恒心文庫:光あれ(2016年)

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本文

小西さん失踪したって聞いたんですが、一体なにがどうしたんですか。呼び出された私は彼を見てその言葉を呑み込む。
彼は小さく古めかしい喫茶店の隅にいた。まっ昼間の明るい日差しに照らされていて、夜の繁華街で初めて彼と会ったときとはまるで違う様相だ。げっそりと痩せている。スーツは若干色褪せているようだった。
約束の時間ぴったりに来たな。刑務所の飯は不味かったか?不味かっただろ。
彼は私を見てひとしきり笑った後、下を向き、セイコーの腕時計を乾いた指でなぞった。私はソファの席に座る。彼はゆっくりとした動作でタバコに火をつけ、コーヒーを飲む、その手は細かく震えている。

彼は、テーブルに置いてある錆のついたベルでウェイターを呼び、アメリカン 一つと注文する。ここはアメリカンが一番うまいからなと言った後少し首を傾げた。
テーブルに置いてある彼の携帯電話は、先程からひっきりなしにガタガタと音をたて振動している。私がそれを指摘すると、あ、そんなの鳴ってたの。と彼はつぶやき、下をむいてタッチパネルを操作する。いままでそれに気づかなかったのかと私は驚く。
「これはコニタンがのたまう、釣りみたいな只の与太なんだけどね~」
唐突に彼は口を開いた。釣りという単語を聞いて、以前彼に嘘をつかれたことのある私は少し身構える。
「今、チュウオウセイフのウエにいるコウケンリョクのお偉いさん方に良くも悪くもストレートにダメージ与えられてんのは、弁護士のおっかけである君ら若人諸君だけだぜ 。本気のおふざけでここまで喧嘩売れるのは正直すごいよ」
彼は正面にいる私に向かって、そんな風に早口で捲し立てた後ケラケラと笑う。

「奴ら、自分達が痛い思いしないと分かんないんだな。 痛点が分かんないから、どれだけ周りを賢いやつらで囲っても、システムの脆弱性がどこか指摘され限り、対策の為の指示なんて出しようがない。
まるでどっかの弁護士事務所みたいだな。象徴的だよ。あれ。
権威にすがってエリートボディーガードに守られながら、偉そうにふんぞりかえることしか出来ない。ちょっと後ろ暗い所をつつくと痛い痛いと大騒ぎ。端から見てりゃ滑稽で面白い。
あいつら、自分達が無能なのを分かってても、プライドが許さないから事実を受け入れるのを拒んでるだけかもな。
お前らの言う、知ってるのに知らないフリしてるゴリホーモってやつ?!

私は彼の愚痴とも嘆きともとれるような話を黙って聞く。彼の顔は前会った時よりも窶れていて、私はそれについて話をしたかった。
何か言いたいけれど、マスク越しに発する言葉は 嘘のように濁って聞こえると思うから、私はマスクを外す。彼はそれを見て、どっかの記者が言った通りやっぱり君は傍目から見りゃ幼い顔立ちの可愛い少年だな。と呟く。そして、 革命は起こせたか?と言って微笑むので、私は一時言葉を失う。
「…私は革命なんて大それたことなんて、何一つ考えてやしませんよ、
特定の弁護士のような、常識のない無能な輩に嫌な思いさせたかっただけです。」
クラッカーを引いた瞬間のような、耳をつんざく爆笑で私の主張は遮られる。
「それだけで自治体に無数の爆破予告か!
パワーがあるな!君ほどやる気のある人間は、 社会的地位を確立したらそれはそれで裏でやる権限とか増えて面白いぞ。 ますます楽しく滅茶苦茶やれる!」
彼は薬のパッケージを破り、錠剤を噛み砕く。彼の飲んだそれは、なんの効果があるかどんな必要があって飲むのか私は知らない。
「なんだって出来るさ、なんだって。死なない限り人間はなんだって出来る。
けれど本当の敵を見失うな。闇に染まってくれるな。未来ある若人君。」
彼は窓の外の空を見て笑う。
「君達のジハード遊びをもう見れなくなるのは、とても残念だ。偽のデブ神様も今頃バベルの塔の上でふんぞり返りながらコニタンを笑っていることだろう。」
彼は机の端にあるペーパーナプキンを手に取りボールペンで何かを書き込み両手で握り潰したあと、ごみのようなそれを私に渡す。そしていきなり立ち上がり
「じゃあな!」
と言って、おぼつかない足取りで喫茶店を出て行った。ほとんど飲まれていないコーヒーが湯気を立てていた。一人残された私は両手で丁寧にそれを開く。
「Let there be light!」
くしゃくしゃになったペーパーナプキンを拡げると、震えた線で、そう書いてあった。

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