恒心文庫:あつし
本文
美人は3日で飽きる、などと言うがどうやらそれは当職と厚史の間には当てはまらないようだ。一目見たその時から、当職は厚史の虜になってしまった。
この世を裏で牛耳る冷徹な会計士でさえも思わず破顔するような愛らしい笑顔が、厚子の抱く腕の隙間から覗いていた。当職は初めて厚史と会った瞬間に胸のうちに湧いた情動――感情というには激しすぎて、衝動というには具体性がなかった――を今でも鮮明に覚えてる。
出産の為入院していた厚子が久々に家に帰ってきた時の事だ。なにぶん赤ん坊だったので前後を殆んど覚えていないが、どうやら洋は慣れないながらも懸命に当職にお乳を与えてくれたり下の世話をしてくれていたらしい。それでも当職の癇癪はまるで治まらずほとほと困り果てていたところ、厚史を抱いた厚子がやってきた。すると当職はぴたりと泣き止み、まるで初めて世界というものを見るかのように目を爛々と輝かせたと言う。
思春期を迎えた当職の劣情は、当然この愛すべき弟へと向けられた。下卑た欲望を発散すると、幼き日を思い出し、当職は当職の当職と比べようのない純粋な肉親に邪な目線を向ける当職が形容しようのない最低な穢れそのもの畜生以下の存在に思えてならなかった。当職は当職が当職の弟にかかる想いを抱くのが許される事なのか自問をするようになった。
そんなある日、厚史が傷つき果てた、無残な姿で帰宅した。
当職も洋も厚子も、懸命に何があったのかを尋ねたが厚史は口を噤むばかり。心配した両親は翌日厚史に学校を休ませた。当職も厚史が心配でならなかったが、新しい高校こそは休まず通って欲しいと強く厚史が願ったため休まずに高校へと向った。
山吹高等学校からの帰り道、事件は起こった。厚史が用水路の前で思いつめたように佇んでいる。「厚史!!どうしたナリか!?」当職の問いかけにただ厚史は黙って微笑むと、そのまま用水路に身を投げた。
当職は迷いなく飛び込み、厚史の救出を試みた。幸い肥えた体はそう簡単には沈まず、軈て当職は厚史を道端まで引き摺り上げる事に成功した。しかし厚史の体は既に冷めきっており、生命の脈動は幽かなものになっていた。「厚史…死ぬんじゃないナリ。」当職は祈るように呟いた。そうだーー。
「…朝ナリか。」当職は起き上がり呟いた。「長い夢を見ていたナリよ。」当職は傍らの安らかな寝顔に語りかける。「厚史、覚えているナリか?自殺未遂をした時の事。」厚史が危うく死にかけて以来、当職と厚史の仲は深まり恒に共に過ごしてきた。今は実家を離れ二人きりで暮らしている。
厚史の顔を見つめているうちに当職の陰茎は朝の生理現象以上の意味を持って膨れあがってきた。それを厚史の口にあてがうと、彼は抵抗する事なく受け入れた。ゴキュッ…ゴキュッ…と兄弟の交わりは背徳的な音を奏で、愈々興奮した当職は我を忘れて腰を打ち付ける。狂熱に身を委ね欲望を放たんとしたその刹那、ブチリ、と音をたて、糸が、切れた。
「あー…興奮しすぎたナリね。」当職は右手の先に撓垂れた厚史の頭顱を見つめ、そう呟いた。「すぐに治してあげるナリよ、厚史。」当職は厚史に微笑んで縫合用の糸を探し始めた。