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恒心文庫:超越神力vs超越神力

提供:唐澤貴洋Wiki
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本文


『緊急警報!緊急警報!』
『死刑囚一名が脱獄!』
『職員は直ちに向かえ!!』

刑務所に鳴り響く警報。死刑囚一名が脱獄したのである。
緊張感、空気の騒めきが走っているのは刑務所内だけではない。刑務所の外、入り口を固める刑務官たちにも同様に走っている。
「時間的にはそろそろ出てくる頃だ!」
「対象を見つけ次第………

-----------*
所変わってここは死刑囚がいた独房。
脱獄したのは掃除された直後だろうか。
彼がいた所にしては部屋がやたらと綺麗である。
……ひどく歪み、大穴の空いた壁を除いては。
「これは一体…こんなことが可能なのでしょうか………」
若い刑務官が目を丸くする。
一方、老いた刑務官は神妙な面持ちで大穴を調べている。
「……可能だろう。現に出来たのだ、奴なら。」
「奴の持つ、超越神力ならば……!」
-----------*

囚人服の男を待ち伏せている刑務官たちだが、一向に出て来ない。
陣頭指揮をとる上司は眉をひそめる。
「おかしい…なぜ出て来ない…捕まってはいないぞ……?なぜ出て来ないのだ………松本智津夫は

「麻原彰晃だ。」

自らの呻きを遮る背後からの声に、思わずばね仕掛けのように振り返る刑務官。
だが、彼は麻原の姿を見ることはできなかった。
直後に超越神力に当てられ、気を失ったからである。
一瞬あっけに取られた部下達だったが、本来の勇敢さを取り戻して麻原を組み伏せようとする。だが、それも叶わなかった。
そもそも、麻原のもとへ走り寄ることさえできないのだ。
まるで糸でがんじがらめにされているように、動けない。

「超越神力だ。しばらく上司と共に眠っていろ。」
「私の望みが果たされるまで……」
皆の視界が、暗くなる。

「うーん…これは大変なことになったなあ…」
『松本智津夫死刑囚 脱獄』
そう書かれた新聞をしばらく見つめていた山岡であったが、唐澤の声に気を取られた。
「山岡くん、山岡くん、今何時ナリか」
腕時計をしていない彼は山岡に腕をまくらせる。
「2時40分ですね。そろそろ行きましょうか。」
「●はい。」
法律事務所クロスは本来依頼者から尋ねるのが常であり、呼び出しを食らうと唐澤は嫌な顔をする。不平不満ももらす。
しかし、今回ばかりは流石に彼もそういうわけにはいかないようだ。
当然だろう。長谷川からの2度目の依頼なら。不満も大きいが、申し訳なさが先立つ。そう考えること自体何だか不謹慎な気もする。

ところが、30分も待たされると流石に不満も漏れるだろう。いつもは叱る山岡すら耐えられなくなってきた。
「一体どうしたんでしょう長谷川くんは。遅刻…にしては変な気もしますが。」
「知りません。もう知ったことか。当職はもう出て行くナリよ。遅れてきたチンフェが悪いナリ。」
「いや、それは……あーあー。ちょっと待ってくださいよ…」
唐澤は待ち合わせの喫茶店から出て行ってしまった。山岡はとりあえず料金を払い、唐澤を追いかける。
こうやってまっすぐ帰ってしまうから、全くうちの唐さんは…と言おうとしたが、結局山岡は言わなかった。
すぐに見つけたからである。道で立ち止まる唐澤を。
「あれ、唐さんどうしたんですか。戻りましょうよ…」
言った後に気付く。唐澤は何者かと対峙している。
「あれ?唐さん、その方は?」
紫のポンチョ。伸びきった髭、髪……

「あ、麻原彰晃?!」
唐澤が麻原と対峙したのは数秒前である。きっと超越神力だろう。彼の前にいきなり姿を現したのだ。

両者とも、驚く山岡に目配せもしない。
「お前が唐澤貴洋だな。」
「あなたが麻原彰晃か。実物を見るのは初めてナリ。」
「た、大変だ、早く通報しないとっ…?!」
山岡は慌てて通報しようとするが、携帯を取り出した瞬間にそれは捻じ曲がり、乾いた音を立てて割れてしまった。
山岡は思わず取り落とす。
おもむろに麻原が口を開く。
「唐澤。あれを見ろ。」

麻原の指の先を辿ると、そこにはビルに縛り付けられた長谷川がいた。気を失っているのだろうか。白目を剥いたまま、微動だにしない。
「長谷川くん?!なぜあんなところに!」
「超越神力だ。おい、唐澤!依頼人を取り戻したければ、私を殺してみせろ!」
麻原が手を前に突き出す。
「山岡ァ!逃げろ!」
唐澤が叫んだ瞬間、空気が唸る音と共に、2人の弁護士は吹き飛んだ。
肥きった身体のおかげであまり飛ばされなかった唐澤は、超越神力で上手く受け身を取ることができたが、その二つとも持たない山岡は電柱にまともに叩きつけられる。
かろうじて意識は保つものの、立ち上がれなくなった山岡。
そんな彼に目もくれず、麻原はさらに唐澤に追撃を加える。
超越神力で身体能力を急激に高めると、空中浮揚したまま唐澤に突進し、鋭い蹴りを加える。
だが、唐澤も最終解脱者である。ただの蹴りが通用するはずもなく、麻原の足は空中で止まった。そして、逆の方向に吹き飛ばされ、地面に転がされる麻原。

両雄が立ち上がったのは、ほぼ同時であった。
2人は同時に右手を安らかに掲げ、優しく左手を差し出した。与願印と施無畏印の形である。この釈迦の構えの中に、超越神力が集中する。そして。
どちらかが発した掛け声と共に、2人の覚者の相反する超越神力が激突し、均衡する。
麻原の髭は激しくなびき、唐澤からは玉のような汗が落ちる。コンクリートに亀裂が走り、近くの電柱も表面が割れ、中を覗かせる。
それでもなお、両者の力は均衡を保つ。やがて大気も歪み、近くの建造物もミシミシと音を立てる。身動きがとれない山岡の電柱も同様だ。何より山岡自身もひしひしと強い力を感じている。
「く…そ…早く離れなければ…」
そんな山岡に肩を貸す弁護士がいた。駆けつけてきた山本である。
「大丈夫っすか山岡さん!ここから離れましょう!」

ビキビキと唸りを上げていたコンクリートであるが、その亀裂は徐々に唐澤の方へと寄ってきた。つまり、押されているのである。唐澤が。
ダメ押しだ、と言わんばかりに麻原は力を込める。刹那、唐澤の手元で大きな音が鳴ったかと思うと……唐澤の巨体は風を切り、遥か後方の壁に打ちのめされた。

力無く地面に崩れ落ちる唐澤。
「期待外れだな、唐澤。お前に尊師の称号はやれん。」
横たわる無能にゆっくりと歩み寄る麻原。しかし、その歩みを止めた男がいた。

山本を振り切り、駆け寄ってきた山岡である。立ち上がるのもやっとだが、それでもなお対峙している。
「まて……麻原…ここを通すわけには…」
麻原はフンと鼻を鳴らす。
「どけ、邪魔だ。」
そう言った直後、その側に山本も立ち塞がる。足は震えているが、目は震えていない。

「………」
麻原は無言で手を振り上げる。超越神力で殺害するつもりなのだ。
ところが、彼は手を振り上げたまま固まった。足も胴体も、微動だにしない。表情だけが驚きに満ちている。
微動だにしないのではない。できないのだ。唐澤の超越神力によって。
2人の弁護士が立ち塞がる間、唐澤は立ち上がっていた。
「か、からさわァ…」
麻原が呻く。

「山岡くん。山本くん。下がっているナリよ。」
「お……の……れ……」
動けない麻原には目もくれず、唐澤は座禅を組んで中空に浮かび上がる。
不思議なカリスマが空中に漂い、やがて、世界を覆った。
「我々はチームになりつつあります。声なき声に力を。」

山本と山岡は、思わず喉から声が出て行くのを感じた。「「声なき声に力を。」」
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意識が混濁している長谷川。だが、夢現つの中でも温かい何かを感じ、口から漏れだす。「声なき声に力を。」
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父洋は、息子が戦っているのを第六感で感じ取っていた。彼は息子の為に呟く。「声なき声に力を。」
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長谷川家の庭では、主人の身を案じてか、陶器が叫んだように見えた。「声なき声に力を。」と。
それを見た母幸恵は、同調するかのように小さく呟く。「声なき声に力を。」と。
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刑務所にて捜査をおこった面々は、皆一様に呟く。「声なき声に力を。」
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ようやく目を覚ましつつある気絶させられた刑務官たちは、まだ重い頭を抱えながら不思議と呟く。「声なき声に力を。」
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パソコンの前の恒心教徒は、ふと思い出したかのように呟く。「声なき声に力を。」
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会計士会長は、思わず自分を笑った。疲れからか、「声なき声に力を」などと呟いてしまったからだ。
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今や皆が口に出していた。あるものは持病の幻覚によって。あるものは何となしに。あるものは90dBで。世界が叫んだ。
『声なき声に力を。』

全てが唐澤尊師に集まる。

「新しい時代を。」
核の光が麻原を包んだ。
唐澤が静かに地面に着地した時は、もう闘いは終わっていた。
長谷川は無事に降ろされていた。
唐澤に駆け寄り、無事を確認しあう2人の弁護士。
だが麻原はまだ生きていた。
ボロボロになりながらも歩み寄り、そして唐澤の側へ。崩れ落ちるように膝をついた。
それに警戒する山岡と山本。しかし、それとは対照的に唐澤は優しく尋ねる。
「なぜこんなことをしたナリか?」

麻原は唐澤を見上げる。かつてオウム真理教の信者達が彼にしていたように。
「見抜いていたか…もう余力が無いことも……殺す気が無かったことも…」
山岡と山本は目を丸くする。一方唐澤は肯定の意を込め、軽く頷く。
「私はこのまま処刑される身…だが、逃亡していた信者達が捕まり、いざ死刑が現実的になった時……思ったのだ……冷たい処刑台に殺されるよりも、私に代わって……尊師と呼ばれた男に殺されたいと………」
「私もかつてはお前のように信者に囲まれていたものだ……自分をかばって立ち塞がるような信者に………」
「間違いを犯した私を終わらせて欲しいと………裁判の判決よりも……お前にポアされたいと…思ったの……だ…」

「望みは叶った……ありがとう尊師………KRSW尊師…………」
そう言うと麻原は目を閉じ、かざされた唐澤の手の下で、静かに息を引き取った。


「………愛なき時代に、愛を。」

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