相続分 ====
 本件ケースについて見ると、特段問題なく、相続人は、配偶者であるB、子であるC及びDとなる。
 
 また、各人の法定相続人は、Bは2分の1、C及びDは4分の1ずつとなる。したがって、B、C及びDは、それぞれ預金債権800万円につき400万円、200万円、200万円を、貸金返還債務につき500万円、250万円、250万円を相続し、土地及び建物につき2分の1、4分の1、4分の1の持分割合で共有することとなる。
 
=== 2 本件ケースの検討 ===
==== 1. 本件ケースで生じ得る問題 ====
 本件ケースでは、B、C及びDの間において平成25年4月1日にCがAの全ての財産を相続するという内容で遺産分割の協議が成立している。
 
 この点、積極財産については、法定相続分に従わない分割協議も、錯誤等によるものでなければ有効である。したがって、Cは、遺産分割協議に従って、土地及び建物の全て並びに預金債権800万円を承継することとなる。
 
 他方、消極財産については、被相続人の負担していた消極財産たる金銭債務は、相続開始と同時に共同相続人にその相続分に応じて当然に分割承継されるものであるから、遺産分割の対象となる相続財産からは除外されると解されている<ref group="注"><!--6-->東京高決昭和56年6月19日判タ452号158頁</ref>。
 
 したがって、X銀行に対する貸金返還債務については、遺産分割協議の効力は及ばず、妻B、子C及びDは、それぞれ500万円、250万円、250万円を負うこととなり、X銀行としては、妻Bから500万円、子C及びDからそれぞれ250万円を回収することとなる。
 
 もっとも、仮に妻B及び子Dが無資カの場合、X銀行としては、B及びDの債務合計額である750万円については回収が見込めないこととなる。
 
 すなわち、債権者からすれば、共同相続人が債務の承継額が少ない相続人に全財産を取得させる内容の遺産分割協議をした場合、相続によって融資債権の回収が著しく困難となるのである。
 
 そのような内容の遺産分割協議がない場合であっても、例えば、Dが相続した積極財産以外に資力がないにもかかわらず、相続直後に預金200万円を費消したり、土地及び建物についての持分を譲渡した場合、相続がなければX銀行は、資産1800万円を有するAから債権1000万円を回収できる見込みがあったにもかかわらず、相続の開始によって、Dからの回収は困難となる結果、B及びCから計750万円しか回収できないということあるのである。
 
 そこで、債権者としては、このような事態を避けるために、如何なる手段が取り得るか検討が必要となる。
 
==== 2. 債権者が取り得る手段 ====
===== (1) 預金との相殺 =====
 本件ケースにおいては、生前AはX銀行に対して800万円の預金債権を有していたため、X銀行としては、貸金債権と当該預金債権を対当額において相殺することが、まず、検討される。
 
 すなわち、前述のとおり、預金は遺産分割協議の成立を待つまでもなく相続開始と同時に各相続人に法定相続分に応じて分割帰属するとされており、他方で、金銭債務についても相続開始と同時に各相続人に法定相続分に応じて分割して帰属するので、遺産分割協議により、Cが預金を含むすべての積極財産を取得してしまう前に、各相続人に対して相殺の意思表示をすることにより預金債務の額である800万円の限度で相殺してしまうというものである。
 
 もっとも、債権者の側から相殺をするためには、自働債権たる貸金債権の期限が到来していることが必要となるが、必ずしも、金銭消費貸借契約の取引約定書において債務者の死亡が期限の利益の喪失事由となっているとは限らない。本件ケースでも、貸金債権の返済期限は平成25年6月30日であるため同日を経過するまでは、債務者の死亡を含め他の期限の利益の喪失事由がない限り、X銀行としては相殺できない。したがって、直ちにこの方法が取り得るとは限らない。
 
 ただし、個人ローン関係の約定書の中には、「相続の発生」を期限の利益喪失事由としているものもみられることから、金融機関の実務においては検討されるべき手段ではあろう。
 
===== (2) 詐害行為取消権の行使 =====
 次に、詐害行為取消権(民法424条)の行使が考えられる。遺産分割の結果、共同相続人のうち一部の相続人の取得する財産が特に少額であり、それによりその相続人からの債権回収に支障が生じると思われる場合には、そのような内容の遺産分割協議は「債権者を害することを知ってした法律行為」として、遺産分割協議を取消す余地がある<ref group="注"><!--7-->遺産分割協議か詐害行為に該当するとされた事例として、神戸地判昭和53年2月10日金法876号32頁、最判平成11年6月11日金法1560号26頁等がある。</ref>。
 
 本件ケースでは、相続人らの遺産分割協議は、B及びDが一切の積極財産をC一人に帰属させるものであるところ、B及びDに相続財産以外にめぼしい資産がなくX銀行への相続債務を事実上免れる目的をもって遺産分割協議を行ったとの事情がある場合には「債権者を害することを知ってした法律行為」と推認することも十分可能であり、X銀行としても遣産分割協議を取り消し得る。そして、遺産分割協議が取消された場合、B、Dが返還を受けた相続財産を原資としてそれぞれが相続した貸金債務の返還をするよう請求することができるようになるのである。
 
===== (3) 債務引受け =====
 さらに、実践的な対応としては、積極財産をすべて承継した相続人など弁済能力の高い相続人において、他の相続入に分割して帰属した債務を引受けさせるという方法が考えられる。この債務引受けには免責的債務引受と併存的債務引受の2種類がある。以下、それぞれに分けて検討する。なお、債務引受けによる方法は、いずれにしても、X銀行としては弁済能力のある相続人に、その他の相続人の債務を引受けてもらうよう交渉することが必要となることから、相続人の協力を得なければ取りえない手段であることには留意が必要である。
 
====== ① 免責的債務引受 ======
 免責的債務引受とは、引受人だけが債務者になることによって、従来の債務者は債務負担を免れるという契約である。この契約は、債権者と引受人間の二当事者による契約によっても有効であるが、利害関係のない第三者の弁済(民法474条2項)に準じて、債務者の意思に反しては行えないとされている。
 
 本件ケースにおいて、X銀行とCとの免責的債務引受契約によってCがB及びDの債務を引受けると、Cのみが1000万円の債務を負担し、B及びDはその債務を免れることとなる。B及びDは債務を免れという利益を得るだけであるから、通常、その意思に反するということは考えにくいが、万一意思に反するということになると債務引受自体が無効となるので、相続人全員を当事者として免責的債務引受契約を締結すべきである。免責的債務引受のメリットは、引受人だけが債務者となることから時効管理において引受人だけを管理すればよいという点である。他方、デメリットとしては、引受人と債権者だけでなく、他の相続人全員の合意が必要とされるため煩瑣である点、及び相続された債務に保証人や第三者提供の担保が付されていたときに引受け後も効カを維持させるためには、保証人や担保提供者の同意が必要とされる点である<ref group="注"><!--8-->免責的務引受が行われ、債務者が変更した場合には、債権の実質的な価値に変動をきたしこれを保証した者の責任に重大な影響を及ばすので、保証人や担保提供者の同意がなければ、その保証や担保は移転しないと解されている(伊藤眞、中務嗣治郎ほか編集「〔新訂〕貸出管理回収手続双書 貸出管理」298頁(金融財政事情研究会、2010))。</ref>。
 
====== ② 併存的債務引受 ======
 併存的債務引受とは、従来の債務者が引続き債務者として存続することともに、引受人がその債務関係に加入して、従来の債務者と連帯債務を負担するという関係になる契約である。
 
 本件ケースにおいて、CがB及びDの各債務について併存的債務引受を行うと、Cは1000万円、Bは500万円、Dは250万円の各債務を負担することとなる。Cが従前負担していた250万円の債務についてはCの単独債務であり、Bの500万円の債務分についてはB及びCの連帯債務に、またDの250万円の債務分についてはC及びDの連帯債務にそれぞれなる。このように併存的債務引受では、引受けられた債務の債務者は依然として債務者の地位にとどまるので、免貨的債務引受と異なり、共同相続人の一人のみに債務を承継させることにはならない。
 
 併存的債務引受のメリットは、債権者と引受人だけの合意でも締結できる点(他の相続人の合意は必要がない点)、及び相続された債務に付されていた保証人や第三者提供の担保が保証人や担保提供者の同意を必要とせずそのまま残るという点である。他方、デメリットとしては、全相続人が債務者として残るので時効管理が煩瑣となるという点である。
 
 以上が、債権者の取り得る手段であるが、いずれの方法が適切であるかは、事案の詳細な性質によっても異なってくるところであり、その選択は、慎重に行う必要があろう。
 
=== 3 手形貸付の場合の留意点 ===
 本件ケースに関連して、被相続財産が手形貸付であることの影響について検討する。
 
 本件ケースでは、X銀行はAに対して手形貸付を行っていることから、生前のAは民法上の消費貸借契約に基づく貸金返還債務とは別に手形債務を負担していたこととなる。この手形債務の扱いが問題となり得る。もっとも、手形債務も一般の金銭債務と同様相続により分割されることとなり、各共同相続人は連帯責任を負うということにはならない<ref group="注"><!--9-->大判昭和5年12月4日民集9巻12号1118頁</ref>。また、手形債務者について相続が開始したからといって、すでに銀行で取得している手形について、とくに手形上に手を加える必要はない<ref group="注"><!--10-->鈴木正和=両部美勝「相続と債権保全対策 新版」44頁(金融財政事情研究会、2006)</ref>。
 
 したがって、結論としては、X銀行としては、共同相続人間において債務引受等の手当てがない限り、すでに取得している手形をもって、B、C及びDに対してそれぞれ500万円、250万円、250万円請求することとなるにすぎず、手形貸付だからといって別段の措置を講じなければならないということはない。
 
=== 注 ===
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== 関連項目 ==
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* [[情報漏えいと取締役の情報セキュリティ体制整備義務]]
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== 脚注 ==
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2023年12月20日 (水) 15:34時点における最新版

融資先死亡と共同相続人からの回収(ゆうしさきしぼうときょうどうそうぞくにんからのかいしゅう)とは、山岡裕明が雑誌「銀行実務」2013年2月号に連載したコラムである。

概要

山岡裕明が増田パートナーズ法律事務所所属時代に所長の増田英次、先輩弁護士の木村康紀[1]と共同執筆したコラムである。

増田パートナーズ法律事務所や法律事務所クロス八雲法律事務所の公式サイトに記載はないが、共同執筆者の木村康紀弁護士のサイトには記載がある[2]

本文

 融資先が個人の場合、当該融資先が死亡すると、相続が開始する(民法882条)。しかし、相続が開始されると、共同相続人間で財産が分断され債権の回収方法が煩瑣になるうえ、資力の乏しい相続人が積極財産を消費してしまうことにより、債権回収可能性が著しく損なわれることも少なくない[注 1]。本稿では、融資先の死亡後に確認すべき事項の確認方法の概要を説明のうえ、融資先が死亡した場合に共同相続人から債権を回収する方法について検討する。

ケース

 自営業を営むAは資産として自宅兼事務所としての土地および建物(時価1000万円)及びX銀行に普通預金として800万円を有しており、他方でX銀行から事業用の運転資金として手形貸付により1000万円の融資を受けていたところ(返済期限平成25年6月30日)、平成24年12月31日にAは死亡した。

 Aの相続人としては、妻のB、子のC及びDの3人がいる。B、C及びDの3人で話合った結果(遺産分割協議)、平成25年4月1日にAの家業を継ぐこととなるCがAの全ての財産(積極財産及び消極的財産を含む)を相続することでまとまった。

 Aの遺言は存在しない。この場合において、X銀行はAに対する債権1000万円を回収するにあたっての留意点は何か。なお、B、C及びDいずれにも、相続欠格事由はなく、相続排除の手続も取られていないものとし、B、C及びDはいずれも単純承認により相続しているものとする。

1 被相続人の死亡後に確認すべき事項

1. 被相続人の死亡の確認

 通常、債権者の側は、家族等からの申出を受けて初めて被相続人が死亡した事実を知ることになるが、その死亡の事実及び時期は、相続人が誰になるかを決定する上で大切であるばかりでなく、被相続人の債務の確定、被相続人を債務者とする根抵当権の確定時期、根保証債務の確定等にも関係する。

 したがって、債権者としては、死亡の事実及び時期は、家族等からの供述を信用する謄本、除籍謄本又は医師の死亡診断書等により確認するべきである。

2. 相続人の確認

 被相続人の死亡を確認したら、次に相続人となるべき者を確認する必要がある。

 相続の開始により被相続人の一身に専属したものを除き、相続人は被相続人の財産に属した一切の権利・義務を承継する(民法896条)。

 相続人となるべき者の範囲は、推定相続人[注 2](民法900条、901条)及び包括受遺者(民法990条)ら相続放棄者(民法938条以下)、欠格者(民法891条)、廃険者(民法892条、893条)を除いた者となる。

 債務者としては、被相続人の戸籍者、除籍謄本等により推定相続人をはじめとする関係者から遺言内容、相続の放棄の有無、欠格事由の有無及び廃除の有無等を確認することになる。

 なお、このような相続人の確認の中で、各相続人がどのような相続方法(単純承認、限定承認又は相続放棄)を選択したかの確認を並行して行うことも重要である(本稿では、紙面の癒合から相続方法や遺言がある場合の対応についての詳細な説明は省略するが、いずれも、相続の場面では重要なものである)。

3. 各相続人の相続分の確認

 相続人が確定した場合、さらに、各相続人における相続財産の帰属を確認する必要がある。遺言がある場合は遺言に従うことになるが、遺言がない場合は、民法上の法定相続分(民法900条)に応じて相続財産を相続することとなる。

 ここで、留意すべき点は、財産の種類によって貴族の形態が異なるという点である。

 積極財産は、遺言がない限り、相続開始によって相続人の共有となり(民法898条)[注 3]、遺産分割(民法906条)が行われるまで各共同相続人は積極財産に対してその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継することとなる(民法899条)。

 ただし、預金債権など金銭債権のような可分債権については、相続開始によって法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて承継されると解されている[注 4]

 他方、消極財産については、積極財産がどのように分割されたかに関係なく、各共同相続人がその法定の割合によって、しかも各自連帯することなく、分割し承継されることとなる[注 5]

4. 本件ケースにおける相続人の確定及び相続分

 本件ケースについて見ると、特段問題なく、相続人は、配偶者であるB、子であるC及びDとなる。

 また、各人の法定相続人は、Bは2分の1、C及びDは4分の1ずつとなる。したがって、B、C及びDは、それぞれ預金債権800万円につき400万円、200万円、200万円を、貸金返還債務につき500万円、250万円、250万円を相続し、土地及び建物につき2分の1、4分の1、4分の1の持分割合で共有することとなる。

2 本件ケースの検討

1. 本件ケースで生じ得る問題

 本件ケースでは、B、C及びDの間において平成25年4月1日にCがAの全ての財産を相続するという内容で遺産分割の協議が成立している。

 この点、積極財産については、法定相続分に従わない分割協議も、錯誤等によるものでなければ有効である。したがって、Cは、遺産分割協議に従って、土地及び建物の全て並びに預金債権800万円を承継することとなる。

 他方、消極財産については、被相続人の負担していた消極財産たる金銭債務は、相続開始と同時に共同相続人にその相続分に応じて当然に分割承継されるものであるから、遺産分割の対象となる相続財産からは除外されると解されている[注 6]

 したがって、X銀行に対する貸金返還債務については、遺産分割協議の効力は及ばず、妻B、子C及びDは、それぞれ500万円、250万円、250万円を負うこととなり、X銀行としては、妻Bから500万円、子C及びDからそれぞれ250万円を回収することとなる。

 もっとも、仮に妻B及び子Dが無資カの場合、X銀行としては、B及びDの債務合計額である750万円については回収が見込めないこととなる。

 すなわち、債権者からすれば、共同相続人が債務の承継額が少ない相続人に全財産を取得させる内容の遺産分割協議をした場合、相続によって融資債権の回収が著しく困難となるのである。

 そのような内容の遺産分割協議がない場合であっても、例えば、Dが相続した積極財産以外に資力がないにもかかわらず、相続直後に預金200万円を費消したり、土地及び建物についての持分を譲渡した場合、相続がなければX銀行は、資産1800万円を有するAから債権1000万円を回収できる見込みがあったにもかかわらず、相続の開始によって、Dからの回収は困難となる結果、B及びCから計750万円しか回収できないということあるのである。

 そこで、債権者としては、このような事態を避けるために、如何なる手段が取り得るか検討が必要となる。

2. 債権者が取り得る手段

(1) 預金との相殺

 本件ケースにおいては、生前AはX銀行に対して800万円の預金債権を有していたため、X銀行としては、貸金債権と当該預金債権を対当額において相殺することが、まず、検討される。

 すなわち、前述のとおり、預金は遺産分割協議の成立を待つまでもなく相続開始と同時に各相続人に法定相続分に応じて分割帰属するとされており、他方で、金銭債務についても相続開始と同時に各相続人に法定相続分に応じて分割して帰属するので、遺産分割協議により、Cが預金を含むすべての積極財産を取得してしまう前に、各相続人に対して相殺の意思表示をすることにより預金債務の額である800万円の限度で相殺してしまうというものである。

 もっとも、債権者の側から相殺をするためには、自働債権たる貸金債権の期限が到来していることが必要となるが、必ずしも、金銭消費貸借契約の取引約定書において債務者の死亡が期限の利益の喪失事由となっているとは限らない。本件ケースでも、貸金債権の返済期限は平成25年6月30日であるため同日を経過するまでは、債務者の死亡を含め他の期限の利益の喪失事由がない限り、X銀行としては相殺できない。したがって、直ちにこの方法が取り得るとは限らない。

 ただし、個人ローン関係の約定書の中には、「相続の発生」を期限の利益喪失事由としているものもみられることから、金融機関の実務においては検討されるべき手段ではあろう。

(2) 詐害行為取消権の行使

 次に、詐害行為取消権(民法424条)の行使が考えられる。遺産分割の結果、共同相続人のうち一部の相続人の取得する財産が特に少額であり、それによりその相続人からの債権回収に支障が生じると思われる場合には、そのような内容の遺産分割協議は「債権者を害することを知ってした法律行為」として、遺産分割協議を取消す余地がある[注 7]

 本件ケースでは、相続人らの遺産分割協議は、B及びDが一切の積極財産をC一人に帰属させるものであるところ、B及びDに相続財産以外にめぼしい資産がなくX銀行への相続債務を事実上免れる目的をもって遺産分割協議を行ったとの事情がある場合には「債権者を害することを知ってした法律行為」と推認することも十分可能であり、X銀行としても遣産分割協議を取り消し得る。そして、遺産分割協議が取消された場合、B、Dが返還を受けた相続財産を原資としてそれぞれが相続した貸金債務の返還をするよう請求することができるようになるのである。

(3) 債務引受け

 さらに、実践的な対応としては、積極財産をすべて承継した相続人など弁済能力の高い相続人において、他の相続入に分割して帰属した債務を引受けさせるという方法が考えられる。この債務引受けには免責的債務引受と併存的債務引受の2種類がある。以下、それぞれに分けて検討する。なお、債務引受けによる方法は、いずれにしても、X銀行としては弁済能力のある相続人に、その他の相続人の債務を引受けてもらうよう交渉することが必要となることから、相続人の協力を得なければ取りえない手段であることには留意が必要である。

① 免責的債務引受

 免責的債務引受とは、引受人だけが債務者になることによって、従来の債務者は債務負担を免れるという契約である。この契約は、債権者と引受人間の二当事者による契約によっても有効であるが、利害関係のない第三者の弁済(民法474条2項)に準じて、債務者の意思に反しては行えないとされている。

 本件ケースにおいて、X銀行とCとの免責的債務引受契約によってCがB及びDの債務を引受けると、Cのみが1000万円の債務を負担し、B及びDはその債務を免れることとなる。B及びDは債務を免れという利益を得るだけであるから、通常、その意思に反するということは考えにくいが、万一意思に反するということになると債務引受自体が無効となるので、相続人全員を当事者として免責的債務引受契約を締結すべきである。免責的債務引受のメリットは、引受人だけが債務者となることから時効管理において引受人だけを管理すればよいという点である。他方、デメリットとしては、引受人と債権者だけでなく、他の相続人全員の合意が必要とされるため煩瑣である点、及び相続された債務に保証人や第三者提供の担保が付されていたときに引受け後も効カを維持させるためには、保証人や担保提供者の同意が必要とされる点である[注 8]

② 併存的債務引受

 併存的債務引受とは、従来の債務者が引続き債務者として存続することともに、引受人がその債務関係に加入して、従来の債務者と連帯債務を負担するという関係になる契約である。

 本件ケースにおいて、CがB及びDの各債務について併存的債務引受を行うと、Cは1000万円、Bは500万円、Dは250万円の各債務を負担することとなる。Cが従前負担していた250万円の債務についてはCの単独債務であり、Bの500万円の債務分についてはB及びCの連帯債務に、またDの250万円の債務分についてはC及びDの連帯債務にそれぞれなる。このように併存的債務引受では、引受けられた債務の債務者は依然として債務者の地位にとどまるので、免貨的債務引受と異なり、共同相続人の一人のみに債務を承継させることにはならない。

 併存的債務引受のメリットは、債権者と引受人だけの合意でも締結できる点(他の相続人の合意は必要がない点)、及び相続された債務に付されていた保証人や第三者提供の担保が保証人や担保提供者の同意を必要とせずそのまま残るという点である。他方、デメリットとしては、全相続人が債務者として残るので時効管理が煩瑣となるという点である。

 以上が、債権者の取り得る手段であるが、いずれの方法が適切であるかは、事案の詳細な性質によっても異なってくるところであり、その選択は、慎重に行う必要があろう。

3 手形貸付の場合の留意点

 本件ケースに関連して、被相続財産が手形貸付であることの影響について検討する。

 本件ケースでは、X銀行はAに対して手形貸付を行っていることから、生前のAは民法上の消費貸借契約に基づく貸金返還債務とは別に手形債務を負担していたこととなる。この手形債務の扱いが問題となり得る。もっとも、手形債務も一般の金銭債務と同様相続により分割されることとなり、各共同相続人は連帯責任を負うということにはならない[注 9]。また、手形債務者について相続が開始したからといって、すでに銀行で取得している手形について、とくに手形上に手を加える必要はない[注 10]

 したがって、結論としては、X銀行としては、共同相続人間において債務引受等の手当てがない限り、すでに取得している手形をもって、B、C及びDに対してそれぞれ500万円、250万円、250万円請求することとなるにすぎず、手形貸付だからといって別段の措置を講じなければならないということはない。

  1. そもそも相続開始前に被相続人か債務超過に陥っていた場合、相続人としては相続のメリットがないので相続放棄することが多い。そのため、債権者にとって検討を要するのは、被相読人において積極財産が消極財産を上回っており回収可能があったにもかかわらず、相続によりその回収可能性が損なわれる場合である。
  2. 推定相続人とは、相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう(民法892条)。
  3. 大判大正9年12月22日民録26輯2062頁、最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁、最判平成17年10月11日民集59巻8号2243号
  4. 最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁
  5. 中務嗣治郎監修「〔新金融実務手引シリーズ〕融資管理」49頁(金融財政事情研究会、2005)
  6. 東京高決昭和56年6月19日判タ452号158頁
  7. 遺産分割協議か詐害行為に該当するとされた事例として、神戸地判昭和53年2月10日金法876号32頁、最判平成11年6月11日金法1560号26頁等がある。
  8. 免責的務引受が行われ、債務者が変更した場合には、債権の実質的な価値に変動をきたしこれを保証した者の責任に重大な影響を及ばすので、保証人や担保提供者の同意がなければ、その保証や担保は移転しないと解されている(伊藤眞、中務嗣治郎ほか編集「〔新訂〕貸出管理回収手続双書 貸出管理」298頁(金融財政事情研究会、2010))。
  9. 大判昭和5年12月4日民集9巻12号1118頁
  10. 鈴木正和=両部美勝「相続と債権保全対策 新版」44頁(金融財政事情研究会、2006)

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脚注

山岡裕明
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