恒心文庫:パーキングシンドローム
本文
ベッドの下には小人がいる。間違いがない。
連中は当職が寝ている間に秘密裏に当職の部屋を荒らし回っているのだ。
「そうなんですか唐澤さん。」
そうなのだ山岡くん。
奴らは寝ている間に当職の血を抜いたりする悪い奴らなのだ。
見たまえ、当職の腕を。
「なるほど。確かに少し腫れてますね。」
そうだろう、そうだろう。そうなのだ。だから奴らを殺さなければいけない。
君も知恵を貸してくれ。
ちなみに当職は画鋲が良いと思っているのだ。
奴ら程の大きさであれば画鋲で致命傷に違いない。
「唐澤さんは頭が良いですね。画鋲はどれぐらい必要なんですか?また、どこに仕掛けるのです?」
そこなんだ問題は。奴ら、なかなかに賢しい。餌の場所を変えてもすぐ見つけるような連中だ。
だからね山岡くん。
当職は画鋲敷き詰められた箱を作ろうと思う。
小人がそこに落ちるように紙で蓋をするのだ。ね、ね。間違いないだろう。
「名案ですね。小人を仕留められるのを僕も祈ってますよ。」
そうと決まれば当職は画鋲を買いに行く。
さすれば、山岡くん分かっているね?
「はい、お疲れ様でした。」
唐澤貴洋という名の生き物が、定時のての字にも届かない時間で事務所を後にしても、山岡は笑顔だった。
「さて、からさんのために働かなくちゃ」
彼は事務所にあるロッカーを開き、そこに大量に置かれている空の尿瓶を取り出した。
サンポールを注ぎ一つ一つ丁寧に水で洗浄する。
彼は何一つ、その作業に疑問を持たない。
弁護士としての業務で当たり前だからだ。
彼という弁護士がありとて、弁護士であらんがためにはそれが普通でなければならないのだ。
彼は唐澤貴洋、その人に救われている。
山岡裕章は地中海の海賊で宇宙人に攫われ、千年もの期間冷凍漬けされ、再度地球に捨てられ日本海沖に流れ着き、
さらにはジャマイカ人に集団暴行を受けた上、身体中にパーハッタパーラハーハー文字を書き殴られ今にも首をはねられそうになった。
そんな時、彼は唐澤貴洋に助けられたのだ。
だから彼は唐澤貴洋を敬愛してやまないし、疑うことを知らないのだ。
彼の経歴は彼が思う所にあるだけで、彼という物的証拠は平行世界に過ぎない。
「そうだ。からさんのパンツもお洗濯する日だった。」
唐澤貴洋のデスク下にはピンクの籠がある。
そこにパンツを入れるためだ。
彼はパンツを常人の5倍着替える人間なのだ。
茶色に染まったパンツを洗うには、洗濯機なる機械仕掛けの箱では落としきれない。
マローネ、それは邪気。
唐澤貴洋大尊師は一身にこの世の悪性素を常日頃受け止められてらっしゃる。
だからパンツにこうして弱った悪魔が現わるるのだ。
からさんは山岡に、その神力の一部を授けた。退魔の力だ。
大きな使命として彼は唐澤貴洋氏のパンツを貪ることを仕っているのだ。
パンツを丸め、口に押し込み、神憑りにより聖水化した唾でパンツの悪魔を引き剥がし吸い込む。
これが彼の役目だ。
「山岡くん。いつもすまんな。手伝おうかの」
事務所の奥から声が上がった。133代大聖母、父ヒロシエル様だ。
「いえ、造作もないことです。すぐに終えます」
なんて慈悲深い方なんだ。
僕は恵まれすぎてるというぐらい恵まれている。怖いぐらいだ。
山岡は幸せなのだ。
彼が幸せになるために彼らが幸せを与え、彼が幸せを幸せだと感じれば幸せが彼がを変える。幸せは彼を包み込み、幸せが彼そのものになる。
山岡裕章は幸せ者なのだ。
(完)
リンク
- 初出 - デリュケー パーキングシンドローム(魚拓)