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恒心文庫:日陰者の恋

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

絶頂は日陰で咲く。唇はまた重なる。
10畳ほどの狭い部屋で、不規則な息づかいが重なる。
シーツに染みができるほどに汗をかいた大の男二人が、全裸で重なり合っている。
つまり、私たちは男どうしでセックスしていた。
少し落ち着くと、思考がクリアになり、窓の外でわずかばかりの短い命を謳歌しようと羽を懸命に擦り合わせている蝉の鳴き声を聞く余裕も出てくる。
「洋、好きだよ」
少し照れくさかったが、私はもう一度愛の言葉を口に出した。愛は無形であり、つかめない。
言葉は逃げていくものだが、それでも愛よりは捕まえやすい。だから、私はその瞬間の漂う言葉を、この身体を通して洋に伝える。
肺から気道を通り声帯を震わせ、波形となって洋の鼓膜に到達する。電気信号は脳で処理され意味を持たされる。
シナプスの連絡の演算結果。何かから何かへの絶え間ないリレーのゴール。洋はやはり恥ずかしそうにしながら、それにキスで応えた。
誰かがみたら、公認会計士とは思えない痴態であると指弾するだろう。それでも、人間が死のその間際まで欲望する快楽の、淫靡な誘惑がもたらしたものだ。
窓を叩く蝉の声は、雨音に変わった。少し開けた窓の隙間から、誰をも懐かしくさせる雨の匂いもした。
先ほどまで太陽に熱せられ、道を歩く人々の体に向けて熱線を反射していたアスファルトの道路が、突如の雨で冷やされる芳香がした。
きっとここ虎ノ門の私の事務所付近まで来ていた悪い者たちは、この慈雨を苦々しく思いながら、どこか雨から逃れられる場所を求めて行ってしまったに違いない。
はしゃいで天から飛び込む雨粒たちが地面にあたって跳ね返り、その飛沫がまた建物の壁にあたって跳ね返る。
彼らの結末はきっと、水たまりとして地上に滞在するか、道路の排水溝にながれるかの二つに一つ。
そんな雨粒たちの、無限に繰り返す反射の夢想に負けまいと、私はわざと大きな音をたてて洋の唇にむしゃぶりつく。
洋の胸をまさぐり、たっぷりと生えた毛をかき分け、既に屹立した乳首を探し当てるとそれを右手の人差し指と親指とでつまんだ。
洋は小さく声をあげた。雨に冷やされた外気が、逃げ場を求めるかのように窓の隙間から事務所に侵入し、私達の体を程よく冷やす。
左手は陰毛をかき分ける労を要さなかった。充血した海綿体は、その存在を大きく訴えていた。
亀頭の先から横溢するカウパー氏腺液をもて遊び、陰茎全体に薄く伸ばしていく。
乾いていくが、しかし、おいかけっこのように腺液の方がより多く分泌され、充分に濡れた状態になった。
私は洋の陰茎を自らの肛門の口に充てがう。ゆっくりと体重をかけ、私の肛門は彼を受け入れる。
上下に動き、刺激を与えるが、私の前立腺もその度コツコツとノックをされ、身体全体が、有史以来の真理と合一し、私の中をうごめく蟻たちが蜜を求めてか、その先端に集まり始まる。
「出る、出るよ」
洋はそう口にするやいなや、私の中で射精した。それに遅れること数秒、あるいは燕が三度羽ばたくのに要する時間ほど遅れて、私も射精した。
種子は飛び散り撒種された。神に痕跡刻印された土くれは白く輝く虹となり、洋の体を化粧する。
しかし、これがいけなかった。夢中になりすぎていた。訪問者の接近も、その者が扉を開ける音も聞こえなかった。鍵をかけても詮がなかった。
私達の行為を目にした彼は、叫んだ。

「父さん、三上さんと事務所で何をしているんだ」

蝉の声が再び聞こえはじめた。雨はやんでしまったようだ。
カーテンの隙間から光が、私達の日陰に差し込み、砂漠を作った。

(終了)

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