恒心文庫:愛の炎が身を焦がす
本文
チャイムが鳴る。
現れたのは懐かしい顔。
山本くん久しぶり、DIO以来ナリか、と声をかける。
刹那、世界が傾く。
否、自分が斜めになったのだ。
床に倒れて頭を打つ。
殺気を孕んだ影が近づく。
そういえば何故か左胸が痛い。
「どうしてナリ…山本くん…」
滴る血液。
「あなたが」
その声は、
「山岡さんをたぶらかしたから」
堪えようもないほど、
「オナニー狂いになった山岡さんは東大の院にも行けず」
怒りに満ちた、
「こんなチンケな所で働く羽目になったんだッ!」
憎悪。
「待つナリよ山本くん…当職よく分からないナリ…」
「あなたがいなければ!」
悲鳴。
「山岡さんと僕は同じ院を出て!」
嗚咽。
「ずっと一緒にいられたのに!」
慟哭。
「あなたが山岡さんをたぶらかしたから!」
涙。
「僕はあなたを殺さなければない!」
人が人でなくなる。
「死ねッ!」
刃がめり込む。
人が肉になる。
「…僕を捨てた男の最愛の男は殺した」
ならば。
「その思い出ごと焼き払ってやる」
ガソリンの臭い。
「山岡裕明呪う」
きな臭さ。
激痛。
のたうち回る。
彼らの思い出の詰まった全てを焼き尽くせるように。
ハセカラ騒動を終わらせ、山岡裕明が真っ当な人生を送れるように。
…ああ、やっぱり…心のどこかでは…愛しているんだな。
山岡さん…。
その声は、声なき声にしかならなかった。
駆けつけた警察官が見たものは、燃え盛る建物と、長身の男の慟哭だった。
「からさん」
「どうしたナリか山岡くん」
「僕が大学にいた頃、あなたと知り合えて本当によかったと思います」
「本当にどうしたナリ?今日はお喋りナリね。いつも行為の後は無口になるのに…」
「茶化さないでください…。私はあなたに出会えてよかった、と伝えておきたかったんです」
「…当職との時間を優先しすぎて、東大院の試験に落ちてもナリか?」
「…学歴より大事なものもありますから」
「…愛し合った後輩を捨てても、ナリか」
「…彼は宿り木のような人でした。僕といたら彼は駄目になる。だから…」
「だから距離を置いたナリね」
「そんなときにあなたに会えた。壊れそうな僕を癒してくれた。だからあなたは特別なんです」
「山本くんのことは…」
「いつか、彼が強くなったら…また会いたいですね…」
「…当職は、山本くんの代わりではないナリ」
「分かっています。だから彼がまた会ってくれたなら」
「くれたなら?」
「これからは、三人で…」
今日は山本くんが事務所に来るという。
おもてなしの準備をしなければ、と買い出しに出た。
オランジーナとエンブリーを買い、それから…。
久しぶりに会えたんだし…これからは三人で…と、薬局に入る。
にこやかな店員さんは、それを不透明な袋に入れて手渡してくれた。
あの角を曲がれば事務所が見える。
山本くんはもう来ているだろうか。
刹那、感じる焦げ臭さ。
その臭いの根源は…。
まさか。
荷物が手をすり抜ける。落ちる。
不透明な袋から何かが飛び出た。
「なんで…」
がくりと倒れ、頭を垂れるしかできなかった。
これからは、三人で。
薬局で購入したそれ。
傍らに落ちた三つのイチジク浣腸は、もう要らなくなったのだ。
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- 初出 - デリュケー 愛の炎が身を焦がす(魚拓)