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恒心文庫:トワイライト・ゾーン

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

「人間の知らない五次元の世界は存在するのです。それは光と影の間に、科学と迷信の間に、人間の恐怖のどん底と知識の高みの間に横たわる領域。想像上の空間。それを私達は『トワイライト・ゾーン』と呼ぶのです。」

  • case.1 見知らぬ駅

あれは去年の6月ごろだったと思います。
サービス残業で疲れた体でJR山手線に乗り込んだ私は、偶然に空いていた席に腰を下ろした数分後に眠ってしまいました。
どのくらいの時間がたったのか、ハッと飛び起きると何故か周りには誰もいないのです。帰宅ラッシュで混み合っていたはずの車内は私を残してがらんどうになっていたのです。腕時計を見るとそれほど時間はたっておらず、新大久保から乗車したのでそろそろ五反田に着く頃であろう。

しかし周りを見渡しても、隣の車両に行っても、まるで誰もいないのです。
運転席にはブラインドが降ろされており、中の様子は伺えない。最後の頼みの綱であったやや機種の古い私のケータイは圏外になっていた。
絶望と得体の知れない不安感に打ちひしがれた私は元の席に倒れこむように座り込んだ。

途端聞きなれない車内放送が響く。
「次は~、カラサワ~、唐澤でェございまあす」やけに甲高い車掌の声もそうだが、唐澤なんて駅名は聞いたことがない。いよいよもって私は恐怖の戦慄を覚えたのだ。
実はかつて私はインターネット上で「あるはずのない駅に着く」という都市伝説を耳にしたことがある。あの話が有名になった途端各地で似たような目撃証言が相次いだ為に眉唾ものだとばかり思っていた。
スピードを落とす車両の窓の外から荒れ果てた駅のホームが見えてきた。コンクリートは軒並みひび割れており、すき間からは茶色く枯れた猫じゃらしが風に頼りなく揺られている。蛍光灯も切れかけているのかチカチカと点滅している。都内であるはずなのに、周りは雑木林に囲まれている。駅の向かいには小さな山、そしてどこかに用水路でもあるのだろうか、チョロチョロと水の流れる音が微かに聞こえてくる。停車し、ドアが開く。やけにジメジメとした風がふわりと入ってくる。この駅に降りてはいけない!と無意識の内に感じたのだろうか、体が硬直してしまい動けない。もちろん私だって降りるつもりは毛頭ない。このまま車内で待機していればいずれ電車は出発するはずだ。
しかし無情にも電車は動かない。まるで私が降りるのを待っているかのように。
頑として動かない私に対する警告だろうか、突然車内の電気が一斉に消えた。完全に不意をつかれた私は飛び上がり、ドアの外へと出てしまった。途端にドアがしまり、すぐに電車は走り去った。この暗い駅に、私は取り残されてしまったのだ。

ああ、これほどまでに恐ろしい事があるだろうか!右も左もわからないこのおばけ駅に一人残された私は恐怖のあまり失禁していた。時刻表は字も読めない程に錆びつき苔むしており、公衆電話も自販機もない。聞こえるのはざわざわという木の音だけ…
いてもたってもいられず、私は駅の出口へと向かう。田舎の駅のようにホームのすぐ脇に有人改札(といっても誰もいないが)があった。そこを急いで抜けようとした時、ふと気付いた。山手線にはある都市伝説があった事を思い出したのだ。
曰く、山手線は平将門を封印している、という荒唐無稽な話だ。しかし、帝都物語でも加藤保憲が怨霊を呼び起こそうとする等色々な説話の中でその事は語られている。もしやここは平将門を封じ込めている場所なのではないか?
有人改札を出る直前に私の足はピタリと止まった。暗闇の中に一人の子供が立っていたのだ。頭を短く刈った、華奢な体つきの少年がこちらに向かっておいでおいでを繰り返している。彼の足元を見て、私は愕然とした。
黒い、黒い水が深く湛えられた用水路の上に彼は浮いていたのだ。

私は恐怖の叫びを上げながらホームまで駆け戻り線路へ飛び降りた。あんな所へ行く位なら線路を辿って行けばいい。そうすればいつかは次の駅にたどり着くはずだ。走りづらい砂利道をつまづきながら駆ける。後ろには目もくれずとにかく走った。しばらく走っている内に妙な事に気付いた。臭い。まるで公衆便所のような匂いが鼻につく。そして私の後ろからもうひとつの足音が聞こえるのだ、それも私よりもずっと早く!
私はたまらず振り返った。

誰もいない。遠くにあの駅が小さく見えるだけで、後ろには先ほどまで走ってきた線路があるだけだ。
私は安堵して再び前を向いた。

この世の物とは思えない物凄い形相をした小太りの男と目があった。
私に貼りつく程近くにたっており、前を向いた時にお互いの鼻がぶつかる位近かった。
男の眼球は半分ほど飛び出しており、その目が私の瞳の奥を覗き込むかの様に見開かれる。唇が、顎が、声なき声をあげる。男の口ががばりと開く。
あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!

気が付いた時、私は元の電車に座っていた。車内は人でごった返している。「次は~、東京、東京です」聞き慣れた鼻づまりの声が流れる。私は人の波に流される様にホームへと降り、帰路へついた。

後から聞いたのだが、あの日、ある法律事務所が五反田から移転したそうだ。その法律事務所と何かしらの関係はあるのだろうか。オカルトに傾倒している友人は風水がどうとか地の流れがどうとかいう理由で事務所が移転した事で磁場が歪んだ、と言っていたが今となっては知る由もない。

私はあれを悪い夢だと思っている。いや、そう思いたいのだ。自宅に帰ってきた時、スーツの下は私の粗相で濡れていて、靴からはバラストが出てきた。しかし私はあの日の体験を事実だとは認めたくないのだ。


「人間の英知をはるかに超えたところに五次元の世界が存在します。その大きさは宇宙よりも広大で、時は無限に流れています。五次元の世界は光と影のはざま、科学と迷信の中間にあり、そして知性の山と恐怖の谷の間に横たわっているのです。この空想の次元を我々はこう呼んでいます。『トワイライトゾーン』。」

  • case.2 消えた女

「夏の怪談スペシャル」……手垢の付ききった毎度お馴染みのホラー特番の制作が決まった。今のご時世こんなくだらない番組を作ったとしても視聴率などとれるはずもない。が、局の上層部は躍起になってスタッフをかき集めている。構成作家である私は無関係を決め込みたい所だったが、そうは問屋が卸さない。取り壊しの決まった廃ホテル内部をゲリラ撮影してこい、との命令が下った。
都内にあるこの建物は12階建ての高級ホテルだった。バブル期には大層儲かったそうで(利用者はカタギの人間では無かったはずだ)、全盛期は華やかだったそうだが、今となっては見る影もない。運営側が倒産、土地を買う人間もいなかった為に永らく放置されていたのだが、この度都議会によって取り壊しが決まったのだ。取り壊される前にあのおどろおどろしいホテルを撮影しようとは無茶な事だ。無論死人など出ていないから幽霊など出ない。くだらない企画だ。

深夜、私は撮影クルーと共に廃ホテルに到着した。警報装置も何もない。錆び付いた鎖とお粗末な南京錠で扉が封鎖されている。切断しようかとも思ったが、照明が通用口を発見、無事内部に潜入出来た。従業員用の通路を抜けた先のロビーへ。
家具やカーペットには薄くホコリがかかっている。花瓶にはカラカラに干からびた花が差しっぱなしで、かつての姿からは到底かけ離れていた。
適当に辺りを撮影しているカメラマンを他所に私はカウンターへと向かう。電話線の切れた黒電話、茶色に変色した呼び出しベルを眺めていると、妙な事に気付いた。客室の鍵はきっちりと後ろの棚に入っているのだが、一つだけ足りない。
「40298」4階の298号室だ。

この後厨房へ向かう予定だったが急遽変更。4階へ向かうことにした。何の因果か非常用のバッテリーが生きていた為にエレベーターを利用する。久しぶりに動いたと思われるエレベーターはぎしぎしと音を立てて4階に到着。くぐもった「チーン」の音と共に扉がぎこちなく開いた。スピーカーは壊れているのか、ノイズを発しただけだった。
するとどうだろう。エレベーターホールの先の廊下の奥、そこにちらりとスーツを着た女性が見えたのだ。女性が向かったと思われる部屋は298号室。もしやホームレスか、はたまた自殺か。クルーと共に部屋へ向かう。
部屋の前に鍵が落ちているというのにドアが開かない。撮影機材を運んでいたスタッフがドアを蹴破った。

家具も照明器具も何もない、がらんどうの部屋の真ん中に、キラリと光る物が落ちていた。女性の姿は見えない。
「バッヂですね、従業員の物でしょうか?」スタッフの一人が呑気な事をほざいた。
「馬鹿野郎、女性はどうした?」私が声を荒げると皆一様に顔を見合わせる。
「女?我々はあなたがいきなり走り出したんで後を追いかけただけですよ」マイク担当が恐る恐る言う。他のスタッフも頷いた。
途端にゾッと悪寒がした。他のスタッフも同様で、ここで撮影を打ち切る事にし、早々に引き上げる事にした。
一刻も早くこの場から立ち去りたい一心で階段を駆け下りる。カメラなどの機材を持つ者はエレベーターに乗り込んだ。

しかし、一階におりて来ても一向に機材スタッフが現れないのだ。急いで乗り込んだエレベーターの現在位置を確認する。

13階
電子表示には確かにそう表示されていた。あるはずのない階に止まっていたのだ。
その時、階段の方から「どちゃっ」という音が響いた。我々の視線の先には、先程の女性が、半分崩れた顔でこちらを睨みつけていた。


その後、とうとう機材スタッフは帰ってこなかった。助かったのはあの時逃げ出した我々だけ。しかしそのスタッフの何人かも、事件の後発狂してしまった。
警察の事情聴取で分かった事なのだが、あの部屋で以前女性弁護士が強姦殺人の被害にあったらしい。その際に女性は身体の至る所を食いちぎられていたという。犯人は未だ捕まっていない。あまりにもお粗末な企画だと思っていたが、余計ないざこざが起こるであろう事を上が黙っていたのだ。
その後の懸命な捜査も虚しく、彼らは未だに帰ってこない。
実は発狂したスタッフの一人が狂う前に教えてくれた事がある。あの日警察へ向かう途中、彼は行方不明になったスタッフのケータイへ電話したらしい。
何回かのコール音の後繋がったが、後ろの方からこの世の物とは思えぬ低い唸り声がしたという事、発狂したスタッフは逃げ帰る時にその声を聞いたという事。
断片的に話してはくれたが、今は廃人同然となってしまい、真相は闇の中へ葬られた。
あの建物は立て壊され、後の土地を公認会計士協会が買い取ったと聞いた。

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