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>島田「にかい」
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<div style="font-size:110%">'''ジャーナリストから見た'''<br>
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'''ネット依存とは'''</div>
'''ネット依存とは'''</div>
'''唐澤''' 渋井さんはもともと新聞記者をされていたんですよね。どういったきっかけでインターネットの問題に取り組み始めたんですか?


'''渋井''' 僕は1993年に長野日報に入社して、初めは車の免許がなかったので内勤だったんですよ。内勤ってパソコンを使うんですけど、単にシステムだけ見ててもつまらない。ここでなにができるだろうって考えていたときに、ちょうどシステム担当がインターネットに精通している人で、システムに関することからネットコミュニケーションの可能性まで教えてもらったんです。<br>
 1996年8月に、当時住んでいた長野県塩尻市が無料でネット回線を開放するサービスを開始したので、そのタイミングでネットを始めました。でもそのときはまだヤフーのページとかも何もなくて、ネットには情報が溢れているって聞いてたのに全然情報少ないじゃんって。<br>
'''唐澤''' ネットは世界とつながっているはずなのに?
'''渋井''' それで情報がないなら自分で情報を作っちゃえって。最初は興味のあった教育問題の発信をしていたんですけど、いまいち盛り上がらなかったんですよ。だけど、『朝まで生テレビ』で援助交際特集をしたときに、それに対して「女子高生って本当はそんな姿じゃないよ」というロフトプラスワンでのイベントを書いたら、援助交際している女子高生から結構反応があったんです。自分のことも取材をしてくださいとか、あるいはまだ援助交際はしてないけど、今後する気持ちはあるんだっていう子たちからもコメントが来て。ネットと家出・援助交際っていうものの相性の良さを感じたんですね。それがネット問題に取り組み始めたきっかけです。
'''唐澤''' 相性がいいとはどういう意味でしょう。
'''渋井''' 家出や援助交際をする子たちって、どこにも居場所がないんですよね。家庭や学校に居場所を感じられないから、自分の住んでいる地域や家族、学校以外の場所に行ける方法をずっと探しているんです。ネットは外の世界とつながれるものなので、自分の殻を破りたいと思っている子たちの受け皿だったんですよ。その頃からインターネットは居場所になっていたんだと思います。


<div style="font-size:110%">'''スマホ時代到来で'''<br>
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