恒心文庫:唐澤貴洋くん係
本文
それは僕が事務所に入所するときに会計士の唐澤洋から説明を受けた時のことだ。
唐澤貴洋くん係とは。
「まあなに、そんなに難しい事じゃないから。それに初日から君に任せるようなことはしないよ」
と説明していたが一体どういうことだろうか?
唐澤貴洋とは同じ事務所に所属している唐澤貴洋のことだ。しかしなぜ唐澤貴洋くん係などと変な名前の係があるのだろうか?その疑問は翌日すぐに解決した。
朝、事務所に入るとそこには事務員の渡邊恵美と僕が尊敬する会計士の唐澤洋が居た。
唐澤洋は僕に近づくと挨拶をしてきた。
「おはよう山岡君、まだ来たばかりで勝手がわからないだろうからあまり気を張らないでのんびりやってほしい」
「ありがとうございます、精いっぱい頑張ります」
僕はとてもうれしくなった。たとえ社交辞令であっても尊敬する人から声をかけてもらえるだけで精一杯やろうという気になれる。
僕は自分の机に座るとすぐに仕事にとりかかったが一向に唐澤貴洋は現れない。
時間が昼になろうとする頃、ようやく唐澤貴洋が現れた。
「山岡君、おはよう。悪いけどお昼ご飯とオランジーナを買ってきてほしい」
「あ、はい。いいですよ、買ってきます」
家で食べてくるなり途中のコンビニで買ってくればいいのになぜわざわざ僕に頼むのだろうか?
しかし唐澤洋さんの事務所を間借りさせてもらってる以上息子の唐澤貴洋にも多少は気を使うべきだと思い僕はコンビニへ向かった。
事務所に戻りドアを開けた瞬間、ものすごい絶叫が事務所に、いやビル全体に響き渡る。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )」
あまりの爆音に僕は尻もちをついて固まっていたがしばらくすると凄まじい異臭が鼻をついた。
これは何事だと思い奥へ進むと床いっぱいに糞尿がぶちまけられていた。
僕は血の気が引く思いをした。唐澤貴洋くん係・・・・・・つまりそういうことなんだろう。
「お帰り山岡君、や、なに、いつものことだ。このぐらいならまだ我々でも処理ができる」
そういうと渡邊恵美と共にテキパキとぶちめけられた糞尿を片付けていく。
あまりの出来事に僕は事務所を出て表札を確認するが間違いなく「法律事務所クロス 公認会計士唐澤洋事務所」とある。間違いなく介護施設や障碍者施設ではない。
中に戻ると不気味なほどきれいに片付いていた。鼻につく異臭もほとんどなくなっている。おそらくほかの施設よりも素早く手際よく丁寧に作業しているらしいがこれでは法律事務所なのか会計士事務所なのか介護施設なのかわからなくなってくる。
そんなことを考えていると今度はトイレの方から何やら物音と声が聞こえてくる。
そういえば唐澤貴洋と唐澤洋はどこへ行ったのだろうか?
トイレの方に近づくと耳を疑うような声が聞こえてきた。
「もぉダメェ!!我慢できないナリ!!漏れちゃうナリィィィィィ!!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
中年と初老の男性の嬌声がトイレの中に響き渡る。
僕は渡邊恵美の方に顔を向けると死んだ魚のような目をしながら黙々と仕事に打ち込んでいた。
どうやら僕はとんでもない事務所に来てしまったようだ。
一仕事終えて二人がトイレから出てくるとドカっとソファーに座り込んで唐澤洋の膝の上に唐澤貴洋が身を預ける。
手持無沙汰になったのか唐澤貴洋が唐澤洋に授乳を要求した。
んちゅ、じゅる、じゅるるるるる。
気持ちの悪い音が静かな事務所に鳴り響く。さっきから行われている一連の事態に吐き気を催しつつそういえば昼ご飯を食べていないことに気が付いた。そこで僕は昼食を口実にしばらくこの異空間から離れようと思った。
「すみません、そろそろ昼食の時間なのでお昼食べに行ってきます」
ドアノブに手を掛けるがガチャガチャと音が鳴るだけで扉は一向に開く気配を見せない。
「すまない山岡君、ひろくんがこうなると仕事にはならないから事務所は閉めっぱなしにするんだ。何かの拍子にうっかり人が入ってくると困るからね」
僕はあとどのくらいこの地獄にいなければならないのだろうか?
「山岡君の言葉で思い出したけどお腹がすいてきたから山岡君の買ってきたお弁当を食べよう」
「洋、口移ししてほしい」
何を言っているんだ?くちうつし?僕の知ってるその単語は口から口へ食べ物などを与える行為だ。
「食事くらい一人で食べないか」
「嫌だ、洋に食べさせてほしい」
文字だけ見れば良いようにも見えるがこれを言っているのはもうすぐ40、70になる人間のセリフだ。
「仕方ない、少しだけだぞ」
脱糞、嬌声、授乳、そして口移し。
さまざまな地獄を味わった僕はついに耐えきれなくなり意識を失ってしまった。
気が付くと僕は見知らぬ部屋に移されていた。手足が拘束されていて手足の自由は失われている。
「あ、やっと気が付いたみたい」
目線を声の方にやると唐澤洋の腰にしがみついて唐澤貴洋が腰を振っていた。
「そうか、やっとか。これでわしの負担がすこしは減るな」
「厚史は当職が17歳の時に壊れた。川崎美奈は当職が35歳の時に壊れた。かなちゃんは当職が36歳の時に壊れた。山岡くんは何年持つかな?」
唐澤貴洋くん係とはこういうことだったのか。唐澤貴洋の面倒を見る係ではない。唐澤貴洋の相手をさせられる係だったのか。
しかし気が付くのが遅かった。コンビニに行った時点ならばまだ逃げられたのに。
こうして僕の弁護士としての将来は閉じていくのであった。