恒心文庫:海開き
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本文
――海。
それは全ての生命のゆりかご。
原初の生命体は海に生まれた。
強烈な放射線と猛毒の酸素が嵐となって吹き荒れる原始地球において、
海はか弱い生命を守り育む、母なる子宮であった。
――母。
全ての動物は母から産まれる。
全ての哺乳類は母の乳を吸って育つ。
子を愛し、慈しみ、時に傷つけ、殺す。
全ての子にとっての偉大なる女王。
――洋。
父であり母。
大地であり大洋。
息子を産み、自らの乳で育て上げた男。
燦然と輝く白銀のもみあげこそ有能会計士の証。
厳粛なる論理的帰結により、
美しい理論がここに確立された。
すなわち海とは母であり、母とは洋であり、洋は海である。
つまり海開きとは、洋を「開く」日に他ならない。
テーブルの上には血と臓物と糞便に彩られ、花弁のように肋骨を広げた洋の姿があった。
今年の夏は暑い。サウナのように熱い部屋の中で、空っぽの洋の腹腔は強烈な臭いを発し、大量の蝿を呼び寄せていた。
それはジャングルの中のラフレシアのようにも、男を誘う娼婦のようにも見えた。
海が開き、夏が来た。
彼はナイフを放り投げると、溶けかけたアイスを舐めはじめた。
タイトルについて
この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。
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