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恒心文庫:「変遷」

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

弟が他界したのは当職が17、弟が16の時だった。
変に静かな日であったことを覚えている。いや、静寂の音がうるさかったかな。
それ以上に、なんと表現したらいいのかわからないが、色で表すなら儚げな黒色のような。そういう感情が身体中を占めていたことをよく覚えている。どんな感情だったかな。あの色しか当職の中にはなかった。

葬式の時に感じたのは苦しみだった。
人間の死の重み。家族を失う重み。沈む気持ちの重み。何重にも重なったものが、当職の中で軋んで悲鳴を上げていくことをよく聞こえたものだ。
葬式自体は覚えていない。当職は最近手順を詳細に知った程度だったのだから。
周囲の色がくすんで見えたことも覚えている。涙ではない。涙で色は落ちたりはしない。

弟の死因の詳細は後に知った。
何となく察していたことはあったが、まさかあれほどまでとは。恨みよりも先に、酷い困惑に似た症状が当職の中を電撃的に走った。しばらく口が聞けなかったような気もする。
もともと他人と話すのは苦手であったが、これを機に口数も減った。
後悔はもちろんした。家族だからね。
その後も大変だった。クラスメートの当職の身体中に刺さる視線を嫌というほど感じた。皆知っていたのだろう。その癖、そちらに目を向けると視線はなくなる、嫌なものだと思ったよ。
父の視線も変わった。クラスメートの様ではなかったけれど……何だろうか。変わる前を忘れてしまった。

「忘れるものなんですか。」
「忘れるものなんだよ。」
「何で。」
「当職は忙しかった。あの時でさえ。大学受験もあったしね。」
「でもあなた浪人してるじゃないですか。」

まあいい。当職は忙しかった。生きていれば色々あるんだ。
大学は自分で決めた。自分の意思でだ。多分、そうだったように思える。結局当職はロースクールに通って弁護士を目指すことになったけれど。
ああいや、そうじゃない。最初は検察を目指していた。結局あきらめて弁護士になったが。
弟のことは特に考えなかった。考えないようになっていた。

そんな当職を、私の人生を、当職はどこかで非難していた。
何となく生きて、浪人して、弟の死も何のきっかけにもなりえなかった当職のことを責めていた。そのせいか、弁護士事務所も1ヶ月で辞めてしまった。独立せざるをえなかった。

じゃあ独立してから反省して活躍できるのかと言われれば、そんなことはない。
それができるのなら、何となく生きて、自殺した彼のことを彼方に置いてきてしまうわけがない。だから、仮面を被った。
弟のせいだ。弁護士の唐澤です、法と正義の………なんて、相手の目をみて名乗ることはできなかった。それどころか、相手が当職の顔を見ていることも耐えられなかった。だから、仮面を被った。なにが悪い。いや悪いことだ。
イラストは本当にいい案だった。
ネット上でやり取りした後。
当職が弁護士だと名乗る必要もない。
最低限のやり取りさえ。
できればいいのだから。
直接会うのは詰めでいい。
これで上手くいくと思った。
まだ怖い。
だから私は当職と私をわけた。
私は弁護士じゃない。
当職は自殺した弟なんていない。
これでいいんじゃないかってとうしょくは

「あの」
「…………」


「………今日は風が冷たいね。頭も冷えるようだ。」
「そうですね。冬ですから。」

でも、あることに気が付いた。2つに分けることが、仕事においてデメリットを持つということに。
昔の事務所の先輩を見ていて気が付いた。自分の個性も売りの1つになっていて、それで仕事を取っている面もあるのではないだろうか。
だとすれば、このエピソードは使える。当職、私はそう思ってしまった。
弟を失ったことが全ての起点だった。自分の無力感。なぜ、こんなに無力なんだ。自問自答する日々。最終的に出会ったのは法律だった。

当職は、私は弟をついに利用してしまった。
私を縛り付けていた彼を、ついに当職は利用してやったのだ。
罪悪感はなかった。何故だろうか。
少なくとも葬式の時の当職はそんなものじゃなかった。
人は変わるんだよ。

「少なくとも、当職は、私は変遷した。」

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