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インターネット上における権利侵害の問題/本文

提供:唐澤貴洋Wiki
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インターネット上における権利侵害の問題 > インターネット上における権利侵害の問題/本文

Ⅰ 自己紹介

唐澤貴洋先生(司会)

弁護士。法律事務所クロス所属。司法修習は63期。早稲田大学大学院法務研究科卒。
インターネット上の権利侵害の法的問題に興味をもったのは,2ちゃんねるの記事の権利侵害に対応できないか,という法律相談を受けたためである。その相談を検討するうちに,インターネット上の権利侵害の法的問題は,専門知識が必要なので,競合者が少ないことに気付いた。
インターネット上の法律問題に特化した法律事務所クロスを山岡裕明弁護士と今年2月16日に開設。


神田知宏先生

弁護士。小笠原六川国際総合法律事務所所属。司法修習は60期。一橋大学法学部卒。元IT会社経営者。
司法修習生の時に岡村久道弁護士の「IT弁護士の眼」というネット記事を読み,IT弁護士を志した。修習生時代には情報ネットワーク法学会に入り,弁護士になってからは,ITに関連する案件を積極的に受任した。その中で同じ事務所に所属していた清水先生と,2ちゃんねる削除及び発信者情報開示[1]のノウハウを貯めていった。
その後,2ちゃんねる以外の削除及び発信者情報開示請求の案件も来るようになった。つい先日Googleに対する検索結果の削除仮処分を裁判所から得て大きく報道された。
2015年5月8日,『ネット検索が怖い』[2]という本を上梓した(右図)。


清水陽平先生

弁護士。 2010年11月,法律事務所アルシエンを立ち上げた。早稲田大学法学部卒。司法修習は60期。
インターネット関係の事件を始めたきっかけは,神田先生とともに2ちゃんねる削除及び発信者情報開示請求の案件を受任したこと。最近では,TwitterやFacebook等外国人絡みの第一号事件を担当した。
2015年6月8日,『サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル』[3]という本を上梓した(右図)。


中澤佑一先生

弁護士。2011年7月,埼玉県で戸田総合法律事務所を立ち上げた。上智大学大学院法務研究科卒。
インターネット関係の事件を始めたきっかけは,早期に独立したため,他の弁護士にできない専門的で新しい分野に取り組まなければならないという意識があったため。インターネットの誹謗中傷の問題はニーズがある上,専門家が少ないことに気付き,集客サイトを作り,取り扱い案件を増やしていった。
2013年11月,『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル』[4]という本を上梓した(右図)。

Ⅱ インターネット上における権利侵害の情勢

1 総論

唐澤:誹謗中傷というのはどういった問題なのか,実態としてどうなっているのかというところをお話しいただけますか。

神田:インターネットにおいて他人の悪口を書いたり,企業の悪口を書いたり,業務妨害的なことを書いたり,プライバシー侵害的なことを書いたりする権利侵害的なことを書かれているという実態ですね。

中澤:具体的にどういうことなんでしょうか?

清水:例えば,2ちゃんねるやその他の色々な掲示板,ブログなどで名指しで中傷されたり,転職サイトの口コミにブラック企業だと書かれているとかが典型です。

神田:ブラック企業と書かれていると応募しないですね。応募が少なくなったとか減ったとかいう企業からの相談があります。

唐澤:誹診中傷の問題は,当初は2ちゃんねるが圧倒的に多かったという認識ですが,個別具体的なサイトの種類として今現在変化というのはありますか?

神田:インターネットのサービスが多様化し,端末も多様化しています。そのためインターネットを使う人の裾野が広がっており,リテラシーのない人が書き込んでいるために,2ちゃんねるだけではなく色々なサイトに権利侵害性のある書き込みをされるようになったというのが流れではないかと思います。

清水:我々が2ちゃんねるの削除を始めたのが2009年なんですが,2009年というのはスマホがまだそこまでメジャーではなかったので,書き込みをする人はPC経由なのがほとんどでした。そして,TwitterなどのSNSもまだそこまでメジャーではなく,2ちゃんねるに悪口を書くというのがその当時の主流でした。特に,匿名掲示板では「特定」されないという認識もありました。,そのため2ちゃんねるで誹謗中傷されたから対処したいという依頼は非常に多かった。スマホが増えてからは,私の感覚としてはTwitterがすごく増えたという印象があります。今も2ちゃんねるは当然それなりの量があるのですけども。

神田:サイトの種類が増えているから,いろいろな掲示板,ロコミサイトに書かれるようになっています。 Yahoo!知恵袋の依頼が私はすごく多いですね。

清水:確かに,知恵袋は以前から多い印象ですね。当初から2ちゃんねると知恵袋が多かった印象があります。

神田:したらば掲示板とか。

清水:したらば掲示板はどちらかというとPCからの書込みが多いですね・最近はスマホから直接書き込みしやすいサイトが増えた結果,開示してみるとスマホだったということは増えてきているかもしれません。

唐澤:Googleのサジェスト[5]機能,関連検索キーワードは当初から問題になっていなかったんでしょうか?

神田:Yahoo!の関連キーワードで企業の名前と一緒に「悪徳」と出るのを消したいという依頼などがありました。サジェストという機能自体は新しいと思います。

清水:サジェスト自体が出てきたのが2010年くらいじゃないでしょうか?

神田:サジェスト機能は,始めた当初は問題になっていなかったと思います。当初は関連キーワード削除の依頼はありましたが,それはただのキーワードだということで裁判所では認められなかったと思います。関連ワードは,ただのキーワードにすぎないからそれで何らかの権利侵害があるわけじゃないというような結論になっていたと思います。

中澤:その具体的なワードつていうのは何だったんですか?

神田:「悪徳」です。

中澤:Yahoo!ですが,「悪徳」は削除したことがあります。裁判所も削除するべきという心証を示しており,Yahoo!も自主的に応じました。

神田:裁判所次第でしょうか。

清水:随分変わってきたと思いますけどね,そういう点では。

中澤:私が裁判をしたのは2011年冬ぐらいですね。

神田:裁判所の基準もどんどん変わってきているから,当初は決定の出ていたものが最近は出なくなったとか,逆もあります。

中澤:人にもよるし,同じものをもう一回やったら通ったとかありますよね。

神田:ありますね。「ブラック企業」が名誉毀損であるという主張は,最近は通るようになってきました。当初は高裁まで戦っても通らなかったのですが。

中澤:単語の認知度が上がったんでしょうね。

清水:「ブラック企業」は今後また難しくなるのではないかと思っています。「厳しい」くらいの意味で使われてることも多いので。

唐澤:ウェブサービス上のサービスが変化すると権利侵害の態様が変わってくるというところはあるのかなと思うんです。

神田:権利侵害の態様というとどんな感じでしょうか?

唐澤:権利侵害の出現の形態という意味です。続いては,サービスの変化と権利侵害の態様についてお話しいただければと思います。

2 サービスが変化すると,権利侵害の態様も変化するか?

(1)海外サービスの増加

神田:削除や発信者情報開示請求の案件を取扱い始めたころは,日本国内の企業しか相手にしていませんでした。しかし,最近は海外サービスが普通に使われるようになり,クレジットカード1枚で海外のサーバ[6]と契約したり,海外のドメインが登録できるようになったり,海外のプライバシープロテクションサービスを使えるようになったりしていると思います。そういう状況で海外サービスにおける権利侵害が増えていると思います。

清水:言ってしまえば2ちゃんねるも最初から海外だったのですけど,それは例外として。

神田:あれは例外ですね。最初に海外案件で報道されたのは最所先生のFC2だったかと思います。

中澤:民訴改正でできた民事訴訟法10条の2を使った初の事例として報道された。

神田:その後で,FC2と同じ理論でTwitterとFacebookをやっているわけですよね。

中澤:最近,だいたい体感的には半分くらい海外絡みますよね,海外サーバの任意請求とかも含めたら。

清水:任意請求とか多いですか?

中澤:結構対応してくれますよ。

神田:abuse@~に送るのですか?

中澤:英文でメールして,いろいろやりとりして。

清水:たまにありますが,自分の印象としてはあまり対応してくれないというイメージです。英語力の違いでしょうか…

中澤:中国には中国語で送ったりしますよ。これからは英語を含めた語学

力ですよ。我々に必要なのは(笑)。

唐澤:海外サーバを利用したサービスと言うときに,サーバが置いてあるのはアメリカが多いですか?

清水:多いですね。たまに中国が出てきます。アメリカはまだ対応しようがありますが中国だと厳しいですね。

神田:日本向けのサービスが書いてあればIPアドレスの開示請求ができるけれど,英語サイトしかないとIPアドレスの開示請求ができませんよね,条文上。そういう理解でいいのでしたか?

清水:今のところそのように解釈されているのが実務だと思います。ただ,この点は解釈によると思います。

中澤:日本語の文字コードを書けるようにしている時点で対応できるのではないかとも考えています。

神田:全部英語で書いてあるけれど,価格は円になっているサイトもありました。そのケースでは,これは日本人向けに販売しているので,日本の民訴法も使えるかなと思いました。

(2)管轄

清水:何の話をしているかというと裁判管轄の問題で,どうやって日本で管轄をとるかということです。理論的には,別に日本でサービスを提供していればいいというだけで,米ドルで払おうがなんだろうが関係ないはずなのですよね。

中澤:削除に関する管轄は日本でとれるということで問題ないですよね。清水:削除請求については,不法行為と同じ理由で権利侵害が起こった場所を管轄にすることができます。日本人が日本で権利侵害を受ける,それは画面を見た場所と一般的に考えられていますが,そこを権利侵害の結果発生地とみて,その場所を不法行為地とみることができるのですね。だから日本で管轄がとれるのですけど,開示請求は,プロバイダ[7]側の所在地が普通裁判籍となります。ですので,海外法人の場合は原則としては日本で管轄が取れないのではないか?というのが,ここでの議論です。

神田:民訴法の改正があり,日本で事業を営んでいる場合には,日本に拠点がなくても,千代田区を管轄とするという民訴規則があり,東京地裁でできるようになっています。ただ,海外のサーバ会社の情報が,全部英語で書いてあって日本語がない場合に,はたして日本で事業を営んでいると言えるのだろうかという問題があります。この点について,事業をしてないと裁判官が思うと,発信者情報開示が日本の裁判所ではできないという結論になります。他方で,裁判ができるとしても,日本向けに事業をしていない者を東京地裁に呼び出しても,双方審尋期日に来るわけがないと思います。そうすると,裁判ができるとしても事実上意味がないのではないかという危惧はあります。

清水:決定を日本で取得した後に,海外の裁判所に持って行って,現地に通用するものにしてもらい,それを提示することによって応じてもらう,ということはできるかもしれない。

神田:承認手続ですね。現地の弁護士と提携しつつ,日本で仮処分をとって海外で承認してもらい,執行してもらうという手続ももちろんありますし,発信者情報開示をアメリカでやるなら,ディスカバリー制度もあります。日本の弁護士が絡む余地はあまりなくなりますが,IPアドレスさえ開示してもらえば,誰が書いたか分かる可能性があります。

清水:承認手続については一度やったことがあります。管轄の話に戻るのですが,ネットはグローバルなので,本当に日本語でサイトが書いてないと日本で対処できないのか,ということは議論の余地が大いにあると思うのです。

神田:クレジットカード決済だけですよね。無料のサイトも結構あります。何MBまでは無料という海外のサービスも最近見ました。

唐澤:清水先生がおっしゃっているのは,アクセスできるということは,日本国内で事業を営んでいるということを意味するということですか。

清水:理論的にはそのように言えると思います。あとは裁判所が認定するかどうかという問題はありますが。

中澤:今の裁判所の空気だと,1年後くらいにはいける気がしますけどね。そもそも日本語で日本人にサービス提供していたら日本の管轄なのかっていうところかなり議論あるじゃないですか,実は。でも普通に認められるというか。

(3)権利侵害の態様

唐澤:管轄の話に入ってきましたけれど…,権利侵害の態様のところで,名誉毀損が多いというのは分かりますが,それ以外にも例えば,最近のニュースのリベンジポルノのような,プライバシー権の侵害なのか名誉毀損なのかという話もあります。表現方法,表現形態は何か変わったりはしていますかね。

神田:基本は名誉権侵害が多いという印象です。

清水:態様というと,画像とか動画とかという意味でしょうか。

唐澤:それもありますが,表現内容に関することで違いは出ているのでしょうか。たとえば,リベンジポルノはどうでしょうか。

清水:リベンジポルノは昔からあり,増えてもいないし減ってもいないという印象です。

神田:最近リベンジポルノの案件は多いのですか。

中澤:いや,そんな多くないですね。でも,画像貼られたとか,そういうのはすごくありますけど。増えてもいないし,減ってもいないですね,確かに。

清水:あの三鷹の件[8] 以降,そういう質問はよく受けるんですけど,あんまり変わらないかなというのが個人的な印象です。

(4)サジェスト汚染

唐澤:僕自身が受けた誹謗中傷として驚いたのは,検索エンジンのサジェストキーワードに否定的なキーワードを表示させることを目的とした誹謗中傷記事を投稿するものです。

中澤:サジェスト汚染。あれキーワード羅列ですよね。あれは確かに新しい類型の。

唐澤:例えば,早稲田大学というキーワードを検索エンジンで検索しようとします。そうすると,早稲田大学で何か不祥事を起こした人が直近にいたりすると,その人の名前とかが表示されます。別の例では,ある企業の名前で検索すると,「ブラック」とか,「悪徳」とか否定的な表示がされます。キーワード同士の関連性を検索エンジンの方で把握して,ユーザーが利用しやすくするサービスなんですが,ここに意図的に悪いキーワードを載せようとする人がいる問題です。このように,ただネット上のブログやSNSに誹謗中傷記事を書くというわけではなくGoogleないしYahoo!で提供されているウェブサービスでどう誹謗中傷文言を表示させるかということで,権利侵害を行おうという人がネット上にはいるというところにどう対応していったらいいのでしょうか。

神田:サジェスト汚染は権利侵害性がないと言われていませんか。

中澤:出す文章だと思うんですよね。普通に文章を出すこともできるんですよ。なので,単語の羅列だけだとわからないのですけど,普通に文章みたいなもので出ていたら対処できるのでは。

清水:対処療法はできることもあるのですが,根本的対処はしにくいです。

中澤:情報開示ができないですからね,そもそも。

唐澤:サジェストについてIPアドレスをとろうというところ自体は現在の法律的なところでは,明確な根拠がないわけですよね。

神田:ないですよね。

中澤:あれ,プログラムを組んで大量に検索するとはじかれるじゃないですか。

神田:同じIPアドレスから大量に検索しても1回としかカウントされないのではないかと思います。

中澤:なので,一応検索エンジン側はIPは管理しているんでしょうね。保存してないだけで。

清水:Yahoo!に対して,サジェスト汚染のためにたくさんアクセスしているIPがあるはずなので,そのうちから顕著にアクセスされているIPを開示せよという請求はしたことがあります。ただ,全く無視されました。

神田:無視されたというのは,どういうことですか?

清水:回答すら来ない。普通は対応できないなら対応できないで,「対応できません」という回答が来るのですが,それすら来ない。

神田:仮処分でやってみたらいかがでしょう?

清水:残念ながら,ログがもうないでしょう。

神田:このサジェストを出している人のIPアドレスは開示請求できますか,という相談は定期的にあります。ただ,できません,と回答しています。

清水:IPを保存しているとして,どれぐらいの期間保存しているかもわからないですしね。

中澤:私はいつも削除して終わりになっちやいますけどね。

神田:削除任意請求ですか。

中澤:はい。ところで,このサジェストなどは特定電気通信[9] なんでしょうか。

清水:公開されているので特定電気通信という気がします。

神田:何回も検索すればサジェストに出るということを前提にやっているのであれば,特定電気通信になる可能性はありますね。他人の行為を介した特定電気通信になりますが。

中澤:同じ書き込みが何回もされたら出るみたいな,いわばそういう仕様の掲示板ですよね。

唐澤:意図的に,キーワードを表示させることができると,それを利用したビジネスというものもあるのですか。

中澤:たしか2010年か11年くらいに,例えば「東京千代田区と検索すると法律事務所●●というのを出せますよ」というサービスをやっている業

者がありました。それで,集客をしていたのですが,Yahoo!が業者のインデックスを削除してペナルティを課した事件がありましたね。まあ,現在

もやっている人はいるみたいですね。

神田:話は変わりますが,リンクでワンクッションおかれる中傷も最近増えていますね。直接中傷サイトが表示されるのではなく,リンク先に中傷サイトがあるというサイトです。

中澤:悪質な人で巧妙なのが増えよしたよね。

(5)Twitter

神田:Twitterもそうですね。中傷サイトへのリンクがツイートされているという相談があります。ツイートはリンクだけなので,対処が難しいと思います。

清水:リンクによる名誉毀損は認められるのかという議論があって,仲田先生が東京高判平成24年4月18日でそれは認められるんだというのをとっているので,それを活用していくっていうことになるとは思うんですけど。

神田:それでも,なかなか難しいと思います。その案件ではツイートにはリンクしか書いていないので。

唐澤:投稿者は,何を考えてTwitterにリンクを貼るんですかね。

神田:Twitterはツイートbotがあるから,誹誘中傷の拡散が楽なのだと思います。ツイートbotでリンクの入った記事をーつ仕込んでおけば,定期的にそれをツイートできるので,誹誘中傷サイトヘのリンクを定期的にたくさん増産できるというメリットがあるからではないでしょうか。リンクがたくさんあると,Googleは被リンク数で検索上位に上げてしまうという問題があります。

清水:被リンクあまり関係なくしてっていう話ですけどね。最近のGoogleの検索エンジンのアップデートから。

唐澤:ツイートbotっていうのは,自動投稿システムですね。

神田:Twitter使っている人であれば知っているのでしょうか。

清水:Twitterのアカウントで,何々botつていうのがあるんですけれど,本当にbotのやつと,全然botじゃないbotもどきのものがあります。本当のbotだと,例えば1か月に1回という設定もできるし,1時間毎という設定もできます。同じ内容であっても良いし,違う内容をいくつも登録しておき,それを定期的に投稿してくれるという仕組みになっています。

神田:そういう形態の相談が増えているような気がします。

中澤:うちは爆サイ[10] がすごく多いんですよ。携帯でバッて書けるので。

清水:自分はTwitterが多いですね。

中澤:清水先生にTwitterが多いのは,Twitterといえば清水だからですよ。

神田:ネット選挙と言われて数年ですが,そういった相談は無いですか?

清水:案件全くないですね。誹誇中傷には当たらないようなネガティブサイトみたいなものを作るのは構わないわけですよね。党内で結構いろいろ検討と対応をしているようですが。

神田:風評被害対策業者に依頼しているのではないでしょうか。

中澤:モニタリング会社が結構受注しているみたいです。世論調査も兼ねているんでしょうね。

唐澤:某警備会社がモニタリング業務を月10万円から始めたみたいですよね。

神田:モニタリングで月10万円ですか。一般的には,いくらくらいなのでしょう。

清水:30万円とか40万円というのが多いという印象です。

神田:モニタリングというのは,具体的には何をしてくれるのですか。

清水:誤解を恐れずいえば,ネット検索です。

神田:ネット検索に月額30万円ですか。

中塚:プログラムを組んで上位に挙がってくるものとか特定のキーワードが含まれるものを報告してくれるのです。費用が高くなると,目視でのチェックもしているようです。

(6)ブログの転載・著作権侵害

中塚:ブログの転載とか著作権侵害は多分増えていると思いますよ。

神田:ブログの転載や著作権侵害の相談は多いのですか。

中澤:割合としては多くはないですけれど,ネットが普及したせいで,おそらく著作権がらみのことは増えています。

(7)ランキングサイト

神田:私が最近力を入れたのは,偽口コミランキングサイトの問題です。普通の人が普通に口コミランキングサイトを作っているなら全く問題がないのですが,特定の企業が自社を1位にするためにウェブ制作会社に頼んで,自分のところを1位に,あとの会社は2位以下に,といった偽口コミランキングサイトではないかと思われるものが増えています。

清水:私も2年ぐらい前から水回りの工事をやっている業者,掃除代行業者などに関する偽口コミランキングサイトの対応は何件かやりました。

神田:テレビ等でよく見るメジャーな企業が微妙な位置に記載されていて,売り出したい企業が上位に記載されている,というような相談を受けます。

唐澤:その時の法的構成というのは,どうするんですか。

神田:私は不正競争じやないかと考えたのですが,不正競争ではなかなか裁判所が判決を書いてくれず,結局,名誉毀損で認定されている,というのが裁判所のウェブサイトで何個か載っています。不正競争で訴状を出してるために知財部の判決なのですが,結局不正競争ではなく名誉毀損で認定されているという判決が載っていると思います。

唐澤:他の業者については悪く書いてるということでしょうか。

神田:下位の企業に対する名誉毀損だという判決です。

清水:なかなか難しいと思いますよ。大体書いてるコメントの内容はそれほど悪いことを書いていないのに,星5つ中で星。2個半とか3個とか微妙なところなんですよ。そういう書き方なんですよね。あとは感想っぼいことが書いてあって検証しようがないとかです。

中澤:神田先生は主観的評価だっていう問題はどう乗り越えたんですか。

神田:このランキングに根拠がないから反真実だという主張立証をしたものもあります。

中澤:ランキングサイトを作っている業者の人と一回話したことがあります。

神田:ああいったサイトは需要が多いと思います。アフィリェイター[11] が,そういったサイトを作っているケースも多いと思います。アフィリエイターが自分の報酬稼ぎのために,「ここがお勧め」というアフィリエイト[12]リンクを作り,自分がお勧めしていない方のメジャーな企業については悪口を書く,という手法がありますね。

清水:アフィリエイトリンクといえば,NAVERまとめですよね。たとえば2ちゃんねるとか,Twitterなどで書かれたものをまとめられて,それがさらに拡敗していく。2ちゃんねるのミラーサイト,コピーサイトもここ数年爆発的に増えている印象です。転皺をベースにした権利侵害が非常に増えている気がしますね。

(8)コピー&ペーストヘのコメント

神田:コピペによる権利侵害も多いと思います。リツイートによる権利侵害という相談はありますか?

清水:それはあまりないです。

神田:むしろ,まとめサイトによる権利侵害の相談が多いですよね。

唐澤:これはもう個別論になってくるのですけれど,転載による権利侵害というのは,現在の裁判所はどのような判断をしているのでしょうか。

神田:普通に認めていますね。転載だから,転載した人に責任がないといった判断はしません。

唐澤:転載があって,その転載記事の下にコメントがあるような記事について,裁判所に申立てすることがあるのですが,これ自体が権利侵害にあたるかという問題はいかがでしょうか。例えば2ちゃんねるとかで,誹謗中傷した記事なんかをコピペしまくって,コピペした記事の下に,投稿者が新たにコメントを加えていくようなものです。プロバイダは「権利侵害を助長しているわけじゃなくて,ただ感想を書いたにすぎない」というような反論をしてきます。僕自身は,コメントがあろうがなかろうが,このような記事に権利侵害性は認められるべきだと考えています。その記事自体が増えて行き,新たに人の目に触れるわけですから。

清水:感想部分だけを対象にしようと思うとそういう反論を受けちゃいますね。だから,その転載元の書込みも全体として見る,という対処が必要なのでしょうね。

中澤:コピペの話は,おそらく,我々のやっている実務的な感覚というのと一般の感覚がずれているところです。損害賠償の被告側からも,「コピペしただけだから」という反論はよく出るし,多分これは本当に思っているんじゃないかと思うんですね。これは,本当に裁判の基準と乖離があると思いますね。

神田:真実と信じるにつき相当の理由があるといえるか,といった問題も生じ得ますね。

清水:それも関係してきますね。ただ,普通は真実と信じる相当な理由なんてありませんよね。

神田:そうですね。コピペなので,記事の元を体験しているわけではありませんから。

(9)著作権侵害

唐澤:あとさっき知財という話の中で,著作権侵害とかありますか。

神田:あります。著作権侵害などを理由とする開示請求が増えていて,知財部に行く機会が増えました。

清水:たまにあります。メルマガを勝手にブログに貼られてしまっているとか。

神田:海賊版の販売サイトについて,著作権侵害を理由として削除および発信者情報開示訪求といった事案を扱いました。

中澤:ウチでは,ネットショップをやっているお客さんがいるのですけど・中国人が,全く同じデザイン,商品のキャプション[13]とかも全てコピーしたサイトを作るのです。

清水:架空販売のサイトを作るわけですね。入金だけさせて発送しないという。

中澤:おそらくそうです。そのようなサイトについては,商標権侵害という構成があり得ると思います。

神田:商標権侵害の事案は結構相談があります。当社の商品のキーワードで検索したときに,他社の広告が出るのをなんとかしてほしいといった相談です。あとはドメインですね。不正競争防止法2条1項12 項で開示請求という事案を最近扱いました。公式サイトはドットコム(.com)だけれども,誰かにドットアジア(.asia)のドメインを取られて,同業他社のサイトヘ誘導されているという事案です(注:裁判所のサイトで判決が公開されています)。

清水:それは誰に何を開示請求したのですか。

神田:サーバ会社に,サーバ契約者の開示詰求をしました。

(10)匿名性担保の方法

唐澤:ところで,ドメインを検索したときに,ドメイン登録者を隠すサービスは昔からあったのですか。

神田:ありますね。ただ,このサービスが普通に利用されるようになったのは,最近だという印象です。

清水:ここ5年くらいでしょうか,印象では。

中澤:昔は,プロテクションをしたい人がドメインをあまり取らなかったから。普通は,会社でドメインを取っているだけで,プロテクトの必要もなかったということではないでしょうか。

神田:プロテクトもされると,誰が運営しているサイトか全く分かりません。

清水:しかもその場合,海外サーバのことが多いです。「被害者の会」を称する中傷サイトとか,アフィリエイトの場合などに,よく見かけます。

Ⅲ 削除依頼

1 犯罪歴

神田:犯罪情報なども相談の多い類型ですね。過去の犯罪報道が残っていると,今の生活に支障があるので消したいという相談ですね。

清水:ある程度時間が経過していれば,罪の内容によって削除できます。

神田:そういった削除請求権はないという見解もありますが,東京高裁では,削除請求権がある,と書いている判決もありますので,人格権に基づく削除請求権は観念できると思います。

清水:何に基づいてなのか,その話から始めたほうが良いのではないでしょうか。

神田:更生を妨げられない利益ですね。

清水:ノンフィクション逆転判決のことですね。この判決で問題となったのは,不法行為に基づく損害賠償請求だったので,判例としては削除請求できるとは謳われてないんですよね。なんですけども,更生を妨げられない利益というのが人格権の一部にあたると一般的には考えられていて,それに基づいて削除請求ができるというのが,今現在の法的構成ということになっています。

神田:ただ,なんでもかんでも削除できるわけではなく,犯罪から1年半くらいだと,まだ公益性のほうが強いため消せないと,裁判所には言われますよね。何年ぐらいで消せるのかというと,感覚的には軽微な犯罪で3年くらいでしょうか。

清水:基本的には刑法で,刑の消滅という規定があり,その期間満了が一番わかりやすい基準です。

神田:執行猶予満了時ですか?

清水:執行猶予がついているとそれが満了した後じゃないと基本的には削除を認めてくれない。それ以外,例えば罰金だと10年が期間とされているのですが,それだと長すぎるため3年から5年の間ぐらいで認めてもいいのではないかというのが,今のところの実務上の感覚かなと思います。

神田:私は申立書では,もし捕まらなかったら公訴時効が何年なのだろうというところを基準にしています。公衆の正当な関心が何年で薄れるかという趣旨からですね。最高裁のノンフィクション逆転判決[14]は,出所したら更生を妨げられない利益がスタートすると書いていたと思います。ですので,出所後は何年か経過すれば削除してもよいのではないでしょうか。

清水:たしかにそのとおりなのですが,でもそうはいってもね,というところなのだと思います。

神田:先日,仮出所中だが消せるかという相談がありましたが・少なくとも満了してからにしてくださいと回答しました。

清水:相談されるケースというのは,ニュースで報道されて,掲示板などにコピーアンドペーストされて非常にたくさんあることが多いです。そういう意味では,非常に対処は難しい。

神田:そんなときこそ,検索結果の削除請求が有用です。

唐澤:では,例えば,不起訴や示談で終了した事件ですが出てしまったというケ-スはいかがでしょうか。

神田:それはやはり3年くらいではないでしょうか。

中澤:私は,有罪判決を受けてなかったら直ちにいけると思ってやっているんですけど。逮捕報道で有罪にならなかったのは,結構いて,特段回路生じてないですね。

神田:不起訴で何年ぐらいで削除決定が出ますか?

中澤:1年くらいでしょうか。

清水:半年くらいでも認められたことがあります。

中澤:それは多分日本の法制度として有罪判決を受けていない以上,無罪なのだからいいのではないですかね。

神田:起訴猶予なら,まだ起訴される可能性があるのですよね?

清水:猶予であれば,あります。

神田:嫌疑なし,なら削除できて,嫌疑不十分,起訴猶予だと起訴される可能性があるから難しいということになりますよね。

神田:ただ,不起訴の理由は,不起訴処分告知書には書いてないですよね?

清水:検察官に不起訴理由書の発行を請求すれば嫌疑不十分で不起訴なのかとか,その辺りのことはわかりますよ。ただ,検察官によって対応してくれないこともあるようです。事件直後くらいであれば,電話で問い合わせれば教えてくれることもそれなりにあります。

2 削除請求の法的構成

唐澤:それでは,次に,各論的なところに入っていきます。削除請求をするときに,そもそもなぜ削除が認められるのかというところをお話しいただけますか。

中澤:今の実務だと,人格権に基づく削除というのが一番一般的な削除の方法です。なぜ認められるかというと,人格権は物権に類似する排他的な権利なので,それに対する侵害行為については妨害排除だったり妨害予防だったり,差止請求権も人格権の効果としてあるのでできます。

神田:物権でさえ認められるのだから,人格権だったら認められないわけがない,という議論ですね。知財には条文があるので,条文に基づいて削除請求できるけれども,条文のない分野の削除請求については人格権に基づいてやっていくということですね。ただし,その人格権というものの中に色々なものが入っているから,なかなか腕の見せどころです。

中澤:そうですね,プライバシーやら名誉やら。

清水:刑事的にいえば名誉毀損,民事的にいえば名誉権侵害とうまく構成できるかというところが腕の見せどころですね。

神田:法人の営業権に基づく削除脂求ができるかという論点かおりますが,営業権での差止請求は認められないという高裁判決がありますね。

清水:最近の事例では,北海道の飲食店が食ベログに掲載されたくないから,営業権侵害を理由に訴えたところ,認められなかったという事件もありますね。

神田:営業妨害を理由に削除請求しても認められにくいです。実務家の間でも争いがありますしね。

清水:法人は何のためにあるのかといえば,それはお金を稼ぐためにあるのだから,まさに人格じゃないのかとも思います。ただ,まだ認められないですけれど。

中澤:認められないところといえば,自己情報コントロール権に基づく削除ですよね。別に社会的評価は低下しないけれども事実と違うことが書かれているので消してくれというケースです。

神田:いわゆる「プライバシー」ではない場合に問題となりますね。

清水:例えば,自分で書き込んだ投稿を消したいという場合でしょうか。自分で誹謗中傷をしたけど後から冷静になって「これはまずいから消したい」というケースです。

中澤:消極的表現の自由という構成はどうでしょう。

神田:消極的表現の自由を主張したことはありますが,裁判官は認めてくれませんでした。自分の子供が書いた,他人に対する中傷を消したいという親からの依頼で,どう構成するか考えました。消極的表現の自由がだめなら,親の監護権を侵害している,といった主張でどうかと考え,出したこともありますが,結局,認められませんでした。

唐澤:カリフォルニア州の未成年者消しゴム法があります。未成年者に限っては削除請求を与えようという法律です。それはあってもいいと思います。

神田:更生を妨げられない利益も人格権の1つですよね。遺族の敬愛追慕の情も人格権の一つと考えられます。リベンジポルノなどで,遺族の削除請求が何に基づいてできるのか,という議論です。敬愛追慕の情は,判例によると,時間の経過とともに薄まるとのこと。そうすると「何年もしてから,娘の裸がネットに出ているから消したい」となったときに,敬愛追慕の情では消せないのかという問題が生じます。また,そもそも敬愛追慕の情で削除請求できるのか,という問題もあります。

清水:時間の経過とともに敬愛追慕の情が薄まると削除できないというのはおかしな話です。高裁判決なので,変える余地があるのではないでしょうか。

神田:そこはまだ議論の余地があると思います。

3 「死ね」という書き込みについて

唐澤:「死ね」みたいなやつはどうなのでしょうか?

神田:侮辱ではないでしょうか。

中澤:侮辱になる理屈が腑に落ちないですね。

神田:誰であっても名誉感情を害される,という裁判例へのあてはめではいかがでしょう。

中澤:「殺す」とかの場合は名誉感情を害しているでしょうか?

清水:それは難しい気がしますね。

中澤:強迫で精神的,人格的平穏を害されたといって申し立てることが多いです。

神田:私が本人訴訟でやった,「殺す」と書かれた件の判決では,ダイレクトに人格権侵害と書いてありました。

清水:例えばこうやって話しているとニュアンスとかは,顔つきとかいろんな情報を得てそれが本気で言っているかどうか分かるが,ネット上で殺すと言ったら,本気で殺されると思うことも有り得るから,直接的人格権侵害ということですね。

神田:少なくとも強迫に当たる,という理由で,人格権侵害と書いてありました。人格権侵害だと書いて東京地裁の民事9部(保全部)に持っていっても,かつてはなかなか認めてもらえませんでした。

清水:いや,今もそうだと思います。

4 妄想

中澤:あと構成で結構悩むのがウチ特有なんですけど,すごくエッチなことが書いてあるんですよ。書かれた本人はすごくおぞましい。誰と誰がセックスして,こいつとこういうプレイをしたというのが書いてあるのはいかがでしょうか[15]

神田:プライバシー侵害でいいのではないですか?

中澤:書いている人がこの人とこういうことしたいという妄想なのです。それを本人が読むと性的羞恥心を非常に害するというところで主張しているのですけれども,それでいいのかなというのがあります。

神田:何かの人格権を侵害していることは間違いないと感じますね。

清水:少なくとも名誉感情は侵害しているように思います。ただ,名誉感情に基づく削除と開示ってなかなか認めてくれないのですよね。

神田:プライバシーはどうでしょう。真実らしく見える,という理由で。

中澤:真実らしくは全くないのです。自分がこういうことをしたいという願望を書いているだけなのですよ。

神田:自分の願望を書いているだけですか?それは削除請求しにくいですね。

5 請求の相手方

唐澤:削除請求する際に,任意交渉がうまくいかなかったとき,最終的には,裁判所に提訴しなければなりませんが,この場合相手方としては,サーバ管理会社であったり,コンテンツプロバイダ15)が考えられますが,請求の相手方についてお話しいただければと思います。

神田:本当に書いている人であったりもしますね。本当に書いている人が分かっている場合は稀ですが,ジャーナリストの名前などが書かれている場合には,その人を訴えますよね。なかなか稀ですが。ジャーナリスト本人に対して削除請求して裁判所が認めると,こんな削除決定が出たぞ,と逆に書かれてしまうというジレンマはありますね。匿名で書いている人はもちろん分からないのでコンテンツプロバイダか,サーバ管理会社しかないと思います。法的にやるのだったら。

唐澤:ここのコンテンツプロバイダかサーバ管理会社をどちらも仮に日本のプロバイダを利用しているとか,サーバ管理会社を利用しているということが分かっていることを前提とした場合にどっちを相手方にした方がいいというのはありますか?

神田:まずはコンテンツプロバイダじやないかと思います。

中澤:コンテンツプロバイダつて,今で言うとどういう定義になるのですか。したらば掲示板でいったら?

一同:シーサー[16]

神田:ライブドアブログでいえばLINE。

中澤:私はサーバ管理会社にやるのが原則の考え方。サーバがたまたまコンテンツプロバイダと一緒のケースが非常に多い。

神田:サーバ会社は,大阪地裁が管轄となるケースが多いですね。その場合は,サイト管理者のほうを相手にします。

清水:大体一致するし,どっちを相手にしてもあまり関係ないので,大体コンテンツプロバイダを相手にします。調べた上で,そこのサイトのコンテンツプロバイダがよく分からなかったという場合に初めてサーバに対してやる感じですかね。

唐澤:裁判所が最終的に削除を詔めるような場合,条理上の削除義務という概念を出して削除しなさいという話がありますが,条理上の削除義務というのは,どのような考え方なのでしょうか。

神田:条理上の削除義務というのは判例法ですね,2ちゃんねる動物病院事件でも,そういった判示があります。条理上というのは何かというのをよくよく調べると,先行行為に基づく条理上の削除義務というように吉いている文献がありました。サイトを管理している先行行為に基づく,粂理上の削除義務というように,そのときは理解しました。

清水:先行行為なのかという点には,個人的にはちょっと違和感があります。

神田:何に基づく条理上の作為義務だと思いますか?

清水:先行行為でもいいのかもしれないのですが,管理しているから対応するべき,という素朴な義務なんじゃないのかという気もします。

中澤:書いた本人に削除義務はあると思いますか?

神田:それも条理上の削除義務ではないでしょうか。

中澤:自分じゃ消せないケースでは?

神田:消せないケースももちろんあると思います。ブログなら自分で消せますが。

中澤:2ちゃんねるに書いた人って削除義務あるんですか?

神田:条理上の削除義務があると思います。

中澤:決定とか判決は出るんですか?消せないのに。

神田:削除容易性も考慮要素なので,削除容易性がない場合は削除決定は出ないと思います。ただ,なぜ1回本人に言わないんだという主張をされることがありますね。

清水:それは保全の必要性の問題だと思うんですよ。条理上の義務というのは多分,削除の権利が認められれば,自動的に発生するというような感覚でほぼ良いんじゃないでしょうか。削除請求権に対応した義務だと思うんですね。

神田:契約関係ではないので,削除請求権が発生すれば,相手方には自動的に条理上の削除義務が生じるということですか?

清水:自分はそういう感覚でいます。人格権に基づくものですからね。

唐澤:同定可能性の問題はいかがですか。

神田:プロバイダがよく反論してきますよね。一般読者を基準として,誰のことを書いているのか分からないという主張。

清水:まず権利侵害があるといえるためには,自分の権利がインターネット上の記載で侵害されているんだと言える必要があるわけですけど,匿名で誰々がこういうことをしていたということを名誉権侵害だと言いたいと思っても,その匿名誰々が現実の誰々と結びついていないと,現実のこの人の権利が俊害されていないということになってしまうのが。ネットで顕著に出てくる問題です。雑誌などでももちろん問題になりますが,雑誌に取りにげられるのは芸能人などの有名人で,その読者が大体分かるように書いてあったりすることも多いので,それほど顕著に問題になることはありません。ネットの場合は一般人も書かれるわけで,全然分からないということが結構あります。

神田:フルネームが書かれていても,同姓同名の別人を排除できない場合には,権利侵害が認められないケースもありますね。

清水:例えば私,清水陽平ってどこにでもありそうな名前ですけど,これに「弁護士」つて入れば自分だけなんで,同定可能性ありますけど,「清水陽平が」と書いてあるだけだと,別の清水さんかもしれないですよね。

中澤:その関係では田中弁護士事件ですね。田中という弁護士がネットで悪口を言われてまして,その田中弁護士が訴えたところ,ちょうどそのタイミングで66期に完全に同姓同名の別の弁護士が登録しまして,そのもともと悪口言われていた田中弁護士は7,8年くらいこの分野を続けている人なんですけど。

清水:60期ですね。

中澤:新しい人が登録したため,どちらのことか分からないと相手のプロバイダより反論されていました。

神田:プロバイダに反論されたそうですね。その氏名の弁護士は1名ではないから同定可能性がないと。

中澤:結構最近は裁判所もいろいろ他の周辺事情を踏まえての同定可能性というのを認めるようになってきて,その田中弁護士事件で同定可能性を認定した理由は,債権者の田中弁護士は実働も長くそれなりに知名度があるのに比べ,もう一人は登録したばかりで,まだほとんど活動がないのであるから,合理的に考えたら債権者のことを指しているというものでした。この理屈でいくと,2,3年後はどうなるか。業務分野の類型とか,そういうのでやるんでしょうけど,同じ分野をやり出したら分からないですよね。

6 ハンドルネームと誹謗中傷

清水:例えばネットゲームとかで,匿名のアカウント,ハンドルネーム[17]だけでやり取りができるわけです。ゲーム内で,何か気に食わないことがあると,あのアカウントのやつがどうのこうのみたいな誹謗中傷が結構されることがあるみたいで,それをなんとかしたいという依頼が結構多いですね。

神田:ハンドルネームと誹誘中傷,ハンドルネームと名誉毀損という論点ですね。

清水:そうですね。それはね,基本的にできないと断っていますね。現実のどなたですかという話になっちやうので。

神田:ハンドルネームでも名誉毀損が認められた事例があると,2ちゃんねる動物病院事件の代理人に主張されたことがあります。しかし,それは現実の人間と結びつくからハンドルネームでも名誉毀損が成立するという例であり,現実の人間と結びつかないハンドルネーム,純枠なハンドルネームで名誉毀損が成立すると認められた裁判例はないと思われます。

唐澤:それは,オフ会をやっているといいんですかね?

神田:そうです。オフ会をやっていれば,ハンドルネームと実社会の人間が結びついて,同定可能性が生じるのだと思います。

清水:ただ,そこを立証するのは結構大変です。

神田:最近では,Twitterのアカウント名だけで中傷されているという相談がありますよね。

清水:基本的にアカウントだけだと厳しいですね。裁判所は認めてくれません。

7 源氏名

中澤:あと,私はよく,源氏名が問題になります。

神田:源氏名は同定可能性を肯定できると思います。

中澤:本当に分かっていない裁判官がいて,ものすごい議論になるときが

神田:源氏名は,お店のお客さんであれば,誰のことか分かるわけですから。

清水:それが世間に通用している名前なわけだから大丈夫ということになります。

中澤:源氏名だと大体年齢が違うんですよね。「年齢違うじゃないですか」とよく言われます。また,お店の写真などを出したりしますが,後ろを向いていて顔がぼやけていたりするのです。しかも,写真はぼけているし,修正も入っているので,同定可能性の証拠としては使いにくいと思います。

神田:でもお店行けばその人しかいないわけだから。

中澤:そうですね。店の名前と源氏名で同定できるはずですが,それで一回負けたことあります。源氏名じゃ同定できないとして。個人事業主の屋号と同じだと言ったのですが…。

神田:まさに,おっしゃる通りですね。芸能人の芸名と同じだと思われます。

清水:通称ですよね,簡単に言うと。

中澤:他の理由で勝訴しましたが,頑なに源氏名に対する権利侵害はないと裁判官は主張し続けていました。

8 最高裁の判断基準

神田:他のウェブページに記載されている情報,同じスレッドの別の記事を読めば当該記事の違法性が分かる,という事例については,最高裁平成22年4月13日[18]の規範を引きます。同判例は,同じスレッドの投稿,投稿された背景事情を考慮して,記事の違法性を判断するとしています。

中澤:開示請求において,書いた後に付加された情報を一緒に読んで判断をしてよいかという論点がありますね。

神田:最高裁はスレッドの前後の記事とは書いていませんが,下級審では「前後」と明示しているものが複数あります。

中滞:今のところ一緒に読むことになっていますが,もう少しこの点は議論されるべきだと思っています。書いたときには違法性がない投稿でも,後に情報が付加されて全体を見た場合には名誉毀損等になった場合,最初の投稿行為は違法ではないはずなのです。

神田:そうだと思います。

中澤:その場合に開示請求が認められるのかは,大きな問題です。例えば,「あそこで誰か不倫しているよ」という投稿がなされ,次のレスに実名が書かれる場合などに,当初の投稿行為をいかにに評価するかという問題です。

神田:意味を補充するのですね。

清水:それは多分,人格権侵害の話と不法行為の話を混同しているから起きる話ではないでしょうか。人格権侵害というのは表示されている状態が問題とされるので。

中澤:削除は良いと思います。問題は開示請求ではどうなのかといです。一人目の開示はできるのでしょうか?

神田:一人目も開示できますね,その理屈であれば。

中澤:今の裁判実務では,認めてもらえますよね。

神田:しかし,最後の損害賠償請求段階で,その人に損害賠償請求しても, 「自分は名前を書いていない」という反論が当然予想されますよね。

清水:そこは故意過失の問題ですね。開示請求は権利侵害があればいいから,人格権侵害があれば認められるはずです。損害賠償請求については神田先生がおっしゃるとおりですね。

中澤:その人格権侵害の判断基準時が,開示請求においては投稿時となるのではないかと私は思っています。削除は事実審の口頭弁論終結時ですが,開示は投稿時とすべきでしょう。

清水:理論的にはそうなりそうですね。

神田:ただ,前後ではなく「前に限る」と書いている裁判例もありますから,そこはまだ論点になると思います。

唐澤:では社会的評価の低下についてはどうでしょうか。

中澤:問題になるケースは少ないですね。

清水:確かに,普通はそれほど問題になりませんね。ただ,社会的評価の低下すら認めない,よく分かっていない裁判官がいますね。つまり,社会的評価の低下があって,次に違法性阻却事由の判断をしないといけないはずなのに,その判断構造を理解しておらず,違法性の評価を社会的評価の低下の判断の中に取り込んでしまう裁判官がたまにいます。

中澤:違法性阻却事由があるから社会的評価が低下していないという理屈ですね。

清水:そうですね。判断構造とかを全く考えていないということですね。社会的評価の低下の判断は実質的な判断じやないにもかかわらず,実質的判断に落とし込んでしまっている裁判官がたまにいます。

神田:あとは,こんな記事は読んですぐウソだと分かるから社会的評価は低下しない,と言われることもありますね。

清水:そういうのも多いですね。高裁の裁判官でも言いますね。

中澤:そういう特殊な事例以外で問題となるのは,事実を記載しない主観的な評価類型の記述でしょうか?

神田:事実摘示型と意見論評型の話ですね。事実摘示型で主張しないと裁判官が認めてくれないケ-スが多いので,私は意見論評型ではあまり書きません。

清水:私も書かない。

神田:「ブラック企業」という言葉も,このテーマですね。ブラック企業は事実摘示なのか意見論評型なのかという論点で。

清水:この点の説明は結構難しいですね。まず,事実と真実は別だというのが,この議論の前に認識しておかないといけない点です。これこれがあったという記載が事実の記載であって,それが本当かどうかというのが真実かどうかという問題です。これを前提に,「事実」を言っているものなのか,それとも「事実を前提にした評価」を言っているのかというのがここでの議論です。例えば「ブラック企業」というのが事実をいうものなのかどうかです。8時間以上労働させているのに残業代を払わない場合は労働基準法違反になるわけですが,「ブラック企業である」と言われたときにこれを評価であると捉えるのか,それとも「8時間以上労働させているのに残業代を払わない」という事実を指摘するものなのか,というのが今の話です。

神田:ブラック企業という事実なのか,それともブラック企業というのは何かの,残業代未払いといった背景事情を前提にした評価なのかという話です。

唐澤:一般的には証拠で存否が判断できるかどうかという話ですよね。

神田:最判平成9年9月9日[19]が,証拠等をもってその存否を決することができる事実かという基準を立てていて,証拠等をもって存否が認定できるのであれば事実摘示であって,証拠等をもって存否を認定できないのが意見論評であるという風な基準を最判が立てているわけです。

清水:その基準によるとほとんど事実摘示に持っていけるんですよ。一見,意見論評に見えても,その前提としている事実があることがほとんどなので,暗にその事実を摘示しているといえるからです。

神田:最判平成16年7月15日[20]ですね。この基準も使えます。一見,意見論評のように見えていても,明示または黙示的に特定の事実を摘示している場合には事実摘示であると言っている最高萩があって,意見論評のように見える記載を事実摘示だと主張しています。

清水:何か違うかというと,違法性阻却事由が変わってくるんですよ。違法性阻却事由は,事実摘示型の場合,公共性,公益目的,真実性の全部を満たす場合に認められますが,意見論評型だと,真実性について,意見論評が前提としている事実が真実かどうかに置き換わるんですね,そうすると,どういうことを前提にしてるかがよく分からない上に,書いている人間も分からないのに,あらゆるものを立証していかなきゃいけないとなってくるんですよ。だから大変なんです。

神田:ブラック企業が意見論評だということになると,ブラック企業と一言だけ占いてあると,残業代未払いもないし,あれもないし,これもないしと,全部主張立証しなければならなくなります。立証がとても難しくなる。だから,事実摘示にするとよいのです。当社はブラック企業じゃありません,という主張立証になります。

中澤:ところで,詐欺師というのは事突なのか意見なのか。詐欺師は意見だという理由で棄却された地裁判決があります。詐欺師は事実摘示だと思うのですが。

神田:詐欺師は事実摘示ですよね。詐欺師という職業の人,という意味で。

清水:名誉感情侵害すら認められなかった事例があります。極めて不当だと思いますが。

中澤:詐欺を働いてる旨の事実摘示があるんじやないですかね。

清水:詐欺自体が論評なんじやないかっていう議論があるんですよ。法的評価は論評だっていうのがあるので。

神田:ありますね。意見論評型について,人身攻撃に及ぶなど,社会的相当性を逸脱した表現かどうかという基準もありますね。人身攻撃に及んでるかどうかまで言わなければいけないのが意見論評型。ということで,意見論評型にしてしまうと大変書きにくい。

清水:立証が多分できません。

中澤:実態にあってないんですよね,今のインターネットの。

清水:実際としては,ほとんど意見論評型ですよね。好き勝手みんな言ってるだけという。

中澤:そうですね。

唐澤:プロバイダ側が出してくる主張に「2ちゃんねるに書いてるからこんなの嘘だって分かるでしよ」というのがありますよね。

中澤:よくありますが,メディアの特性を言ったからといってどうなるのかという問題がありますよね。

唐澤:相手方の主張でよく書かれたことがあります。

神田:それは最高裁判例違反ですよね。ラーメンフランチャイズ事件[21]に反しています。インターネットに一般人が書いたからと言って一概に信用できないものであるとは限らない,といった規範でしたよね。

清水:刑事事件のですけどね。

中澤:裁判官の情報交換も進んでないですよね。稀に変な判決が出てしまいます。

神田:変なことを言う裁判官もいますね。「法人に人格権なんてないでしよ」という大阪地裁の裁判官の発言には耳を疑いました。

唐澤:では,検索エンジンでも出て来ない本当に人が見にくいようなホームページに書かれている場合,権利侵害性の判断に影響してきますか。

清水:本当は影響しないはずなんですけどね。

中澤:閲覧数が少ないとか関係がないはずなのです。抽象的危険でいいはずですから。しかし,実際にはいろいろ再反論を受けます。

清水:今中澤先生が言った抽象的危険って,刑法でも名誉棄損罪は抽象的危険があれば成立するという風になってるわけですよね。社会的評価の低下の有無というのは,当然何かで計れるわけではないので,抽象的危険があると擬制してるんだと思うんですよね。そうであれば,インターネット上にあるという時点で誰でもいつでも見れる以上,常に抽象的危険が発生しているという構成になるはずなんですよ。だから本来的には閲覧数の多寡は関係がないはずだと思っています。

唐澤:ブログで誹謗中傷にあったケースですが,その人物を特定して損害賠償を請求したところ,相手方が証拠としてその人の過去のブログを出してきて,被害者は書かれてしかるべき人間だという主張をされたことがあります。この点はいかがですか。

神田:書かれてしかるべきというのは被害者側の過失的な話なのでしょうか?

中澤:損害論においては影響は何かしらあるんでしょうけども,加害行為をされてしかるべき人間というのは日本の法制度上存在し得ないはずです。

清水:書かれてしかるべきとかという話だと,意見論評型になってくることが結構あると思うんですよね。だから,書かれてしかるべきというか,そういう反論をされやすい人というのは,書かれている内容が概ね意見論評になっていると思うんですよ。そうすると,実際上難しいことが大いにあります。相談時にこの説明をいちいちするのが大変なので,F書かれているような内容が実際にされているようなので,依頼を受けるのは実際上難しいんじやないか」という説明をすることは結構あります。

中澤:そうですね。確かに,自業自得型で炎上している人については受任が難しいケ-スも多いです。

神田:私は,自分が原因で炎上した人の相談も受けています。

中澤:まあただ,その人に加害行為をしていいことにはならないはずですけど。

神田:加害されてしかるべき人間なんていないという人権論ですよね,ただ,損害賠償請求したときに被害者側の過失みたいなことを言われるのかもしれませんが。

9 忘れられる権利

唐澤:削除請求の話で,EU司法裁判所の判決で認められた「忘れられる権利」については何かありますか。

神田:日本には「忘れられる権利」という権利はありません。ただ,非常に,「忘れられる権利」というものがセンセーショナルに語られているので,なんとなく皆さん使っていますが,結局のところ削除M求権なのです,日本には人格権に基づく妨害排除請求権としての削除請求権がありますので,欧州のように「忘れられる権利」という慨念を使う必要がありません。

中澤:EUはないんですか?逆に言うと。

神田:5月13日のEU司法裁判所の判決[22]は,データ保護指令12条Bを根拠にした,個人情報削除請求権が問題になっています。そして,Googleもコントローラーにあたると判断しただけのものです。

中澤:そうすると,EUでは,個人情報の削除で名誉毀損的なものも削除できるのでしょうか?

神田:EU法の専門家によると,各国の法律次第だそうです。今,一般データ保護規則案の審議中で,昨年の秋に議会を通って理事会に行っているけれども理事会の方がまだ議決しないので,データ保護規則がまだ動いていないそうです。このデータ保護規則17条が動いてない段階で,EU司法裁判所が「忘れられる権利」と書いたために,Googleに対して削除請求するのが「忘れられる権利」なのだという風潮になり,日本でも大変話題が盛り上がっているという状況ですよね。

唐澤:あのEUの裁判の対象になっていた情報は?

神田:過去のプライバシーですよね。 日本法で言えば。

清水:その関係で,Googleに対する仮処分がありますよね。

神田:Googleに対する検索結果の削除仮処分ですね。従来の日本における人格権に基づく削除請求権は,コンテンツプロバイダに対しては普通に認められてきた。それにもかかわらず,なぜGoogleにだけ認められないのだろうということで,Googleも全く同じように人格権に基づく削除請求権を主張し,Googleはサイト管理者であり,条理上の削除義務が生じるという,例えばYahoo!知恵袋に削除請求を出すのと同じ書き方をして申立てをしたら認められた,ということです。

中澤:あの決定は検索エンジンの特権をはく奪した決定だと理解しています。これが実態に近い理解ではないでしょうか。

神田:忘れられる権利というのは別に特殊なものでもなんでもなく,これまで日本になかったものがいきなりセンセーショナルに登場したというものではないのですが,この分野に人の目を向けさせるには良いキーワードだと思います。いい広告塔になっていますね。「忘れられる権利」という言葉は。

清水:EUの「忘れられる権利」よりも,日本の削除請求の方が,おそらく広く適用可能なはずです。

神田:基本的には日本の方が広いと思います。ただ,自己情報コントロール権的なものは消せないので,その点では日本の方が狭いことになります。EUの「忘れられる権利」では,自己情報コントロール権的なものも含めることができます。

IV 発信者情報開示請求

唐澤:今度は,発信者情報開示請求に話を進めたいと思います。発信者情報開示の法的根拠はなんですか。

清水:まず柱の開示請求というところは,プロバイダ責任制限法[23]第4条1項という条文を使っており,これによると自己の権利が侵害されたことが明らかな場合に,当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名,住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるもの)の開示を請求することができる,ということになっているわけです。

神田:権利侵害の明自性がある場合に,住所,氏名,メールアドレス,タイムスタンプ(投稿日時),IPアドレスを開示請求できるのですよね,省令で。

中澤:どういうときに開示になるのかは法律で,何が開示できるのかは総務省令に規定という立てつけです。

神田:権利侵害の明白性は,基本的に削除請求の場合と同じです。

清水:これは一応説明しておきますけど,権利侵害が「明白」というのは,不法行為の成立(違法性の存在)と,その阻却する事由がないことまでを含む概念だとされています。名誉権でいうと社会的評価の低下があって違法性阻却自由がないことまで必要とされているというのが一般的な理解です。ただ,ここに1つ問題があり,違法性阻却事由だけで足りるのか,責任阻却事由(故意過失がないこと)まで含むべきじやないのかという議論が一部あります。

神田:違法性阻却事由の不存在を,発信者情報開示請求に限っては,原告側で主張立証しなければいけない。通常,不法行為に基づく損害賠償請求だと,原告側が社会的評価の低下まで主張立証すれば,後は被告側が違法性阻却事由を主張立証しなければいけないのですが,発信行情報開示蹟求の場合には,原告側で違法性阻却事山の不存在まで主張立証しなけれぱいけないと。これがなかなか難しいのです。

清水:ないことを立証しなきゃいけないということですね。

神田:ないことの立証は非常に難しい。ただ本当は非常に難しいはずなのですが,実際には,長年の蓄積によってそんなに難しくなくなってきており,「ない」と言えば足りるような風潮になっています。

中澤:陳述書による立証でも認められることは多いです。

神田:ないことの証明は本当は難しいはずなのですが,違法性阻却事由の存在を窺わせる事情がないというところまで持っていけばよいので,陳述書ベースで足りている印象です。

清水:裁判官によって本当に不存在を立証しろと求めてくる方もいますよね。

神田:先日,当事務所の別の弁護士が扱っている案件で裁判官に言われたのが,「不存在を陳述書だけで立証して,立証完了と言っていいのか」という問題でした。陳述書で「そんな事実はありません」と書いているだけで,「それで違法性阻却事由の不存在を認定していいのですか,教えてください」みたいなことを言われたらしいです。そこで,各種裁判例で,陳述書だけで不存在を認定しているものを示したら,「分かりました」と言って弁論終結しました。その後,認容判決が出ています。

中澤:弁論主義ですので陳述書が出ていて反対方向の証拠が何もなければ,原則的にはそのような認定になるはずです。そのように書いてある判決もあります。「反対方向の証拠はない」と。

神田:これを覆すに足る証拠は無いという判示ですね。

清水:それでいいはずなのですが,間違えている裁判官がたまにいます。それで,責任阻却事由が必要かという話ですが。

神田:責任阻却事由は,主に論点になるのは真実相当性と,そこまで主張立証しなければいけないのかというものがあり,この要件は不要というのが,債権者側,原告側の一般的な主張ですね。

清水:プロバイダ側も最近言ってこなくなりましたね。

中澤:総務省の逐条解説だと必要ということになっていますね。

清水:いや,責任阻却と書いてなくて,不法行為の成立を妨げる事情がないことっていう書き方です。

中澤:不法行為の成立を妨げる事情には,故意過失も入ってると見ることができるのでは。

清水:条文解説には設例なども掲載されていますが,すべて違法性阻却事由の話に終始していて,責任阻却事由には全く触れていないのですよね。

中澤:しかしプロバイダ側はその記述を引用して責任阻却事由の不存在を立証せよと主張することもありますね。

神田:私は陳述書では不法行為に基づく損害賠償請求をしたいですとは書かず,差止めだけにしています。

清水:削除しちゃっていると厳しくないですか。

神田:将来の差止めですね。

清水:なるほど。

神田:将来の差止めと陳述書に書いておけば,責任阻却事由は関係なくなりますので。

唐澤:プロバイダ責任制限法の構造でそういう形になっているわけですけども,そもそもその違法性阻却事由がないことを債権者側,原告側に立証させようというのは,法律的にはそれなりに高いハードルを設けているように思えますが,実際は,陳述書だけで違法性阻却事由の不存在を認めることは,法律の内容と実務の取り扱いの差に違和感を覚えますが,いかがでしょうか。

神田:法律上は無理を強いているのだけど運用によってわりと緩めになっているんでしょうね。条文上はすごく厳しいものを要求しているのだけれども,実際の裁判例の積み重ね,その運用によって,若干緩めになってい清水:それが真実では無いらしい,という程度まで立証できれば,とりあえず開示を認めて,後で本人同士で争わせましよう,というのが基本的な流れかなという印象があります。

神田:入り口論だからという裁判官もいますね。これは入り口論なんだから少し緩めに考えるという人がいる。

清水:なぜ責任阻却事由が不要かという点について,中澤先生,解説お願いします。

中澤:私の担当事件の高裁判決で明確不要であると判示したものがあります。そのときは,誰が書いたのかも分からないからそもそも立証ができないという主張と,著作権侵害の差し止めなど条文上故意過失を要件にしない差止請求権があることを考えると,削除するために開示を受けるということも認められる以上,故意過失の要件としない削除請求権行使のために開示段階で,責任阻却事由がその要件に入ってきたらみ盾が生じるという主張をしています。

清水:1つ目の誰が書いたか不明というところ。言いた人がわからないのにその人の意識,どういう認識で書いたのかというのは当然分かるわけがない,というのがひとつの理由ですよね。簡単に言うと。

唐澤:ところで,ログインIPの話ありますけど,何を開示してもらうのかについて,IPアドレスや契約者情報など開示の対象となる情報にはいくつか種類があります。

清水:2段階だって言うことをまず説明しないといけないですね

神田:匿名投稿の場合,第一段階はコンテンツプロバイダに対するIPアドレス及びタイムスタンプの開示請求です。コンテンツプロバイダは,投稿者の住所氏名の情報を持っていることが稀です。そして第二段階は開示されたIPアドレスについて経由プロバイダ[24]に対する住所氏名の開示請求訴訟です。経由プロバイダは,課金のために契約者の住所氏名を把握しています。ネットの匿名投稿で投稿者を見つけるには,このように必ず2段階になるので,この手続きは面倒です。稀に,コンテンツプロバイダが投稿者の住所氏名を保有していることがありますが,この場合は1段の手続となります。

清水:90%以上は2段階ですね。

唐澤:そういう手続きがあって何の開示を受けるかというというところで,一段階目はIPアドレス,タイムスタンプ,二段階目は発信者が実際使っているプロバイダ相手に裁判を起こすので,IPアドレスを使っている契約者が誰であるのかがわかります。メールアドレスについてはいかがですか。

清水:役立つことはあるというくらいではないでしょうか。

中澤:メールアドレスで検索したら普通にウェブで公開されていて相手が判明するケ-スもありますね。

唐澤:契約者は一人ですが利用者が複数いるようなケースで,複数のメールアドレスが出てきたということがありました。誰が利用者であるかということを探知するのに電子メールアドレスはプラスになるのかなと考えはいます。

神田:サーバ契約書に対して開示請求訴訟をすると出てくるのはGmailだったりYahoo!メールだったりすることも多いので,その場合はあまり利用できません。

中澤:携帯電話の場合だと結構使いませんか?携帯電話ですと契約者と使使用者が異なるケースも多いですが開示されるメールアドレスは本当に使っている人のアドレスですから。

神田:プロバイダが何佃も入っていると開示の手続が大変ですよね。

中澤:MVNO(仮想移動体通信事業者)もそうですね。

神田:モバイルヴァーチャルネットワークオペレーターですね。通信インフラは自社の物じゃなくて,通信インフラはYモバイルだが,家電瓦販店がプロバイダをやっているといった,そういう感じのものがMVNOです。このケースですと,YモバイルのIPアドレスがコンテンツプロバイダから開示されるので,Yモバイルに対して開示請求訴訟をすると,「当社は契約者情報を持っていません」と言われてしまう。契約者情報を持っているのは家電量販店です。そうすると,もう一回,開示訴訟をしないといけないため,この真ん中の人(MNO)に,「契約者情報を持っているのは誰なのか開示してください」という訴訟なり仮処分なりをして初めて,家電量販店に対して,「契約者情報は誰ですか?」という訴訟をしなければいけないという面倒さがある。一回で終わるならいいのですけれど,間に二個も三個もプロバイダが入っている場合もあるので,面倒ですね。それをもっと簡単にやってできるようになればいいなというのが要望です。

唐澤:被害者の負担が増えるだけですよね。

神田:本当です。実際のMVNOがどこの会社なのかというのは,仮処分で開示しているので,あんまり時間的には大変じゃないのかなと。あとJCOMは任意で出すようになりましたね。JCOMは一回開示仮処分決定が出たあとは任意で出すようになってきた。

清水:遅いときはひたすら遅いときがありますね。開示まで一か月とか。

神田:JCOMはIPアドレスを管理しているのはJCOMですが,実際に契約者情報を持っているのは,各地域会社(JCOM 東京や,JCOM 関東など,多数存在する)です。JCOMは必ずその次があるんです。契約社情報を持っている次の会社を相手に請求訴訟をしなきゃいけないので,大変なんですね。

清水:あと,UQコミュニケーションズ[25]ですね。

唐澤:この間UQ相手に訴訟を起こしたのですが,実は契約行悄報を持っていると,業務委託を受けていて,それで,「このまま持っていますけど,裁判とかであなたが仮に勝っても高裁行きますよ」っていうのを相手方が言ってきて,実際にまずUQからMVNOの事業者を仮処分で開示してもらって,そこに発信者情報開示請求をしてくださいという話になりました。

神田:手順を教えてくれるのですね(笑)。

中澤:MVNO開示仮処分ですね。

清水:大分前にやりましたね。

神田:あれをやったために,民事保全の実務の第2版から第3版に改訂されるときにMVNOの記載が追加されたのですよ。奥裁判官に色々質問されました。

唐澤:開示の問題としてログインIPの問題について,清水先生にお話しいただきたいと思うのですが,ログインIPというのはそもそも何ですか?

清水:普通は書き込みをしたときのその酋き込みをするときに接続した時間とIPアドレスの情報を開示請求するわけですが,TwitterやFacebookみたいなログインが必要なサービスだと,実際に書き込みをしたときの情報は残っていないらしいのですね。じやあ何があるのかというと,ログインした時のIPアドレスとタイムスタンプしか残っていない。そこで,そのIPアドレス等を開示してくださいというのが今の話です。問題は,これが条文に直接当てはまるかという点です。

神田:当たらないのです。条文の文理解釈を厳格にやると,ログインIPアドレスは,多分開示対象にならないですね。そしてログインタイムスタンプに至っては一見して条文に反しているので,ログインのタイムスタンプは,開示対象にならないのではないかと,そのように思えるわけです。ただそのようなことを言ってしまうと,TwitterやFacebookで書いた人を特定するのが全滅になってしまうので,何とかそのログインIPアドレスと,ログインタイムスタンプも開示対象なんだということを言ってもらうために,戦いを繰り広げてですね,例えば仮処分をやっている東京民事9部では,ログインタイムスタンプとログインIPアドレスは,開示の対象であると書いた決定が出ています。さらにその一段階上にいって清水先生がTwitterから開示されたログインIPアドレスで住所・氏名の開示請求訴訟をソフトバンクにやったやつは判例時報2233号112ページに書いてあるのですけど,それに関しては,ログインIPアドレスとログインタイムスタンプによって特定される住所・氏名はプロバイダ責任制限法4条1項が開示対象としている住所・氏名である」という風に言ってくれているものがあるわけです。ただ,高裁で棄却された件が一個ありまして「ログインIPアドレスとログインタイムスタンプで特定される住所・氏名は,開示の対象ではない」という高裁判決が一件あり,現在上告中なのです。

中澤:Twitterも最初のときは,当然ポストIP(投稿時のIP)とポストタイムスタンプ(投稿時のタイムスタンプ)で申し立てましたよね?

清水:そうですね。

中澤:それで答弁書でないって言われて,持っている情報が書いてあったんですよね?

清水:そうですね。ログインした際のIPアドレス,タイムスタンプしかないという答弁だったように思います。

中澤:それで変更したのですよね。その時ログインIP開示に関する法的主張はしたのですか?

清水:簡単に言うと,その人しかログインできないサービスだというのが一番の大きな理屈ですね。神田先生が平成23年くらいにしたらば掲示板の管理者のログインIPを仮処分で開示してもらったことがあったそうで,それをヒントにしました。 Twitterに対する請求はいいのですが,次のプロバイダに対する開示請求が非常に大変ですね,最近。

神田:最近非常に大変。ソフトバンクはとても争ってきます。Yモバイルにも争われています。

清水:ソフトバンク系ということですね(笑)。プロバイダに対する開示請求で何が難しいのかというと…。

中澤:「当該」の論点です。条文的にはまずそれが来るのではないですか。

清水:そうですね。プロバイダ責任制限法4条1項では「当該電気通信による情報の流通によって」と書いてあり,結局,まさにその書き込みによって,という意味になるのですよね。ログインのIPだと,まさにその書込みに関する情報ではないので,争いになるということです。

中塚:他にも,ログイン情報を送信したものの,その情報だけからだと,本当にそのプロバイダ経由で悪口が発信されたのかわからないし,現に違うところから発信されるときもあるので,開示関係役務提供者にあたるのかというところも問題になります。

神田:ログインして投稿するのですから,高度の蓋然性はありそうです。

清水:時間がかなり接着しているのであれば言えるのでしょうが,そうとは限らないので。

神田:なぜログインした人と投稿した人が違うということになるのですか?

中澤:いろんな端末でログインできるためです。

清水:例えば,携帯電話だったら,自分の契約している会社あるじやないですか。後は,例えば家だったらWi-Fiをとばしていたらそれに接続できるかもしれない。コンビニとかに行けば無料Wi-Fiとんでいるからそれに接続して,それを使うかもしれない。大学に来たら大学のパソコンでもできるかもしれない。 ということで,いろんなとこでアクセスできますしいろんな端末からログインをして書きこむことができるわけですよ。ログインした時間が例えば2時20分くらいだとして,ログアウトしなければずっとログインしっばなしじゃないですか。でもそれと実際に書きこんだ時間が開示できるわけじゃないから,書き込みとは直接ひも付かないことがあるわけです。

神田:なるほど。ログインしっぱなしになっている状態で,別の端末から書いたらプロバイダが違うことがあるわけですね。

清水:そういうこともあるし,そもそも最近のログインIPが開示されないということもあるわけで,昔これは本当にログインしたのかというところが立証できないということが当然あり得ます。

神田:「資する」情報ということで,解釈で何とかするしかありませんね,

清水:条文の趣旨から説明するしかないのですよね。

中澤:条文のたてつけがすごく悪くて,実体にあっていないところが最近多く出てきています。解釈で頑張ってちょっとずつ広げているっていうことですね,まとめると。

中澤:立法的解決ができれば良いのですが。

清水:プロバイダの責任を制限しろという法律がそもそもおかしいですよね。開示請求権としてもっとちゃんとすべて認めてくれれば良いのにと思います。

中澤:開示による,契約者に対する損害賠償責任の制限も規定されています。

清水:重要判例は,最判平成22年4月13日[26]ですね

神田:「気違い」1個だけでは,権利侵害の明白性が分からない,という事案ですね。

清水:そうです。「気違い」という書き込みが1つされているだけの例で,開示請求を受けたプロバイダがそれを拒否したところ,被害者から損害賠償請求されたものの,「重大な過失」(プロバイダ責任制限法4条3項)がないとして請求が認められなかった事例です。

唐澤:あとドメイン登録業者の問題はいかがですか。

神田:Whois[27]プロテクトしている会社は特定電気通信役務提供者じゃないと考えます。ただ事実上,送信防止措置依頼書を送付すると消してくれたりはします。また,管理者に転送してくれたりもします。しかし,法律だけでやろうと思うと,Whoisプロテクトをかけてる会社に対しては法的請求権が立たないと思います。なお,Whoisプロテクトをかけている会社はネームサーバ会社であることがあるので,ネームサーバを開示関係役務提供者と考えて開示請求することがひとつアイディアとして考えられます。些末な論点ですが。

中澤:ログの保存期間という大きな問題もあります。

神田:3か月とか6か月といったログ保存期間は短すぎると思います。中傷記事に気づいた時にはもう手遅れになっていますよね。

中澤:一般的な国内の大手のプロバイダのアクセスログ,つまりIPアドレスを割り当てる通信記録の保存期間は6か月とか3か月なんですよ。そうすると,書き込みが例えば1月1日になされたとすると,3か月のプロバイダであれば3月中にそのプロバイダを割り出して,プロバイダにその情報を保存させなければならないのですが,仮処分するのも時間が必要ですし,そもそも書き込みを発見するまでの時間もあるので,かなり時間が厳しいという問題はありますね。

神田:毎日自分の名前を検索している人なら開示請求にうまく乗れますが,そうではなく,友達から悪口書いてあるよと言われ,どれどれと調べてみて,気づいた時にはもう1,2ヵ月経ってたっていうことになったら,もう特定できない,ということも珍しくありません。

唐澤:ログの保存期間て法律で決まっていないのですか?

一同:決まっていない

清水:早く消せって言っているくらいなのです。総務省は個人情報が流出したりなんだりと大変なことになるから,もう必要のないものは早めに消せと指導しているようです。

神田:通信の秘密を重視しているので,通信の秘密を侵害するような情報は消せと言う話になっているようです。

清水:通信の秘密の対象外なんじやないか,という議論もありますね。

神田:そういう論点もありますね。

清水:あとは携帯電話の個体識別番号でしょうか。

唐澤:iモードIDとかの話?

中澤:すでにiモードの利用は少なくなってますので,最近はiモードIDを使うことはないし,EZ web のEZ番号も出てこないですね。

神田:スマホでもEZ番号は振られているのですか?

中澤:ありません。フィーチャーフォンだけです。

神田:古い話なので,あまり使わない条文になってきましたね。

唐澤:損害賠償請求の話はいかがですか。

清水:慰謝料については,基本は100万円を基準にどのくらい下がるか,というところではないかと思います。

神田:100万円基準だと私も思います。

清水:100万円を基準にどれくらい下げられてしまうかという考え方が,多分今の実務の感覚として一番正しい。

神田:個人の慰謝料で100万円という訴状を書くと,たいてい100万円になりますね。法人で100万円という訴状を書くと,とても下がるときもあります。

中澤:慰謝料で120万円というのを貰ったこともあります。

清水:それは上限かなと思います。ただ,正直低いと思う。

唐澤:100万円っていうのは弁護士費用も?

神田:慰謝料だけですね。

清水:開示・特定にかかった費用を相手の負担にできるという高裁判決がありますので,それに基づいて,かかった費用を相手に負担させることができます。ただ,いくら負担させられるかは裁判所の裁量によるので,全額認められるのか一部だけなのかは事例によります。50~60万円くらいだったら結構認められるという印象です。

神田:50だったら認められますよね。だから,慰謝料100万円とその人に辿り着くまでに必要だった弁護士費用50万円,それの1割の165万円が賠償額の相場かなと思います。

清水:そういうイメージですね。

唐澤:その裁判所が決めるときの裁量がよく分からないと思つたんですけれども。

神田:50万円前後だと全額認めてもらっている印象です。

清水:そうですね。だいたい30~80万円くらいが相場かなと。

神田:ところで,中澤先生は必ず慰謝料数千万円で請求されるんですよね?

中澤:私は慰謝料算定表というものを付けておりまして,1点10万円で計算していくんですよ。そして,悪質性が高いとか継続性などで計算していくと,普通のケ-スでおおよそ90点くらいになるんですね。事案が悪質だと150点くらいになる。だから,請求額がだいたい私の場合は1000万円とか1500万円とかになります。

神田:どのくらい認容されているんですか?

中澤:残念ながら,100万円基準の壁はなかなか越えられません。

清水:でも根拠が無いわけじゃないですね

中澤:この人はポリシーでやっている請求なんだなと,裁判官に分かるので,非常に嫌な顔をされます。和解の話になった時にも裁判官には言うようにしています。 いろいろ司法研修所のレポートとか論文を下に改変したんですが…。でもはっきり言ってネットの名誉毀損で1000万円超えた請求すると,罵倒されますよ,相手方代理人から。もう不当請求だとそのぐらい言われるのに耐えながらやっています。

神田:権利濫用だとかいわれますよね。スラップ訴訟だとか。

中澤:いわれますね。特定できた人が10人位いると,全員に1000万請求するのは不当だなどとも言われたりしますよね。

清水:その話との関連で不真正連帯債務なのかどうかという話がありますよね。

中澤:共同不法行為で不真正連帯債務だと私は思うのですけれども…。

清水:でも認定されたこと一度もないですよね。

中澤:同じスレッドから2人出てきて,1人から任意で回収した後にもう1人に訴訟したら,その時に裁判所の方から,これ多分共同不法行為になるので,取ってあるものは弁済があったものとして控除するからという話をされたことはありました。

清水:主観的関連共同はないかもしれないですが,客観的関連共同があれば良いというのが判例の考え方なので,客観的に見たら関連共同してるんじゃないのかと思うのですけれどもね。

中澤:交通事故の死亡の慰謝料が3000万円で,人格権侵害も理論上死亡の慰謝料を超えることはないですから,どんなに炎上しても全体の慰謝料が3000万円を超えるということは何らかの不都合が生じるのではないかなとも思います。今は100万円ルールで来ているので問題にはなりませんが。

清水:その値も別に何の根拠もないはずなんですけどね。なんとなく100万円っていうだけで。

中澤:昭和37年頃に,東京地裁交通部が交通事故の慰謝料算定基準を公表して,その時の死亡慰謝料の基準が100万円。その後,交通事故の算定基準は貨幣価値の上昇と共に改訂され額面も上がってきているんですね。しかし,名誉毀損の100万円という相場は当時からそのまま。最初はバランスが取れていたのかもしれないですが,既にその対応関係が無くなって名誉毀損だけ貨幣価値から置いて行かれているという状睨です。

神田:傷害の慰謝料と同じように考えて良いと思いませんか。多くの依頼者は精神的に病んでいますよね。

中澤:私もそれは思っています。100万円って赤本基準の5か月の通院と同じなんですよ。

清水:でも,解決までに1年くらいかかりますよね。

中澤:5か月通院よりはつらいと思います。

神田:依頼者は,本当にみんな心を病んでいるので,これを名誉毀損罪だと簡単に言うのではなくて,傷害罪でも良いんじやないかと思います,奈良で騒音を出す女性が傷害罪で逮捕されましたよね。あの事案と同じように。

中澤:診断書と治療期間で。

清水:でも,診断書を出しても因果関係を認めてくれないんですよ,裁判所が。

中澤:因果関係厳しいですよね。

唐澤:診断書は慰謝料を増やすために,利用できる価値のあるものなのか。

中澤:私も一応毎回出していますけど,毎回だめです。

神田:実情としては,因果関係ありますよね。

清水:今後の課題ですね。

唐澤:インターネット上の誹謗中傷の問題の特徴としては,インターネットには国境がないことで,色んな海外のサイトに,記事がコピーされたりすることがありますよね。

清水:Peep.us[28]とかarchive.today[29]とかですね。

神田:海外魚拓サイトは削除しにくいですね。

清水:削除してくれていた時期はあるのですが,削除してくれなくなってしまいましたね。

中澤:分かっていますよね,魚拓とる人たちも。対処方法が無いわけではありませんが。

清水:検索から排除するということですね。

神田:サーバが東欧で,プライバシープロテクト[30]がパナマといった事案もありますね。もうGoogleから検索結果の削除,という方法しか残りませんよね。書いた人も特定できませんし。刑事の国際犯罪条約でも,なかなかうまくいかないのに。民事の国際条約は難しいですよね。

清水:そもそも,開示請求ができるというのは結構独特な日本独自の制度らしく,他の国にほとんど無いらしいです。基本的には開示しない,警察が来た場合のみ開示するというのが多くの国での基本的スタンスのようです。ただ,アメリカだとディスカバリーという証拠調べの制度があり,それに基づいて開示ができるようです。

神田:アメリカのディスカバリー制度は使ったことありますか?

清水:ありません。アメリカでは普通にTwitterとかはそうやって開示をしていると間きました。

唐澤:海外の国の人達は発信者情報をどうこうして,その発信者を特定するという発想がないようですね。

神田:日本がそこで先行しているとは,にわかに考えにくいですが。

清水:絶対に誹謗中傷があると思うのですけど。

中澤:現にありますしね。

神田:ところで,発信者情報開示に,メールは含まれません。

清水:そうそう,インターネットを利用して誰でも閲覧できるものが,基本的に特定電気通信っていうふうに考えてもらっていいです。だからLINEとかメールとかはダメです。あとはSkypeのダイレクトのメッセージ,そういうのが含まれない。

神田:匿名メールで中傷されているから特定したいという相談をたまに受けますが,民事の手続ではできませんよと回答します。警察に持っていきましょうと言って,メールのヘッダーを見てどこのプロバイダ使っているってとこまでは判断して,それを警察に持っていく,というようなところまではやります。

清水:私がたまに相談を受けるケースですが,Twitterで,最初は公開で誹謗中傷をしていたが,後から鍵付き[31]になってしまった。鍵付き後も誹謗中傷を書かれているらしいが,これを削除したり開示したりできるのかというケースがあります。

神田:証拠保全ができているかどうかによります。悪口の書かれていた頃の内容を印刷していたり,スクリーンショット[32] を撮ってあれば法的請求もできる可能性があります。

清水:当時,開示されていたかどうかが問題ですよね。

唐澤:Twitterはまとめサイト[33] が多数ありますから,証拠は残っている可能性ありますよね。togetter[34]とか。

清水:それはあるかもしれないですね。他にはツイログ[35]とか、

神田:togetterで残っているからTwitterにもあったというような、そった主張はできると思います。

清水:鍵付きになっていると,その状態は特定電気通信にあたるかどうかという問題がありますよね。

中澤:伝播可能性でいけませんか。

清水:伝播可能性はあると思うのですが,そもそも特定電気通信なのかという問題があります。少なくとも鍵付きになる前であれぱ特定電気通信ですが,鍵のついた中で中傷された場合は厳しいと思います。

神田:LINEと同じですね。

唐澤:LINEはいかがですか?

清水:特定電気通信じやないですよね。

中澤:グループの属性ではないでしょうか。サークルみたいに一人一人の顔と名前が一致しているのだったら特定されているからいいですが,掲示板で募集されていると不特定のグループな感じがします。ところでLINEつて相談ありますか?

清水:たまに相談はあるのですが無理と回答しています。

中澤:私はないんですよ。

神田:LINEは依頼がおりません。

清水:LINEなんですけど,出会い系の掲示板にUNEのIDを書き込まれるのは。

神田:それは多分ダメですね。

清水:おそらく開示請求などをしていくことができる範唱になってくるのではないでしょうか。

中澤:メアド書くのと同じじやないですかね。

神田:IDだけ書かれても難しいと思います。ただ,掲示板の性質上でいけそうな気もします。

唐澤:損害賠償ということになる?

清水:慰謝料としては数万円単位だと思いますが,-応違法性はあるのでは。

中澤:それって損害が発生していないとダメなんですか?

清水:先ほど少し説明したように,侵害されたのが社会的評価だったり自分の感愉だったりすると,何をもって損害かというのが計れないので,そうすると損害が発生しているんだと擬制するのが基本的な考え方だと思いますね。

V1 名誉毀損を取り扱う弁護士について

唐澤:ネットの名誉毀損関係の業界に新任の弁護士が入ることについてどう思われますか?

神田:参入してもらうのはよいのですが,なかなかいろいろ難しいですよね。

中澤:ネットの文脈を読む力は求められます。

神田:触っていいサイトかを判断する力も求められます。

中澤:パッと見ただけで相手の顔がみえて,これは要注意かもしれないという嗅覚がないと危険です。

神田:水着の写真をアップしていた女性の弁護士が,削除請求した直後にコラージュされて裸にされ,拡散させられたという事案もありましたね[36]

中澤:そもそもなんで投稿削除請求をするとそんなに炎上することになるのですか?

清水:自由でなければならないという風に思っている人が非常に多い。誹謗中傷も含めて表現なんだ,というように考えている人たちが非常に多くて,彼らにとって,それを削除したり投稿者を特定しようとしてる人達は悪だとみなされているんですよ。

唐澤:一時,2ちゃんねるなんかだと,誰が削除請求したかとかを報告するスレがありましたよね。

清水:今もあります。

唐澤:そこで批評・論評にさらされるんですよ。

中澤:皆,悪口書かれたりしていますね。

神田:あれ,中澤先生被害にあわれてないじゃないですか。

中澤:あってますよ,いっぱい。

唐澤:でも意外と業務には影響ないですよね。実は。

神田:ネットの誹謗中傷に耐えられるメンタリティがないと,この業界の弁護士はやれない。



以上で,座談会は終わりです。



出典・註釈

  1. 1)権利侵害情報の発信者に関係するIP、タイムスタンプ(投稿日時)等の開示。
  2. 2)神田知宏『ネット検索が怖い』(ポプラ社,2015年)
  3. 3)清水陽平『サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル』(弘文堂,2015年)
  4. 4)中澤佑一『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル』(中央経済社2013年)
  5. 5)検索エンジンの入力フオームに,自動的に検索エンジン側で関連していると判断したキーワードが,表示される機能。
  6. 6)サーバソフトウェアを提供する電子機器。
  7. 7)何らかのサービスを提供する事業者。
  8. 8)2013年に起きた女子高生殺人事件において,犯人が女子高生の写真をインターネットに投稿した。この事件をきっかけにして,リベンジポルノ防止法が制定された。
  9. 9)不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信。
  10. 10)ローカルコミュニティ掲示板<http://bakusai.com>。
  11. 11)成果報酬型広告の広告報酬を得ることを目的として、コンテンツプロバイダを営む事業者。
  12. 12)成功報酬型広告。
  13. 13)商品の説明文。
  14. 14)最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁。
  15. デリュケー
  16. 16)インターネット上で掲示板などのコンテンツを提供している事業者。シーサー株式会社のこと。したらば掲示板〈http://rentalbbs.shitaraba.com>などを運営している。
  17. 17)インターネット上コミュニティで本名を名乗らない場合に用いる通称。
  18. 18)最判平成22年4月13日民集64巻3号758頁。
  19. 19)最判平成9年9月9ロ民集51巻8号3804頁
  20. 20)最判平成16年7月15日民集58巻5号1615頁。
  21. 21)最決平成22年3月15日刑集64巻2号1頁。
  22. 22)検索エンジンであるグーグルを,コントローラー(管理者)として認めた判決。2014年に判決がなされた。
  23. 23)プロバイダの法的責任が制限される場合、被害者が発信者の情報の開示を求められる場合を定めた法律。
  24. 24)インターネットサービスプロバイダ(ISP)のこと。インターネット利用者は何らかのISPを利用してインターネットに接続している。
  25. 25)インターネットサービスプロバイダーのこと。
  26. 26)前掲注18)。
  27. 27)Whoisで公開される情報が、実際のドメインの保有者の情報ではなく、情報公開代行をしている会社の情報が掲載されること。
  28. 28)アーカイブサイト。
  29. 29)アーカイブサイト。
  30. 30)匿名性を担保するサービス。
  31. 31)設定で閲覧者の範朗を制限している状態。
  32. 32)'端末まで衣示された画面を両像保存したもの。
  33. 33)インターネット掲示板2ちゃんねる〈http://www.2ch.net〉に投稿された記事を編集して公開しているウェブサイト。権利侵害の助長、著作権侵害の問題を生じさせるサイトもある。
  34. 34)Twitterを編集して公開しているサイト。
  35. 35)Twitterを編集して公開しているサイト。
  36. 玉里友香