恒心文庫:チンフェマン
本文
かつて、ネットの深淵で「八神太一」を名乗り、傲慢な自分語りの末にすべてを特定され、住所、学歴、親の仕事までを晒し尽くされた男がいた。長谷川亮太。炎上の果てに彼は社会から消えた。しかし、数年の沈黙を経て、彼は千葉県松戸市の路上に再び姿を現した。格好は、全裸。背中には、真っ赤なカーテンで作ったマント。
そして顔には、プライバシーを守るため(今さら!)の紙袋。
「俺はもう、失うものなんて何もない……。自分を語る言葉も失った。今の俺にあるのは、この剥き出しの肉体と、理不尽な世界への怒りだけだ!」
彼は股間のコンプレックスを揶揄され続けた過去を昇華させ、自らをこう定義した。
「正義の味方、チンフェマン参上ナリ!!」
深夜の繁華街。酔っ払った若者たちが、路上で「俺のほうがまだマシだ」と、不毛なマウントを取り合っていた。
「お前、実はズル剥けじゃねーだろ?」
「うるせーよ、これはいわゆる仮性だわ!」
その時、電柱の影からマントをなびかせた全裸の影が飛び出した。
「待てい!!」
若者たちが絶句する。街灯の下で輝く、あまりにも無防備な長谷川の姿。
「貴様ら……隠すことを美徳とし、真実から目を背けているようだな。皮を被って本心を隠す、その精神の包茎こそが、この国の腐敗の根源ナリ!」
「えっ、誰……? 怖いんだけど」
「問答無用! 成敗!!」
チンフェマンは全裸のまま、驚異的なステップで接近した。かつてネットで「特定」という名の攻撃を食らい続けた彼は、他人の「隠したい部分」を見抜く嗅覚が異常に発達していた。彼は若者の股間を指差し、必殺技を放つ。
「特定・剥離真実(アイデンティティ・ピール)!!」
それは物理的な攻撃ではない。彼が放つのは、圧倒的な「さらけ出し」のオーラだ。
「俺は住所も顔も、チンコのサイズも全部晒されたんだぞ! それに比べれば、お前の悩みなど、皮一枚の厚さにも満たん!!」
その迫力に押され、若者はその場に泣き崩れた。
「すみません……自分、本当は自信がなくて、ずっと自分を偽ってました……!」
「……わかればいい。さらけ出せ。そこからが本当の人生ナリ」
チンフェマンは満足げに頷くと、全裸で夜の闇へと消えていった。
翌朝、ネットの掲示板には新たなスレが立っていた。
【速報】松戸に全裸の不審者「チンフェマン」出現。包茎を説教して回る
書き込みの反応は冷ややかだ。
『また長谷川か』
『特定されてから吹っ切れたな』
『無敵の人は強い』
しかし、長谷川はスマホの画面を見て不敵に笑った。
かつては「特定」を恐れ、匿名性の陰に隠れていた。だが今の彼は違う。
「いくらでも語るがいい……今の俺は、誰にも捕まえられない風(露出狂)なのだから……」
彼は再びマントを翻し、次の現場へと向かう。
世界から「隠し事」がなくなるその日まで、チンフェマンの孤独な戦いは続く。
タイトルについて
この作品は公開された際タイトルがありませんでした。このタイトルは便宜上付けたものです。
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- 初出 - デリュケー チンフェマン(魚拓)