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恒心文庫:豪流

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

貴洋は単身、郊外ある墓地に足を運んでいた。
まだ7月ではないが酷く空気は蒸していて、ダボダボなはずのポロシャツが水着のように体にひっつく。
大小違う墓標の間を縫い、線香とライターを握りライターの方をカチカチと鳴らしながら歩く。
セミがない季節の墓場は陸の海のように静かだ。

すでに真夏日のような暑さ、盆と錯覚してしまう。
何故こんな時期に墓参りに来たかというと、確認にきたといえばよいだろうか。
最近、貴洋は反省を味わったからだ。


実は弟の事を少しずつ忘れかけているのだ。


先週、実家の自室に物を取りに行った時のことだった。
机の上に立てかけてある自分と少年の写真を見て、いつ誰と撮った時のことか思い出せなかった。
それが弟との思い出のものだというのに。

それからは出来るだけ弟との思い出を振り返る努力をすることにした。


すぐに厚史が死んで以来入っていない彼の部屋に入った。
そこら中ひっくり返し、彼の所持品を眺め一つ一つ覚えなおすことにした。
たくさん部屋のものを動かし、汗をかく。


貴洋は本棚から筆まめな厚史がつけていた分厚い日記に心苦しながら手を伸ばしめくった。
厚史の箇条書きな出来事を記しただけの日記に少し笑みをこぼしつつ、
自殺をする前夜のページが白だったのを確認し、棚に日記帳を戻そうとした時それを見つけた。


元の日記帳の裏にまた別の日記帳があった。

めくるとページこそ白だったものの日付だけが書き込まれていた。
次の日記まで先に用意してた弟の周到さに少し、感心した。


しかしそれがふつうの代物でないのが分かった。


棚の奥をさらに掘ると20年分の日付が続いた日記帳が、棚から次々見つかったのだ。


一番新しい日記の表紙にはこう書かれていた。

「20年後の君へ」

ここではその日記を最終巻と呼ぶ事にする。
それは少し他の日記と雰囲気が違っていた。
違和感の正体は表紙のメッセージだ。
字体が違う気がする、厚史の字は尖った字だ。
しかし、これは違う。丸みを帯びているような、どこかで見たような。
日記をペラペラめくる、今度は日付の字は間違いなく弟のものだった。

しかし、これも妙だ。
黒のボールペンで日付は書かれていたが、日付が赤いページがところどころある。


そして一番ギョッとしたのは裏表紙だ。
下には日記の持ち主と違う名前が書いてあった。それは。




      唐澤貴洋



そこまで思い返していたうちに唐澤家の墓前まで辿り着いていたた。
貴洋の家系は財を成してきた名家だ。
Kという字に似た家紋が墓のディティールにあしらえてある。
先祖や親戚が眠るその場所に厚史も。

腰を下ろし線香を立て、火を灯す。
煙は緩やかに流れ、禅とした匂いに心が落ち着く。

背負っていた鞄から水が入った天然水のボトルを出して、キャップを外した。
墓の上に腕を伸ばし一気に下に向きを変える。
荒い供養だが、水道水より上等だ。

ボトルが空になるまでかけたあとそれを収めた。
そして目を閉じ、手を合わせた。
安らかに眠れと心で念じた。しかしそれは死者への祈りなのだろうか。
貴洋はその言葉を自分に言い聞かせてるような感覚に襲われる。

ゆっくりと目を開いて伸びをする。
心のモヤはスッカリ晴れていた。

厚史はやっぱり死んだんだ。

貴洋は取り出した、厚の日記を。

貴洋は最終巻のだけは持ち帰り常に持っていた。
そして、今日の日付に書いた、墓参りと。

貴洋は厚史の日記の続きを自分が書くと決めたのだ。

綴り終わり、最終巻を閉じる。

帰ろう。
墓石にもう一度目を向け、そこで目が止まる。
花が地面に添えてある。オトギリソウ・・・に見える。
花にはまだ瑞々しさがあった。
誰かが最近来たのだろうか。

考えても仕方ないので貴洋は踵を返し、そのまま車で帰った。

明日は何を日記に書こう。


翌日、貴洋は事務所で頭をもたげていた。

その悄悄たる面持ちの理由は依頼者が来ない。切実な問題であった。
正直生まれてから一度もお金に困ったことがないし、今こうして依頼者が来なくても、死ぬまで働かなくても、生活は続けることは出来る。

だが、やはり独力で生計を立てたい。この事務所だって父の愛情の賜物ものだ。
貴洋は親の愛に心苦しさを感じていた。
それに何より、近頃は父親に自分の体たらくの皺寄せが来ているのが許せなかった。

自分の愚かさに腹が立つ。何としてもこれ以上迷惑をかけないよう脱却せねば。
待てども、客は来ない。
待っていたって仕方のないことだ。


事務員に外回りにいくとだけ伝えて、貴洋は事務所を出た。

かと言って、アポ無しで営業をしたことはない。
いつも父に酒の席で依頼人を貴洋は斡旋してもらっていた。
法人に自分から売り込みに出向いたことはないのだ。

度胸というものを今までの人生でつけてこなかった後悔が鉛となって、背中に重くのしかかる。

厚史、情けない兄を許してくれ。
虎ノ門の空の下、影をたたえた男の姿は体格よりずっと小さく見えた。

結局その日も一歩も踏み出せなかった。
売り込みに行くこともできずファミレスで書類をまとめただけで事務所に戻りそのまま営業終了した。
やはり依頼人は誰も来なかったようだ。


帰り道を歩きながら自責の念がふつふつと湧き上がり、身が震える。
なんて無力なんだ、自分は。
唐澤家は自分で終わりだ。
このままずっとぼんやり待つだけの人生になるのだろうか。
父親のスネはこの先いつまで持つのだろうか。
父だってそう先は長くないし、自分もあとは老いるだけに思える。


日記を取り出し今日日に書く。
この日記にはまだいい報告ができてない。
弟ヘ心の中で謝罪しながら彼のように短く書き上げた。


「立ち往生」 とだけ

書き上げた日記はかばんに仕舞う。
そして、ふとポケットに手を突っ込んだら携帯電話がない。
事務所に忘れてしまったか。取りに戻らねばならないな。駅の目の前にまで来ていたが、携帯電話は肌身離せない。何せ自分の専門分野はネットであるからだ。

重たい体を引きずって事務所に戻った。
携帯電話は仕事机の上にあった。
電源を点け蛍のように光る画面に映る着信と言えば自分を中傷する返信のみ。
目を閉じ、それを遠ざけるようにポケットに突っ込む。
再び事務所に鍵をかけ、階段をカツカツと降りる。
あたりはすっかり真っ暗だ。
時計に目をやる。
別に帰宅に焦ってるわけではないがなにか胸騒ぎがする。

事務所を最初に出て帰ろうとした時と何かが違う気がする。日の傾きなんかじゃない、何かが。
六感が訴えかけていた。


得体の知れない胸騒ぎの正体を探す。

床、天井、観葉植物、

何一つ変わった様子はない。

だが惹きつけられるように目に止まったのは事務所の郵便受けだった。
以前にも、シールを貼られ悪戯されたことを思い出す。

しかし、何も貼られていなかった。
それでも郵便受けが気になって仕方がない。
まさか中に。ダイヤルを焦る手先で回す。

ガチャリと音を立てて、小さな戸は開いた。


中の暗い暗い底には赤い封筒が眠った待っていた。


貴洋はたじろいた。
軍に招集されるような物々しい雰囲気のそれの封を切るのに気が引ける。
あたりも薄暗く、ここで読むと後悔する気がする。


だが以前仕事を忘れて駆け込みでいい加減な仕事をしてしまい大変なことになったことがある。
やはり読まないわけにもいかないので鞄に入ってる最終巻に挟んで入れた。
明日になって、読もう。


貴洋が結局のところそれを開封しないまま1週間経っていた。
洋から回されたある法人のネット上の中傷問題に取り組んでいてそれどころではなかったからだ。
そして丁度一週間経ってからそれの存在を思い出すことになる。

例の日記に今日の事柄を綴ろうとした時それはポトリと血の雫の如く落ちた。
不気味なあの赤手紙だ。

記憶から消えかけていたあの日の嫌な感覚が少し蘇る。
が、観念し覚悟は決めた。それを拾い上げ封筒の糊が利いた部分に指をツッコミ荒々しく破る。

中からは白い手紙が出てきた。

唐澤貴洋様


貴方は報いを受けなければいけない。
貴方には清算をしていただきます。

取り立てはこちらから逐次行います。
蘇った憎しみの炎が消えるまで、貴方を燃やし尽くすまで。

あの日沈んだ底から貴方に会いに来ました。
貴方と私は切れない鎖で繋がれています。

近いうちに一つ取り立てます。

  • 冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y冗Y*

 
差出人の名前はなかった。  
が、貴洋は身を震わせていた。   

あの日

あの日といえば弟が死んだ日のことが浮かぶ。
あの日を知っている人間が弟しかいない。
文面の内容があの日の光景を指しているのはほぼ明らかだ。
しかし、彼は死んでいるはず。
それならば知り得ない秘密を、この手紙の書き込み者が何者なのか。

いや、死者から手紙がくるはずがない。

あの日とは弟の死とは無関係な、別の当職に恨みを持つ人間の苦い記憶ということだろう。

ならば、では一体誰が。誰だ、私を呪う者は。

その日から貴洋は弟の影に怯えることになる。


嫌な予感の的中率は良い予感の的中率を上回る。
貴洋はあの手紙が間違いなく脅迫状だと察していた。
人の恨み、その炎は死ぬまで燃え続けることもある。
今の自分が危険な立ち位置に置かれているのは分かっている。
貴洋は残業を辞め、タクシーで早く帰宅するようにした。
インターフォンも新調した。防犯カメラも設置したし、警備員にも来てもらうようにした。
それらは全て父親が負担してくれた。父には理由を話したし、心配もしてくれた。
父は間違いなく、手紙の主ではないだろう。

身の回りの安全を固めてから二週間ほどが経った。
あれから二通目の手紙は来ていない、貴洋もすっかり調子を取り戻していた。
その後すぐに事件が起きるのを知らないで。

(続)

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