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恒心文庫:丑三つ時の怪音

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文

ねじれた天井の木目が無数に覗き込んでくる。貴洋はそれらと目を合わせない様にしばらく目線を泳がせると、一転弾かれる様に目を覚ました。
庭先に面する廊下、その床板が先程から軋みを上げているのだ。まるで誰かが歩き回っているかの様に。貴洋は自分の隣、同じ布団の中静かな寝息を立てて眠る洋を見た。
今、この家に住んでいるのは親子二人だけである。ならば先程から聞こえるこの足音は誰のものなのだろうか。廊下に面した障子、その月明かりに照らされた向こう側で何かが立ち止まるのを、貴洋は横目に捉えた。
小さな影だ。薄ぼんやりと浮かび上がった輪郭が、障子の向こうに佇んでいる。それは丁度、中学生頃の自分程の大きさの様に思え、貴洋はつぶやいた。
「厚史・・・」
その小さな声に答える様に、影が小さく揺れる。次いで、影の映る障子の一点、薄い障子紙がこちらに向かってたわんでいく。木枠の微かな軋みが、薄暗い部屋を満たしていく。
貴洋はしばらくして、耐えかねた様に破れた障子紙の向こう側から、何か青白いものが覗いているのに気がついた。
それはちんぽだった。血の気のない薄い色をしたちんぽが、ロウのかたまりの様に障子の向こう側から突き立って震えているのだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
貴洋は思い出したかの様に自分の叫び声を聞いていた。薄く湿った肛門から何かが次々と飛び出していく感覚だけを残して、貴洋は人心地を失って行く。もはや夢なのではないか。ぼやけた視界の中、障子から突き立つちんぽ、そのグズグズに崩れた亀頭から白い液体が噴き出す。
そして瞼越しに感じる白い輝きに、貴洋は目を覚ました。
庭先から、まばゆいまでの朝の光が差し込んでいる。その脇で、開け放たれた障子の縁に手をかけながら、父が小言を漏らす。
「いつまで寝ているとは言わんが」
そういう洋のアヒル口の端には、ヨダレの乾いた白い筋が無数に走っている。貴洋は寝ぼけ眼を指でこすろうとして、ふと息を呑んだ。
寝床が、床が、部屋が糞にまみれている。まさか。弾かれた様に上げた目の先、障子紙にあいた小さな穴。
やはり夢ではなかった。貴洋の身が震える。恐怖の為ではない。厚史が、当職に何かを伝えようとしている。その直感に身が震えるのだ。
貴洋は寝巻きのスーツを脱ぎ捨てると、普段着のスーツを身につけた。どうせ毎日が日曜日だ。心がせかすまま、貴洋は転がる様にして四つ足で外へと飛び出した。

そうしてしばらくして、貴洋はタマガワの河川敷についた。誰もいない川辺で、丈の低い草の先が風に揺れている。太陽は天高く輝き、真上から貴洋を見つめる様に照りつける。貴洋はそのまなざしから顔を逸らしながら、首元の汗を手のひらでぬぐう。折り畳んだジャケット、その下の腕から、腋から、じっとりとした汗が滲んでは流れていく。
暑い。貴洋は額の上に手をかざし、土手を慣れたように下っていく。その先に、弟が眠っているのだ。貴洋は斜面を滑る様にして下っていく。
やがてついた橋の影。涼しげな風が吹き抜けるその場に、厚史の墓はあった。一抱え程の平らな石。地面に突き立てられたそれを囲むように、花束とアイスの棒が添えられている。
貴洋はその前で立ち止まった。弟の墓は小綺麗に掃除されていた。貴洋が以前目にした時とほとんど変わっていない。毎日が日曜日なので、暇な時には掃除に来ているのだ。
貴洋は思わずつぶやいた。
「何が不満ナリか」
ぽつりとこぼされた言葉は、川沿いの風に流され、余韻だけを残して消えていく。しかし、貴洋の中には変わらず、鬱屈としたものが溜まっていく。
毎日掃除しているのに。毎日花を備えているのに。アイスの当たり棒を毎日飾っているのに。
「何が不満ナリか!」
それは怒りだった。長い間、報われない努力をしていた兄の、逆鱗であった。
「当職はこんなに頑張ったナリ!感謝するナリ!感謝するナリ!」
貴洋の足が、厚史の墓石に叩きつけられる。備えられた花は花びらを宙に散らして土にまみれ、アイスの棒はへし折れて散らばる。
「認めろナリ!認めろナリ!」
倒れる墓石。貴洋はその根元の土を指で掻き分け、弟をおもむろに引きずり出す。
弟はほとんど骨になっていた。暗い眼窩から虫が顔を出すが、気にせず貴洋はその骨格を縦横無尽に振り回した。川沿いの風に、カラコロと軽い音が混じる。
次いで、その小さな体を貴洋は地面に叩きつけ、仰向けになったその節々に鞭を振るい始める。貴洋の手首のスナップに合わせ、鞭が飛ぶ、骨片が飛ぶ、汗が飛び散る。
頭蓋骨、肩、肘、鎖骨、肋骨。そして腰骨を打ちつけ様としたその時に、貴洋はそれを目にした。
それはちんぽだった。薄い色をしたちんぽ。ただ、それは夢の中で見た血の気のないものなどではない、確かに脈打つ隆々としたちんぽだった。肢体を鞭打たれて、厚史は喜んでいるのだ。呆然と立ち尽くし貴洋の目の前で、若い雪が散る。まるで春の息吹の様に噴き出したそれは、優しげな風に跡形も無くさらわれていく。
途端、貴洋の頭に天啓が差し込んだ。悪いものたちにやられた厚史。厚史は乱暴されて苦しんだのか、それとも。
鬱屈としたものがほどけていく様に感じ、貴洋はふと空を仰いだ。

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