唐澤貴洋の裁判一覧/東京地方裁判所平成27年(ワ)第16623号
東京地方裁判所
平成27年(ワ)第16623号
平成28年04月22日
東京都(以下略)
原告 株式会社フジテックス
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 唐澤貴洋 山岡裕明
(住所略)
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 小荒谷勝
(住所略)
被告 株式会社フォルテック
同代表者取締役 B
同訴訟代理人弁護士 渡辺英一 作間豪昭 川北映輔
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して4950万円及び平成27年6月26日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 要旨
本件は,原告の元従業員の被告Y(以下「被告Y」という。)が,インターネット上の掲示板のスレッドに,別紙情報目録記載の内容の本件記事を投稿し,原告の名誉を毀損したとして,原告が,(1)被告Yに対し,不法行為に対する損害賠償請求として,(2)被告Yの現在の勤務先である被告株式会社ファルテック(以下「被告会社」という。)に対し,その使用者責任に対する損害賠償請求として,新卒内定者の辞退,中途採用希望者からの忌避及び現職従業員の退職による「人的損害」又は無形損害,弁護士費用相当損害並びに訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実
(1) 当事者
原告は,環境事業,販促事業,教育事業及び健康事業などを営む株式会社であり,被告会社は,管工事,土木工事の設計及び施工などを営む株式会社である。被告Yは,平成15年4月1日,原告に雇用され,平成21年12月18日に退職した者であり,現在は,被告会社の従業員である。
(2) 本件投稿行為
被告Yは,平成26年7月5日,被告会社がKDDI株式会社との間で契約するインターネット回線を介し,不特定多数の者が閲覧可能な掲示板サイトである「2ちゃんねる」内の「フジテックスってドーヨ?」と題する本件スレッドに本件記事(甲3)を投稿した。
3 争点
<1> 本件投稿行為による原告の社会的評価の低下の有無
<2> 本件投稿行為に対する被告会社の使用者責任の有無
<3> 本件投稿行為により原告に生じた損害の有無及び額
4 当事者の主張
(1) 争点<1>(本件投稿行為による原告の社会的評価の低下の有無)について
(原告の主張)
本件スレッドの題名は,原告の称号を掲げたものであるから,特段の事情の無い限り,スレッド全体を通じ,原告を話題の対象とするものと理解される。そして,本件記事には,そのような特段の事情がないから,一般の閲覧者をして,原告の評判に関する記事であると理解させるものである。
そして,本件記事は,原告について,別紙情報目録記載のとおり,「汚泥船」,「顔色ばっかり伺う会社」,「全く学べない環境」,「商社」を名乗り「騙」している,クレームを「社員に擦り付けるんだろーな」などと記載するものである。これらの記載は,一般の閲覧者をして,<1>原告は,否定的な評価しか値しない会社であること,<2>原告の従業員は,主体的に働いていない人物ばかりであるから,原告に就職しても,職業人として持つべき知識を得ることができないこと,<3>原告は,自社の事業内容を偽り,外部の関係者等を騙していること,<4>原告は,クレーム対応等を従業員に押し付け,会社として適切な対応をしていないと誤信させるものであり,原告の社会的評価を著しく低下させ,その名誉を毀損するものである。
(被告らの主張)
本件スレッドには,原告と無関係な投稿もあり,本件記事が,当然に原告に関するものであると理解されるとはいえない。本件記事の内容は,およそ一般的に,「顔色ばっかり伺う会社」,「こんな会社」を対象とするものであって,原告を対象とするものではない。
この点を措くとしても,<1>本件記事は,抽象的で具体的な根拠を示さないものであるから,原告が否定的な評価しか値しない会社であるとの印象を与えるものではなく,<2>働き方や知識の習得は個人の意識次第であるから,本件記事によって,原告に就職しても,職業人として持つべき知識を得ることができないなどと誤信するはずもない。また,<3>原告が,事業内容を偽っているなどとする記載はなく,その事業内容が,人によっては,「商社」という文言から受ける印象と相違することを指摘する記載があるにすぎず,<4>クレーム対応等に関する記述も,「E」からの推測にすぎないことが明らかなものであり,閲覧者を誤信させるものではない。したがって,本件記事は,原告の社会的評価を低下させ,名誉を毀損する内容ではない。
(2) 争点<2>(本件投稿行為に対する被告会社の使用者責任の有無)について
(原告の主張)
被告Yは,被告会社において,総務部に所属し,経理一般を担当しているとのことであるが,これらの業務はパソコンを利用するのが通常である。そして,被告Yは,このような日常的な業務執行を契機として,その業務時間内に,被告会社が保有するパソコン及び被告会社の契約するインターネット回線を利用し,本件投稿行為をしたのであるから,本件投稿行為は,被告会社の業務と密接に関連する行為といえる。そうすると,被告会社は,本件投稿行為について,使用者責任を負うべきである。
(被告会社の主張)
被告会社は,被告Yに経理業務を担当させていたにすぎない。パソコンを利用して経理業務をし,あるいは,インターネット上の情報を収集するのであれば格別,本件投稿行為のように,インターネット上の掲示板に書き込みをすることは,被告会社の事業の内容と無関係である。本件投稿行為は,被告Yの純然たる私的行為であって,行為の外形から観察しても,被告会社の事業の執行行為と密接に関連している行為ともいえない。したがって,被告会社は,本件投稿行為について,使用者責任を負わない。
(3) 争点<3>(本件投稿行為により原告に生じた損害の有無及び額)について
(原告の主張)
本件投稿行為によって,原告には無形損害が生じたが,その外,本件記事の影響によって,原告においては,平成26年6月以後,中途採用希望者が皆無となり,同年8月,新卒内定者6名全員が内定を辞退し,同年9月,現職従業員3名が退職するなどの「人的損害」が生じた。これを金銭に評価すると4500万円を下らず,さらに弁護士費用相当の450万円の損害も生じた。なお,原告が,本件記事に対し,インターネット上で反論することが可能であったとしても,被告Yの責任が免じられるものではない。
(被告Yの主張)
原告は,本件スレッドにおいて本件記事の内容に反論し,損害を回復することができたから,損害賠償請求権を有しない。そうでないとしても,本件記事は,信頼性の低い匿名掲示板における多数の同種記事の中の一個にすぎず,内容の悪質性も高くない。原告が,就職先として社会的評価を受けるべき公的立場にあることも考慮すれば,その無形損害は皆無に近いと言うべきである。また,「人的損害」は,適切な証拠によって立証されておらず,逆に,これと矛盾する原告自身のF記事さえある。
(被告会社の主張)
原告は,法人の名誉毀損における一般的な損害額に比して極めて高額の損害を主張しながら,その無形損害について,何らの立証もしない。「人的損害」についても,被告Yが主張するとおりであって,適切な立証がない。また,仮に,内定辞退者等がいたとして,その全てが本件記事に帰責されるとは評価し難く,まして,現職の従業員の退職の原因が,本件記事にあるはずもない。そもそも,内定辞退や退職があれば,原告は,それに対応する給与の支払いを免れているのであり,損害は生じていないはずである。
第3 当裁判所の判断
1 原告は,本件投稿行為によって,原告の社会的評価が低下し,名誉を毀損されたと主張するが(争点<1>),本件記事の内容は,以下のとおり,原告の社会的評価を低下させるものではなく,当該主張を採用することはできない。
(1) 確かに,前提事実及び証拠の外,弁論の全趣旨を総合すれば,本件スレッドは,「フジテックスってドーヨ?」と題するものであり,本件記事の前後の記事においては,主として,原告代表者(社長)のEが話題とされていることが認められる(乙イ1)。この点について,被告Yは,「フジテックス」という商号を有する会社が外にも存することも指摘するが(第4準備書面・2頁),これが原告以外の「フジテックス」を話題としていることをうかがわせる事情は見当たらず,採用することができない。
そして,それらの記事では,前記Eの内容等について,社長の使命感や知的魅力の欠如(乙イ1の130番,139番の記事),企業経営に関する理解の欠如(同141番,142番の記事)などが批判されていることも認められる。本件記事が「ヒドいの一言」,「汚泥船の船長ですから,まぁ仕方ないですが」,「知識の無い人間になっちゃうんだね」などという唐突な表現で始まるのも,同様に前記Eの内容等を批評するものとみて初めて意が通ずるのであり,それが一般閲覧者の読み方というべきである。
(2) しかしながら,まず,前記(1)に例示した本件記事の第1文から第4文の内容は,原告代表者に向けられたものであって,原告自体に向けられたものではないから,原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。
もとより,第4文のうち,「顔色ばっかり伺う会社」という部分,これに続く「全く学べない環境,会社」などという第5文は,原告自体に言及するものとしても理解されよう。しかし,そのように表現する特段の根拠も指摘されておらず,投稿者が原告の元従業員であるという前提を知らない一般の閲覧者としては,投稿者が,原告代表者のEの内容から翻って推測した内容であるとしか理解しようがない。そうすると,当該記載をもって,原告の社会的評価を低下する事実が摘示されているとはいえない。
(3) 原告は,第9文以下,「商社という名前に騙されないで下さい。」という部分について,原告が自社の事業内容を偽り,外部の関係者等を騙しているかのような印象を与えるものであると主張する。
しかし,当該部分は,原告が,自らの事業につき,「商社」という華やかな言葉を用いていても,むしろ,「卸売業」として一般にイメージされるような事業内容,事業規模であるということをいうにすぎないものと理解される。これは文飾に対する注意喚起とはいえようが,虚偽を指摘するものではない。そして,イメージ,ニュアンスの範囲で自らに有利な文言を選択して用いることは通常のことであって,これを指摘することによって,原告の社会的評価が低下するはずもない。原告の前記主張は失当である。
(4) また,原告は,第17文及び第18文の「多分,クレームとかすごいんだろーな。そして社員に擦り付けるんだろうーなー。」という部分につき,原告の社会的評価を低下させると主張する。
当該部分は,推量表現を用いているが,これが事実として摘示されていると評価されるのであれば,原告の社会的評価を低下させるといえよう。しかし,当該部分は,原告代表者のEの記事の内容から,「根性の営業だけでやる!」という印象を受けるという趣旨の指摘をした第16文に引き続くものであり,同様に,原告代表者のEの記事の内容から,原告の会社の状況を推測したものとして理解するのが自然である。そうすると,当該部分も,原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。
2 よって,本件記事の内容が原告の社会的評価を低下させるものとはいえない以上,その余の争点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する(なお,被告Yは,争点<3>に関する原告の主張のうち,「人的損害」に関する部分が時機に遅れた攻撃防御方法であるとして却下の申し立てをしているところ,当裁判所は,これを却下することとするが,もとより,本件訴訟の結論を左右するものではない。)。
東京地方裁判所民事第26部
裁判官 吉野俊太郎
別紙(省略)
関連項目
- 唐澤貴洋の裁判一覧/東京地方裁判所平成26年(ワ)第20852号 - 本件損害賠償請求に先立つ発信者情報開示請求。本件投稿は原告に対する社会的評価を低下させるものであるとした。