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恒心文庫:脳食願望

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

うだるような暑さ、鳴り響く蝉の声。
「暑いね、兄ちゃん」
弟がうめく。テレビは、五月蠅いから消してしまった。父が帰ってくるまで、この部屋で二人、蒸されている。
夏というのは、見るもの、聞くもの、皮膚に伝わる温度、感覚の全てを暑さが支配する。僕は黙っていた。弟は、疎ましさを発散する道を選んだ。
17歳は考える。こんな時、どうしてたっけ。何もかもを投げ出したくなる、こんな夏の日には。
そうだ、味覚と、嗅覚。ここはまだ侵入を許していなかった。幼いころの、消えかけの記憶を復元すると、浮かび上がってくる感覚がある。若い雪のようなあの味、ブルー・ハワイの香り。
かき氷を作ろう、あの夏の風物詩を。

「かき氷を作ってやるよ」
僕がそういうと、弟は喜んだ。この時は少しだけ、暑さを忘れることができたと思う。僕は弟に待つように言って、家の中を歩き回って、道具を揃え始めた。夏の暑さよりも、かき氷の方が何倍も大事なことだった。
熱帯雨林のような倉庫を探し回って、古びたかき氷器を引っ張り出した。父がアイスを買ってくれるようになってから、そういえば何年も使っていない。しばし感傷に浸る。
次に、氷を作るための寒剤を用意した。エタノールとドライアイスを混ぜると、融解熱と溶解熱が奪われて氷点下80度まで温度が下がるらしい。これならいくらでも氷が作れる。ドライアイスは、父の買ったケーキの付属品を拝借した。
最後に、味付けのためのジュースを用意した。以前父から、ブルー・ハワイの原料は、単なる果物の混ぜ合わせであると聞いて、心底がっかりした思い出がある。
「ブルー・ハワイ」という謎めいた名前、中身の推測できない味、そのミステリアスな感じが、僕の幼子特有の旺盛な好奇心を満足させていたというのに。まあ、世の中というのも、成長するということも、そういうつまらないものなのだろう。
全ての道具を抱えて、僕は弟の元へ急いだ。

部屋につくと、弟は暑さと、膨らむばかりのかき氷への期待に耐えかねて、その場でぐったりとしていたが、僕の姿をみとめると、途端に目を輝かせて、生命力を取り戻した。
さっそく、作業に取り掛かる。まずハンカチにエタノールを染み込ませて、僕は弟に言った。
「じゃあ、その前に、お医者さんごっこをしようか。」
当惑する弟の口を塞ぐように、素早くハンカチを押し付けた。弟はしばらくもがいていたが、やがて動きを止めた。
僕は弟をその場に正座させると、鋸でゆっくりと頭蓋を切り始めた。これが全作業の中で一番大変な作業だった。元々堅くて分厚い頭蓋骨を、昏睡が解ける前に素早く開かなければならない。しばらく格闘した末、なんとか天辺を曝け出すことに成功した。
頭蓋の中に湛えられている脳は、僕の想像していたより白く、つややかで、綺麗な形をしていた。たったこれだけのものが、僕たちを暑さで苦しめ、人生をつまらないものに変えてしまっているのだと思うと、思わず恍惚としてしまった。
しかし、僕はすぐに我に返った。これはいけない。生ものを夏に放置しておくほど危険なことはない。すぐに次の作業をしてしまおう。僕は慌てて準備に取り掛かった。
そうこうしているうちに、弟が起きだした。気が付いたら僕に背を向けて正座していて、頭がどうも変な感じがする。奇妙に思ったのだろう、首をかしげている。人の熱の大半は頭から発散されるそうだ。よかったじゃないか、涼しくなって。
このまま弟が起きなかったらどうしようかと思っていたが、その心配はないようだ。では、僕の楽しみにしていた作業を始める。
暑いと感じる脳が悪い。そんな脳なら無い方がいい。代わりに、夢を詰めてあげよう。

僕はスプーンを取り出すと、混乱する弟の姿勢を直し、ゆっくりと、頭の中に差し込んだ。
くちゅっ…と、水気のある音が響く。脳に痛覚はない。弟は少しも痛がらなかったが、代わりに、思考を直接かき乱される間隔に声を上げた。
「あっ…う…」
弟の荒い息遣いが聞こえる。僕はたまらずスプーンを引き抜くと、別の場所に差し入れた。
「うっ…あぅ…あ…」
スプーンを動かすたびに、弟が喘ぐ。僕はその場で身を震わせた。その振動がスプーンから脳に伝わって、弟がさらに喘ぎ声をあげる。僕は、高鳴る胸を抑え込んで、その場でスプーンをゆっくりと回した。
「ああっ…あんっ…あぅあああああっ!」
水っぽい音と、弟の嬌声に、僕は暑さも、何もかも忘れて、一心不乱に脳をかきまぜ続けた。
「あああっ…ううんっ…あん…あっ…ん…ああっ…!」
人の脳で天辺から見える部分は前頭葉と頭頂葉だから、多分弟は、信じられないような幻覚を見ながら、感情の調整が効かず、感情の洪水に苛まれているのだろう。眼球がグルグルと回る様子を見てみたかったが、残念ながら顔を覗き込む余裕はなかった。
夢中で脳をかきまわし続け、かき回すたびに一層艶やかな声を上げる弟。次第に僕の頭の中にも快感は押し寄せ、ふと股間に手を伸ばすと、僕のそれは今までになく堅く怒張し、服は濡れていた。
興奮冷めやらぬ僕は、思わずズボンを脱いで、まだ静まらないものを一心不乱に扱き、弟の脳に向かってサラサラした精液を発射した。弟は一瞬震えあがったが、すぐ動かなくなり、それ以降何をしても反応することはなかった。
既に弟の脳は大部分が破壊されていた。同時に僕の興奮も落ち着き、せっかくの食材を汚してしまったことを深く反省し、目に見える部分を取り除いた。実にもったいないことをした。
それでは、仕上げに調理を行おう。

残りの脳を急いでかき混ぜてしまうと、ボウルにドライアイスを入れ、その上からエタノールを注いで寒剤を作った。別のボウルを弟の頭の辺りに持ち上げると、体をゆっくりと倒して、かき混ぜた脳を注ぎ込んだ。
それを寒剤の上に乗せ、手早くかき混ぜる。しばらくすると次第に手ごたえが固くなり、脳は完全に凍ってしまった。それを切り出してかき氷器に装着し、グルグルとハンドルを回す。ガラスの器の中に、シャーベット状になった脳が注ぎ込まれた。
たっぷりと山盛りに注いだら、仕上げにジュースを上から万遍なく注ぎ込み、先ほど脳をかきまわしたスプーンを添える。自らの仕事に満足しつつ、ゆっくりとスプーンを取り出し、上に乗った氷を、一気に口の中に運ぶ。
舌の上に乗った脳氷はあっという間に溶けた。ジュースの酸っぱさと共に、何やら不思議な味がくる。少し苦く、それでいてほんのり甘いような、大人な雰囲気を感じる味だ。
正直言ってあまりジュースとは合わなかったが、脳味噌の味が口の中に広がり、おいしいです。
シャキシャキをシャクシャク。かき氷を口に運ぶたびに、冷たさが一気に頭頂部まで上り詰める。これが弟の感じた感覚だろうか。脳に感情が保存されているなら、この氷の味が、きっと弟の全てなんだと思う。
暑さは当に考えの外になっていた。ただ僕の頭の中は、一口目に感じたミステリアスな味を思い出しながら、脳に直接のぼる冷ややかな感覚を噛みしめる事に支配されていた。
一言で表現するなら、桃と同じといえるだろうか。一口目が一番うまい。

まだ僕に背を向けながら正座し続ける弟の側に行き、口を開いてスプーンを差し入れた。ちらと見た弟の顔は、苦しみぬいた「死に顔」のようであった。あれだけ待ったかき氷を、兄に独り占めされて辛かったろう。申し訳ない。
「ほら、うまいか?」
弟は答えない。でも、きっと喜んでくれているだろう。既に僕らは、言葉を超えた関係になったのだから。本当の兄弟になったのだから。
そろそろ暑さも落ち着いてきた。父が帰ってくる前に、川遊びに連れて行ってやろう。冷たい水といつまでも戯れていよう。
脳食って有能
脳食って有能
脳食って有能
脳食って有能

原典:Orpheus楽曲「脳食願望」かぜのた(18/8089-mGC0)

参考

題材となった作品
脳食願望

リンク

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