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恒心文庫:ぼんやり

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

唐澤貴洋はぼんやりとしていた。
元来広々としたデスクには資料が幾重にも散らばり、ひどく雑然としている。
その中心で貴洋は背中を丸め、口をぽっかりと開けている。
時計の針が貴洋の頭を叩いている。静寂と沈黙の入り混じった圧迫をどこか遠く感じながら、彼はただ一点を見つめている。
彼の視線の先で、パソコンのディスプレイはある掲示板を表示していた。
『暴れん坊会計士掲示板』と銘打たれたそれは、ひどくインモラルな文章の羅列であった。それだけではなく、その題材の大半は彼と彼の父、そして彼らを取り巻く職場の同僚であった。文章の上で、理由もなく突拍子もなく、彼と身の回りの人間たちが組んず解れつ絡みだす。彼は激怒した。
彼は弁護士である。弁護士とは法の番人である。法は国民、それも法を動かせる上級国民の味方である。上級国民であり弁護士である当職の現実を無視するなんて許せない。
そう思っていたのに。
彼は今では暗記してしまったURLをアドレスバーに手打ちし、ッターン。更新をかける。久々の新作が掲示板のトップに上がるのを見て、右手で指差し確認しながらクリック。内容は今までの例に漏れず実の父親と近親相姦である。しかし現実を無視したそれが、今ではどこまでも開放的な文章として彼の目には好意的に映る。
当職は別に父親とセックスしたいなんて思っていない。同僚のチンポも欲しくない。
彼は何気なく自身の股間を揉むがピクリともしない。当然である。
当職はホモじゃない。
ただ、非現実的なそれが、ただただ心地いい。社会的なしがらみも立場も関係なくバカみたいに彼は腰を振り、彼の同僚はバカみたいに名前を呼んで彼を求める。そしてバカみたいに彼の父親は果てしなく彼を受け入れている。
現実にはないものがそこにはあった。
自分に欠けたそれを意識した途端、彼はふと過去の息遣いを感じた。
いくつもの冷たい目。無機質な表情。嘲りに歪んだ口元。B5。こちらを見ない父。ため息が耳を打つ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
彼は知らず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。いまだ彼を縛るいくつもの視線、声、悪意、そして彼自身の影を振り払うため、デスクに頭を何度も叩きつける。何を忘れたかもわからないほど、勢いよく。勢いよく!
不意に、デスクの上に積まれた資料が視界の端で崩れた。紛れていたメモ帳が彼の前へ滑り落ち、開く。
2016/9/5 10:00~ ロイヤル
彼は弾かれたようにディスプレイの右下に目をやりつつ、そのままジッと時計の音を聞いた。変わらず、時間は進んでいる。どうしようもない。彼はとりあえずURLを手打ちした。
そうして更新される文章を見て、貴洋は努めてぼんやりとした。

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