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恒心文庫:むげんそんし

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

 クソアホ無能パッカマンかつ真理の御霊最聖である後輩の様子をちょいと見に寄ったのは、まあ俺の気まぐれである。
 仕事のついでで近場まで来た折に、[有]能ハゲ弁護士兼ハルポッポ曹長としては、少々無能パカデブ兼かつての後輩の様子が気になったのだ。
 いや、まあ、ここでの《気になった》というのは大した表現ではない。
 早朝の出勤時、通りがかった飲み屋のシャッターに引っかけられているゲロに思いを馳せる程度のもんだ。

 ***

「オラ! いるかクソデブ!」
 罵声と共に威勢よく(仕事柄慣れている)法律事務所Xに殴り込んだ俺であったが、向こうも慣れたもの、「はいナリ」などという呑気な返事で俺を応接室にとおし、うなぎパイと茶なんぞ持ってくる。
 これに少々張り合いがないと感じたのは事実である。
 これがかつてG反田に事務所を構えていたころのボギー1であれば、

『いきなり人をバカにするなナリ! 空の色は何色か! 人は人を愛さなければない!』

 ……などと聖E様も真っ青なshouldやmust使いまくりの説教くさいセリフをすっとばしてきたのだし、俺はこのクソアホ後輩のそういう反応を楽しむ部分もあった。
 さすがに4年近く「無能」「ドルオタパッカマン」「あれはやべーよ」「K弁護士? 脱糞の人でしょ?」などと煽られれば、少々耐性というものもできてくるらしい。
 ネットの住民たちに軽く忌々しさを覚えながら、俺は茶をすする。連中、加減というものを知らん。

 クソマヌケ後輩に異変が起きたのはそのときであった。

「ナリナリナリナリナリナリナリ……」

 対面に座るボギー1が突如としてプルプルと小刻みに震えはじめたのだ。
 いったい何事か、と目をこらすと、ボギー1は「ナリ」と2783回は唱えつつぶるんぶるんとその豊かな贅肉を震わせている。
 眼前の光景が俄かには信じがたく、メガネを外してシャツのすそで拭く。
 だがメガネをもう一度かけると、やはり目の前のTKは「ナリ」と40298回は唱えつつ身を震わせているのだ。

 なんだこりゃあ、病気かもしれん、もしくはついに気が変になったか、まあ俺としては全財産を後者に賭けてもいいね。
 思いながらも、とりあえず俺は「おおい」とYを大声で呼んだ。
 説明の必要があるのか知らんが、Yというのはクソアホ無能の同僚かつ性的にいろいろと歪んでいる男である。
 飲み屋で真剣な表情をして「大相撲って性的魅力にあふれてませんか?」などと言われたときは反応に困った。
「何です、いきなり大きな声出して」
 やって来たインテリデブ専ホモは、俺が指したプルプルボギー(便宜上今名付けた)を見ると、「ああ」と合点のいったように肩をすくめる。
「大丈夫ですよ。それ、いつものことですから」
 いつも?
 耳を疑う。一緒に働いたのは10日ほどではあったが、いくらコピーできない無能とはいえこんな様子はついぞ見たことがない。
 その点を指摘するとYは、「まあ、もうちょっとで終わりますよ」などと非常に軽い口調で言う。

 終わる?

 何がだ?

 思いつつも固唾をのんで見守っていると、プルプルボギーの動きが突然止まった。

 パカッ。

 なんとも間の抜けた擬音とともに、なんとプルボギ(長いので便宜上略す)は2つにわかれたのだ。
 いやここでの《わかれた》というのは、さけるチーズみたいに真っ二つになった、という意味ではない。
 俺の眼前には、ボギー1が2人、存在しているのだ。いやいや、俺の目は確かだし、まだぼけるような歳じゃない。1人だったボギー1が、突如として2人になったのだ。
 
 ――プラナリアかな、あれ。
 
 なんともアホなことを一瞬考えた俺は、「おい、どういうことだ。説明しろ」と傍らのYに言う。
「ええ……説明しろと言われても」
 Yは困惑した口調で言う。別に俺は空が青い理由だとかポストが赤い理由だとかたずねたわけじゃないのだから、そんな顔をするな。
「あれはただの細胞分裂ですよ」
 ねえよ。
「ねえよ」、瞬間的に浮かんだ思考を言葉にしてもう一度放つ。
「いや、ねえよ。え? アレだろ? 細胞分裂っていうのはその、もっと小さな単位で発生するものだろ? 高校んとき生物でやったぜ」
 俺は立ち上がり、後輩のそばへ恐る恐る近寄りながら言う。
 俺を見つめる4つの瞳。三日月型のブッサイクな瞳。左右のアシンメトリー具合まで完全に一致してやがる。
「おいボギー1、いったいどんなトリックを使ってるんだ? え? いつも俺にからかわれるからって、仕返しか?」
「だから細胞分裂ですって」
 背後からYの心底呆れた声が飛んでくる。まるで九九のできない生徒にあきれ果てた教師のようだ。
 もう何から指摘すればいいのか少々わからなくなってくる。前から感じていたが、この事務所では世間一般の常識が崩壊していく気がしてならん。ここはアッシャー家か。
 俺はとりあえず目の前のボギー1を問いただすことにした。
「おい、お前ら、本当に両方ボギー1か」 

「「声なき声に力を」」

 恐ろしいことに目の前のパカデブは2人そろって返事をする。声がぴったり合っているのが少しむかつく。
「あー……お前ら、今のは細胞分裂したのか」

「「はいナリ」」

「なるほど、なるほど」、俺はとりあえず返答に困った際によく発する言葉を使用する。便利だから覚えとけ。

「そんでお前ら、両方……あーなんて言うんだ、その、生きてるのか?」

「「はいナリ」」

「別個体であるという認識はあるのか? つまりは、意識は切り分けられているのか、ってことだが」

「「はいナリ」」

 なるほど、なるほど。俺はうなずき、己を無理やり納得させて結論を出す。

「クローンみたいなもんだな」

「「ちがうナリ」」

 ちがうのかよ。俺は頭をかきむしりたい衝動に襲われる。これ以上俺の頭皮をいじめんでくれ。
 頭を抱えた俺をよそに、ダブルパカデブはべらべらと話し出す。

「「当職たちは、それ自体が当職であり、また、すべてを掛け合わせた存在としての当職でもあるナリ。
 たとえるならば純水のように、当職たちは、部分的に切り取られようと当職のアイデンティティを失わないナリ。けれど、全体としてもまた――」」

「説明はありがたいんだが、うるせえ!」

 左右からの無能ボイスによるステレオ反響がぐわんぐわんと頭で響き、思わず怒鳴ってしまう。

「片方だ、片方だけ話してくれ……どっちでもいい……そうだ、右のお前。お前だけ話せ」

「「はいナリ」」

「……なんで両方話すんだよ」

「「当職から見た右なのか先輩から見た右なのかわからないナリ」」

 くそったれ、細かいことにこだわりやがる。
 ふと後ろを見ると、Yがでかいダンボール箱をもって来、組み立てている。何をしているんだ?

「「……あっ」」

 ボギー1たちが小さく声を漏らしたかと思うと、またプルプルボギーになった。
 ――おいおい、まさかね。
 自分の顔が奇妙に歪むのを感じる。

「「ナリナリナリナリナリナリナリ……」」

 パカッ。

 4体になったぞ、おい。
「そろそろ収穫ですね」、Yが言うと組み立てたバカでかいボール箱を持ってくる。
「Kさん、入ってください」
「はいナリ」
 まるで何が何やらわからんが、4人のボギーのうち一匹がのそのそとボール箱に収まった。
 Yは手際よくボール箱を閉じると、ガムテでぴったりとすき間を埋めていく。

「……おい、Y」
「なんでしょうか」
「お前、何やってんの」
「ご覧のとおり、出荷の準備です」
 俺は封印していた頭皮かきむしりをおこなうことにした。今晩のメニューは海藻サラダとワカメスープにしよう。
 はらはらと桜吹雪のように舞う髪の中、Yにたずねる。
「あー……出荷って、どこに」
「それは個人情報保護の観点から言えませんね。まあ通信販売ですよ」
「……売ってるのか、それ。ボギー1を?」
「ええ。売れ行きは至って好調ですよ」
 伝票を貼ったYは、よし、とつぶやくとボール箱を壁際に運ぶ。よくよく見れば壁にはいくつものバカでかいダンボール箱。

「その、なんだ」、俺は湯呑みを手に取って中身が空なことに気づき、机に戻しながら言う。
「用途はなんなんだ。俺にはそんなむさい中年の男が需要があるとは考えられないんだが」
「主にサンドバッグとして、ですかね」、Yがひとつひとつボール箱を確認しながら言う。
「他には特殊な性癖の方や、ふつうのペットに飽きてしまった方などからも注文が来ています」
 世界は広いな。
「そんでひとつ聞きたいんだが」、俺は言う。「ボギー1は無限に分裂しているのか」
「現在のところ、していますね」
 Yはこたえると、「ほら、今16になりました」と後ろを指す。
 振り向くと、プルボギがいつの間にかうじゃうじゃと並んでいた。どいつもこいつも、あのふざけたイラストのように薄ら笑いを浮かべて俺を見つめている。
 その光景に少々めまいを覚えて俺はメガネを外し、目頭をもむ。

「大丈夫ですか」、Yの声がする。「気分でも悪いのでは?」
「いや、平気だ、平気だから放っておいてくれ」、俺はこたえるとメガネをかけなおすと、「トイレ借りるぜ」とだけ言い残して便所に向かう。
 小便をしながら俺は考える。
 1+1=2、2×2=4、ボギー1は無能で俺は有能。聖E様は天使。オーケー、頭は大丈夫だ。
 水を流して便所の扉を開けたとき、かすれた声が喉から出た。

「……おい、また増えてるぞ」
 ボギー1が……何体いるんだ、これ。
 事務所を埋め尽くす、笑み、笑み、笑み。

「困りましたねえ」、Yのぼやくような声が後ろからきこえる。「最近どうも、速度が上がっているようだ」
「速度って、なんだ」、かすれた声で俺はたずねる。
「分裂速度ですよ。はじめは1週間ごとに2人になるだけでした。それが1日に1度、1時間に1度、30分に1度、今じゃあ5分に1度くらいのペースになってきている」 

「あのさ、Y」、俺は嫌な予感をぬぐうように言う。「オリジナルはどれだ?」
「オリジナル……ああ、最初のKさんですか? さあ……この中のどれかかもしれませんし、出荷した中に含まれていたかもしれません」

 ――ま、どちらにせよ大した問題ではありませんよ。

 Yの淡々とした声が俺の脳内へしみこんでいく。
 それは大した問題のような気がする。いや、そうじゃないのか? わからん。俺がおかしいのか? いやいやまさか。

「……帰るわ」、俺は立ち上がる。両足に力をこめないとまともに立てそうにない。
「邪魔したな」
「もっとゆっくりされても構いませんよ?」
「いや、帰る。絶対に帰る」

「「「「ナリナリナリナリナリ……」」」」

 事務所のドアを開けた俺の後ろから、無数のボギー1の声が聞こえる。事務所中を埋め尽くす太った男の声が、聞こえてくる。
 ――このテンポで増え続けると、どうなる。
 質量保存だとかなんとかの法則、相対性理論とかいうわけわからんやつ、無から有を生み出すために使われる元素たち。ひょっとしたらこのままだと……。
 
 クソ、文系の俺は理科は嫌いなんだよ。
 一瞬浮かんだ考えを振り払うと、足早に事務所を去ろうとしたそのとき。
 
 パカッ。

 背後で間抜けな、世界の終わりを告げる音がした。

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