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恒心文庫:チンフェのその後

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

私は恒心の教えを守りながら一般企業で働いている在家信者だ。
 今回、営業先で売り込んでいたら信じられない経験をしてしまったので、
報告も兼ねてこのレポートを書こうと思う。
 呑気に状況など話してられないのでさっさと言ってしまおう。
 なんと信じられないことに、
あの日本一盛大な炎上の中心的人物であるチンフェこと
長谷川亮太と出くわしてしまった。
 卒アルの写真とさほど顔は変わっていなかったが、シワが増え、
土気色の顔をしていた。典型的な「お疲れ顔」だった。
 彼は大企業で働きたいという過去の願いもむなしく、
町工場の経理として働いていた。
また、名札には、『長谷川雄太』と書かれていた。
気休めだが改名したのだろう。
 営業である私と、作業監督の作業服を着た人柄の良さそうなおじさん、
そして経理担当として来たヨレたスーツ姿のチンフェの三人での商談。
 途中、チンフェは上司に報告するためか、席を外した
。会社の財布のひもを握るほどの権限はないようだ。
 商談の結果、契約してくれることなった。
久々に大きな契約を獲得できたので、
うれしいのは山々なのだが、
私は完全にチンフェに気を取られ素直に喜べなかった。

今まで私が画面を通して散々馬鹿にしてきた
あのチンフェが私の目の前に居るのだ。
ここまで気が動転したことは生まれてこの方なかった。
 これこそ身が震えたというのだろう。
少しは例のデブの気持ちが味わえたような気がした。
 無事ご成約となったところで、これからは細かな部分を決定していく作業だ。
 かなり大きな案件を獲得したので、いつもの私だったら、
喜びを胸に隠しながら行う作業だ。しかし、今回はそのような感情は起こらなかった。
 作業監督のおじさんは契約が決まってすぐに自分の持ち場に戻っていった。
 つまり、私とチンフェのふたりきりとなってしまった。
彼は当然だが平然としているのに対し、
 私はなぜか緊張に苛まれていた。ああ、ガチで吐きそうだ……
 「ここからは私だけで対応します」 
 「分かりました」
 どこか気弱そうで、疲れているような口調だった。ニコ生の頃の口調とは大違いだ。
 「今回は、ご契約いただきましてありがとうございます。具体的な納入日と、
お見積もりの確定をさせていただきます」

「ええ」
  複雑な感情は消えることなく、諸作業をそつなくこなした。
 「……以上ですべて終わりです。お疲れ様でした、納期をお待ちください」
 「ああ、よろしくお願いします」
 商談が終了したので、町工場の応接室を出る
。古いけれども掃除が行き届いた廊下をチンフェの後ろに続いて歩いていく。
スリッパの足音が二人分響いた。
 チャンスは今しかない、と覚悟を決めて、踏み込むことにした。
 「あの、長谷川雄太さん、いや、長谷川亮太さん」
 「……!」
 一瞬方が震えるのが見て取れた。その不細工な顔は真っ赤に染まり、
首筋には脂汗も確認できた。
 「なぜその名前を知ってるんだ」
 気弱そうな口調から一変、かつてのニコ生で用いていた、
チンフェの名にふさわしい、
どこか下品に感じる独特な口調に変わった。
 若干の感動を感じたが、
ここで油断して発言を間違えるわけにはいかない。
 「私、国士舘出身でしてね、あなた、案外有名でしたよ」
 かつてのチンフェのように嘘をついてやった。
ちなみに私は国士舘大学出身ではない。
自分語りは嫌いなので大学は伏せさせていただく。

「先輩なんですか、そうですか」敬語に戻ったものの、
チンフェらしい口調はそのままだ。
 「完全に偶然出くわしてしまのでね、びっくりしました。
少し話しませんか?」
 「仕方ないですね」
 町工場の出入り口から歩いて三十秒のところにある自販機で立ち止まった。
 古い町工場の建物に馴染まないやけに綺麗な自販機だ。
黄色いレモン味の清涼飲料水を二本買って片方をチンフェに渡した。
 「どうも」
 瓶に張り付く金属のふたをねじ切って開け、中身をのどに流し込む。量が少ないので、
もちろん一気飲みだ。チンフェも一息で飲み干した。
 「……まぁ、よく働き口見つけましたね」
 「酷い言い方ですね」
 「実際そうじゃないですか」
 「ま、ここコネなんですよ。コネでもここしか入れなかったんで、
面倒ですが仕方なく、まじめに働いてますよ」
 チンフェは慣れた様子で、ゴミ箱に瓶を放り投げた。
瓶はゴミ箱に吸い込まれていった。
投げる姿は美しかったが、顔ですべて台無しだ。
ちなみに私はゴミ箱まで歩いて捨てた。
 放り投げた左手の薬指には指輪がはまっていた。
 「結婚してるんですね」
 「結婚できないと思ってたんですけどね、できちゃいましたよ」
 私の薬指に指輪が付いていないと見るや否や、
チンフェはニヤニヤと笑って話してきた。
どことなくムカつく性格は現実の世界でも健在だった。
 というか、なに結婚してんだよ、はよ離婚してしまえや。

「まぁ、お互いまだまだ二十代ですし、これからじゃないですかね」
 「まぁ、そうですね」
 ムカついたが、紛らわせておいた。ああ、危なかった。
もともとたまっていたヘイトが爆発しそうだった。
 「あぁ、そういえば、あなたが過去に依頼した例の無能弁護士、
あなたから見てどう思います?」
  少し間を置いて、話し始めた。
 「そう思うも何も、酷いものですわ。無駄金払って悪化しましたね。
父は呆れてましたよ」
 「確かに予想できます。あのデブのせいで中傷的な書き込みが増えたんでしたっけ」
 「高校生だった当時は、頼り甲斐のありそうな弁護士に見えたんですがね
、よく考えてみたらかなり非常識な応対だった気が」
 「今も変わってないみたいですね」
 「りょ……えっと、雄太さん、最近、ちばけんまに帰ってますか?」
 「いや、まったく。親と顔を合わせたのは三年前が最後だよ」
 チンフェの奴め、段々タメ口になって来やがった。
何も知らない人間にされても鼻に付くのに、
こいつがチンフェだからか、特に腹が立つ。
「たまには帰って顔を見せてあげたらどうです?」
 「言われなくてもやりたいがタイミングがわからないんだ」
 「そんなの盆正月でいいでしょ」
さすがに両親に合わせる顔がないのだろう。実家に訪問され
、車を荒らされた事もあるからか、満孝と幸恵には嫌われているんだろう。
 話し込んでいたら一時間経っていた。そろそろ会社に戻って報告をしないと
いけない時間になってきた。

時間もなくなってきた。私は最後の質問をチンフェに浴びせた。
 「そういえば、そもそもなんですが、高校生の時の書き込みについて、
今はもう反省しているんですか?」
 「反省?もう教徒たちなんか俺に興味ないでしょ、あの時は楽しかったし、
もう反省して生きるのはやめたんだ」
 なんやこいつブチ殺したろうか。まだ七十年契約は終わっていないというのに
一方的に契約破棄して生きてやがる。
これはいけない。しっかり罪を認識するべきだ。
 「そ、そうなんですか……」
 「結局人生をめちゃくちゃにしてくれたのはなんj民じゃなくて
あの弁護士だな。あいつを恨んで生きることにした」
 「あんた、はんせ……」
 大声で怒鳴るような声がした。チンフェが顔を青ざめて今行きますと叫び返した。
 「うーわ、長話したせいで社長に怒られた。俺だと気付かなければ楽できたのに」
 早口で捨て台詞を吐いて社長のもとへ駆け出した。
なぜか走る姿が美しく感じた。
 捨て台詞を吟味してみたら、
すべての責任を私に押し付けようとする他責的な発言に感じ、ブチ殺したくなった。
 腹が立ったので、とりあえず町工場に匿名でチンフェ宛のアダルト雑誌を
二十冊発注しておいた。

少しすっきりしたところで、
 「♪♪♪♪♪」
 携帯が鳴り響いた。出てみたら、外回りから早く帰ってこいという内容の電話だった。
事務所に戻るため足早に歩き始めた。
 その後、大型契約を取ったことを上司に報告すると、
初めての取引先でここまでの大型契約を取った事は立派だと褒められた
。無事に営業成績ビリ回避に成功した。
 
 今日の奇妙な経験から、教徒としての活動を見直した。これからも、長谷川亮太を馬鹿にしつつ、

教徒としての活動も精進していくべきだと感じた。

タイトルについて

この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。

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