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恒心文庫:俺は嫌な思いしてないから

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

あの日、あの大雪が降ったとき俺たちは二人きりで遊んでいた。
小学生だった俺は凍えた指で短パンからぺニスを出してCCレモンの空き缶に小便を放った。
そのなかに雪を詰めて、
「かき氷レモン味だよ」
ってなにもしらない小さなあいつに缶の中身を食べさせたんだ。
あいつは真実を俺の口から聞いた後、しくしくと泣き出した。きっと嫌な思いをしただろう。けれど俺は小便を入りかき氷なんて食べてないので嫌な思いをしなかった。
一緒に家に帰った。涙で顔を腫らしながらも
「ゆきあそび、たのしかったね」
と無心に俺の手を握ってくるから、こいつは騙した俺と違ってすごくいい奴なんだなと思ってしまい、俺は嫌な気持ちになった。雪と一緒に消えてしまいたくなった。

布団にはいってもなかなか眠れない夜、時々あいつの部屋に行き、寝顔を見にいくことがあった。
両肘をついてベッドの中を覗きこむ。きれいな寝顔を見るのが好きだった。 薄い闇にぼかされても輪郭ははっきりとしていて、まるで皮膚が発光しているようだった。 うつくしく整った顔は大きな瞳を閉じて、決して俺を見ることがない。その事実は俺をとても安心させた。自分の部屋に帰る際、風呂場の鏡で自分の顔を見た。あいつも似ても似つかない不細工が写っていた。兄弟だから大人になればあいつみたいになるさ。そう自分を慰めてあいつの顔を想いながら布団に潜った。
俺たちはすくすくと成長した。
あいつはたくさんの友達ができた。勉強ができた。運動もできた。身長は伸びてイケメンになった。
俺は運動も勉強もできず友達はどんどん減っていった。身長は伸びず顔も不細工のまま。
授業で習った反比例するグラフのように俺とあいつの差は拡がった。

いつの日か、あいつは見知らぬ女を家に連れてきた。あいつが好きそうなタイプの、目の大きくて背の低い女だった。驚いた俺を見て、照れているのかぶっきらぼうに
「兄貴、こいつ俺の彼女だから」
と言った。女は俺を見るなり目をそらし、あいつの腕の裾を掴み
「なんか似てないね」
とあいつに向かって小さな声で囁いた。そ のあと、
「おじゃまします」
と俺に向かって形ばかりの会釈をした。
嫌な女だと思ったけれど、あの後起こった事態に比べれば屁でもない。

俺は自分の部屋で漫画を読んでいた。最後のページを読み終わり、ヘッドフォンを外すと隣の部屋から妙な音がする。
あいつら、一体なにしてるんだ?
耳を澄まして隣の部屋の様子を伺う。
例えて言えば、 子犬が鳴きながら皿の水を啜るような音がする。更に耳を澄ますと、それは親の部屋を探して見つけ夜中に隠れて見たAVのワンシーンとなった。
中学生で彼女とエッチなんて羨ましい。そんなのとは全く逆の激情が俺を襲う。
あの綺麗な顔はもう俺だけのものではないのだ。いや、最初から俺のものですらない。そんな当たり前の事実に気づいた途端、心と体がバラバラになりそうになった。この感情はなんなんだ。自分が分からない。只胸が苦しい。嫉妬?誰にたいして?あいつか?あいつの彼女に対してか?今まで俺はあいつをそんな目で見ていたのか。違う、そんな馬鹿な。
気づけば壁を蹴っていた。足が痺れる。痛みは後からきた。隣の部屋から大きな悲鳴。思ったより力が入ったようで俺の足は部屋の壁になだらかな凹みを作っていた。
「いやっあたしもう帰る!」
隣の部屋から、かん高い女の声が聞こえた。足音は廊下を走り、そのまま家から出ていった。
ノックの音がして開けると、あいつが目の前に立っている。別人のようだった。俺より大きな男が冷たい目をして俺を見下ろしていた。
「やめてくれよ兄貴」
瞳と同じ冷たい声で言う。
「ごめん」
虫のような俺の声。
あいつの瞳から一粒、涙が溢れるのを俺は見逃さなかった。
あいつは今まで俺を貫いていた大きな瞳をそらし
「畜生!」と吐き捨て、俺の前を去った。 あいつはもう俺に関心はなかった。 ドアの前にへたりこんでいると、ガチャンと玄関が乱暴に開かれた音がした。きっと自分の彼女を追いかけていったのだ。その晩あいつは帰ってこなかった。
俺は嫌な思いをした。俺を嫌な思いにさせたあいつが憎かった。俺はそのあと一晩中泣いた。

それから殆ど口をきかないまま、日々を過ごした。
プログラミングの勉強のために欲しいとごねる俺に、親はパソコンを買い与えた。本当はゲームのためだ。
俺は画面の中の世界にハマった。正確に言えば人間関係にハマった。ネットの中の人々は、現実とは真逆に俺と仲良くしてくれた。まるで幼い時のあいつと俺のように。
あるゲームのカードについて調べたとき偶然たどり着いた掲示板に、日常の些事をつらつらと書き込む。
キーボードを叩いている時だけあいつのことを忘れられた。
マウスで画面をスクロールするなかで、面白い単語を見つけた。
「炎上」
例えばある人が失言や悪事を行うと掲示板がそいつの悪口で埋まって、そいつの家や職場に匿名の嫌がらせの電話が来たりする。
同じの掲示板の仲間であっても、掲示板のユーザーが嫌がる行為をすると炎上する。たとえば以下の行為は非常に嫌がられる。煽り、差別発言、虚言、過度の自分語り。
そんなことを続けていると、掲示板の匿名ユーザーは、パズルのピースのようなとても細かい情報を集めてそいつの身元をさぐってくるのだ。そうして個人情報を暴きたて、パズルの完成だ。炎上したらそいつの人生はお終い。一生個人情報を晒され嫌な思いをして暮らさなければいけない。
俺の心のなかで小さな思いつきが生まれる。
あいつに嫌な思いをさせるにはどうすればいいか。小便入りのかき氷を食べさせる?いやその逆だ。
俺が嫌な思いをして、あいつに心痛めさせる。
掲示板で嫌われ特定され燃え上がる俺を見て、あいつはどうおもうだろう。俺を見て嫌な思いをしてくれるかな。
それとも「やめてくれよ兄貴」と瞳をそらして俺の前から消えるのかな。
これは最早賭けだ。自分の一生が担保だ。 見るも無惨に焼かれた俺を見て、あいつが嫌な思いをしてくれたら俺の勝ち。あいつが目を閉じて無視すれば負け。
涙を浮かべ俺を見つめる、あいつの美しい顔。そんな甘美な想像に胸を膨らませる。
勝っても負けても地獄行きだ。
同じ痛みを分かち合いたい。
ずっと一緒にいた。俺の弟。
このままバラバラになるのはいやなんだ。
「 1 : 八神太一 ◆5EJ71eKlNQ [] 投稿日:2009/10/13(火) 22:27:35.26 ID:rm2hYTwh [1/12回]
とりあえずコテつけただけで常識は守るしお前らに好かれるように頑張りたい

よろしく^^」

俺は目の前の叢にそっと火を放った。

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