恒心文庫:夏休み
本文
当職は毎年夏休みになると、両親に連れられてこの田舎に帰省しにやってくる。
東京では味わうことのできない空気が、水が、時間が、ここでは流れている。
父のお盆休みの短い間だけなのだが、当職はここで過ごすひと夏が大好きだ。
朝は決まって早く目が覚めてしまう。網戸だけにした窓から朝の爽やかな空気と祖父母が飼育している鶏の鳴き声が流れ込んでいる。
夜つけた蚊取り線香は燃え尽きてもうない。
玄関へといきサンダルを履いて、鍵のかかっていない引き戸をがらがらと開けて外にでる。そして、深呼吸をする。
祖母はもう起きているのか台所からはトントントントンと小気味よく包丁を走らせ朝食をつくっている音が聞こえる。
朝ごはんを食べると、当職は早速外にでる。東京では見たことのない植物や虫を追いかけ回していると時間はあっという間に過ぎていく。
川に入り、足を冷やそうかとしているその時だった。
「こんにちは」
誰かが声をかけてきたのだ。後ろを振り向くと、白いワンピースに麦わら帽子を被った髪の長い女の子が立っていた。
年は当職よりは若い。10歳くらいといったところか。
「ここに住んでいる人ですか?」
当職はその少女に質問をした。
「ううん。違うよ」
少女は怪訝そうな顔をしてそう答えた。少女の話しによると彼女は当職と同様に家族と一緒に帰省をしているらしい。
そして当職を見つけ声をかけたらしい。
地元の子じゃない……か。
だったら土地勘がないだろうから逃がすこともないだろ。
近くには誰もいない。
当職は少女の口を右手で塞ぎ、左手で髪を掴み手繰り寄せると耳元でささやいた。
「お嬢ちゃん、当職が気持ちよくしてやるナリよ」
自分よりも三十近く小さい子供だ。殴ればおとなしくなる。
田舎だと東京みたいに人目を気にせずやれるからいい。
殺したって神隠しでおしまいだ。
弁護士の当職を疑うやつなんていないしな。
これだから帰省はやめられねえ。
当職は夏休みをエンジョイ中だぜ。
(終了)