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恒心文庫:カラドックスとたわむれる

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

 西の国にある、その工場の正確な名前は誰も知らない。
 便宜的に「カラクリ工場」と呼ばれているが、いつからそう呼ばれだしたのか、誰が呼び出したのか、誰も知らない。
 僕がその工場に就職したのは、冬が近づいてきた秋の終わりだ。
 僕自身について多くを語る必要はないし、知ってもらう必要もない。
 ただ、その工場で働いている西の国の人間であると認識してもらえれば結構である。

 ***

 東の国との戦争が激化するに従い、カラクリ工場でも兵器を製造することになった。
 ある朝、軍服を身にまとった男がやって来てこう言ったのだ――「武器をつくれ」。
 この上なくシンプルな命令だと思う。

 というわけで現在、カラクリ工場では主に「神聖六文字」というものを製造している。
 ……とはいうものの、僕もその「神聖六文字」というものが何であるのかは全く知らない。
 それは6つのパーツを組み合わせて使用する強力な兵器であるのだ、とみなが噂しているのを聞いたことがある。
 噂によれば、1つ1つでは何の意味もなさない部品が、6つそろえばとてつもないものになるのだという。
 まるでおとぎ話に出てくる邪悪な魔女の呪文のように、ひとつひとつの単語ではまるで無価値なものが、すごいものへと変化するのだ、と。
 しかし僕にそれらの真偽を判定する術はないし、噂は噂にすぎない。
 噂話をしている彼らだって、僕よりその真相を知っているかどうかは怪しいものだ。

 唐 唐 唐 唐 唐 唐

 僕に割り当てられた仕事はラインを流れてくる「唐」の文字を見つめ、その中に不良品があった場合、それを選り分けることである。
 ひどく簡単に説明してしまえばライン工のようなものだ。
 しかし、「唐」という文字はなかなかに選別が難しい。
 「口」の部分が「ロ」のようになってしまっていることもあれば、「コ」のように一辺が欠けてしまっていることもある。
 ひどいときには、「曰」のようにまったく別のパーツがひっついてしまっているときもある。 
 僕の仕事はそういった不適切な「唐」をおびただしい「唐」の中から選別し、手押し車に載せて処理場へと運んでゆくことなのだ。

 仕事は朝27時83分に始まり、夜の40時298分に終わる。これはかっきりと決まっていて、けしてそれより早く始まることもないし遅く終わることも無い。
 それはこの単調な仕事のなかでもよいところだ。
 27時83分ならそれほど早起きをせずにすむし、40時298分に終われば少しは一日の中に自分の時間をもてる。
 僕ら工員は余った時間を利用して町へ行き、ピンサロへ行ったり焼酎を飲んだりする。
 そして夜は更け、朝になれば工場のサイレンが鳴り響く。

 僕がその「自分の時間」に行くところは、たいていの場合博物館だった。
 そこには様々なものが展示してある。
 北の国の文豪が記した書物や、南の国で暴れ回っていた小悪党の使っていたラブ・ドールなんかだ。
 僕は東の国のものを眺めるのが一番好きだった。
 東の王は2人いるらしく、1人は若く、1人は中年であるらしい。
 博物館には彼らの残した文章や肖像画が展示されており、もれなく事細かに注釈がついていた。
 そしてそれらには必ずこう付記してある――「打ち倒せ。東の悪党どもを。たとえ70年かかろうとも」。

 西の王は誰なのだろう、と僕はいつも考える。

「西の国の『とある街』から来たんだ」とピンサロの男は言った。
 彼は僕の煙草を物欲しげに見つめていたので、僕はそれを一本やった。
 つい数分前に僕を射精に導いた唇が煙草をくわえる。
 湧き上がる煙。
「きみの煙草はなかなかのもんだ」と男は言った。それは僕を少しだけうれしい気持ちにさせてくれた。
「西の国」、僕は繰り返す。「どの辺に住んでたの?」
「『とある街』だ」とだけ男は言った。「いろいろ嫌になったのさ」
「どうしてここへ逃げてきたのかな?」
 男はこたえずしばらくケムリを吐き出していたが、やがて天井を見つめこたえた。
「あそこはひどく窮屈なんだよ」
「へえ」と僕はこたえた。「このピンサロで働く方がマシなほどにかい」
「ここは少なくとも窮屈じゃない」と男はこたえた。「なんでもありさ」
「家族や恋人は?」
「家族はいない」、男は言うとフィルターまで燃えてしまった煙草をぺっと吐き出した。「恋人は捨てたよ」
 僕はこたえず店を出た。

 戦争は泥沼化しているらしかった。
 東の国は僕らの国の攻撃に対し徹底した防衛策を取ることにしたらしく、なかなか攻撃が成功しないということだった。
「今こそ君たちの作る武器の出番なのだ」
 ある朝工場へやってきた軍人は僕らの前で力説した。
「神聖六文字しか、もはや奴らにダメージを与えるすべは残っていない。諸君には徹底した選別並びに製造を求める」
 僕らは無表情にその言葉を聞いた。
 やがてサイレンが鳴ったので、静かに持ち場へ戻った。

 ***

 それからしばらくして、西の国では内紛が始まったのだとうわさが流れ始めた。
 なんでも街同士で小競り合いが始まり、それが大きな規模で広がったらしい。
 小競り合いの内容は、語る人間によってまったく異なった。
 裏切って東の国についたからだ、という人間もいれば、意見の食い違いがやがて暴力沙汰になったのだ、という人間もいる。
 共通しているのは、ともかく西の国で内紛が起こっている、という事実だけだ。

 ***

 僕はまたピンサロに来ていた。もう常連と言ってもよいかもしれない。
 ここの雰囲気が僕は好きだった。何が起ころうとここでは、男たちが僕を射精に導いてくれる。
「この国は負けるのかな」と僕は男にたずねた。
「さあどうだろうね」と男は服を脱ぎながらこたえた。「もしかすると、軍人の数が減るかもな」
「どうして?」
 男は僕をしばらく見つめると、ふっと微笑した。
「攻撃されるのに最も弱いのは、攻撃する人間だよ」
 煙草をくれ、と言われたので僕は渡した。そろそろ切れてしまいそうだ。

 裏通りの奇妙な店が繁盛していると聞いたのはそのころだった。
 なんでも情報を売っているらしい。
 僕は興味本位でその店を覗きに行くことにした。東の国の情報はいくらあっても困らないのだ。

 店の扉を開けた瞬間、大量の視線が僕に注がれるのを感じた。
「すみません」、居心地の悪さを感じながら僕はそばにいた男にたずねた。
 男はこたえず、じっと僕を見ていた。
「すみません。東の国の情報が欲しいんですが」と僕はもう一度話しかけてみた。
 男はまだ僕を見つめていた。とても冷たい眼差しだった。
「……そんなものはない」、煙草を投げ捨てると男はようやく口を開いた。「ここにあるのは西の国の情報だ」
「でも、ここは西の国ですよ」と僕は言った。
「だから売れるんだ」と男は言った。「西の国だからこそ、西の国の情報が売れるんだよ」
「僕らの敵は東の国のはずだ」
「きみもバカだな」、男は唇のはしをゆがめた。
「みんな飽きてるのさ。東の国なんかにはね。リアクトのもらえない敵に何の価値がある?」
 僕はしばらく無言で男をながめていた。
 店中の人間が僕に視線を注いでいるのを感じた。それはとても怖かった。足が震えそうだった。
「いい加減にしとけ」と男は僕をたしなめるように言った。「興味がないなら、ここには二度と来ないことだ」

 そうして僕は店から追い出された。

 博物館に展示された情報はちょっとずつ変化していた。
 東の国のものが増えるのはうれしかったが、ある日僕は西の国のものがとても増えていることに気づいた。
 それをたずねた僕に、「需要があるから情報も出てくるのさ」と学芸員はこたえた。
 あの奇妙な店の男と同じような返事だ。

「よくわからないな」と僕は言った。「どうしてみんなそんなに西に興味があるんだろう」
「考えてみなよ」と学芸員は言った。「遠くのものより近くのもののほうが、よく見えるものだろう?」
「あたりまえだ」と僕は言った。
「よく見えるということは、それだけ悪いところも見えちゃうものさ」、学芸員は言うと肩をすくめた。「そして人はたいてい、そういったものをオーバーに考えるんだよ」
「それが西の国の利益にならなくとも?」と僕はたずねた。
「ならなくともだよ」、学芸員はうなずいた。

 僕は西の国のものを眺めてみた。よく価値はわからなかった。ガラクタばかりだ。
 それは僕がみんなのように価値を見いだせないだけなのかな、と僕は考えた。
 でもこたえはうまく見つからなかった。

 カラクリ工場は少しだけ暇になった。
 最近では新兵器「ジムバク」「カラナメ」というものを利用する軍人が増えたらしい。
 カラナメを発明した男は殉死してしまったらしいが、彼の遺した武器は利用され続ける。それはすこしだけ僕の気分を明るくした。
 それでもやはり、神聖六文字が基本なのだそうだ。

「神聖六文字も使いこなせないやつには、他の武器は使えないさ」と上司は言った。「あらゆる道はここに通じるんだ」
「内紛もですか」と僕はたずねた。
「そうさ」、上司はうなずいた。「結局行きつく先はここなんだ。東の国を倒せば、すべて丸く収まるのさ」
 本当かな、と僕は思ったが、言わないでおいた。
 前にそういったことを言った奴が、裏通りの店に連れていかれるのを見たからだ。

「本当に倒せますかね」と代わりに僕は言った。自信なさげに。
「あるいは倒す必要はないかもな」と上司は言った。「きみはどう思う?」
「……わからないです」と僕はおそるおそるこたえた。
「みんなわかっちゃいないのさ」、上司は笑うと僕の背中を叩いた。

 ピンサロの男は忙しそうだった。
 なんでもこのところ客が増えているらしい。
「こういったところが繁盛するのは、まあいいことさ」と男は言った。「一種平和の象徴だからね」
「平和の象徴」、僕は繰りかえした。
 男はうなずいた。

 ***

 カラクリ工場からは今日も黄色い煙と赤い煙があがっている。 
 もはや僕らの作る武器がどこまで通用するのかはしらない。
 それでも僕らは27時83分に仕事をはじめ、40時298分に仕事を終わらせる。
 意味はあるのかな、とたまに考える。それからその考えを振り払う。意味なんて考えだすときりがないのだ。ただの作業だ。そう考えるのだ。

 ともかく、前提がある。「東の国に反撃させること」だ。
 推論がある。「神聖六文字による攻撃は効果的」だ。
 じゃあ結論はなんだろう。僕は手をとめ、工員たちを見つめる。
 僕らは実際、神聖六文字のようなことをしたかっただろうか。そんなことはないはずだ。
 結局我々は何を求めている?
 裏通りの店や博物館やピンサロの男たちを思い出す。
 彼らはその受け入れがたい結論に耐えきれなかったのだろうか?

 そのとき、「手を止めるな!」と注意されたので僕は慌てて作業に戻った。
 やはりこういったことを考えてはいけないのだ。無言で手を動かすのが一番なのだ。

 ***

 カラドックスが今日もわらっている。

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