恒心文庫:生きるため仕方なかった
本文
生きるため仕方なかった
当職は容姿でも学業でも交友関係でも弟の厚史に敵わなかった
当職は太っていて目が細くて醜くてみんなから虐められていた
お話をしようとしてもうまく言葉が出てこないしそれどころか相手を怒らせてしまったり場の空気をシラケさせてしまう
そんな当職には友達はおらず相手にしてくれるのは弟の厚史だけだった
厚史は当職にはないものをたくさん持っていた
整った容姿、優秀な成績、広い交友関係、そしてスポーツもうまくこなしていた
当職はそんな厚史を誇らしく尊敬すると同時に強い劣等感を抱いていた
「兄さんどうしたの?そんな顔して」
厚史が心配してくれている
当職のために厚史が心配してくれている
その厚史の心がむしろ当職の心を深く抉る
厚史は当職にとって大事な兄弟、しかし厚史という存在が当職の中の当職という存在を消し去りつつある
当職が当職を認めることができなくなる
当職が当職のアイデンティティを否定し続ければいずれ当職はいなくなってしまう
渦巻く感情、苦悩する当職
そしてついにその日が来てしまった
「厚史は貴洋と違って学業の成績が良いな、将来は何になるかはわからないがワシや義父さんと同じく会計士を引き継いでほしいな」
父と母の会話である
当職はついに両親からも見捨てられてしまった
何もない当職、当職が求めるものすべてを持つ弟
このままでは当職は消え去ってしまう
お・と・う・と・を・か・い・じ・し・な・け・れ・ば
「父さん、母さん今日は僕が料理を作るよ」
「ほお、貴洋が料理を作ってくれるのか」
「どんな料理を作るの?」
「当職は肉料理が食べたいから私は肉料理が食べたいから肉三昧にするんだ」
「それは楽しみだなぁ」
「ところで厚史は帰りが遅いね」
「厚史は友達と遊んでくる言って出掛けたんだ」
「こんな時間まで帰ってこないなんて珍しいわね」
「なに、厚史もあれくらいの歳になればたまには帰りが遅くなるさ」
「そうだね、父さん」
翌日、厚史の靴が橋の上で発見された
警察と消防が川の底をさらっていたが何も出てくることはない
真相は洋と厚子のお腹の中
タイトルについて
この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。