恒心文庫:親のすねかじり虫
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弁護士Tはとある業務で炎上してからというもの、毎日のように届く誹謗中傷に悩まされていた。
当初は憤慨し、下級国民どもに目に物見せようと弁護士として反撃を試みた。
だが反撃すればするほど中傷の数は増して行き、何とか訴訟までこぎつけても、それを燃料に誹謗中傷はさらに拡大していく。
自らの力だけでは解決できないと悟ったTだが、父親のH以外に誰一人手を差し伸べてくれることはなく、そのHもただただ無力だった。
結局膨大な数の誹謗中傷に対し、ただ耐える以外に出来ることは何もなかった。
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Tはある日、目に付く誹謗中傷を全く別の内容にこじつけ始めるようになった。
例えば「無能」と言われたら「脳がないと人はどれくらいの重さか」と考え、急に頭を体重計に乗せて重さを計ろうとする。
あまりに支離滅裂で傍から見れば気が触れたとしか思えないが、本人にとってはただ耐えるよりずっと楽であるらしい。
いつしか彼はこのような“こじつけ”に依存するようになっていった。
「はい、これ。Tさん宛ですよ。」
同僚のY岡が抱えている荷物からいくつか手紙や封筒を抜き出し、デスクの上に置く。
Tは配られた手紙と封筒に目を向け、すぐさまそれらの選別を始めた。
手始めに一番上にあった宛名しか書かれていない手紙をめくると、案の定自身に対する心ない中傷であった。
『こんにちは親のすねかじり虫!早く開示しろバーカ』
Tは早速、中傷の“こじつけ”を開始した。
親のすねかじり虫。果たしてこんな名前の虫が居るのだろうか。
名前だけで判断するならあまりにも滑稽だが、“ゴミムシ”がゴミ溜めでよく見つかるから名付けられたように、生物の名前は案外安直だったりするものだ。
なら“オヤノスネカジリムシ“は文字通り親のスネをかじっているのだろうか。
居るのなら何故親のスネをかじるのだろうか。
それは、当職が“オヤノスネカジリムシ”になってみれば、わかるのかもしれない。
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「H、ちょっと来るナリ。」
TはHを呼びながらトイレへ向かった。
それを聞いたHは自身の作業を中断し、その後に付いて行く。
二人でトイレに入りドアを閉めると、TはいきなりHのYシャツをこじ開け、その黒ずんだ乳房を口いっぱいに頬張り始める。
「あ、あ、T。今日はいきなり、あ、激しいぢゃない、か。」
Tはまずスネをかじる前に普段口にしているHの味を確かめていた。
汗で味付けされたほのかな塩気に男性特有の脂臭さが鼻を抜ける。
うん、これはいつものHの味だ。
確認を済ませるとそのまま舌を腹へと這わせながら、同時に両手でHのベルトを外し、ズボンとパンツも一緒に下げていく。
いつもならこのまま股間の黒い密林を超え、中央にそびえる大木で遊び始めるのだが、今の目的は“オヤノスネカジリムシ”になることだ。
Tの舌は密林を避け、腰を伝って左の太ももへと向かう。
「あ、T、今日はそっちか、あ」
いつもと違う侵攻ルートにHは奇妙な興奮を覚え、大木の先端から樹液がタラタラとあふれ出る。
しかしその舌は樹液には目もくれず進み続け、そのまま目的地・Hのスネへと到着した。
この段階では特別何か興奮を感じたりするわけではなかった。
だがそれは当たり前だ。Tの望みはオヤノスネカジリムシになることで、かじらなければ意味がない。
噛みやすい適切なポジションを探し、甘噛みをしながらスネをなぞっていく。
Tはひざ下10cmほどが最適と決め、手でふくらはぎと足首を掴み、改めて歯を立てる。
刹那、Tは渾身の力を顎に込める。まずは犬歯がHの肉を貫いた。
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「痛っ!T!もっと優しく…」
Hは顔をしかめながらつぶやくが、Tはお構いなしにギリギリと筋肉を収縮させる。
気が付けばほとんどの歯がHの肉に入り込んでいた。
だがまだ足りない。スネは肉だけで構成されるわけではない。骨もまたスネである。
スネは二本の骨で構成されるが、Tが狙うのは脛骨、つまり“弁慶の泣き所”だ。
骨を噛み砕くのは容易ではないが、この時のTは体の奥底から無限に力が湧いてくるような感覚に満たされていた。
今の当職なら、もっと奥までかじれる。
一心不乱に力を込めていくと、次第にミシミシと軋むような音が鳴り始め、Tの口が閉じられていく。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )」
けたたましい絶叫が辺りに響き、Hの尻穴からニラとコーン混じりの茶色い粘液が音を立てて溢れ出る。
外からはバタバタと誰かが駆けつける音が聞こえ、ドアを叩き始める。
おそらく悲鳴を聞いたY岡とY本だろう。
しかしながら、“オヤノスネカジリムシ”への変化を始めたTには最早音など何ら意味を持たない。
彼の世界に存在しているのは自身と親のスネだけであって、それ以外は存在していないに等しい。
Tの筋肉が、脳が、細胞が、魂が、“親のスネをかじる”というたった一つの目的のために動く。
自らの存在全てが、親のスネをかじっているのである。
ぱきっ
何かが砕ける音が聞こえ、それと同時に、Tの口が完全に閉じられた。
彼は、“オヤノスネカジリムシ“になったのであった。
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Tはスネを勢い良く引きちぎり咀嚼する。
Hのスネを味わいながら、オヤノスネカジリムシになった気分を反芻し、何故親のスネをかじるのか、その理由を探していた。
まず食べ物として考えると、お世辞にも良いとは言えない。
鉄と腐った油脂が入り混じったような味がするし、食感も固い骨とスネ毛が混じり、口内には不快感だけが残る。
きっとオヤノスネカジリムシは食事のためにスネをかじっているのではないのだろう。
では、親のスネをかじる理由とは何だろうか。
その答えは、Tにはもうわかっていた。
彼がHのスネをかじっている時、世界に存在したのは親のスネと自分だけだった。
“自分の存在を証明しろ“と言われてもそれは存外難しいもので、主観で得た感覚が客観的に真実なのかを確かめることが出来ない。
だが親のスネをかじっている時、確かな“自分の存在”を感じることができた。
それは理屈ではなく、自分という存在全てで感じ取ったのだ。
つまりこの世界で自分の存在を確立し、“生きている”ということを自覚することが親のスネをかじる目的なのだろう。
オヤノスネカジリムシは人々が思う以上に高度な生物なのかもしれない。
Tはそう結論付けながら、糞尿を垂れ流して横たわるHの血で滴る左足を見て、静かに微笑んだ。
挿絵
リンク
- 初出 - デリュケー 親のすねかじり虫(魚拓)
- 親のすねかじり虫
- 左足壊死ニキ