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恒心文庫:虎ノ門ボウル

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

当職は焦っていた。
レーンの前で次の投球を待つも頭の中が真っ白だ。
抱えた6ポンドのボウルがかなり重く感じる。
10フレーム目2投目、はっきり言ってこの緊張感は異常だ。

当職のこの激しい呼吸の乱れの原因は賭けボウリング。
若かりし頃誰しもやったことあるだろう。
同窓達と共に呑み、上がった機嫌のまま二次会として赴いたボウリング場。
ただ、やはり男同士。ただ投げるだけじゃ面白くない。こういう次第だ。

賭けの内容はこうだ。当職一人対同窓四名。
当職のスコアを50倍したものが同窓達4人のトータルスコアを優れば勝ち。

先に投げ終えた彼らのトータルスコアは620。
勝負はここからだ。

当職のスコアは現在8
つまりこの最後の投球で6ピンさえ倒せば逆転。
はっきり言って今までの投球は撒き餌。
真の勝負師は勝負を楽しむナリ。

当職は武者震いしつつ、ボウルに付いたオイルを拭く。
後ろで囃す同窓達には目もくれない。

さあ投げる準備ができた。屈めた背を伸ばす。行くナリよ。が次の瞬間信じられないことが起こった。

場内のすべての照明が消えた。理解が追いつかない。これはいけない。
呆然としているうちに、何やら係員らしき人物が小走りでレーン脇にやってくる。
そして照明が色を変えて再び灯る。今度は怪しげに。

係員はマイクのスイッチをおもむろに入れDJさながら喋り始めた。

さあお待ちかね。チャンスゲームの時間!ここでストライクを取った方は商品を差し上げます。

当職は完全に集中力を切られた。

他のレーンはガヤガヤと盛り上がり始めた。

だが当職は心の中で叫んでいた。ストライクなんかどうでいもいい。6品さえ倒せば良いのだと。

しかし、係員の店舗は続く。
投球姿勢に入って下さいと呼びかけ始めた。

好きに投げさせろと当職はたまらず声を上げようかと喉までこみ上げたが堪えた。
いいナリよ・・・。なんならストライクを取ってやるナリ!

係員の点呼で場内の選ばれしボウラーが投げる態勢が整った。無論、当職も。

係員は満を持して声を上げた。

場内に重い音が響き渡る。
当職も続かねばならない。思い切りよく振りかぶった。
ために溜め、ここだ。投げるタイミングが来た。イケる。
が、しかしまたもや信じられないことが起こった。
ボウルが手を離れないのだ。
手の先の勢いづいた球は当職の体を前に引っ張る。
さながら水面に躍り出る魚のように跳ねた当職はレーンの中に飛びこんだ。

オイルで磨かれたその床に体を強く打ちつける。
当然腹も打ちつけた。

もう、もう無理だ。
初めから緊張して都合の悪かった胃腸だ。止まらない。身が。実が震える。


あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )


虎ノ門にある深夜の娯楽施設。そこは一変にして茶色の地獄に変わり、0という数字が静かに刻まれた。

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