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恒心文庫:たかひろカフェ

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

◆1

 たかひろカフェには4匹の唐澤貴洋がいた。1匹がロリコンで3匹がホモである。

 ネコカフェでもイヌカフェでもない、その「たかひろカフェ」がいつ近所に出来たのか、私はまったく覚えていない。
 ある朝、裏路地を歩いている途中、ふとそこに《存在している》ことに気づいたのだ。
 以前は民家だったか月極駐車場だったはずなのだが(わかっていただけると思うが、歩き慣れた道でも完全に建造物を記憶していることはないものだ)、
 そこには小さな喫茶店ができあがっており、店の前の立て看板には「たかひろカフェ」とだけ白いチョークで書かれていた。

 しばらくの間、私はその店は開店していないのだと思っていた。
 なぜなら、店の入り口のガラス扉には、こう張り紙がしてあったのだ――「UNDER CONSTRUCTION」。
 ふつうに考えるなら、建設中(もしくは改装中)だということになる。
 しかし私は、その考えが勘違いであったことをじきに悟った。
 店内には常に煌々と明かりがともっていたし、「またお越しくださいませ」という見送りの言葉と共に客が出ていくところも目にした。
 ある朝、地方新聞の5㎝四方の小さな枠で、その店が「話題のスポット」として紹介されていたこともあった。
 どうも、たかひろという生き物は世間でちょっとしたブームになっているらしかった。

◆2

 私が件の「たかひろカフェ」を訪れることに決めたのは、一度唐澤貴洋という動物を間近で眺めてみたくなったからだ。
 ウィキペディアによれば、唐澤貴洋は4年ほど前に日本で発見された新種の動物。
 学名はケレセウェチェケヒル(ラテン語で「偉大なる弁護士」を意味する)であり、生物学上は哺乳綱サル目ヒト科亜種ホモ・カラサワに属する。
 遺伝学者によれば、彼らと人間のDNA配列は、イヌと人間のそれよりも一致しているが、チンパンジーと人間ほどは似ていない。
 知能は低いが、降ったばかりの若い雪のような清廉な心を持っている(とたかひろたちは自己分析している)。
 雑食であり、基本的には何でも食するが、ピーナッツだけは嫌がる。好物は焼肉と刺身。飲酒の文化をもち、とくに焼酎を好む。
 
 彼らの繁殖方法は、主に人間の男性を拉致してのホモ・セックスだ。やせていようが太っていようがイケメンであろうが年寄りであろうが掘る。
 たかひろ同士が掘り合うこともあるが、それは繁殖よりもむしろ、愛なき時代に愛をもたらすための行動であるらしい(少なくともたかひろたちはそう考えている)。
 たかひろにはロリコンも多いので(全体の40.298%がそうだ)、幼女をさらって孕ませ、種族を増やす場合もある。
 つまり彼らが繁殖するうえで、対象の性別はあまり問題にはならないのだ。

 発見時から人間たちはたかひろを家畜としてきたが、その肉はあまりにも脂肪が多いので食用には適さない。
 代わりに彼らは主にペットとして扱われ、その扱い方は神格用、殺害用、愛玩用の3種にわけることができる。
 無能であるたかひろの中でも、ある程度出来の良いもの――ポエムを書いたりできるもの――は「神格用」として販売される。
 そこまで賢くはないが、気性が穏やかで夜きちんと眠るものは「愛玩用」とされ、残りのものは「殺害用」として出荷されている。
「神格用たかひろ」は大体300万円ほどで販売され、「愛玩用たかひろ」は30万円ほどで手に入る。どちらも安いとは言えない。
「殺害用たかひろ」は手ごろな価格で手に入るのだが、言うことはまず聞かない。身を震わせるか、そうでなければ時折絶叫脱糞するくらいの能しかない。
 その名のとおり、殺す以外、特に使い道はないのだ。
 愛玩用の代わりに殺害用を購入した飼い主がその無能ぶりに手を余らせて山に放ったものが野生化し、一時期社会問題になったことはまだ記憶に新しいだろう。
 野良たかひろと来たら、深夜3時に絶叫するしそこら中にフンをまき散らすし書店で岩波文庫のクルアーン全3巻を燃やすし、
 おまけに下校中の女子小学生を時折さらってゆくという厄介極まりない存在なのだ。

 以上のように、たかひろは自宅で飼育するには高いし食費もかかるしデカいし無能なので、一般市民には手が出しにくい。
 第一、見栄えが悪い。「美人は3日で飽きる」と言うが、それならあのベイビー・フェイスは0.3秒で飽きる。ネコでも飼った方がマシだ。
 象やイルカや唐澤貴洋のような動物は、精密に管理されたしかるべき場所へおもむいて、時折眺めるくらいでちょうど良いのだ。
 ゆえに、私はその日「たかひろカフェ」を訪れた。

◆3
 
 たかひろカフェに行ったのは、よく晴れた冬の日曜のことだった。
 ガラス扉には相変わらず「UNDER CONSTRUCTION」の張り紙があったが、私はかまわず扉を開けて中に入った。
 日曜日の昼間だというのに、私以外の客は見当たらなかった。店内には4匹のたかひろと、あごひげを生やした店主が一人いるきりだった。
 もっとも店全体をよく見れそうな中央の席に座ると、店主が注文を取りに来た。
 少し鼻の大きい彼は、よく晴れた冬の日曜にふさわしい微笑を浮かべた美青年だった。
「ホット・コーヒーを」と私はメニューも見ないで言った。
 私にとって大切なのは唐澤貴洋を眺めることだったのだから、飲み物なんてどうだってよかったのだ。
「コーヒーでしたら」、店主は整った顔立ちに愛想のよい笑みを浮かべながら言った。
「当店自慢の《カラ・ルアク》など、いかがでしょう」
「カラ・ルアク?」、私は耳慣れない単語を繰りかえした。
「唐澤貴洋の糞からとれるコーヒー豆を使用したものです」、店主は私に説明した。
「たかひろにコーヒーノキの実を食べさせ、消化されずに糞と共に出された種子を豆として利用したものですよ」
「たしか、ジャコウネコのもので似たようなコーヒーがありましたよね」と私は頭の片隅にある記憶をたぐりよせながら言った。
「それと原理は同じです」、店主はにっこりほほ笑んだ。「独特の風味が楽しめますよ」

 《カラ・ルアク》を注文した私は、たかひろをじっくりと観察することにした。彼らはまったくもって無邪気な顔をしていた。
「外見:親の庇護のもと甘やかされていそうな顔つき」とウィキペディアには記述されていたが、なるほどそのような容貌である。
 たかひろ達は部屋の中で寝そべったり、アイスを食べていたり、遊んでいたりした。
 壁に貼られたロリドルのポスターを凝視しているたかひろが一匹いるが、おそらくあれがロリコンたかひろなのだろう。

 店内に足を踏み入れたときからそうなのだが、たかひろたちは私に特に注意を払う風でもなかった。
 彼らは私のことを、道端の石ころか何か程度にしか思っていないようだった。
 寝そべっていた一匹のたかひろが、のっそりとした仕草で起き上がった。
 どうするのだろうとみていると、彼はキュムキュムと歩いて、カフェの隅に置いてある、動物を模したバネ仕掛けの乗り物――公園によくある遊具だ――に乗った。
 たかひろも運動をするらしい。その青いウサギのような形の動物が、バインバインと前後に揺れているのを私は眺めていた。
 アイスを食べ終えたたかひろは、ガジガジと棒をかじっている。床に転がっているたかひろは大きなあくびをして、ポリポリと尻を掻く。
 ロリコンたかひろはいまだにポスターを凝視していた。スーツのズボンにテントを張った彼は、ぽかんと口を開けて、あどけない笑みを浮かべた少女を見つめていた。
 4匹のたかひろの中で彼だけが、私が店に来てから一度も身動きをとっていなかった。

「彼はいつまでああしているんでしょう?」
 店主が《カラ・ルアク》を持ってきたとき、私はロリコンたかひろを指さしてたずねた。
「いつまででも、ですよ」と店主はカップを置きながらこたえた。
「たとえそれでむなしく一日が終わったって、彼はそんなこと気にも留めないんです」
「無能な生き物だなあ」
「永遠の臥薪嘗胆の日々。それが彼らの魅力です」
 店内にBGMは流れていない。壁掛け時計の秒針の音と、時折たかひろたちがモゾモゾ動く音だけが響いている。
 アイスの棒をかじっていたたかひろが、他のたかひろに尻をふってみせた。セックス・アピールだろう。
 もう一匹のほうもその気になったらしく、彼らはディープ・キスをはじめた。
「今日は静かですね?」、私は舌を絡めあうたかひろたちを見つめながら店主に言った。
「最近はこんな調子ですよ」と店主は肩をすくめた。
「たかひろブームも去ったようです。みんな結局、イヌやネコが見たいんでしょう」
「でも見ごたえのある動物だ」と私はホモ・セックスをはじめたたかひろたちを見ながら言った。
 全身から滝のように汗を流しながら盛り合うその姿は、実際見ごたえ充分だった。
「そう言っていただけるとなりよりです」と店主は微笑を浮かべた。
「唐澤貴洋の尻には母性を感じる」
「僕もそう思いますよ」、店主はバックヤードへ去りながら言った。「ときどき、あの尻を枕にして昼寝してみたくなります」
 腰を振っていたたかひろが、ひどく切なげな表情で身を震わせた。どうやら精を出し終えたらしい。
 残りの2匹は何をしているのだろうと目をやると、一匹はまだロリドル鑑賞をしており、もう一匹はあいかわらずバインバインと前後に揺れている。
 彼らの中では、時間というものはいったいどういった構造で流れているのだろう、と私は首をかしげた。

 《カラ・ルアク》はカップの中で湯気を立てて存在していた。
 その色は用水路の底にたまった汚泥のようで、立ち上る香りはもう何年も掃除されていない公衆便所のようだった。
 つまり非常に不味そうなわけだが、毒でもないだろう。
 どうせ注文したのだし、と一口カラ・ルアクをすすってみた。
 ブラックなのに妙に甘味を含んだコーヒーだった。たかひろの尻のように、どこか母性を感じる懐かしい味わいだった。
 なるほど確かに独特だな、と私は頭の隅で思った。

◆4

 結局、私が「たかひろカフェ」に行ったのはその一度きりだった。
 翌月ちょっと時間が空いたときに店の前まで行ってみたのだが、ガラス戸には「DEGITAL-TATOO」というよく意味がわからない貼り紙がはってあり、店内は薄暗かった。
 目を凝らしてよくよく中を見てみると、テーブルも椅子も壁のロリドルポスターも動物を模したバネの乗り物も消えていた。
 試みにドアを引っ張ってみたが、やはり鍵がかかっていた。
 私は近隣の人々に「たかひろカフェ」がいつ閉まったのかたずねて回ったが、誰もそれを知らなかった。ある朝突然ああなっていたのだという。
 彼らはケムリのように消えてしまったのだ。

 ***

 コーヒーを飲むときまって、私は「たかひろカフェ」で飲んだ《カラ・ルアク》の味を思い出す。
 いや、実のところを言えば、あれが本当に《カラ・ルアク》という品種のコーヒーであったのかは定かではない。
 あの甘味をもう一度味わいたくなって、インターネットで取り寄せてみようとしたことがあるのだが、そんな豆はどこでも取り扱っていなかったのだ。
「そりゃ、担がれたんだよ」と話を聞いた友人は笑った。「どうせ希少なコーヒーだからとかで、高かったんだろう?」
「確かにね」、私はコーヒーカップをかき混ぜながらこたえた。「高級ホテルのコーヒー一杯分はした」
 ブラック派だった私は、今では角砂糖を2783個は入れないと気が済まないようになっている。《カラ・ルアク》のような味わいをそこに求めてしまうのだ。あの日、母性を感じたあの甘さを。
「きっとキッチンであらかじめ甘くしておいてから、持ってきたんだな」と友人は言った。
「あとは単純な話、君みたいな味音痴が引っかかってしまうわけさ。『飲んだことがない味だぞ、こりゃ確かに独特だ』って具合にね。着手金詐欺と同じ、ぼったくりだよ」
「でも、あれは砂糖とかシロップのような甘味じゃなかったぜ」と私は抗議した。
「あの甘さは、もっと得体のしれない……なんというか、UNKNOWNな舌触りだったんだ」
 友人は鼻で私を笑った。

 ***

 これはただの想像だが、きっと彼らは今もどこかで「たかひろカフェ」を開いているのだろう。
 ある日突然「UNDER CONSTRUCTION」という貼り紙とともに店が出来上がり、その中には少し鼻の大きいハンサムな店主と、4匹の唐澤貴洋がいるのだ。
 扉を開けた客の前には、動物の遊具に乗ったり寝たりアイスを食べたりロリドル鑑賞をしたりしているたかひろたちがいる。
 彼らは客にすこしも注意を払わないし、客はそれを眺めたって眺めなくたってよい。
 そして注文を取りに来た店主は、素敵な微笑を浮かべてこう言うのだ――「コーヒーでしたら、当店自慢の《カラ・ルアク》など、いかがでしょう」。

 それはよく晴れた冬の日曜日の午後に訪れるには、この上もなくふさわしい場所のように思える。

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