恒心文庫:茸
本文
ある男は言った。
押し入れに下着を積んでおくと、雨が降ったときに茸が生える。
では、ゆっくりには何が生えるのか?
確かめる時は今だと、山岡は思った。
「ゆゆーん!!! あめさんでしっとりぬれたとおしょくが、ゆっくりかえってきたよ!!」
「やまおかくん!! じょうきゅうこくみんにふさわしいたおるで、とうしょくのからだをふきふきしてね!!!」
さあ!
水分を含んでしっとりとしたゆっくりそんしの右のおめめに、ホームセンターで買ってきたキノコ栽培セットをねじ込んでみよう。
「ゆぎゃあああああああああああ!!!! とおしょくのぉおおお!!! おめめがあぁぁぁああああああああ!!!」
「にじゅうねんごのみらいをみとおす! きらきらかがやくこうきなおめめがぁぁあああああああ!!!」
「ゆっ……ゆっゆっ……ゆっ……ゆゆっ……」
二週間後。押し入れの中のゆっくりそんしは今にも死にそうだった。
ゆっくりそんしの右眼窩で水分をゆっくりと吸ったキノコ栽培セットからは、僕が嫌いなアレ――椎茸――が生えていた。
なんてことだ。これは椎茸栽培セットだ。
思わず僕はゆっくりそんしを殴り飛ばした。ひっくりかえったゆっくりそんしのあんよには黒いシミがあった。
ああ。そうだ。ゆっくりにはゆかびが生えるのだ。
そういう設定だった――。
僕は押し入れを閉めた。
今日は嫌なことがあった。バーで一杯飲んで帰ろう。
ある男は言った。
押し入れに下着を積んでおくと、雨が降ったときに茸が生える。
また、ある男は言った。
押し入れにゆっくりを入れておくと、椎茸が生える。
みな心の中に押し入れを持っていて、見られて恥ずかしいものをしまいこんでいる。
心に雨が降ると、ひとりひとり違う茸が生えるのだと旅人は言う……。
自分の心に生えた茸について考え、山岡はいやな気になった。
タイトルについて
この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。