恒心文庫:たかにゃん
本文
せーのっ
たかにゃーん!
呼ぶとたかにゃんは出てくる
女子高生に呼ばれると出てくる
その真っ黒な手足で地面を掻きながら、地面を這って出てくるのだ
だけれど今は夏
太陽に照りつけられたコンクリートは火傷しそうなくらいに熱い
だからたかにゃんは出たくない
クーラーの効いた部屋の中から出たくない
だけれど今は夏
女子高生のワイシャツは汗でピッタリと張り付き
健康的な肌があらわになりそう
たかにゃんは部屋と外とを反復横とび
たかにゃんは豚だからむずかしいことはわからないよ
二つの欲求に雁字搦めになりながら、たかにゃんは叫ぶのだ
ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!
きゃあきゃあ
黄色い声に黄色い太陽
たかにゃんは今日もたたかっている
- 白じい、自慰しろ
はいわかりました
白じいはそう言うと自分の股間に手を伸ばした。下腹部からカーテンの様に垂れ下がる真っ白な陰毛。
それを掻き分けるようにして差し入れた手が握ったのは、やはりチンポだった。
柔らかく握られた手が、まるで料理人の包丁さばきの様にぬめる。職人技だ。不自然さがどこにもない、自然体そのものである。
しかし悲しいかな。その技が誰かの役に立つことはない。飽くまで自分を慰めるための技。その技が、人を導く事はない。
達人は、賢人ではないのだ。
その光景を前に、たかにゃんは思う。苦しみ抜いて達人になるよりも。賢人として世を憂うよりも。
ただ、能天気な豚として日々を生きたい。この世界は優しいのだから。何もしなくともご飯を用意してくれる程、世界はぬるま湯なのだから。
そこから出なくても、別にいいじゃないか。
柔らかな笑みを浮かべながら、たかにゃんはそう思った。
- 糞豚たかにゃん
たかにゃんは汚い。椅子に座ってご飯を食べられない。お尻が重いから、椅子に座るとずり落ちそうになる。だから机にしがみつく様にしてご飯を食べている。
たかにゃんの丸い体を支える腕の震えが、食卓に伝わって食器をカチャカチャ鳴らす。家族の顔がかすかにしかめられるけど、たかにゃんも必死だ。今だって、フォークの先で皿の上のミニトマトを追いかけている。でも追いつかない。たかにゃんの短い腕の先で、ミニトマトがたかにゃんをあざ笑っている。
そしてたかにゃんが大きく腕を振った時、ミニトマトが机の端から消えた。慌てて追いかけたたかにゃんの身体も椅子から転げ落ちる。しがみついていた腕が、机の端にひっかかる。
耳を打つ重い音。体を打つ鈍い痛み。たかにゃんはしばらくして、床に転がる自分に気がついた。
次いで、自分の周りに漂ういい匂いに気がついた。先程まで食卓の上に並んでいた料理が、たかにゃんを慈しむかの様に降りかかっていたのだ。ふと、たかにゃんは自分のそばにあのミニトマトが転がっているのに気がついた。ミニトマトはまるで胸を遥かの様に照り輝いている。たかにゃんは体を包み込むいい匂いに何だか嬉しくなって、両の手のフォーク、二つに割れた蹄を振り回した。
たかにゃんは最後まで、倒れた机も家族の顔も見なかった。
- さようなら、たかにゃん
唐澤貴洋は死にました。
虎ノ門から世田谷まで向かう電車にひかれて。
あの時、ワシ達親子は電車に乗っていました。
彼は途中までは大人しくすわっていたのですが、いきなり、声が聞こえる、と早口でつぶやき始めました。
話を聞くと、電車が揺れた時に声が聞こえるとの事です。
しかし耳を傾けてみても、電車の軋む音が聞こえてくるばかり。しかし唐澤貴洋は頑なに言うのです。妙齢の女性の苦しげな声が聞こえてくると。ワシは首を傾げながら、唐澤貴洋を見て愕然としました。
彼は勃起していました。電車の揺れに合わせて。どうやら、電車の軋む音に反応していたようなのです。
唖然とするワシの目の前で、唐澤貴洋は徐々に正気を失っていきました。いえ、元々なのかもしれません。しかし、電車が止まった時に、彼が苦しむ女性を探しに電車の下に潜りこんだのは事実です。
想像の中の女性を助けようとしたのか、はたまた何をしようとしたのか。ワシがケツの穴でも貸してやれば、何かが変わっていたのかもしれません。
ともかく、彼は帰ってこなかった。
彼はきっと死んだのです。
挿絵
リンク
- 初出 - デリュケー たかにゃん(魚拓)