マヨケーがポアされたため、現在はロシケーがメインとなっています。

恒心文庫:うんち

提供:唐澤貴洋Wiki
ナビゲーションに移動 検索に移動

本文

「うんち」

それがいつも通り昼頃にキュムキュムと出勤してきて、たった今まで黙っていた上司からかけられた今日の一言目だった。
「はぁ?」と返したくなる心を抑え、僕はゆっくりと驚きで固まった脳を働かせ始めた。
…うんち。彼は間違いなくそう言った。小学生なら爆笑するであろう言葉。子供向けギャグ漫画での定番小道具。ゲームでの嫌がらせアイテム。そんな言葉を平日の昼間に、ぱつぱつなスーツを着た小太りの中年男性が口にしたのである。

何を意味しているのか?

笑いを取ろうとしたわけではないだろう。僕は上司が仕事をしないことは慣れっこだし、むしろ普段アイドルのライブ映像に合わせて合いの手やコールをしている彼が黙ってデスクにいるというだけでかなり仕事がしやすく上機嫌ですらあった。
では?うんちを要求しているとでも言うのだろうか。いや、そんなはずはない。彼はいつも「父親を犯し、その肛門から排出される自らの精液と混ざったうんち」しか口にしない。そのため父親が食べるものにトラウマのあるピーナッツが混入することを過敏なほど気にしているような彼が今朝何を食べたかすら分からない僕のうんちを求めるはずがない。

はたまた、うんちが出そうなのだろうか。そうでもないだろう。彼がうんちをする時は事前に必ず絶叫する。うんちをする、ということにピーナッツと同じくらいのトラウマがあるらしく、そのストレスからか下痢ぎみなことがほとんどだ。だが現在彼の薄灰色のパンツに茶色や異臭はみとめられない。
だとすると?うんちを食品として求めているのではなく、インテリアとして必要としているのかも知れない。

何か必要なものや欲しかった物が突然頭に浮かんできた時に ー調味料であったり、本であったりー それをふと口に出してしまうことが無いだろうか。たった今彼にとってのそれは「うんち」だったのではないか。だとしたら僕に対しての発言であっても理解できる。インテリアならばピーナッツが胃液で溶けたものが混ざっていても気にしないのだろう。そう思って僕は微笑んで椅子から立ち上がりベルトを緩めようとした。
ちょっと待て。本当にそうなのか?

ギャグでもなく、食品でもなく、自らの便意を告げたのでもなく、インテリアでもないとしたら。うんち。その言葉に彼が他の意味を託したのだとしたら。
うんち。思えばそれは彼と彼の父親がよく口にしている言葉である口にしている食品である。今となってはすっかり馴染んでしまったが、彼らはお互いのうんちについて食べ終わったあとに評価しあっている。
僕が昼の休みに外で食事をとっている間に彼らはお互いの精液混じりのうんちを食べるのだが、どちらかが、もしくはどちらもが多く出している時がある。そんなとき僕は彼らのうんち評論タイムに割り込んでしまうのだ。

「H、今日は少し水っぽかったナリね。もしかして昨日何か悪いものでも食べたナリか?」
「すまんなぁ、少し水分を取り過ぎたようだ。しかしKT、お前は少し固いものが混ざっていたぞ。消化機能が落ちているんじゃないか?少し身体に気を遣いなさい。」
「⚫︎はい。 あ、Yくん。おかえりナリよ。Yくんも少し食べるナリか?水っぽいとはいえ今日もHのうんちは絶品ナリよ」
そう言われては仕方ない。礼を言った後に僕はH氏の肛門に口をつけ、中身を啜るのである。

そんなことを思い出していると、僕まで「うんち」と口にしたくなってくる。そう、これなのかもしれない。何かについて考えている際に突然恥ずかしい思い出や後悔が蘇った時、何かを言いたくなる衝動のようなもの。それが今の彼にとっての「うんち」。そう、特に意味はないのだ。ただ言いたかったから彼はうんちと言ったのだ。

しかしそれでは腑に落ちない。いくら無能でロリコンで食糞でファザコンであったとしても、そのような時の言葉は小声でボソッと言うようなものではなかろうか。なぜはっきりとした声量で、発音で言ったのだろうか。
僕を悩ます「うんち」の発言者である彼は椅子から立ち上がってベルトに手をかけたまま思案している僕を見つめている。カタツムリのカラのような瞳は僕をしっかりと見据えている。やはり何か意味はあるのだ。無意味な呟きなどではない。

そうこうしているうちに、日は傾いて窓からのヒカリは少し赤みがかってきた。
薄オレンジのヒカリを体に受けながら彼は僕を見つめる。僕も彼を見つめる。
彼は何を考えているのだろうか。僕はうんちの意味を求めているが、彼の頭の中にその答えはあるのだろうか。
膠着状態は長く続いた。僕はあれやこれやと考えを巡らすが、堂々巡りになってしまいハッとするような仮説に行き付けない。意識してタイミングを合わせているのだろうか、彼が瞬きする様子が見えない。ただ、カタツムリのカラが僕を指している。

日は暮れた。街灯が付いた。昼間に付けていたいくつかの灯りでほの暗い部屋の中で永遠に続くかのように、少なくとも僕はそのように思っていた僕と上司との見つめあいはある言葉で終わりを迎えた。

「うんち」

僕は鼓膜から脳にその言葉が信号として送られるよりも早くその音に反応していたかも知れない。デスクの奥、少し離れたところにいる僕の上司であるKT氏の父親H氏がこちらを見据えて言ったのだ。「うんち」を。「うんち」と言葉を発したのだ。その言葉は間違いなく僕の鼓膜を揺らすために放たれていた。
うんちとは?
なぜ僕に?どうして2人が?
どのようにしろと言うのか?うんちを食べたいのか?うんちを飾りたいのか?
うんちを見たいのだろうか。うんちが少しだけ漏れているのかも知れない。うんちが何だと言うんだ?小学生か僕は。うんちが頭を巡る。うんち。うんち。なぜうんち?どうして僕に?うんちとは?消化器官とは?どうしてうんちを昼に食べるのか?ピーナッツを食べたらうんちにピーナッツの香りは残るのだろうか?そもそもなぜうんちにすらピーナッツを入れたくないのか?ピーナッツのトラウマ?トラウマ?中学時代?漏らしたら?うんち。その言葉が求めるのは?うんち。うんち。うんち。うんち。うんち。うんち。うんち。


とうに日付が変わった頃、僕はとうとう呟いた。

「うんち」


次の日、僕がうんち出勤ちするとうんち珍しく既にうんち上司のT氏とそうんち父親H氏うんちがそこにいた。うんち





今日は夕方から大きな仕事が控えている。相手はヤの者。一筋縄じゃあ行かねぇだろう。そんな時にはかつての部下を訪ねて冷やかすに限る。俺はいつもそうしてリラックスしているんだ。
扉を開き言う。「ようデブ、元気にしてやがるか?お前と違って俺は今日も忙し「「「うんち」」」

呆然とする頭髪のさみしいダンディな中年男性に3つの視線と3つの「うんち」が向けられた。

リンク

恒心文庫
メインページ ・ この作品をウォッチする ・ 全作品一覧 ・ 本棚 ・ おまかせ表示