恒心文庫:唐澤貴洋って妊娠できるの?
本文
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
正月に親族で集まった折、従兄弟の子共からそんなことを聞かれた。唐澤貴洋、というのは僕の同僚の弁護士で、宗教団体の教祖をやっている男だ。肥満体型でちんこの皮が余り過ぎており、核兵器を保有している。趣味はコーランを燃やしつつムハンマドを馬鹿にすること。またしばしば脱糞し、ときどき小児性犯罪に手を染める。こんな風に説明すると大抵の人は信じてくれないのだけれど、唐澤貴洋は実在の人物でした。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
なるほど、子共らしい素直で素朴な疑問だ。けれどもその問いに対する答えを、僕は持ち合わせていない。もちろん一般論として男性は妊娠できないが、その一般論から外れる例外を、ごく身近に知っているからだ。身近、というのは僕にとっても唐澤貴洋にとってもそうで、いや、プライバシーの問題があるから名前は出さないけれど、その男性は多い時には2、3日に一度のペースで懐妊と出産を繰り返している。だから、彼と遺伝的に極めて近い立場にある唐澤貴洋も、ひょっとしたら妊娠できるのかも知れない。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
けれども僕は、その質問に何も答えなかった。考えて答えがでるわけでもないし、とるに足らない下らない話だと思ったからだ。代わりに、というわけではないのだけれど、翌日東京に戻った際に偶然出くわした顔見知りの元東大教授に、同じ問いを繰り出してみた。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
その教授は理系は理系でも専門は工学、しかもコンピュータ関連だったから、医学か生物学に属する問題を投げかけるには不適任だったかも知れない。事実、彼自身も同じことを前置きしながらも、しかし面白い話だと乗ってくれた。カリフォルニア州知事が妊娠する映画を引き合いに出しつつ、自然な状態で男性が妊娠することは不可能だが、将来的に技術が進歩すれば可能になるかも知れない、というのが彼の出した結論だった。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
自宅に帰って熱いシャワーを浴びながら、ふと呟く。考えて答えがでるわけないじゃないか。僕は合理的な人間だ、無駄な思考は排除するべきだ。しかしこの問いは、フランスの国民的炭酸飲料から沸き出す泡のごとく、僕の頭の中をぷちぷちと浸食していく。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
確かに頭の中で理屈を捏ねくり回したところでどうにかなるものではない。ならば調べるまでだ。早速ネットの検索エンジンにこのワードを入力する。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
残念ながら電子の海は僕の疑問には答えてくれなかった。当たり前だ。だって少なくとも僕の知る限り、唐澤貴洋は一度も妊娠していない。ならばどうするべきか。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
他人である僕ですらここまで心囚われる疑問なのだから、きっと当人にとってはより切実な問題だろう。そういえば明日は唐澤貴洋の誕生日だった。素敵なプレゼントを用意しよう。
「唐澤貴洋って妊娠できるの?」
「...?」
シンと冷えた空気の中、寝息だけが響く部屋で同僚が呟いた。
唐澤貴洋はーーーからさんは名前の通り男だ。
男は妊娠できるかと脈柄もなく問う言葉に妙なシュールレアリズムを覚えて笑いが零れる。そんな僕を知ってか知らずか山本は言葉を続ける。
「オメガバースなら男女ともに妊娠できる」
オメガバース...?単語と単語には聞き覚えがあるがその言葉に聞き覚えはない。
が、推測するに英語圏の言葉なのだろう。
彼はセクシュアルやバイオレンスの問題を専門としているからその系統の海外の情報もセンサーを張っている。
ガタリ、おもむろに立ち上がり何をするのかと思いきやーー
伏して寝ているからさんのおむつを脱がし、無遠慮に指を突っ込む。
「い...痛いナリィィィ!!!!」
先程まで夢のうつつだったからさんは唐突に現実に引き戻される。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、痛みに引き攣る顔を見て頭から血が引いていくのを感じた。
止めなくては。思わず声を荒らげる。
「山本くん!からさんが嫌がってる!やめてくれ!」
「唐澤貴洋って妊娠できるの」
サイコパスを思わせる無表情な顔で言葉を継ぐ。
「オメガバースなら男女ともに妊娠できる」
なぜ、彼はそんなことをするのか。
...............
「山本くん...君は僕を試しているんだね?」
1つ心当たりがあった。
それは以前、同性愛を公言している弁護士に話を伺った時だ。
同性愛者、特にゲイの間で妊娠に見立ててHIVを移し合う行為が一種の社会問題になっているという。
正直なところ、僕はその話を聞いた時軽蔑を覚えたんだと思う。
からさんと思い合える、この贅沢な人間関係で僕は満足出来ているのだと、彼らのように不満を覚え危ない行為はしないと。
でも...いずれ、満たされなくなったら?
彼はそれを試しているんだ。
乱暴な愛撫を続ける男を突き飛ばし、睨みつける。
からさんはいきなりされた乱暴に身を震わせていた。
その菊の門から溢れる下し気味のそれは、雨に濡れ土の匂いを漂わす大地に思えた。
ズボンを下ろし、ペニスを一気に突っ込む。もう躊躇いはなかった。
「痛いィナリィ!!」
無心で腰を動かす。
痛みか他の感情でひくつく腸壁は今までにない得も言えない感覚で簡単に達してしまった。
放った精子たちは腸液にやられ、やがて死滅するのだろう。
しかしそんなことは問題ではない。
男女が作る打算と劣情の塊よりも大切なものが僕の心の中には確かにあった。
「山本ォ!...これが僕の答えだ」
山本はいつの間にか立っていて、相も変わらず読めない表情をしていた。
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