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恒心文庫:『懐妊』

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

「ああ、また駄目だったか」

釣りたての魚のようにびちびちと蠢く、目鼻はおろか顔すらないおぞましい赤子を手にして、当職は呟いた。
これで、今月に入って8回目の失敗だ。これまでに比べ、腹の中にいた期間が長かっただけあって、期待の分落胆も大きい。
これを産んだ洋はというと、ひゅうひゅうと声なき声で苦しさを訴えていた。虚ろな瞳はしっかりと失敗作を捉えていて、涙の膜が張った瞳に当職たちが収まる。

「洋。また失敗ナリ。つらいだろうけど、もう一度頑張るナリよ」
「無理じゃ、無理じゃ。これ以上したら、ワシは死んでしまう」

洋はまだ出産の余韻で体が動かないだろうに、首を大きく振って抵抗の意思を表す。
確かに洋はもう70、高齢出産もいいところだ。ましてひと月に8回の死産など、負担は想像を絶する。
……だが、それでも当職と洋は決めたのだ。どんな困難にも負けずに、二人の愛の結晶を設ける、と。

当職だって、殺害予告に怯えて勃たない日もある。ロリドルでシコり過ぎて、赤玉が出た日もある。
それでもいつかこの努力が実を結ぶと信じて、雨の日も風の日も、洋に注ぎ続けてきたのだ。
頑張っているのは当職も同じなのに、自分ひとりの都合でこれまでを台無しにしようとする洋に腹が立つ。

「当職だってつらいナリよ、洋。頑張っても頑張っても、どれだけ命を注いでも塊となって流れていく。でも、それでも子を作らないといけないナリ」
「……こんなことになるくらいなら、長生きなどすべきではなかった。もっと早くに死んでいれば――」
「それ以上は許さないナリよ、洋」

あくまで自分が被害者であるような物言いに腹が立ち、怒りのままに洋の肛門へ自身をねじ込む。
冷たいリノリウムの床に失敗作が落ち、潰れたような音がしたが、当職の意識は洋を掘削することにのみ向けられていて、どうでもよかった。
出産直後というのにある程度の固さを取り戻していた洋の肛門は、当職をとろけそうなほど気持ちよくしてくれる。

――薄々は、わかっていた。こうしてひっきりなしに体を重ねることが、死産の要因でもあるのだと。
だが、当職たちが背負うあまりにも悲惨な宿命を思うと、汚れた行為に走るより他なかったのだ。事情を知らない赤の他人に、当職の苦しみが分かるはずもない。

『お前は河野の家を継ぐのよ、貴洋』

厳しくも優しい母に、何度も言われた言葉。やや時代錯誤にも感じるが、当職の産まれた一族の規模を考えれば当然のことであった。
周囲からはかしずかれ、面倒なことはすべて周りが肩代わりしてくれる日々。次期当主だから当然なのだと当職は思っていた。
しかし、その言葉の真の意味を理解するのは、当職が成長し、最愛の弟との別れを告げた後であった。

バスの窓越しに見える火葬場が遠ざかっていく。立ち上る煙の中に、当職の愛する弟がいるのだろう。金属製の台の上に広がった灰とカルシウムの塊が弟だとは、考えることが出来なかった。
幼いころから健啖家として知られる当職だが、その日出た食事は一口ものどを通らず、青い空を控室の窓から見上げていた。

葬式も終わってしばらくすると、これまで通りとはいかないまでも、やや落ち着いた日々が始まった。やることの多い大人たちからすれば当たり前なのだが、当職にはまるで理解が出来なかった。
何より大切な弟。半身を失った喪失感に、当職は学校へ行けなくなってしまった。
周囲は当職をなじるでもなく、ただ憐みの目で見ていた。その視線がたまらなく嫌であったが、文句を言うことさえおっくうであった。

そして、引きこもってから3か月ほど経ったある夜。赤子の授乳を思わせる水っぽい音と、ぬるま湯にくるまれるような暖かな違和感に目を覚ます。
暗闇で一瞬何が起こっているか理解が出来なかったが、枕もとのランプをつけ、音の発生源、腹部にかかったやけに膨らんだ布団を払いのけた時、そのおぞましさに言葉を失った。
生ける伝説、会計士の雄、敬愛する父――洋が当職の自身を嘗めしゃぶっていたからである。

『父さん、何するの。やめてよ』

逃げ出そうにも、洋のずっしりとした重みを持ち上げる体力は当職に無かった。必死で騒ぎ立てても、まるで全員がこのことを知っているかのように、誰も助けに来ない。
もがいても喚いても、動きが止まることはない。この異常な空間にあるというのに不気味なほどに萎えない当職の自身を、洋の肛門が飲み込むまでは、当職はまだ「正常」のうちにあった。

ずぐり、ともぬるり、とも言えない、出来立ての死体に顔を埋め込むような感触。童貞であった当職は、こんなおぞましい行いを性行為と受け取ることが出来なかった。
洋の荒い息遣いと、きつくも柔らかく、適度に刺激を与えてくる腸壁。当職にできることは、目と耳を塞いで、初恋の相手を思い出すことだけだった。

長いような短いような、地獄の時間が終わり、洋は満足げに立ち上がる。情事の直後だというのに、あの時は洋もまだ若さがあった。
茫然と涙を流す当職に、洋は一言『すまんかったな』とだけ言った。意味が分からなかった。

『厚史は死んでしまった。本当ならこれは、あいつがやることだった』

これ、とはまさか、先ほどのおぞましい行為だろうか。その問いに洋は、1+1は2である、というようにうなずく。
河野の家には、何代かに一度、男でありながら妊娠できるものが現れる。成功率は低い代わりに、何代重なっても近親相姦の害が現れることはない。
そして、その男と一族の男が契ることで産まれた子供は、とても有能になるというのだ。

『厚史は、厚子ではなくワシとワシの弟の子だ。お前が失敗した時のスペアとして作ったのだが、まさか厚志が先に死んでしまうとはな……』

当職の常識が、記憶が、理性が、アイデンティティが……
すべて、その夜に崩れ去った。

検死に当たった医者は、厚史が集団暴行に遭ったと話した。もし、悪いものたちが厚史の体の秘密を知って、脅迫していたというなら……心優しい弟の突然の親不孝も説明がつく。
怒りのままに悪いもの共を殺してやりたかったが、当職の持つ手段は核だけであり、都内に向けて撃っては当職まで死んでしまう。
途方に暮れていたある夜、当職の腕を枕にしていた洋が、今なお元気な当職の自身を見て、これで復讐をしようと言い出した。

一瞬、洋の気が狂ったと叫びそうになったが、すぐに合点がいった。当職が無理なら、当職たちの息子にさせればいいのだ。
当職も洋も、その時はまだ若かった。体を重ね続けて20年以上経つ今でも、一度たりとて成功しないなど予想だにしていなかった。

「でりゅ、でりゅよ!!」

洋の口からしゃがれた喘ぎ声が漏れ、洋の自身もふるふると震える。あれから何度か射精し、もはや出るものさえないが、それでも当職は腰を動かし続けた。
達したばかりの洋の腸内は、最高だ。マグマを煮詰めたような体温と、痙攣にも似た蠕動が、当職をたやすく高みへと誘う。恐らく懐妊したのであろう、こぽこぽという振動さえ心地よい。

もし厚史が生きていたなら、こうして当職と体を重ねていたのだろうか。いや、何も男役が当職である必要はない。最近叔父さんの目が怖い、そう言って怯えていた厚史を思い出す。
厚志は当職以上にまじめで、心根の優しい純粋な子だった。こんなならわし、もし弟が知ろうものなら……――

………………………………?

突然腰の動きを止めた当職を不思議に思ったのか、胡乱げな顔で洋がこちらを見る。今は正常位で、丁度当職の真上に蛍光灯があるため、度重なる出産と加齢で目が悪くなってきた洋には、当職の表情をうかがい知ることは難しいだろう。
落ち着くにつれ、当職のただならぬ雰囲気に気付いたのか、洋の腸内がきゅっと身じろいだ。

「洋、厚志の最期を覚えているナリか」
「……ああ、悪いものたちに暴行を受けて、世を儚んで……」
「嘘だ!!!」

当職の怒声に、洋は肩を竦める。こんな大声、脱糞以外で出したことなどない。

「少し前、厚史の遺書を見つけたナリ。そこには『こんなことに、兄さんを巻き込みたくない』と書いてあった。てっきり悪いものとの関りを指していると思っていたナリが、河野の力ならチーマー程度なんとでもできたナリ」
「……」
「だとすると考えられるのは、河野の力ではどうしようもない、いや、河野だからこそ逃れられないこと……この、呪われた行為ナリ」
「……」
「違うナリか、洋」

洋は何も答えず、静かに体を震わせる。だがその反応こそ、正解を表していた。

「許してくれ……貴洋……一族を繋げるために必要なことなんじゃ」
「一族……? そんなもののために、厚史は、当職は……」

はらわたが煮えくり返る。もし当職の自身が刃であれば、こいつを苦しみぬいて殺せたのに。
視界が真っ赤に染まる中、気がつけば、枕元に厚史が立っていた。いや、悪魔かもしれない。
茫然と見つめる当職の前で、悪魔の口がパクパクと動く。

『やれ』

やれ、とは何のことだろうか。一般的に、何か行動を起こすときや、下世話なもので言うと性行為などを指して『やる・ヤる』と言う。性行為であるなら、いまだ当職のものは洋の腸内にある。動いてこそいないものの、『やっている』と言って差し支えない。
シーツをつかむ指先に、布が触れる。当職のいつもつけている赤いネクタイだ。悪魔はそれを指さして、再び『やれ』と言った。

洋の顔が恐怖に歪む。

『やれ』

もがく洋を押さえつける。単純な腕力で言えば、今は当職の方が上だ。

『やれ』

洋の動きが激しくなる。きゅうきゅう締まる腸内に、何度か法悦を味あわされる。

『やれ』

洋の顔が真っ赤になって、がくがくと痙攣しだした。

『やれ』

ふいに、洋の体から力が抜けた。どこかで見た覚えのある表情を浮かべる洋から顔を上げると、そこには厚史も悪魔もおらず、潰れた肉塊だけが恨めしげに見上げていた。

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