「東京地方裁判所令和2年(ワ)第22414号」の版間の差分
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2022年6月26日 (日) 00:15時点における版
全文
令和3年2月15日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和元年(ワ)第22414号 発信者情報開示請求事件
判 決
東京都 (以下略)
原告 社会福祉法人XI
同代表者理事長 A
同訴訟代理人弁護士 (省略)
同訴訟復代理人弁護士 町田力
同 長野英樹
東京都 (以下略)
被告 エヌ・ティ・ティ ・コミュニケーションズ株式会社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 松田真
主 文
1 被告は、 原告に対し、 別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理 由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、 原告が、 被告に対し、 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律 (以下 「法」 という。) 4条1項に基づき、 発信者情報の開示
を求める事案である。
2 前提事実 (当事者間に争いがないか、 後掲証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
原告は、 東京都C区においてD病院 (以下 「本病院」 という。) を運営している社会福祉法人である (甲1)。
被告は、 電気通信事業を営む株式会社であり、 法2条3号の 「特定電気通信役務提供者」 に該当する (弁論の全趣旨)。
(2) 本件投稿
氏名不詳者は、 E (E。 ユーザーが 「ツイ ート」 と呼ばれる140字以内の短文を投稿し、 他のユーザーがそれを読んだり返信したりすることができるイ ンターネッ ト上の情報サービス) 上に、 ユーザー名 「G」 (F) のアカウント (以下 「本件アカウント」 という。) を開設し、 別紙投稿記事目録記載の投稿内容のとおりの投稿 (以下番号順に 「本件投稿1」 等といい、 本件投稿1から本件投稿3までを併せて 「本件各投稿」 という。) をした(甲3)。
Eにおいては、 ユーザーは、 アカウントにログイ ンしなければ投稿することができない(弁論の全趣旨)。
(3) 本件訴訟に至る経緯
本件訴訟に先立ち、 原告は、 当庁に対し、 Eを運営するツイッター・インク (以下 「ツイッタ一社」 という。) を相手方として、 本件アカウントに係る発信者情報開示仮処分命令
の申立てを行い、 当庁は、 ツイ ッタ一社に対して本件アカウントに係るIPアドレス及びタイムスタンプを仮に開示することを命じる決定をした (甲4)。
ツイッタ一社は、 同決定に基づき、 本件アカウントへのログイ ンに係るIPアドレス及びタイムスタンプを開示した (甲5)。 開示されたIPア ドレスのうち、別紙IPアドレス・タイムスタンプ目録記載のIPアドレスは被告が保有するものであり、 同IPア ドレスを同目録記載のタイムスタンプ記載の日時頃に割り当てられた送信は、 被告の提供するプロ
バイ ダサービスを経由したものである (争いがない。)。
(4) 本件訴訟の経過
原告は、 別紙投稿記事目録記載の各投稿が原告の権利を侵害することが明らかであるとして、 その前後のログインに係る送信である別紙IPアドレス・タイムスタンプ目録記載の各送信に係る発信者情報の開示を求めて本件訴訟を提起した (当裁判所に顕著)。
別紙IPアドレス・タイムスタンプ目録3記載の送信は、 本件各投稿の直前の本件アカウントへのロ グイ ンに係る送信である (甲5、 甲7の1から3。 以下このログイ ンを 「本件ログイ ン」 という。)。 また、 別紙工Pアドレス・タイムスタンプ目録記載の各送信に係る契約者は同一である (弁論の全趣旨)。 原告は、 これを前提に、 請求を本件ログインに係る発信者情報の開示請求に限定し、 その余の本件訴えを取り下げた (当裁判所に顕著)。
第3 争点及びこれに対する当事者の主張
1 本件ログインに係る情報が法4条1項の 「発信者情報」 に該当し、 被告が 「開示関係役務提供者」 に該当するか
(原告の主張)
本件ログインは、 本件各投稿における直前のログインである。 そして、 Eにおいて投稿するためには、 アカウントにログインしなければならないから、 本件アカウントにログインした人物と本件各投稿をした人物は同一人物であると考えられる。 これより、 本件アカウントにログインした人物は 「侵害情報の発信者」 (法4条1項柱書) に該当するから、 本件ログインに係る情報は、 「当該権利の侵害に係る発信者情報」 に該当し、 被告は本件各投稿のデータ送受信を媒介したといえるから、 「開示関係役務提供者」 に該当する。
意見照会の結果に基づく被告の主張は、 具体的な回答ではなく客観的裏付けもないから、 これをもって本件契約者が発信者に当たらないということはできない。
(被告の主張)
法4条1項の 「当該権利の侵害に係る発信者情報」 とは、 「侵害情報が流通することとなった特定電気通信の過程において把握される発信者情報」 をいうものと解され、 この内容に、 情報の流通過程という面では侵害情報の流通とは全く別個であるEへのログイン情報の流通まで含まれると解することはできない。 本件ログインは、 本件各投稿とは別個の情報の流通であり、 侵害情報が流通することとなった特定電気通信の過程において把握される発信者情報には当たらない。 よって、 本件ログインに係る情報は法4条1項の 「発信者情報」 に該当せず、 被告は 「開示関係役務提供者」 に該当しない。
仮に本件ログインに係る情報が法4条1項の 「当該権利の侵害に係る発信者情報」 に該当するとしても、 本件においては、 被告が別紙工Pアドレス・タイムスタンプ目録記載の各送信 (以下 「本件各送信」 という。) に係る契約者 (以下 「本件契約者」 という。) に対して同条2項に基づく意見照会を行ったところ、 本件契約者は、 当該契約回線を第三者に提供しており、 本件各送信は当該契約回線を通じて行われたものと思われるが、 本件契約者において発信者に関する情報を保有していないとして、 発信の事実は不明、 発信者情報の開示には不同意である旨回答している。 よって、 本件契約者に係る情報は、.発信者の特定に資する情報とはいえないから、 同条1項の発信者情報に該当しない。
2 本件各投稿によっで原告の権利が侵害されたことが明らかといえるか
(1) 本件投稿1について
(原告の主張)
本件投稿1は、 一般の閲覧者をして、 本病院が従業員に対し院内感染の状況など新型コロナウイルス感染症の予防のために必要な事項を説明しておらず、 安全配慮義務を果たしていない違法な病院であるとの印象を与えるものであり、 原告の社会的評価を低下させる。
本件投稿1は、 真実でなく、 一病院に関する内容で公共の利害に関する事項とはいえず、 表現方法は根拠を明確に示すことなく原告を誹藷中傷しており積極的な加害意思しか見て取ることができないから公益目的も認められない。 よって、 違法性阻却事由もない。
したがって、 原告の権利を侵害することが明らかである。
(被告の主張)
本件投稿1 (投稿日令和2年4月16日) に先立ち発表された本病院による公表 (甲9) 内容によれば、 入院患者や職員に多数の感染者が確認されたのは、 同月12日のことであり、 感染確認からまだ数日しか経過していなかったことを踏まえれば、 投稿時点において、 未だ従業員に対する必要な説明がなされておらずとも、 これが、 読者に対し、 ただちに安全配慮義務に違反する違法な病院であるとの印象を与えるとまではいえない。 よって、 本件投稿1により原告の社会的評価が低下するとまではいえない。
また、 本件投稿1は、 本病院における新型コロナウイルス感染症の集団感染に関する投稿であるから、 公共性が認められ、 また、 職員に対する説明がないことを指摘するものであるから、 公益性も認められる。 また、 真実に反することが明らかではない。 以上のとおり、本件投稿1には、 違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないとはいえない。
(2) 本件投稿2について
(原告の主張)
本件投稿2は、 「職員に土下座を強要している」 との事実を摘示して、 本病院ではパワーハラスメントがあり、 本病院が職場環境配慮義務を果たしていない違法な病院であるとの印象を与えるものであり、 原告の社会的評価を低下させる。 また、 「ホームページの内容で謝罪したつもりになっているけど、 内容が薄過ぎ」 「これこそ隠蔽だ」 として、 一般の閲覧者をして、 本病院がホームページに記載すべき事実があるにもかかわらず、 その事実を記載せず隠蔽しており、 不誠実な病院であるとの印象を与えるものであり、 原告の社会的評価を低下させる。
また、 本件投稿1と同様、 違法性阻却事由はない。
したがって、 原告の権利を侵害することが明らかである。
(被告の主張)
本件投稿2のうち原告が指摘する前者については、 土下座の強要に至る経緯などは何ら記載がなく、 これを読者が真実と受け取るとはいえず、 また、 後者については、 隠蔽とは、ホームページ上での公表内容が不十分であるとの投稿者の意見ないし感想を述べるものであることは読者にとって明らかであり、 本病院が何らかの事実を隠蔽しているとの印象まで与えるものではない。 よって、 本件投稿2によって原告の社会的評価が低下するとはいえない。
また、 本件投稿1と同様、 違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないとはいえない。
(3)本件投稿3について
(原告の主張)
本件投稿3は、 一般の閲覧者をして、 本病院が院内感染が発生した責任を逃れるために事実を公表しない対応をしており、 不誠実な病院であるとの印象を与えるものであり、 原告の社会的評価を低下させる。
また、 本件投稿1と同様、 違法性阻却事由はない。
したがって、 原告の権利を侵害することが明らかである。
(被告の主張)
本件投稿2と同様、 隠蔽とは、 公表内容が不十分であるとの投稿者の意見ないし感想を述べるものであることは読者にとって明らかであり、 本病院が何らかの事実を隠蔽しているとの印象まで与えるものではない。 よって、 本件投稿3によって原告の社会的評価が低下するとはいえない。
また、 本件投稿1及び2と同様、 違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないとはいえない。
3 正当な理由の存否
(原告の主張)
原告は、 本件発信者に対して、 本件各投稿に係る名誉殴損による不法行為に基づく損害賠償を求めるため、 被告に対し、 本件各投稿の発信者情報の開示を求めるものであるから、正当な理由がある。
(被告の主張)
争う。
4 電話番号及びメールア ドレスの開示の当否
(原告の主張)
本件契約者が発信者でないとする被告の主張は不合理であり、 本件契約者は発信者であると考えられる。 したがって、 電話番号及びメールア ドレスを含めて開示されるべきである。
(被告の主張)
仮に本件契約者に係る情報が法4条1項の発信者情報に該当するとしても、 上記のとおり、 本件契約者は発信者に当たらないから、 電話番号及びメールアドレスの開示は認められない。
第4 当裁判所の判断
1 本件ログインに係る情報が法4条1項の 「発信者情報」 に該当し、 被告が 「開示関係役務提供者」 に該当するか
(1) 法4条1項は、 開示の対象となる発信者情報について、 「権利の侵害に係る発信者情報」 と規定しており、 「侵害情報の発信者情報」 に限定せずにやや幅を持たせた表現をしているから、 その文理上、 侵害情報の送信そのものから把握される発信者情報だけでなく、 侵害情報の送信について把握される発信者情報であれば、 これを開示することも許容されると解される。 そして、 前提事実によれば、 Eにおいては、 ユーザーは、 アカウントにログイン (ログイン情報の送信) しなければ投稿 (侵害情報の送信) をすることができず、 侵害情報の送信にログイン情報の送信が不可欠となることが認められる。 そうすると、 少なくとも侵害情報の送信の直前のログインに係る情報については、 法4条1項の 「発信者情報」として開示の対象となると解するべきである。
これを本件についてみると、 前提事実のとおり、 本件ログインは本件各投稿に係る直前のログインであることが認められるから、 本件ログインに係る情報は、 法4条1項の 「発信者情報」 として開示の対象となると認められ、 当該情報を保有する被告は 「開示関係役務提供者」 に該当すると認められる。
この点、 被告は、 本件ログインは、 本件各投稿とは別個の情報の流通であり、 侵害情報が流通することとなった特定電気通信の過程において把握される発信者情報には当たらないから、 本件ログインに係る情報は法4条1項の 「発信者情報」 に該当しない旨主張するが、上記説示したところに照らし、 採用することができない。
(2) また、 被告は、 仮に本件ログイ ンに係る情報が法4条1項の 「当該権利の侵害に係る発信者情報」 に該当するとしても、 本件においては、 同条2項に基づく意見照会の結果、 本件契約者は、 当該契約回線を第三者に提供しており、 本件各送信は当該契約回線を通じて行われたものと思われるが、 本件契約者において発信者に関する情報を保有していない旨回答しているから、 本件契約者に係る情報は発信者の特定に資する情報とはいえず、 同条1項の発信者情報に該当しない旨主張する。
しかしながら、 インターネット回線の契約者が、 漫画喫茶等の施設を運営する場合や公共の場で回線を提供する場合等、 類型的に第三者にインターネット回線を提供しているような場合は格別、 特段の事情なく第三者に回線を提供することは通常考え難いから、 第三者に提供していることの合理的な説明がない限り、 契約者が発信者であると推認すべきである。し,かるところ、 被告の主張によっても、 本件契約者が当該契約回線を第三者に対して提供している旨回答したというにとどまり、 本件契約者が当該契約回線を第三者に提供していることをうかがわせる具体的な事情は何ら主張されておらず、 それを裏付ける証拠も一切ないから、 被告の主張は採用することができない。 したがって、 本件契約者が発信者であると認めるのが相当である。
2 権利侵害の明白性
(1) 本件投稿1について
本件投稿1は、 これに先立って本病院において院内感染が発生していたこと (甲9) を前提として、 「コロナウイ ルス についての公表が遅い、 説明が少ない。 今、 院内でも同じ事が起きている。 何の報告も無い、 責任者は職員に何も説明してくれない。 職員は不安を抱えながら仕事をしている。 責任者はすべて保健所のせいにしようとしてます。」 と記載するものである。
かかる記載内容について、 一般の閲覧者の普通の注意と読み方をした場合、 病院という新型コロナウイルス感染症患者と接触する機会の多い職場において、 院内感染が発生しているにもかかわらず、 本病院の責任者は職員に対し、 職員の感染リスクを抑えるための措置としての必要な説明をしていないとの事実を摘示するものと解されるから、 本件投稿1は、 本病院の責任者が職員に対する安全配慮義務 (労働契約法5条) を果たしていない違法があるとの印象を一般の閲覧者に与えるものであり、 原告の社会的評価を低下させるものであるといえる。
また、 本件投稿1がされた時点における社会情勢に照らし、 新型コロナウイルス感染症の感染状況についての客観的な情報の開示自体は一定の公共性や公益性があるとしても、 本件投稿1は、 専ら本病院内における職員に対する姿勢について論難するものであって、 これ自体に公共性や公益性が認められるとはいえないから、 違法性阻却事由があることをうかがわせる事情もないというべきである。
したがって、 本件投稿1は原告の権利を侵害することが明らかである。
(2) 本件投稿1は、 本件ログインに最も近接した投稿であるところ、 上記 (1) のとおり本件投稿1は原告の権利を侵害することが明らかであると認められるから、 本件投稿2及び本件投稿3の権利侵害の明白性について検討するまでもなく、 本件投稿1の直前のログインである本件ログインに係る情報は、 法4条1項の 「権利の侵害に係る発信者情報」 として開示の対象となる
3 正当な理由の存否
弁論の全趣旨によれば、 原告は、 投稿者に対し名誉殿損による不法行為に基づく損害賠償請求等の法的責任を追及するために発信者情報の開示を求めていることが認められ、 発信者情報の開示を受けるべき正当な理由が存すると認められる。
4 電話番号及びメールアドレスの開示の当否
前記1 (2) のとおり、 本件契約者は発信者であると認められるから、 電話番号及びメールア ドレスについても開示を認めることが相当である。
5 結論
以上によれば、 原告の請求には理由があるからこれを認容することとし、 主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第25部
裁判官
(裁判官 島尻香織)
別紙 (省略)