「唐澤貴洋/新聞記事」の版間の差分
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==「保守速報」の記事掲載、差別と認定 地裁が賠償命じる(朝日新聞、2017年11月9日)== | ==「保守速報」の記事掲載、差別と認定 地裁が賠償命じる(朝日新聞、2017年11月9日)== | ||
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「まとめただけ」抗弁は通用せず | 「まとめただけ」抗弁は通用せず | ||
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== 匿名の刃~SNS暴力考 100万回殺害予告受けた弁護士が加害者に面会して目にした「意外な素顔」(毎日新聞、2020年7月18日) == | == 匿名の刃~SNS暴力考 100万回殺害予告受けた弁護士が加害者に面会して目にした「意外な素顔」(毎日新聞、2020年7月18日) == | ||
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'''インタビューに応じる唐澤貴洋弁護士=東京都港区で2020年6月24日午後0時51分、牧野宏美撮影'''<ref>{{archive|https://mainichi.jp/articles/20200717/k00/00m/040/316000c|https://archive.vn/fmgGN|匿名の刃~SNS暴力考:100万回殺害予告受けた弁護士が加害者に面会して目にした「意外な素顔」 - 毎日新聞}}</ref> | '''インタビューに応じる唐澤貴洋弁護士=東京都港区で2020年6月24日午後0時51分、牧野宏美撮影'''<ref>{{archive|https://mainichi.jp/articles/20200717/k00/00m/040/316000c|https://archive.vn/fmgGN|匿名の刃~SNS暴力考:100万回殺害予告受けた弁護士が加害者に面会して目にした「意外な素顔」 - 毎日新聞}}</ref><ref name="yuuryou">有料記事。毎日新聞の有料記事はUserAgentをGooglebotに偽装することで無料で閲覧することが可能。</ref> | ||
「自分を苦しめたのはどんな人物で、何のためにやったのか」。業務上の書き込みをきっかけにインターネット上で「炎上」し、約100万回に及ぶ殺害予告など壮絶な被害を受けた唐澤貴洋(たかひろ)弁護士(第一東京弁護士会)は、複数の加害者を特定し、面会した。見えてきたのは、攻撃的な投稿とは結びつかない、意外な姿だったという。その実像と動機とは――。【牧野宏美/統合デジタル取材センター】 | 「自分を苦しめたのはどんな人物で、何のためにやったのか」。業務上の書き込みをきっかけにインターネット上で「炎上」し、約100万回に及ぶ殺害予告など壮絶な被害を受けた唐澤貴洋(たかひろ)弁護士(第一東京弁護士会)は、複数の加害者を特定し、面会した。見えてきたのは、攻撃的な投稿とは結びつかない、意外な姿だったという。その実像と動機とは――。【牧野宏美/統合デジタル取材センター】 | ||
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からさわ・たかひろ | からさわ・たかひろ | ||
1978年生まれ。早稲田大法科大学院修了。著書に「[[炎上弁護士]]」、監訳に「サイバーハラスメント―現実へと溢れ出すヘイトクライム」など。 | 1978年生まれ。早稲田大法科大学院修了。著書に「[[炎上弁護士]]」、監訳に「サイバーハラスメント―現実へと溢れ出すヘイトクライム」など。 | ||
== SNS暴力~なぜ人は匿名の刃をふるうのか 第1章・ネット炎上と加速する私刑(2)誹謗中傷は「スープに入ってきたハエ」(毎日新聞、2020年12月8日) == | |||
{{archive|https://mainichi.jp/articles/20201207/org/00m/040/007000d|https://archive.vn/qtvWM|SNS暴力~なぜ人は匿名の刃をふるうのか 第1章・ネット炎上と加速する私刑(2)誹謗中傷は「スープに入ってきたハエ」}}<ref name="yuuryou" /> | |||
[[ファイル:毎日20201208その1.jpeg|300px]] | |||
{{color|gray|フジテレビのリアリティー番組「テラスハウス」に出演していた木村花さん=番組公式ホームページから}} | |||
木村花さんが亡くなった5月23日、SNS上では、中傷書き込みの責任の重さを巡って、議論が渦巻いた。そんな中、ある投稿が目に留まった。 | |||
〈悪口や中傷に傷つく人はSNSは向いてない、そうじゃない。SNSに向いてないの平気で人を傷つける人。ネットにはルールとマナー、そして人権がある。言論の自由は何してもいい訳じゃない、それは言論の無法。最初に言論の責任がある。命を離すまでどれだけ悩み苦しんだか、もう悲しくてやるせない。〉 | |||
傍観者の目線ではない、ひときわ強いメッセージ性と説得力を感じた。ネット上で「殺人関与」などのデマに長年苦しめられた経験があるお笑い芸人、スマイリーキクチさん(48)の投稿だった。すぐに連絡をとり、インタビューに応じてもらった。 | |||
新型コロナウイルス禍のため、オンラインで対面したスマイリーさん。花さんが亡くなったことをどう受け止めたのか。改めて聞くと、言葉を選びながらこう答えた。 | |||
「ネット上の誹謗中傷への悩みがあったと聞いて、一人で抱え込んでしまったのかもしれない、と思いました。言葉が刃物のようになって心に突き刺さり、命を絶つまで彼女を追い詰めてしまったのかもしれない、と」 | |||
「言葉は刃物になる」。重い言葉だった。 | |||
「本当に誹謗中傷が原因だったとしたら、こういう事態が起きないように活動してきた者として、非常に残念で悔しいです」 | |||
スマイリーさんはさらに、こう続けた。 | |||
「彼女のインスタグラムやツイッターには、誹謗中傷だけでなく、応援メッセージもたくさんありますよね。でも、自分も経験したから分かるのですが、『スープに入ってきたハエ』と同じなんです」 | |||
目の前に出されたスープにハエが入ってしまったら、スープ全体の量からすればたとえ小さなハエであっても、どうしても気になってしまう。中傷から逃れられない心情を分かりやすい例えで説明した。 | |||
'''デマから炎上、そして殺害予告''' | |||
誹謗中傷を受けた経験者として、スマイリーさんのもとには多くの芸能人らが相談に来るという。木村さんの件についても「何か救う手立てはなかったのか、という気持ちもあります」と無念そうに語った。 | |||
自身の体験は壮絶なものだった。 | |||
〈事実無根を証明しろ、強姦の共犯者、スマイリー鬼畜、氏ね〉 | |||
〈ネタにしたんだろ?犯罪者に人権はない、人殺しは即刻死刑せよ〉 | |||
〈生きる資格がねぇ、レイプ犯、早く死ね〉 | |||
1999年夏。当時SNSはまだ普及しておらず、誹謗中傷の舞台は「2ちゃんねる」などネット上の匿名の掲示板だった。「10年前に東京都足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人」という、いわれのないデマに基づいていた。スマイリーさんが足立区出身で、事件の犯人と同世代ということ以外、何の根拠もない。書き込んだ者のほとんどが、「少年法により名無し」という匿名のハンドルネームを使っていた。 | |||
所属事務所のホームページで、事件への関与と「事件を(お笑いの)ネタにした」といううわさを否定したが、誹謗中傷は収まるどころかさらに広がった。 | |||
「当初は、正直ショックでもなくて、『なんとばかばかしい』ぐらいに思っていました。ネットをほとんど使っていなかったので、見なければ知らない問題でもあった」 | |||
スマイリーさんは、当時をそう振り返る。 | |||
だが、「実害」が出始めた。仕事先にも嫌がらせが入るようになったのだ。出演していた番組やCMスポンサーに「殺人犯は出すな」との抗議が寄せられ、お笑いのライブでも客がヒソヒソうわさするようになった。 | |||
さらに、家族や恋人にまで、被害が広がった。 | |||
〈家族の情報を知っていたら教えて〉 | |||
〈家族も見つけ次第殺す〉 | |||
ネット上の投稿は、個人情報を探り出す動きになり、殺害予告もあった。〈彼女がいたら乱暴しよう〉という内容もあった。そして、ある書き込みに戦慄した。 | |||
〈近所でスマイリーキクチをみた〉 | |||
〈おんなといた。多分あれ彼女だぜ〉 | |||
〈この店 ○○○〉 | |||
実際、恋人と当時よく行っていた店だった。 | |||
「身近にいる。家族も恋人も、町を歩いていたら確実に何かされる。時間の問題だ」 | |||
そう考えると、怖くなった | |||
姿の見えない相手が、自分を殺人犯だと思い込み、無数の嫌がらせを送っている。誰が、何の目的で? | |||
「疑問で頭がいっぱいになり、自分が言葉で人を殺すゲームのキャラクターにされたようにも感じました」 | |||
さらなる「炎上」要因もあった。ネット上の検索エンジン「Yahoo!」で、質問を送ったり回答したりできる「Yahoo!知恵袋」。2008年3月、ある質問が載った。 | |||
〈「○○」という本を読みましたら、「○○(スマイリーさんのデマが流れた事件名)」の主犯格のひとりがお笑いコンビを結成し、芸能界デビューをしているという事実が書いてありました。そのお笑い芸人とは誰なのでしょう?〉 | |||
質問に対する回答の「ベストアンサー」にはこんな回答が選ばれた。 | |||
〈スマイリー菊地という芸人ですがピン芸人ではなかったかな。本人の事件関与については謎です。〉 | |||
この○○という本は実在する。「元警視庁刑事」を名乗り、ワイドショーでコメンテーターとして活動していた男性の著書だった。質問に書かれた記述もあった。 | |||
この書き込みをきっかけに、スマイリーさんの名前とデマはさらに拡散された。 | |||
'''警察は血では動くが字では動かない''' | |||
炎上が続き、スマイリーさんは警察に相談したが、何十人もの警察官に笑われたり、ばかにされたりした。「殺されたら捜査してあげるよ」とも言われた。 | |||
「殴られたら血が出るという実害が見えるけれど、誹謗中傷による『心のけが』は第三者から見えないんですよね。警察は血では動くけれど、字では動いてもらえない、と思いました」と振り返る。 | |||
そのうち、警察を含め相談した人たちから「あなた頭おかしいよ」「ネット上の言葉を一番信じているのは、あなただよ」と言われるように。味方と考えていた警察まで敵に見えてきた。「俺がおかしいのか?」。自問自答の日々が続いた。 | |||
弁護士にも相談すると、「必要な経費は200万円」と言われた。当時のスマイリーさんには、簡単には出せない大金だった。「プロバイダが発信者の情報を開示しなければ、最高裁までいく可能性がある」とも言われた。 | |||
解決の糸口が見つからず、袋小路に入ったが、諦めるわけにはいかない。 | |||
スマイリーさんには「二つの許せないこと」があった。一つは、スマイリーさんや家族、周囲の人たちにも殺害予告が届いていたこと。「死んだら許してやる」という書き込みが山ほどあった。だからこそ、「生きて身の潔白を晴らす」という思いが強く心の中にあった。 | |||
「『死ね、死ね』とたくさん書き込まれて本当に傷ついたけれど、逆に生きることが仕返しだと思った。思いっきり幸せに生きてやる、と」 | |||
もう一つは、勝手に犯人だとされた殺人事件の被害者を、冒瀆する書き込みもたくさんあったことだ。「『死人に口なし』とばかりに書き込んでいて、心から許せなかった」 | |||
諦めずに警察への相談を繰り返した結果、信頼できる刑事と出会う。2008年夏から捜査が本格化。翌年3月までに、中傷を書き込んだとされる男女19人が名誉毀損容疑などで摘発され、うち7人が書類送検(いずれも後日不起訴処分)された。「ブログ炎上 初の摘発」「ネット暴力に警鐘」といった見出しが新聞各紙に載った。 | |||
'''「ガラケー女」に間違えられて''' | |||
誹謗中傷の被害者となるのは、著名人だけではない。多くの人がインターネットで広くつながっている時代。誰であっても突然、匿名による卑劣な攻撃にさらされる危険性はある。 | |||
[[ファイル:毎日20201208その2.jpg|300px]] | |||
{{color|gray|「ガラケー女」に間違えられた女性に攻撃的な言葉を投げつけてきた人から、容疑者逮捕の直後には一転、謝罪のメッセージが届いた=東京都内で、五味香織撮影}} | |||
「ガラケー女」という言葉が盛んに飛び交う事件があった。 | |||
2019年8月、茨城県の常磐自動車道で、後方からあおり運転をした男が、相手の車を停車させ、運転席の男性を殴ってけがをさせた事件だ。男が暴行を加えた際、「ガラパゴス携帯」と呼ばれる折りたたみ式の携帯電話を持つサングラス姿の女性が、笑いながら暴行の様子を撮影していたのだ。「ガラケー女」と名付けられたこの女性の姿を収めた動画がSNSで拡散され、テレビのニュースでも繰り返し報じられた。男の粗暴ぶりもさることながら、男と同乗していた非情な「ガラケー女」にも世間の関心が集まった。 | |||
事件から1週間後、お盆の終わりの週末だった。東京都内に住む30代女性は午前6時ごろ、枕元に置いたスマートフォンの着信音で目が覚めた。早朝にもかかわらず、電話とメールが鳴り止まない。寝ぼけ眼で手に取ると、知らない電話番号や番号非通知の着信が大量に表示されていた。その中にあった友人からのメッセージを見ると、「ネットに情報がさらされている」という知らせだった。 | |||
添えられていたアドレスをクリックして、飛び起きた。 | |||
あるウェブサイトに自分の名前や顔写真が掲載されていた。〈犯人だ〉という言葉も目に飛び込んできた。女性があおり運転事件の「ガラケー女」だという指摘だった。 | |||
全く身に覚えがない。サイトは、事件などに関する情報を集積した「まとめサイト」と呼ばれるブログで、〈捕まえろ〉〈自首しろ〉と責め立てる言葉が並んでいた。 | |||
知らせてくれた友人からは、SNSで否定するよう勧められたものの、焦りと混乱で何を書けばいいのか分からない。女性は当時、事件についてあまり関心がなく、サイトで自分の写真と一緒に並べられた加害者の男が誰なのかも分からなかった。 | |||
女性が個人経営する会社のウェブサイトが画像として出回っていたため、会社に電話やメールが殺到し、転送先のスマートフォンに届いたのだった。女性のインスタグラムにも「早く自首しろ」などという書き込みが相次いだ。匿名で利用していたにもかかわらず、なぜか女性のアカウントだと特定されていた。人違いだということを発信しても、〈そんなことを投稿する暇があるなら、早く警察に行け〉というコメントがつき、さらに炎上した。やがて〈詐欺師〉〈ブス〉などと、事件とは無関係の中傷も交じるようになった。 | |||
幸い、翌日に、あおり運転の加害者の男と「ガラケー女」は傷害や犯人隠避などの疑いで逮捕され、SNS上の攻撃は一気に収束した。しかし、約2日間で、不審な電話の着信は約300件に上り、インスタグラムに届いたダイレクトメッセージは1000件を超えた。ツイッターの中傷投稿は、代理人の小沢一仁弁護士(東京弁護士会)が確認しただけでも100件以上のアカウントから届いていた。リツイートを含めると、その何倍もの人が誤った情報を拡散したとみられる。 | |||
誤認された理由はこう推測される。女性は匿名でインスタグラムを利用していたが、趣味の旅行や食事のほか商品紹介などで注目され、フォロワーが約1万人もいた。加害者の男もその一人で、そのつながりから男の交際相手と一方的に決めつけられたとみられる。インスタグラムは一方的にフォローが可能で、女性はフォローされていることも知らなかった。 | |||
まとめサイトに載せられた女性の写真は、一緒に写っている友人がフェイスブックに掲載した写真を切り取ったものだった。事件当時の「ガラケー女」の服装と似た、帽子とサングラスを着けた写真も出回った。匿名のインスタグラムのアカウントから、どうやって実名のフェイスブックにたどり着いたのかは、その後も謎だ。ちなみに女性は、「ガラケー」は使っていない。 | |||
あおり運転関与の男女が逮捕されたと伝わると、インスタグラムやツイッターには、謝罪の言葉が届くようになった。目立ったのは「デマを信じて暴言を吐きました」と釈明する内容のもの。しかし、女性は「デマを信じることと、暴言を発信することは全然違う。許されないでしょう」と憤る。「すみませんでした」という言葉の後に絵文字を付けてくる人もいた。自身の痛みに比べ、あまりの「軽さ」に驚いた。お詫びのメッセージを送ってきた後、アカウントを消して逃げる人もいた。 | |||
約1週間後、女性と小沢弁護士は東京都内で記者会見した。中傷投稿した人物に対し、損害賠償請求や刑事告訴をすると明らかにした。損害賠償請求の準備のため、ツイッター社やSNS事業者に対し、発信者情報の開示請求を始め、小沢弁護士は「請求対象は百件単位の規模になる」と話す。 | |||
自ら名乗り出て来た人とは和解に応じているが、「普通の人」が多かったという。未成年から年配者まで年齢層は幅広く、住んでいる地域も全国各地に及んだ。子どもに代わって平謝りする保護者、「家族に知られて肩身が狭い」と連絡してくる男性……。幼い子どもを持ち、普段は「良いママ」として暮らしていそうな人もいた。 | |||
一方で、女性が訴え、判決が出たケースもある。愛知県豊田市議(当時)の50代の男性は、自身のフェイスブックに、女性の写真を転載し、「早く逮捕されるよう拡散お願いします」などと投稿。2020年8月17日、東京地裁は、男性の投稿が「原告(女性)の社会的評価を低下させる」として、男性に33万円の支払いを命じる判決を言い渡した。ネット中傷に振り回された「激動の日」から、ちょうど1年を迎える日だった。 | |||
木村花さんが亡くなったことが報じられた後、女性はある友人に「同じようなことをされたんだよね。生きていてくれてありがとう」と言われた。改めて、自身の被害の大きさを実感した。その一方で、ネット上には、引き続き匿名による悪意が渦巻く。事件や裁判に関連する報道が出る度、SNS上には〈謝っているんだから許してやれよ〉〈しつこい女〉〈金の亡者〉などの心ない中傷が相次ぐ。 | |||
ネット中傷問題では、被害者本人だけでなく、代理人になる弁護士に火の粉が降りかかることも少なくない。小沢弁護士も一連の事件対応に関連し、SNS上で身の危険を感じるような中傷を受けたり、画像を面白おかしく加工されたりしたという。 | |||
「被害を受けるリスクを考え、ネットトラブルの訴訟を引き受けたがらない弁護士もいると思います」 | |||
小沢弁護士はそんな被害の「象徴的な事例」として、次に登場する弁護士の名前を挙げた。 | |||
'''100万回の殺害予告を受けた「炎上弁護士」''' | |||
「何だ、これ」。2012年3月、東京都内の沖縄料理の居酒屋。知人らと和やかに食事をしていた唐澤貴洋弁護士(第一東京弁護士会)は、携帯電話の画面を見て衝撃を受けた。匿名掲示板「2ちゃんねる」に、自分を中傷する投稿があふれていたのだ。そこから100万回に及ぶ殺害予告など5年にわたる壮絶な被害が始まった。ネット中傷の問題に取り組む弁護士ら関係者の間で、唐澤弁護士を知らない人はいない。 | |||
発端は、2ちゃんねるに成績表をさらされるなどした少年から依頼を受け、掲示板に唐澤弁護士の実名入りで削除要請の書き込みをしたことだった。当時は削除要請や発信者情報開示の依頼は掲示板上で行うことになっており、内容がすべて公開された状態だった。唐澤弁護士は名前を出していたため、標的になったとみられる。 | |||
削除要請をして数時間後に掲示板を確認すると、既に「炎上」が始まっていた。今後の仕事のためにとツイッターでフォローしていた著名人の中にアイドルの女性が含まれていたことから、〈ドルオタ(アイドルオタク)だ〉と揶揄するようなコメントが相次いでいた。「荒れている」ことに唐澤さんは危機感を覚え、とりあえずツイッターを鍵つきにして見えないようにした。すると、掲示板では〈本人が見てるぞ〉とさらに盛り上がり、投稿が止まらなくなった。 | |||
内容は数週間の間にどんどんエスカレートした。そのうち、唐澤弁護士の名前や事務所名を検索エンジンに入力すると、検索予測に「犯罪者」「詐欺師」などの言葉が出てくるようになった。掲示板上では、唐澤弁護士の名前とネガティブな言葉を組み合わせて繰り返し投稿することで、検索エンジンのサジェスト(予測変換)ワードを作りだそうとする動きがあったという。いわゆる「サジェスト汚染」だ。この状態が続けば、弁護士としての信用を失い、仕事にも影響する。そう考えた唐澤弁護士が法的手段を講じようと発信者情報開示の依頼をすると、さらにそれがネタになり、収拾がつかなくなった。 | |||
'''やがて被害は現実世界へ''' | |||
連日の誹謗中傷は、唐澤弁護士を精神的に追い込んだ。インターネットを見ないようにしようとしても、掲示板などで何が書かれているか気になり、どうしても確認してしまう。見ていない時でも何か悪いことが起きているのではないかと不安で、夜もよく眠れなくなった。頻繁に悪夢にうなされ、感情の起伏もなくなった。少しでもその苦しさから逃れようと、強くもない酒を毎晩あおった。 | |||
最初の投稿から4カ月ほどたった頃、ついに殺害予告が書き込まれた。 | |||
〈8月16日、五反田で唐澤貴洋を殺す〉〈ナイフでめった刺しにする〉 | |||
具体的な日時や事務所を構えている場所、手段まで指定する内容で、今までの誹謗中傷とは明らかに次元が違う。唐澤弁護士は振り返る。 | |||
「ぞっとしました。『殺す』という言葉はすごく重い。その上、匿名なので誰が言っているかも分からない。それは恐怖でしかありません」 | |||
身の危険を感じて警察に相談したが、当時は警察もネット上の脅迫に対し、犯罪という認識が薄く、捜査には時間がかかった。 | |||
その間もさらに追い詰められ、生活は一変した。 | |||
「いつどこで危害を加えられるか分からない」とおびえ、行動パターンを把握されないよう自宅に帰るルートを毎日変え、背後に人がいないか常に気にするように。密室を恐れ、エレベーターではなるべく見知らぬ人と同乗しないようにした。疑心暗鬼が深まり、人の多いところに出かけることも、仕事で人と会うことも負担に感じ、避けるようになったという。 | |||
被害はさらに広がり、家族や、現実世界にも及ぶようになった。両親の名前や実家の住所が特定されてネット上にさらされ、それをきっかけに実家周辺の写真や実家の登記簿までアップされた。実家近くの唐澤家の墓に白いペンキがかけられ、墓石に唐澤弁護士の名前「貴洋」が書かれたこともあった。そしてその写真も投稿された。 | |||
実は唐澤弁護士には一つ年下の弟がいたが、高校生の時に不良グループから恐喝まがいのことをされて集団リンチに遭い、それを苦に自殺している。弟を救えなかったという無力感が、「法を武器に悪と闘いたい」と弁護士を目指すきっかけになったという。弟が眠る大切な場所が汚されるのは、耐えがたいことだった。寺に迷惑をかけたとお詫びに行った帰り道、涙がこぼれ落ちた。 | |||
さらに弁護士事務所にも「実動部隊」が嫌がらせに来るようになった。郵便受けに生ゴミを入れたり、鍵穴に接着剤を詰められたり、唐澤弁護士の後ろ姿が盗撮されてネットに投稿されたりと、ありとあらゆる実害を受けた。このため、事務所は3回も移転を余儀なくされた。さらにグーグル・マップを改ざんして、皇居や警察庁を唐澤弁護士の事務所名に書き換えたり、唐澤弁護士になりすまし、ある自治体に爆破予告したりする者まで現れた。 | |||
「当初は実害の矛先は私やその周辺に向いていたのに、だんだん私というネタを利用して『社会を巻き込んで面白いことをしよう』という方向にエスカレートしていきました。完全に愉快犯です」 | |||
'''被害が落ち着いても消えない恐怖心''' | |||
警察が集計したところ、殺害予告の投稿は約100万回に及んだ。唐澤弁護士によると、海外のネットメディアが出所と思われる「殺害予告をされた件数の世界ランキング」では、1位が世界的人気を誇るカナダの歌手のジャスティン・ビーバー、2位が唐澤弁護士、3位がジョージ・W・ブッシュ元米国大統領──となっているといい、件数の異様さがうかがえる。 | |||
2014年5月以降、唐澤弁護士に殺害予告や爆破予告をした人物など10人以上が脅迫容疑などで逮捕または書類送検(一部が不起訴処分)された。しかし、その後も同様のネット中傷や悪質な嫌がらせは続いた。17年夏には、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻・小林麻央さんが亡くなった時、唐澤弁護士になりすました人物がツイッターに〈姪が亡くなりました〉などとデマを投稿し、大炎上。ツイッター上で〈親族でもない人間が勝手なことを言うな〉などといわれのない非難を受けた。 | |||
唐澤弁護士は18年に、長年にわたる壮絶な経験を綴り、『炎上弁護士』とのタイトルで書籍を出版。「100万回の殺害予告に立ち向かった弁護士」としてテレビ番組にも出演し、頼まれれば学校などで体験を話すこともある。 | |||
被害はここ2~3年は落ち着き、表向きは立ち直ったように見えるが、唐澤弁護士は「今も恐怖心から逃れられない」と明かす。しつこく後をつけられた経験から常に人の視線が気になる。自宅などが特定されないよう、近距離移動でもタクシーを使う。仕事上、人に会わざるを得ないが、初対面の時はとても緊張するようになった。 | |||
ちょっとした相手への否定的な感情や遊び感覚で「着火」され、ネット特有の拡散力によって燃え上がる「炎上」。行為に関わる人たちの軽さとは裏腹に、命を絶つほど精神的に追い込まれたり、長年にわたり身の危険を感じておびえたり、被害者が受ける被害はあまりに重大だ。法律的根拠もなく個人に制裁を加える「私刑」とも言える。炎上という現象の周辺にはどんな人たちがいるのか、どんな心理で関わるのだろうか……。(第2章につづく) | |||
== SNS暴力~なぜ人は匿名の刃をふるうのか 第2章・加害者たちの正体(2)炎上弁護士、加害者と会う(毎日新聞、2020年12月9日) == | |||
{{archive|https://mainichi.jp/articles/20201208/org/00m/040/014000d|https://archive.vn/bJLZr|SNS暴力~なぜ人は匿名の刃をふるうのか 第2章・加害者たちの正体(2)炎上弁護士、加害者と会う - 毎日新聞}}<ref name="yuuryou" /> | |||
[[ファイル:毎日20201209.jpg|300px]] | |||
インタビューに応じる唐澤貴洋弁護士=牧野宏美撮影 | |||
「自分を苦しめたのはどんな人物で、何のためにやったのか」 | |||
誹謗中傷の被害を受け、その理由を知りたいと自ら加害者と接触した人たちもいる。 | |||
第1章で登場した唐澤貴洋弁護士は、複数の加害者を特定し、面会した。本人の了解を得たうえで警察から情報を得て、探し当てたという。見えてきたのは、攻撃的な投稿とは結びつかない、意外な姿だったという。 | |||
唐澤弁護士が会ったのは、殺害予告をしたり、事務所に嫌がらせをしたりした人たち数人だ。全員男性で、10~30代の学生やひきこもり。全く面識はなかった。 | |||
最初に会ったのは、20歳ぐらいの大学生で、両親も同行していた。父親は堅い会社に勤め、母親はどこにでもいそうな普通の感じの女性。大学生はうつむきがちで口数が少なく、理由を聞くと「面白かったのでやっていました。そんなに悪いことだと思っていませんでした」。過激な投稿を称賛する他のユーザーの反応や、度胸試しみたいな雰囲気が面白かったようだという。 | |||
30代の無職の男性は、年老いた母親と事務所を訪れた。ずっとおどおどして「すみません」と言い続け、「理由を聞いてもまともに答えなかった」という。 | |||
医学部志望の男性は浪人2年目で、父親が医師。面会は両親も一緒だったが、唐澤弁護士は、父親が自分の息子が問題行為に関わったことについて、どこか人ごとのような態度だったのが気になった。そこで「どういう家庭なんですか」と聞くと、その男性は「父親が怖くて、せきをする音にもおびえて生活している。浪人生で居場所もない。投稿をしているといやなことを忘れられる」と語ったという。 | |||
唐澤弁護士は事務所の鍵穴に接着剤を詰められる被害にも遭った。実行したのは10代少年で、その場で警察官に取り押さえられた。唐澤弁護士は被害届を出さなかったが、母親を電話で呼び出し、少年とともに会った。着古したコート姿で現れた母親は、涙を流して謝罪の言葉を述べ、語り始めた。少年は母子家庭で育ち、中学校で勉強についていけなくなり、通信制の高校に在籍していた。常にインターネットを見ていて、母親がやめさせようとパソコンを取り上げたものの、バス代として渡したお金でネットカフェに行き、掲示板に書き込みを続けていた。唐澤弁護士が少年のものとみられる書き込みを確認すると、他のユーザーからあおられて、どんどん過激な投稿をしていた様子が分かった。唐澤弁護士の実家近くの墓を特定して写真を投稿したのもこの少年だった。 | |||
殺害予告の書き込みについては事件化され、逮捕された人物にも会った。20代の元派遣社員で、「謝罪したい」と手紙をもらったためだ。殺害予告の相手と会うことになり、唐澤弁護士もさすがに恐怖心を抱いたが、実際に会ってみると「優しそうで繊細な印象の青年」だった。とつとつとした口調で、「投稿に対する反応が面白くてやった。申し訳ない。友達がいなくて孤独で、掲示板に書き込んでしまった」と語った。 | |||
直接会うことはなかったが、殺害予告を書き込んだ別の大学生からは、几帳面な文字で経緯や反省を綴った手紙が届いた。「現実逃避のためにネットに夢中になり、掲示板を利用するようになった。最初は唐澤さんへの中傷の書き込みを眺めているだけだったのが、人を傷つける凶悪な言葉を繰り返し目にするうちに感覚がまひし、いつしか自分も傷つける側になっていった」などと経緯を説明。殺害予告については「ネットのコミュニケーションの一つ」という言葉で表現し、「唐澤さんがどんな気持ちになるかは考えなかった」と書かれていた。 | |||
'''ネットは居場所、孤独で罪悪感乏しく''' | |||
複数の加害者と面会した唐澤弁護士は、「正直、拍子抜けした」と明かす。 | |||
相手が開き直って何か主張してくれれば怒鳴り合うぐらいの覚悟はできていたが、「みんなすんなりと謝るんです。私に恨みがあったり、こだわりやドロドロした感情を抱いていたりする人はいませんでした」。 | |||
彼らに共通するのは、コミュニケーション能力が低く、周囲に理解者が少なく孤独、罪悪感が乏しい──という点だった。 | |||
「彼らにとってインターネットは居場所だったんだ」。加害者との面会を通じ、唐澤弁護士はこう考えるようになった。掲示板はある種のコミュニケーション空間で、疑似的な「仲間」がいる。過激な内容のネタを随時投稿することによって、会話が盛り上がって関係が円滑になり、居場所が保たれる。それが彼らの自己確認、存在証明の場になっている──というのだ。 | |||
「テーマや攻撃の対象は何でもいいわけです。私という人間に興味があるわけでなく、みんなが知っている共通の『記号』としてネタにされていただけなのだと思います。その証拠に、私への攻撃が落ち着いた後、今度は攻撃していた側の一人が標的にされ、炎上していました。大義があるわけではないのです」 | |||
前述した大学生は、手紙の最後に謝罪とともにこう綴っていた。 | |||
「弁護士として真面目に仕事をされていただけの方が、大勢の匿名の悪意にさらされることの理不尽さが、今の自分にはやっと分かるようになりました。苦しめられる人から目を背けない大人になりたい」 | |||
少し救われた気がした。唐澤弁護士は、居場所をネット空間に求める若者たちの背景にある社会的、構造的な問題にも目を向けるべきだと考えている。 | |||
'''俳優が10代加害者と対話を重ねた理由''' | |||
テレビや舞台で活動する俳優の土屋シオンさん(28)も加害者と向き合った一人だ。 | |||
仕事や趣味、日常のニュースから感じたことを積極的にツイッターでつぶやいていた土屋さん。2020年2月頃から、悪質な書き込みや嫌がらせのようなリツイートが増えた。 | |||
〈この4流役者め!!!!!!〉 | |||
〈四流俳優の死ってドラマ作ろうww〉 | |||
粘着質な相手には〈二度と絡んでくんな〉と返信したが、逆にさらなる「炎上」を招いた。「ウィキペディア」の土屋さんを紹介するページは、「没年月日 2020年3月30日」「死没地 twitter」などと改変された(現在は削除)。 | |||
自身のフォロワーは約3万人。ツイートに「いいね」してくれる人は、本当に自分を支持してくれる仲間なのだろうか? それとも敵なのか? | |||
「3万人が監視していて、その中に殺人鬼がいるような気がした」 | |||
疑心暗鬼に陥り、街で少し視線を向けてきただけの人も怖くなった。 | |||
だが、こうした中傷を「スルーせず、向き合いたい」と約10人の身元を特定。驚いたのは、ほとんどが10代だったことだ。「人生これから」という時期。訴訟に持ち込んだり、通っている学校に連絡したりして、退学に追い込むようなことは避けたい。そう考え、電話で直接やり取りすることにした。 | |||
「書き込んだのは、なんとなく。理由なんてないです」 | |||
中学生から大学生までの男女と話したが、総じて加害意識が希薄だった。 | |||
「芸能人はみんな(中傷されることを)我慢しています」「(土屋さんの)イメージ悪くなりますよ」などと、自分のしたことを「正論」のように主張する学生もいた。 | |||
土屋さんの電話を受け、「これって、要は訴えたり学校に連絡しないから話せって事ですよね」と、「脅迫された被害者」のように振る舞う人もいたという。 | |||
彼らの主張に対し、土屋さんは冷静にこう説いた。 | |||
「『なんとなく』『芸能人だから』という理由で奪っていい尊厳なんてないし、『みんながやっているから』というのも違う。それは正しさの証明にはならない。何が正しいか、自分で考えることが大事だ」 | |||
ネット上と現実世界を切り分けてとらえている点も気になった。 | |||
「ネットの問題をリアルの世界に持ち込まないでください」「母親とか学校とかにツイート見られる方が地獄」。彼らは迷惑そうに反論した。土屋さんは「殴り合いのけんかをすれば、殴られた人の顔も見える。でも、ネット上では殴っている感覚がなかったのだと思います」と分析する。 | |||
土屋さんには、ネット上の誹謗中傷に悩んだ末に芸能界を引退した仲間もいて、「ネット上で拡散した言葉で、一人の人生が奪われた。許せなかった」と話す。被害は誰にでも生じ、深刻な結果をもたらす。次第にネット中傷そのものをなくしたいとの思いが強くなった。中傷加害者の若者たちと直接話したのも「大人として、ちゃんと子どもたちと向き合って、すてきな人生を送ってもらいたかった」ためだ。特撮ヒーロー番組に出演した経験もあり、「子どもたちにとっての『ヒーロー』でありたい」との思いもある。 | |||
「行動を起こして良かった」と思えることもあった。メールでやりとりした男子高校生から後日、「やりたいことを見つけて、友達もできました」との連絡があったのだ。 | |||
「彼らはネット上で他人を見下すことで、人から認められたいのだと感じました。でも、自分の実生活で努力して居場所を見つけてくれて、本当にうれしかった」 | |||
'''属性さまざま 街中でも分からない「普通の人」''' | |||
ここまで紹介した誹謗中傷の加害事例は、若年層の男性によるものがやや多い印象だが、取材を総合すると、実際は性別や年代はあまり関係ないようだ。 | |||
先述した甲本弁護士は、「加害者」からの相談を受け付ける専用サイト「名誉毀損ドットコム」を2016年に開設。年間150~200件の相談を受けているが、年齢層は20~50代で男女はほぼ同数、職業も無職や会社員、公務員、主婦など幅広い。「ネットユーザーの構成と同じという印象」と話す。 | |||
第1章で紹介したスマイリーキクチさんも、警察から中傷を書き込んだ相手の写真を見せてもらったことがある。サラリーマン、主婦、国立大職員、プログラマー、高校生──と属性はさまざまだが、「街中ですれ違っても全く分からないような、ごく普通の顔の人」だったという。暴力的な書き込みと大きなギャップを感じ、「彼らは匿名になった瞬間にこんな言葉を書くのかと。ショックでした」と振り返る。 | |||
加害者の男女比の正確なデータはないが、「女性が多い傾向がある」との指摘もある。ネットトラブルに詳しい深澤諭史弁護士(第二東京弁護士会)は、ネット上で中傷した側の相談対応や代理人も手がけてきたが、こうした投稿のうち3分の2近くを女性が占め、30~40代が多いという。 | |||
「あくまで私が取り扱ったケースですが」と前置きしたうえで、男性は相手から不快なことをされて恨みを抱いて攻撃的な投稿をするケース、女性は他人の良い暮らしぶりなどに嫉妬を抱いて悪意を持つケースが目立つという。最近、女性に特徴的なのは、写真をメインにしたインスタグラムの投稿を巡るトラブルだ。ブランド品を持っていたり、高級マンションに住んでいたりする様子を写真で見ると、それに嫉妬した人が根拠がないまま〈実は中古品だ〉とか〈高級マンションと言うが、部屋は低層階だ〉などと相次いで書き込む。こうした投稿をした理由を聞くと、「他の人のコメントを読み、すごく悪い人だと思った」などと語り、自身の書き込みの違法性を認識できない人が多いという。 | |||
多くの相談に乗ってきた深澤弁護士は、誹謗中傷に及ぶ背景の共通点として、「現実社会で感じている抑圧への反動がある」と指摘。誰でもやりたくてもできないことがあり、不満がある。「SNSならやりきれない現実から離れ、我慢しなくていい。だから、攻撃的な投稿に走り、興奮し、快感を覚えるようになるのではないか」と分析する。 | |||
'''被害と加害は表裏一体''' | |||
中傷に関わる多くは「普通の人」だからこそ、いったん自分のしたことの重さを知ると、罪の意識にとらわれ、深い苦しみに陥るケースも多いようだ。 | |||
甲本弁護士によると、相談に訪れる加害者の多くは、被害者側がプロバイダ業者などに発信者情報の開示を請求し、業者からそれに同意するかを問う意見照会書が送られて初めて自身の悪質な行為に気づくという。 | |||
相談者の大半が、精神的に不安定になり、何日も眠れない、食事が喉を通らない、仕事に行けない、などと訴える。 | |||
「匿名だからと安心して書き込んでいたのに、突然ネット上でしか知らない相手方とつながったことにショックを受けるようです。ひどい場合には自傷行為に走ったり、自殺してしまった人もいました」 | |||
甲本弁護士によると、自殺したのは30代のひきこもりの男性だった。命を絶った後、家族が男性あての意見照会書を見つけて、相談に訪れたという。 | |||
「自分はとんでもないことをしたのではないか、警察に逮捕されるんじゃないか、と思い詰めて八方塞がりになったようです」 | |||
罪悪感にさいなまれる加害者は多い。甲本弁護士のもとには、「死のうと思って、今踏切にいます」「今から自殺します」という電話が半年に1度ぐらいかかってくる。そのたびに「死ぬような問題ではない」と落ち着かせて、後日相談に来るよう説得するという。 | |||
多くの事例を扱ってきた甲本弁護士は「経験上、ネットトラブルの背景にはネットへの依存があると感じています」と語る。そのうえで、「交通事故と似ていますが、自ら動いてたくさん発信している以上、誰でも被害者にも加害者にもなる可能性があります」と指摘する。 | |||
ネットによる誹謗中傷は、被害者側は言うまでもないが、加害する側も深い傷を負う。 | |||
'''炎上に油を注ぐ特定班とは''' | |||
人々を加害行為に駆り立て、炎上を過熱させる背景の一つに、「特定班」と呼ばれる人たちの存在がある。ネット上で話題になったり、非難されていたりする人物の個人情報を突き止め、さらす人たちだ。特定班の人たちがもたらす情報によって、新たな「標的」が設定され、炎上が生まれる条件が整えられていく。 | |||
〈地下鉄サリン事件と変わらないテロ行為〉 | |||
〈傷害罪ではすまない、殺人未遂だ〉 | |||
新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言発令下の2020年5月、ツイッター上には激しい非難の言葉が飛び交った。大型連休で東京都から山梨県内へ帰省中にコロナ感染が確認された女性が、PCR検査で陽性判明後に高速バスで都内に戻っていたにもかかわらず虚偽申告していた、と報道された。これをきっかけに女性に対するバッシングが過熱したのだ。 | |||
女性の本名や勤務先、顔写真、家族の職業などを「特定」したとする真偽不明の情報が拡散された。これには、山梨県が数日にわたって記者会見を開き、女性の帰省中の行動エリアや女性の実家のおおまかな場所などを発表したことも影響したとみられる。 | |||
女性に関する情報をまとめた「トレンドブログ」もネット上に乱立し、東京都内の「勤務先」の電話番号を記載して通報を促すものもあった。女性の勤務先として一方的に名指しされた飲食関連の企業は、ホームページ上に「SNS等における事実無根の情報について」と題した文面をアップし、「当社関係各位に新型コロナウイルス感染者は確認されておりません。(中略)この風評被害に関しては、法的措置も視野に厳正に対応していく」と抗議した。女性の友人と称するツイッターのアカウントも「自分が彼女とバーベキューをした人物だと勘違いされ、職場に多数問い合わせがあったり、親戚の家に無言電話が来たりしている」などと被害を訴えた。 | |||
炎上の「燃料」としての役割を果たす「特定班」の正体は何なのか。ジャーナリストの渋井哲也さん(50)は、インターネットでつながる人たちを取材する中で、「特定班」と名乗る複数人と接触した経験があるという。 | |||
渋井さんによると、「特定班」が登場するようになったのは2000年頃。インターネットが普及し、「2ちゃんねる」などのネット掲示板の利用者が増えてきた時期だ。 | |||
「起源は不明ですが、代表的な活動場所としては『2ちゃんねる』のスレッドの一つ『既婚女性板(通称「鬼女」)』が挙げられます」 | |||
特定作業には手間がかかることから、パソコンの前に長時間いる人という意味で、名付けられたが、実際にはなりすましもいて、専業主婦のほかにIT関係者、大学院生も多かったとみられる。 | |||
「班」といっても、互いのつながりがあるわけではなく、それぞれが自分が得た情報を成果として投稿していき、集積された情報によって特定につなげる仕組みだ。 | |||
対象となるジャンルは、芸能ネタや事件、いわゆる「バカッター」と呼ばれる、悪ふざけ動画を投稿した一般の人など多岐にわたる。芸能ネタでは、タレントの男女のSNSなどをチェック。発信している場所や時間、内容に共通性があれば「交際しているのでは」などと情報を流す。 | |||
ある女性タレントの投稿したコメントの行頭の文字を拾っていくとある著名スポーツ選手の名前を挙げてメッセージを送っているように読めるとして、この二人が不倫をしているという発信もされて話題になった。また、白紙撤回に追い込まれた東京オリンピックのエンブレムについては、ネット掲示板などでデザイナーの盗用疑惑が次々に指摘された。 | |||
社会をにぎわす大きな事件では、容疑者に関する情報を徹底的に調べる。名前やニックネームなど、考え得るあらゆるパターンで検索をかけてSNSやブログを割り出したり、背景写真から画像検索をして実家などゆかりの場所を特定したりするという。 | |||
'''動機はエンターテインメントと少しの正義感''' | |||
前述の山梨県に帰省した女性のように、一般人が特定班の標的にされる例は少なくない。 | |||
バイト中に冷蔵庫に入るなど悪ふざけした動画を仲間内の「LINE」で共有していたところ、一人がツイッターなど開放されたSNSに投稿してしまい、それが拡散して批判を浴び、標的にされるケースもあった。また、ある出会い系サイトで、「有名企業の就職内定者だ」と言って女性を誘っていた男性が氏名を特定され、それを誰かが企業側に通報して内定を取り消されたケースもあったという。 | |||
「特定班」は何のために動いているのか。渋井さんは、「エンターテインメントと少しの正義感」と考える。ネット上にあるヒントを集めて情報を絞っていく作業自体が楽しく、真実か噓かは関係ない。特定することでツイッターで称賛され、話題が広がっていくのが快感なのだと。「その過程で、少しだけ正義感を感じる時もあるのではないか」と推測する。 | |||
山梨の事例のように、特定したとされる事実が間違っていることも多い。第1章で紹介した、2019年の常磐道あおり運転事件で、主犯の同乗者と誤認された女性の事例も同様だ。渋井さんは「間違った情報を流して特定した場合は、名誉毀損などで損害賠償を求められる可能性が高い。たとえ正しかったとしてもプライバシー侵害になる」と警告する。 | |||
匿名による中傷によって、相手が受ける被害は甚大で傷は深いが、対照的に加害者の動機はあまりに軽い。(第3章につづく) | |||
== SNS暴力~なぜ人は匿名の刃をふるうのか 第4章・深刻化する被害の真相(2)中傷は突然降りかかってくる火の粉(毎日新聞、2020年12月11日) == | |||
当記事については唐澤貴洋について書かれている部分が少ないため、一部のみ抜粋して掲載する。 | |||
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'''「見なければいい」ができない心のメカニズム''' | |||
ネット上の誹謗中傷への対処方法として「見なければいい」「気にしなければいい」という見方があるが、現実には難しいようだ。第1章でスマイリーキクチさんは、ネット上の暴言を「スープに入ってきたハエ」に例え、支持や応援が大半でも、批判が気になると語った。唐澤貴洋弁護士も、「何が書かれているか気になり、インターネットを見ずにいられなかった」と証言する。これはどういう心の働きによるものだろうか。 | |||
インターネットとストレスの関係を研究している明治大学の岡安孝弘教授(健康心理学)によると、人は特定の物事を考えないようにすればするほど、かえってそのことが頭から離れなくなってしまう傾向(思考抑制の逆説的効果)や、仮にポジティブな経験とネガティブな経験が同程度の量であっても、「ネガティブな経験ばかりしている」ととらえてしまう傾向(選択的注目)があるという。 | |||
これらを踏まえ、岡安教授は「ネット上の誹謗中傷にとらわれてしまうのは、少数であってもネガティブなコメントに『選択的注目』してしまい、それを忘れようとすればするほど忘れられなくなるという『思考抑制の逆説的効果』の状態にはまりこんでしまっていると考えられます」と指摘する。 | |||
こうした思考回路によって抑うつ傾向が強まると、さらに四六時中、ネガティブな思考を続けてしまう「ネガティブ思考の反すう」が起きる。SNSを見ないようにするなどの遮断行為を取ることも難しくなる。反すうしているうちに、「自分が想像しているよりもひどいコメントが書き込まれているのではないか」と不安になり、不安を解消するために見ざるを得なくなってしまうからだという。不安と確認の悪循環が起こり、この状態が悪化するとうつ病になり、自殺に至ってしまうこともある。 | |||
香山さんは追い詰められる人の心理に関し、「特に自分が揺らぎ、自信がない時に誹謗中傷が拡散されたり、大勢が同意したりしている状況が続くと、この世には居場所がないと思ってしまう人もいます」と分析する。 | |||
「匿名の投稿であっても、実は知り合いなんじゃないかとか、自分が誹謗中傷されていることをみんな知っているんじゃないか、とだんだん疑心暗鬼が深まる。リアルな生活でも思い詰めてしまうのです」 | |||
1日100件もの中傷を受けた、と書き残した木村花さんは、どれほどのダメージを受けたのだろうか。香山さんは「まだ若く、プロレス選手としてどう活動していくか、芸能活動とのバランスをどうとるか、などいろいろ考え、悩みもあったと思います。そういう中でテレビに出て、その出演シーンに対して中傷され、彼女自身の悩みや揺らぎが大きくなってしまったのではないか」と推測する。 | |||
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== 註釈 == | == 註釈 == |