マヨケーがポアされたため、現在はロシケーがメインとなっています。

恒心文庫:美奈

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

美奈は、冷たい床に伏せたまま、人形のように動かなくなった。
片方の目元に大きな青黒い痣跡のヴェールを作り、面の整った彫刻は既に認めようがない。

壊れたらまた買えばいいナリ。

見つめる****は自己を正当化するために、現実を都合よく歪めるために、絶え間なく同じ言葉を呪文のように再生し続ける。

壊れたらまた買えばいいナリ。

しかし、まだほのかな生気を留めた人形を犯す****の眼から、額より滴る幾筋もの汗に混じり、一縷の涙が滑り落ちた。

壊れたらまた買えばいいナリ。

あれは、十代だった子供の時分。
****は両親が大切にしている人形を壊してしまったことがあった。
床に崩れて嘆く母。いくつもの感情でびしょ濡れになり堰を切ったように意味の分からない言葉をかけてくる父。
やがて、救急車がやって来て壊れた人形を何処かへさらって行き、警察官もやってきたが、
****は豚だから難しいことは分からなかった。

両親から責められた辛さと哀しみの痛みだけが外傷として残っており、事ある毎にその痛みがよみがえって、狂おしい悲歎に溺れるのだ。

傷の痛みに絶え間なく涙を流し、燃料棒が臨界に達し、壊れた人形に汚染水を注ぎ込み、熱帯の牢と化した盛夏の密室内、****はぐしゃぐしゃに濡れていた。

これはいけない。
先までの高揚が嘘のように消え、冷静になった****は、事の重大さをやっと理解した。
だが、暫し静かに横たわる人形の形質を注意深く観察していると、そこらじゅう痣を湛え皮膚を青黒く腫らし、沢山の傷口からは血液や膿が溢れ、初めはあったはずの美性は損なわれているが、柔らかい胸や尻、適度な筋肉をつけた太もも、腹、二の腕、両方の頬。

****は、それらがとても「おいしそう」だということに気が付いた。


その朝。
朝食はステーキだったとさ。

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