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「東京地方裁判所令和元年(ワ)第33533号」の版間の差分

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2022年6月25日 (土) 11:11時点における最新版

山岡裕明 > 東京地方裁判所令和元年(ワ)第33533号

主文

  1. 原告の請求を棄却する。
  2. 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

被告は,原告に対し,別紙発信者情報目録記載の情報を開示せよ。

第2 事案の概要

本件は,原告が,インターネット上の掲示板サイトに投稿された別紙投稿記事目録記載の記事(以下「本件記事」という。)の流通により権利を侵害されたと主張して,本件記事を投稿した者(以下「本件発信者」という。)に対する損害賠償請求権行使のために,電気通信事業を営む被告に対し,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき,別紙発信者情報目録記載の各情報の開示を求める事案である。

1 前提となる事実

次の各事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。

(1) 原告は,A中学校・高等学校の学園長を務める者である(甲1)。被告は,電気通信事業を営む株式会社である。

(2)本件発信者は,株式会社Bが運営するインターネット上の掲示板サイト「C」(以下「本件ウェブサイト」という。)上に,別紙投稿記事目録の「投稿日時」欄記載の日時頃,同「投稿内容」欄記載の内容の本件記事を投稿した(甲2)。

(3) ア本件記事にリンク先として記載されたURL(https://(以下略))をクリックすると,D合同会社が運営する電子書籍販売サイト「Eストア」上「F~E版」との名称の書籍(以下「本件書籍」という。)の販売ページ(以下「本件販売ページ」という。)に移動する(甲2,5,弁論の全趣旨)。

イ 本件販売ページには,本件書籍の著者として「X1」と記載され,同ページに表示される本件書籍の表紙の画像には「F〜」,「Gへの言論弾圧は始まりに過ぎなかった一言論の自由が蹂躙される今知らねばならないLGBT問題」,「都内有数の人気校 A学園長X1が斬る」と記載され,内容紹介欄には「「G事件」 あの日私たちは言論の自由を奪われてしまった 「LGBT」という悪魔によって」,「民主主義の日本を守るために必要な言論が危機に晒されている LGBTの急増とそれに伴う不当要求そしてそれを推し進めるのは利権にまみれた議員らによる「LGBTビジネス」」,「異常なLGBTの拡大により人権が脅かされる構図を人気校・Aの学園長X1が徹底解説」, 「A X1」などと記載されている(甲5)。

ウ 実際には,原告は本件書籍の作成,販売に関与しておらず,本件書籍は,何者かが原告の氏名及び肩書を冒用して作成し,Eストアにおいて出版したものであった(甲6,弁論の全趣旨)。

(4) 本件記事は,被告を経由プロバイダとして本件ウェブサイトに投稿されたものであり,同記事に関し,被告は法4条1項の開示関係役務提供者に該当する(甲3,4)。

また,被告は,本件発信者に係る氏名又は名称,住所の各情報を保有している(弁論の全趣旨)。

(5)原告は,本件発信者に対し,不法行為に基づく損害賠償請求を行う予定であり,これを実現するためには,本件記事に係る発信者情報が必要である(弁論の全趣旨)。

2 争点

本件の争点は,法4条1項1号所定の権利侵害の明白性の要件について,①名誉毀損又は名誉感情侵害の成否(争点1)及び②不法行為の成立阻却事由の有無(争点2)の2点である。

3 当事者の主張

(1)争点1(名誉棄損又は名誉感情侵害の成否)について

(原告の主張)

ア 同定性

本件記事は,本件ウェブサイトの「A中学校・高等学校」というカテゴリの掲示板内に, 「学園長の新著」との名称でスレッドを作成の上,投稿されていることから,本件記事中の「学園長」とは,A中学校・高等学校の学園長である原告を指しており,本件 記事が原告に関するものであることは明らかである。

イ 名誉棄損

(ア)本件記事は,タイトルに「学園長の新著」と記載され,本文に「新著が出たようです。」, 「F(E電子書籍、2019年)」との文言及びURLが記載されており,同URLは,本件販売ページにつながっている。

本件販売ページは,上記URLをクリックすることによって直ちに閲覧可能になることから,本件記事は,本件販売ページ上の情報も含めて,原告が,近年,LGBTが社会的に受容されて権利を獲得していることが異常な事態であり,それにより,本来は認 められるべきではない不当な要求が多くなり,LGBT以外の者が言論の自由等の人権を侵害されることを危惧しているという問題意識をもって本件書籍を作成したという事実を摘示するものである。

上記摘示事実は,一般の閲覧者に対し, グローバル教育を銘打つAの学園長である原告が,世界的に権利獲得や差別撤廃の動きが高まっているLGBTについて,同学園の教育方針とは異なり,LGBTが言論の自由を阻害するなどとの批判的な意見を有し, それを書籍化して世間に表明するという,教育者としても,同学園の学園長としても不適格な人物であるとの印象を与え,原告の社会的評価を低下させる。

(イ)また,本件記事が投稿されたスレッドには,同記事が投稿された約30分後,「LGBT, 発達障害児,うつ病患者批判。H総理も出てきます。」との内容の記事(以下「後続記事」という。)が投稿されている。本件記事と後続記事とは,投稿者名が「.. 」,IDが「I」と同一であり,投稿時刻が近接し,投稿内容も連続していることから,いずれも本件発信者により 投稿されたものと認められる。

したがって,本件記事と後続記事とを一体のものと考えて不法行為の成否を検討すべきところ,後続記事における上記摘示事実は,一般の閲覧者に対し,原告が,発達障害児やうつ病患者に対しても批判的な思想を有しており,発達障害や精神疾患に対する支 援や配慮をすべき立場にある教育者,ましてや中学校及び高等学校を運営するAの学園長として到底ふさわしくない人物であるとの印象を与え,原告の社会的評価を低下させる。

(ウ)さらに,本件記事は,本件書籍の販売ページへのリンクを貼ることにより,本件販売ページのみならず,本件書籍に記載された内容をも摘示しているというべきである。

本件書籍は、LGBTを「産まず奪うだけのものたち」と表現し,「海外の映画などで登場するエイリアンのようなものと重なって,奇怪さや気味悪さといった感情が湧き上がってくる」などと嫌悪感を露わにするほか,女子校において他の女子生徒に告白し た女子生徒を「加害生徒」として指導したこと,「誤った道」である同性愛に進まないように共学化に取り組んだこと, 「LGBTは病気である」ことなどが記載されており,かかる本件書籍の内容からすれば,本件記事は,原告が,上記のような過激な表現 を用いるほど,LGBTに対して批判的な意識や嫌悪感を持っており,同性愛の生徒に厳しく指導をする人物であるとの事実を摘示し,教育者としても,Aの学園長としても到底ふさわしくない人物であるとの印象を与えるものである。

加えて,本件書籍には,発達障害の子どもを親の子育ての失敗の結果と批判する意見が記載されていることから,本件記事は,障害者差別解消法が制定されるなど,発達障害の子どもに対して国を挙げて社会的な支援の仕組みを構築しようとする世間の動きの 中で,原告は,発達障害児への支援を否定し,あまつさえ,発達障害は親の子育ての失敗が原因であると非難するような人物であるとの事実を摘示し,教育者としても,Aの学園長としても到底ふさわしくない人物であるとの印象を与え,原告の社会的評価を低 下させるものである。

(エ)以上によれば,本件記事は,原告の名誉を毀損することが明らかである。

ウ 名誉感情侵害

(ア)本件記事は,原告がLGBTに対して否定的見解を持ち,それを書籍化して販売し,自身の見解を世間に広めようとしているかのように記載しており,現代の日本においてLGBTがセンシティブな事項と捉えられ,LGBTに否定的な見解に対する社 会的批判が強い傾向にあることや,原告が,未成年者に対してLGBTに対する理解を教育し, LGBTの生徒が在籍していれば配慮すべき教育者という立場にあることからすると,本件記事が社会通念上許される限度を超える表現であることは明らかである。

(イ)また,前記のとおり,不法行為の成否を判断するに当たっては,後続記事及び本件書籍の内容をも考慮すべきところ,後続記事には,原告が,LGBTのみならず発達障害児及びうつ病患者に対しても批判的な見解を有しており,そうした見解を記載し た書籍を作成した旨,本件書籍には,原告が,過激な表現を用いてLGBTを批判し,嫌悪感を露わにしたほか,発達障害は親の子育ての失敗が原因であるなどと非難した旨,いずれも虚偽の内容が記載されており,原告の社会的立場を踏まえれば,上記記載 内容が,社会通念上許される限度を超える表現であることは明らかである。

(ウ)以上によれば,本件記事は,原告の名誉感情を侵害することが明らかである。

(被告の主張)

ア 同定性

本件記事中に「A中学校・高等学校」を示す表現はなく,甲2号証からは,本件記事が属するカテゴリが「A中学校・高等学校」であることは不明であり,本件記事が原告に関するものであるとの原告の主張は客観的証拠に基づかない。本件記事にはURLが 記載されているが,URL自体から「A中学校・高等学校」といった情報を読み取ることはできず,本件記事を閲覧した一般読者が,上記URLのリンク先を閲覧することが通常であるともいえない。

したがって,本件記事が原告を対象としていることが明らかであるとはいえない。

イ 名誉棄損

(ア)本件記事には「もう読まれましたか?」と記載されていることから,一般読者は,本件記事は「Fたち~」とのタイトルの書籍の情報を共有する内容であると認識するに過ぎず,これにより原告の社会的評価が低下することはない。

名誉棄損の成否を判断するに当たり,本件記事が引用するURLのリンク先の情報を加味するとしても,LGBTに対しては様々な見解を有する者が存在するのであるから,単に本件書籍の情報が共有されたことのみによって原告の社会的評価が低下するも のではない。

(イ)本件記事の読み方の判断において,同記事の後に投稿された記事の内容を考慮すべきではない上,後続記事の発信者が本件記事の発信者と同一人物であることの立証もない。また,後続記事には,LGBT, 発達障害児,うつ病患者「批判」と記載され ているに過ぎないから,同記事の内容を考慮しても,本件記事は原告の社会的評価を低下させるものではない。

(ウ)原告は,本件記事による不法行為の成否を判断するに当たり,本件書籍の内容をも考慮すべきであると主張するが,本件書籍を読むためには,270円を支払って本件書籍を購入しなければならず,本件販売ページを閲覧した一般読者がすべからく本件書籍を購入するものではないから,本件記事内に本件書籍の内容を読み込むことはできないというべきである。

(エ)したがって,本件記事が原告の名誉権を侵害することが明らかであるとはいえない。

ウ名誉感情侵害

(ア)本件記事は書籍の情報共有に過ぎず,原告の人格的価値に対して具体的な言及がなされた記載はないから,本件記事により,原告に対し,社会通念上受忍すべき限度を超える侮辱行為がなされたものとはいえない。

(イ)また,前記のとおり,本件記事による不法行為の成否を判断するに当たり,後続記事及び本件書籍の内容を考慮すべきではない上,仮にこれらを考慮しても,原告に対し,社会通念上受忍すべき限度を超える侮辱行為がなされたとは認められない。

(ウ)したがって,本件記事が原告の名誉感情を侵害することが明らかであるとはいえない。

(2)争点2(不法行為の成立阻却事由の有無)について

(原告の主張)

ア 本件記事は、一私人である原告に関する内容であり,公共の利害に関する事項ではない。

また,本件記事の表現方法は,虚偽の情報が記載されたリンク先を貼り付け,原告を貶めようとするものであり,原告に対する積極的な加害意思が見て取られ,公益目的は認められない。

イ 原告は,本件書籍を作成,販売しておらず,本件記事が摘示する事実はいずれも全くの虚偽であり,その記載内容は真実ではない。

ウ 真実相当性は,権利侵害の存在を前提とした上で,行為者の故意・過失の有無の点で考慮される事情であるところ,法4条1項1号においては,権利侵害に関する要件がある一方,発信者の故意又は過失は要件となっておらず,同法のその他の規定においても,発信者の故意又は過失の不存在が抗弁事由となることをうかがわせる規定は認められない。したがって,法4条1項に基づく発信者情報開示請求において,真実相当性は抗弁とならないというべきである。

エ仮に,真実相当性が抗弁になるとしても,以下の事情によれば,本件発信者が本件記事の内容を真実であると信じたことについて相当な理由は認められない。

(ア)すなわち,原告はグローバル教育を掲げるAの学園長であり, LGBT等に対して批判的な見解を書籍にして販売するといった行為が原告の業務内容と矛盾することは明らかである。また,本件書籍は、LGBTや発達障害児に対して過激な表現を用いて批判的な意見や嫌悪感を示しているところ,教育者がそのような書籍を作成することは通常考えられず,原告も本件書籍に記載されたような意見や思想を有しておらず,そうした意見や思想を外部に表現したこともない。本件書籍の記載内容を見れば,教育者がそのような書籍を作成したということ自体が疑わしいものであり,本件発信者が以前に原告の書籍を購入したことがあり,原告のことを知っていたのであれば、なおさら疑わしいと考えたはずである。

(イ) 本当に原告が本件書籍を作成し,販売しているのかどうかは,Aに電話するなどして確認すれば容易に判明するが,本件発信者がそのような調査をした形跡はなく,D合同会社に対し,電子書籍について著者名を偽ることの可否を調査した形跡もない。

(ウ)過去に出版された原告を著者とする電子書籍(乙2)は,元々は紙の本として出版社から出版されていたものを,電子書籍でも販売したものであり, Eストアにおいて,216頁で1584円という価格で販売されていた。他方,本件書籍は,紙の本としての販売がなく,出版社による確認が入っていない上,35頁で300円程度の価格で購入できるなど,原告の過去の書籍とは,販売方法,金額,体裁等が異なっている。(エ)以上のとおり,本件書籍の内容や販売態様からして,原告がこれを作成したとは考えにくく,実際に,本件書籍の情報を見た一般人の中には,同書籍は原告に成りすました者によって作成されたものであると当然のように考えた者が存在することからも,本件記事につき,真実相当性は認められない。

(被告の主張)

ア A中学校・高等学校は公的存在であり,その学園長である原告も,単なる私人ではなく公的存在であるところ,本件記事は,かかる公的存在の著書に関する情報を共有するものであるから,「公共の利害に関する事実」に係る投稿といえる。また,本件記事には,本件書籍に関して殊更に不合理な評価等は記載されていないから, 同記事の発信者は,単に,公共の利害に関する情報を共有する目的で投稿したといえ,「公益目的」が認められる。

イ 法4条1項の「明らか」とは,権利の侵害がなされたことが明白であるという趣旨であり,不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことまでを意味するとされるから,真実相当性が存在するときは,権利侵害の明白性の要件を充たさないというべきである。

ウ そして,以下の事情によれば,本件発信者が,本件記事を投稿する際,本件書籍は原告が作成したものであると信じたことには相当な理由があるといえる。

(ア)本件書籍は,D合同会社が運営するウェブサイトにおいて電子書籍として販売されていたものであるが,同社が運営するウェブサイトでは多くの物品が通信販売されているため,一般消費者でもある一般読者は,上記ウェブサイトに掲載されている商品について, ウェブサイトに記載されている情報が真実であると信じることが通常である。

(イ)また,本件販売ページにおいて,本件書籍の販売者は「J」とされているが,同社は,原告を共著者とする「K」の販売者ともなっていることから,一般消費者でもある一般読者は,同社が販売者となっている書籍には一定の審査等があり,本件書籍は原告の著作物であると信じることが通常であるといえる。

(ウ)本件書籍が,原告に成りすました者により作成,販売されたものであるとのニュースがインターネット上で最初に報じられたのは,令和元年10月8日午後2時27分のことであり,本件記事が投稿された日時(同月6日午後11時)よりも後のことである。

(エ)本件発信者は,本件書籍を実際に購入しているところ,本件書籍が原告の著作物ではないことを認識していれば,そのような書籍を購入することは通常ないから,本件発信者が本件書籍を購入したことは,同人が,本件書籍を原告の著作物と信じたことの証左である。

(オ)本件発信者は,本件書籍を購入する前に本件記事を投稿したものであるから,本件記事を投稿する際に,本件書籍の内容から,原告が作成したものか疑わしいと認識することはできなかった。本件発信者は,本件記事を投稿する前に,本件販売ページを閲覧していたが,同ページにおいて本件書籍の内容を推知できる情報は,本件書籍の表紙の画像及び内容紹介欄の記載のみであり,同ページ全体を考慮しても,本件書籍は原告の著作物ではないと認識することはできなかった。

エ 以上によれば,本件記事の投稿につき,不法行為の成立阻却事由の存在をうかがわせる事情が存在することから,権利侵害の明白性は認められない。

第3 当裁判所の判断

1 争点1(名誉棄損又は名誉感情侵害の成否)について

(1)前記前提事実によれば,本件記事中には,Eストア上の本件書籍を販売するページ(本件販売ページ)のURLが記載されているところ,本件記事の一般の閲覧者は,上記URLをクリックすることで,直ちに本件販売ページに移動し,その内容を閲覧できることから,本件記事に係る権利侵害の明白性の有無を判断するに際しては,本件記事のみならず,本件販売ページに記載された内容も含めて判断することが相当である。

(2) 同定性について

前記前提事実に加え,証拠(甲2,11)及び弁論の全趣旨によれば,本件記事は,本件ウェブサイトの「A中学校・高等学校」とのカテゴリ内に作成された「学園長の新著」という名称のスレッドの冒頭に投稿された記事であること,本件販売ページには,本件書籍の著者として原告の氏名が記載されていることが認められるから,本件記事は原告に関する記事であり,そのことは,本件記事の一般の閲覧者にとって明らかであると認められる。

(3) 名誉棄損の成否について

前記前提事実及び証拠(甲2,5)によれば,本件記事には,「新著が出たようです。もう読まれましたか?」との文言に続き,本件書籍のタイトル(「Fたち~」),出版形態及び出版年並びに本件販売ページのURLが記載されていること,本件販売ページには,本件書籍の著者として原告の氏名が記載され,内容紹介欄には「「LGBT」という悪魔」, 「LGBTの急増とそれに伴う不当要求」,「異常なLGBTの拡大により人権が脅かされる構図を人気校・Aの学園長 X1が徹底解説」等と記載されていることが認められる。

一般に,学校等においてLGBT(性的少数者)の子ども等と接する機会のある教育者には、LGBTについて正しく理解し,誤解や偏見なく対応することが求められるが,上記記載内容を見ると,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,原告は,教育機関の最上位の立場にありながら, LGBTを「悪魔」と称し,その拡大により人権が脅かされるなどとの否定的見解を書籍に著し,販売していると理解するものと解され,本件記事は,本件販売ページの内容と併せて見れば,原告について,上記立場にある教育者として適格性を欠くとの印象を与え,その社会的評価を低下させるというべきである。

(4) 名誉感情侵害の成否について

LGBTの人々に対してどのような認識,見解を有しているかは,その個人の思想や価値観と深く関係していると考えられるところ,本件記事は,本件販売ページの内容と併せて見れば,そうした原告個人の人格と深くかかわる事柄について,原告の認識,見解とは異なる内容を,あたかも原告の認識,見解であるかのように装って記載したものであるから,本件記事は,原告の名誉感情を侵害するものというべきである。(5)以上によれば,本件記事は,原告の名誉を毀損するとともに,原告の名誉感情を侵害することが明らかであると認められる。

2 争点2(不法行為の成立阻却事由の有無)について

(1)名誉棄損の不法行為については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的に出た場合には,摘示された事実が真実であると証明されなくても,その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当な理由があるときには,不法行為は成立しないものと解され(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決参照),名誉感情侵害の不法行為についても,上記要件に加え,その表現が社会通念上許される限度を超えない限り,同様と解される。

そして,名誉棄損及び名誉感情侵害の不法行為をしたとされる本件発信者は,法4条1項に基づく発信者情報開示請求に係る当事者ではないことを考えると,法4条1項の権利侵害の明白性の要件として,本件発信者において摘示された事実を真実と信じるについて相当の理由があることをうかがわせる事情が存在しないことの主張立証を原告に求めることは相当でないと解されるが,本件発信者において摘示された事実を真実と信じるについて相当な理由があることを被告が抗弁として主張立証すれば,上記の権利侵害の明白性があるとはいえなくなるものと解するのが相当である。

(2)以上を前提として,まず,本件記事が公共の利害に関する事実に係るものか否か(公共性),その目的が専ら公益を図ることにあったか否か(公益性)の点について検討すると,前記前提事実及び証拠(甲2,11)によれば,本件発信者は,本件ウェブサイト上の「A中学校・高等学校」のカテゴリ内に「学園長の新著」との名称のスレッドを作成し,Aに関心を有する一般閲覧者に対し,原告が新たに書籍を出版したことを知らせる内容の本件記事を投稿したものであるから,その摘示する事実が公共の利害に関する事実ではないとはいえず,かかる投稿自体から,本件発信者が専ら公益を図る目的に出たものであることを否定することはできない。

よって,本件記事が公共の利害に関する事実に係るものであり,その発信が専ら公益を図る目的に出たものであることをうかがわせる事情が存在しないということはできず,本件記事の発信につき公共性及び公益性がないとはいえない。

(3)次に,本件発信者において摘示された事実を真実と信じるについて相当な理由があったと認められるか否か(真実相当性)の点について検討する。

ア前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件書籍は,Eストアにおいて,原告を著者とする電子書籍として販売されていたこと(甲5),本件発信者は,令和元年10月6日,Eストアにおいて,代金270円を支払って本件書籍を購入し,同日午後11時,本件販売ページのURLをリンク先として記載した本件記事を本件ウェブサイトに投稿したこと(甲2,乙1 添付資料3], 4),本件発信者は,本件書籍を購入する前に,D合同会社が運営する通信販売サイトにおいて,原告の著書である「K」とのタイトルの紙の書籍を購入したことがあり,同書籍は,Eストアにおいて電子書籍としても販売されていること(乙1 添付資料2] , 2)が認めら れ,これらの事実によれば,本件発信者は,本件販売ページを閲覧し,同ページに記載のとおり,本件書籍の著者は原告であると信じて本件書籍を購入するとともに,本件記事を投稿したことが推認される。

イ そして,当裁判所に顕著な事実によれば,Eストアは、大手企業であるD合同会社が運営する著名な電子書籍の販売サイトであり, 一般消費者によってごく日常的に利用されているが,原告提出の証拠(甲16,17)によっても,Eストアにおいて,他 人の氏名等を冒用して電子書籍を出版することが可能であり, Eストアで販売されている電子書籍について,販売ページ上で当該書籍の著者とされている人物が実際の著者ではない場合があるなどとの認識が利用者の間で広く共有されている事実は認められず, むしろ,通常の利用者は,販売ページ上に記載されている当該書籍に関する著者の氏名等の情報は真実であると信じて購入等しているものと認められる。

上記に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件販売ページには,著者として原告の氏名が記載されており,同ページ中に,著者名の記載が虚偽であることを直接うかがわせるような記載は認められないこと(甲5),本件書籍は実際には原告の著書 ではなく,何者か原告の氏名及び肩書を冒用して出版したものであるとの報道がされたのは,本件記事が投稿された後の令和元年10月8日以降であること(乙3,弁論の全趣旨)が認められ,これらの事実に鑑みれば,本件発信者において,本件記事を発信するに際し,本件販売ページに記載のとおり,本件書籍の著者は原告であり,本件記事に摘示された事実は真実であると信じたことについて相当な理由があったと認められる。

ウ原告の主張について

(ア)原告は,本件書籍は、LGBTや発達障害児に対して過激な表現を用いて批判的な意見や嫌悪感を示すなどしており,かかる内容を見れば、教育者がそのような書籍を作成したということ自体が疑わしいものであり,本件発信者が以前に原告の書籍を購入したことがあり,原告のことを知っていたのであれば、なおさら疑わしいと考えたはずであると主張する。

たしかに,本件発信者は,過去に原告の著書を購入したことがあるほか,原告の教育に対する考え方が素晴らしいと感じ,自身の子どもをAに入学させたと陳述しており(乙4),原告についてある程度の知識を有していたものと認められる。

また,掲記の証拠によれば,本件発信者は,本件記事を投稿した約30分後,本件記事と同じスレッドに, 「LGBT, 発達障害児,うつ病患者批判。H総理も出てきます。」との内容の記事(後続記事)を投稿したこと(甲2,11),本件書籍には,実際に,LGBT, 発達障害児,うつ病患者及びH総理に関する記述があること(甲12)が認められるから,本件発信者は,遅くとも後続記事を投稿した時点では,本件書籍を読み終え,その内容を認識していたものと考えられる(もっとも,本件記事を投稿した時点で本件書籍の内容を認識していたかどうかは証拠上明らかでなく,本件発信者自身は,これを否定する趣旨の陳述(乙4)をしている)

しかしながら,証拠(甲2,12)によれば,本件販売ページにも,本件書籍自体にも,本件書籍の著者が原告ではないこと(原告に成りすました者による著書であること)を直接うかがわせるような記載はなく,むしろ,原告の教育者としての経験,経歴を引き合いに出し,もっともらしい理屈をつけてLGBT等への批判が展開されていることが認められるから,著書等を通じて原告についてある程度の知識を有する者であっても,本件販売ページ及び本件書籍の内容を見て,直ちに原告がそうした内容の書籍を作成,販売していることに疑問を抱き,成りすましの可能性に思い至ることは困難というほかない。かかる評価は,本件販売ページを閲覧した者の中に,本件書籍の著者が原告ではないことに気付いた者が存在すること(甲10)を考慮しても変わらない。

したがって,本件販売ページ及び本件書籍の内容を考慮しても,本件発信者において,本件書籍の著者は原告であり,本件記事に摘示された事実は真実であると信じたことについて相当な理由があったとの認定は妨げられない。

(イ)原告は,本件発信者において,本件書籍の著者が本当に原告かどうかを,AやD合同会社に問い合わせるなどして調査した形跡がないことを指摘する。

しかしながら,前記のとおり, 一般の利用者は,Eストアで販売されている電子書籍について,販売ページ上に記載されている当該書籍に関する著者の氏名等の情報は真実であると信じることが通常であるといえるから,ある電子書籍について,Eストア上の販売ページに記載されている情報が明らかに不自然,不合理であるとか,当該書籍に関して虚偽の情報が流通しているとの報道が既になされているといった特段の事情がない限り,利用者において,当該書籍を購入し,又は当該書籍に関する情報を第三者に提供するに当たり,販売ページ上に記載された情報が真実であるか否かを更に調査,検証する義務はないというべきである。そして,本件全記録によっても,本件書籍について,上記特段の事情の存在は認められないから,本件発信者が,本件書籍の著者が本当に原告かどうかの調査,検証を行わなかったことをもって,通常必要とされる注意を欠いていたとはいえず,本件発信者において,本件書籍の著者は原告であり,本件記事に摘示された事実は真実であると信じたことについて相当な理由があったとの認定を妨げない。

(ウ)原告は,本件書籍と,過去の原告を著者とする電子書籍(乙2)とでは,販売方法,金額,体裁等が異なっているとも指摘する。

しかしながら,同じ著者による書籍が常に同じ販売方法,金額,体裁等で販売されるとは限らないから,原告の指摘は,真実相当性に係る前記認定を左右しない。

エ 以上によれば,本件発信者において,本件記事に摘示された事実を真実と信じたことについて相当の理由があるということができる。これに,前記(2) (公共性及び公益性)で見たところを併せると,本件記事により原告の本件発信者に対する名誉棄損による損害賠償請求権(民法709条)が成立することが明らかである(法4条1項)ということはできない。

また,本件記事の表現が社会通念上許される限度を超えるとは認められないから,名誉感情侵害による損害賠償請求権についても同様に,成立することが明らかであるということはできない。

第4 結論

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第44部

裁判官 長妻彩子別紙

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